イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

連載5【シリア・クルド】ロジャヴァ・国際義勇部隊登場の背景(動画+写真35枚)ISとの前線で戦死~ドイツ女性イヴァーナの戦い

◆トルコ武装左翼とドイツ
前回
に続き、シリア・イラク北部でイスラム国(IS)と戦うクルド勢力・人民防衛隊(YPG)に共闘するトルコ左翼組織、マルクス・レーニン主義共産党(MLKP)は、ヨーロッパにも組織基盤を持っている。ドイツからMLKP戦闘員としてシリア北部に入り、ISとの戦闘で死んだイヴァーナ・ホフマンについて。(たぶん連載は全部で8回ぐらいになります)
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【動画】【ドイツ出身のMLKP戦闘員イヴァーナ】(ドイツ語・転載禁止)

トルコの武装左翼組織、マルクス・レーニン主義共産党(MLKP)のドイツ支部から参加したイヴァーナ・ホフマン(組織内部名アヴァシン・テコシン・ギュネシュ)。クルド・人民防衛隊(YPG)指揮下のMLKPの部隊に参加し、2015年3月、19 歳で戦死。ISとの戦いでシリア北部で戦死した初めてのドイツ人となった。イヴァーナは映像でシリア入りした「決意」をたどたどしい口調ながらも語る。党組織は戦闘員らの決意メッセージ映像を撮影し、戦死すると「革命烈士」として公表する。(MLKP映像より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】 イヴァーナはドイツ西部エメリッヒ・アム・ライン生まれ。母はドイツ人で、父はトーゴ人。両親が別れてからは、母とともにドゥイスブルクに移った。16歳頃に左翼青年団体「若き闘争」(YS)に関わるようになったと報じられている。YSはMLKP系の組織で、トルコ系移民だけを対象としているのではなく、ドイツ人の若者らも参加している。(YS公表写真より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】「若き闘争」(YS)は、ワークショップやサマーキャンプ、ダンス、学習会などのグループ体験を通して、社会問題についてもアプローチしていく手法をとっている。YSでの活動を通して、イヴァーナに政治意識が芽生えていったようだ。(YS公表写真より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】 MLKPはマルクス・エンゲルスレーニンスターリンに加えアルバニア労働党エンベル・ホッジャのホッジャ主義を堅持。スターリン主義に対しては日本の左翼運動と同様、ドイツでも批判的な評価が主流だ。ドイツに支部を持つトルコ左翼各派、MLKPやTKP/MLなどがドイツ左翼から一定の距離を置かれるのも、スターリン主義堅持が理由のひとつともなっている。イヴァーナがMLKPに入ったのは、まず思想や理論を学習して自分に合致する組織として選択したのではなく、日本でもそうであるように、友人や団体との出会いがまずあって、そこから関わるようになっていったのではないか。(MLKP公表写真より)

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【ドイツ・MLKP】 なぜトルコ武装左翼組織がドイツをはじめとしたヨーロッパで活動基盤を持っているのか。MLKPらトルコ左翼やクルディスタン労働者党(PKK)などトルコで非合法とされた組織のメンバーや関係者は、政治犯、拷問などの人権抑圧を理由にヨーロッパに難民として受け入れられた経緯がある。ドイツには、かつて外国人労働者としてやってきたトルコ人移民やクルド人難民が多く暮らす。1990年代頃、トルコ左翼はこれら移民層を組織し、ドイツ左翼運動とも関係を構築しながら基盤づくりをはかろうとしてきた。写真は2014 年、ドイツ・レバークーゼンでのMLKP集会。(2014年・MLKP公表写真より)

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【ドイツ・MLKP】 これもレバークーゼンでの集会。正面にマルクス・エンゲルスレーニンスターリン肖像、左奥にはゲバラも見える。結党20周年記念集会とはいえ、それなりの動員力がある。これがPKKになるとその何十倍もの動員規模になる。現在は移民3世、4世などドイツ生まれの若い世代のオルグを目指している。また一部のドイツ人も左翼運動シーンのなかでトルコ左翼各派に関わってきた。(2014年・MLKP公表写真より)

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【MLKP】 そのゲバラのアップ。「革命の火をさらに大きく」などとある。KGÖはMLKP青年部門、共産主義青年機構。スターリン主義ゲバラが両立するのかどうかはさておき、ゲバラ武装闘争と国際主義のシンボルとするトルコ左翼はけっこうある。

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【ドイツ・MLKP】 2014年にシリア・イラクでISが広大な支配地域を獲得すると、シリア北部のクルド勢力・YPGは、ISの猛攻にさらされる。またトルコも同時にYPG・PKKへの包囲を強化。こうした情勢のなか、YPG・PKKと共闘するMLKPら左翼組織がISとの戦いとトルコ・エルドアン政権に対する闘争をリンクさせて政治方針として掲げ、シリア・クルド地域でのYPGへの戦闘要員派遣を「革命闘争の一部」と位置付けるようになった。(2014年・MLKP公表写真より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】 ドイツ・ドゥイスブルクなどの街頭に出て機関紙配りやデモに参加していたイヴァーナ。左はMLKPのトルコ語機関紙アトゥルム(跳躍)を掲げている。人種問題、女性問題にとくに関心があったという。(MLKP公表写真より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】 右はドイツのクルド・PKK系デモでMLKPの旗を掲げている。この時期、シリア内戦が激化し始め、難民がドイツにも難民が押し寄せ始める。ISは急速に台頭し、IS志願のドイツ人、ドイツ国籍のイスラム諸国出身者らが続々とシリアに向かっていた。これに対しドイツのクルド系団体やトルコ左翼は、シリアの戦いに呼応すべくキャンペーンを拡大していた。こうしたドイツの当時の状況が、イヴァーナの意志形成にも影響を与えたのではないか。(MLKP公表写真より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】 ドイツ・メディアの報道では、イヴァーナは親友と突然、コンタクトを断って消息を絶ったという。たとえ本人の意志があっても、その渡航を手助けしたMLKP関係者がいたのは間違いない。MLKP戦闘員は死の確率が高いうえに、仮にもし無事にドイツに帰国できても処罰を受ける可能性もあるわけで、彼女を戦場に送り出した側の立場について考えさせられる。(MLKP公表写真より)

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【MLKP軍事キャンプでのイヴァーナ】 2014年頃、ドイツを発ったイヴァーナ。PKK式戦闘服の形状からすると、まずイラク北部カンディル一帯のPKKエリアに入ったと思われる。ここにはPKKと共闘するMLKPの部隊拠点があり、戦闘服も共通。前回のアイシェと同様、軍事訓練はここで受けたとみられる。(MLKP公表写真より)

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【MLKP軍事キャンプでのイヴァーナ】 イヴァーナの組織内部名はアヴァシン・テコシン・ギュネシュ。クルド語でアヴァシン(蒼き水)・テコシン(闘争)、トルコ語でギュネシュ(太陽)という意味。(MLKP公表写真より)

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【MLKP軍事キャンプでのイヴァーナ】 左はサブマシンガンを手にしている。右はサズを弾く様子。おそらくイラク北部山岳地帯カンディルかその近郊のゲリラキャンプと思われる。当時、IS台頭の速度は圧倒的で、イラク・モスル陥落、シンジャル・ヤズディ教徒襲撃と女性拉致が起き、アメリカがISへの空爆開始を決断するなど、国際社会も注視する状況だった。イヴァーナはロジャヴァ(シリア・クルド地域)のISとの戦線に向かう思いを高めていったようだ。(MLKP公表写真より)

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【シリアの戦線に向かうイヴァーナ】 ロジャヴァ(シリア・クルド地域)に行く前に仲間と党に宛てて記したメッセージにその思いを記している。
「今日、私は自分の心に従い、ステップを踏み出すことを決めました。チグリス・ユーフラテスの流れのように強い決意です。ロジャヴァ革命の一部となりたいとの思いを固めました。(中略) 私に何が起こるかも、この戦いの重要性もわかっている。(中略) 私に限界がきて、倒れることになるかもしれないけれど、戦いの精神は決して捨てないし、前進し続けます」
(画像は支援者サイトより)

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【シリア北部でのイヴァーナ】 ロジャヴァでMLKPの旗を手にするイヴァーナ。どういう思いでシリアでのISとの前線に立ったのだろうか。MLKPの部隊にいたことで同志的な一体感や、ISとの戦いに参加した高揚感もあっただろう。ドイツでの活動では得られなかった経験で様々なことを戦場で感じ取ったかもしれない。だがそれは死と隣り合わせでもあった。(MLKP公表写真より)

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【シリア北部でのイヴァーナ】 シリア北部セレカニエ(アラブ名ラアス・アル・アイン)のISとの前線にいた頃のイヴァーナ。映像では「このうしろから先はIS支配地域。自由のために戦うMLKP戦士としてここにいる。ロジャヴァはその始まり、我々の希望」とドイツ語で語る。(ETHA通信映像より)

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【シリア北部でのイヴァーナ】 2015年3月、イヴァーナはシリア北東ハサカ近郊テル・ターミルのISとの前線で戦死、19歳だった。「深夜3時に交戦状態となり死亡」と報じられている。銃弾2発を受け、2発目の銃創が致命傷となったようだ。このほかMLKP男性戦闘員も戦死。(MLKP公表写真より)

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【2015年3月頃のシリア北東部勢力図】 2015年1月、ISはコバニ攻略戦に失敗。戦力をコバニで大きく消耗した一方、ラッカ北東方面ではクルド・YPGエリアに猛攻をかけ、一進一退の攻防が続いていた。テル・ターミルはその最前線のひとつで、イヴァーナはここで戦死。最終的にテル・ターミルはYPGが死守。地図はイヴァーナが死んだ2015年3月頃の勢力図。

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【IS映像・テル・ターミル】 テル・ターミルでの戦闘については、IS側も映像で伝えている。これはイヴァーナが戦死する直前の2015年2月~3月頃のIS映像。中央の塔にYPGの黄色い旗が見える。(2015年3月・IS映像より)

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【IS映像・テル・ターミル】 同じくテル・ターミルでのIS映像。「出撃するイングマスィ兄弟同胞」とテロップがある。イングマスィは、自爆も含めた決死隊を指すが、ここでは敵陣に切り込みをかける突撃コマンドのようなニュアンス。(2015年3月・IS映像より)

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【IS映像・テル・ターミル】 YPG陣地に向けて出撃するIS戦闘員ら。テル・ターミルは、激戦ののちYPG側が死守したが、多数の犠牲も出ている。(2015年3月・IS映像より)

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【IS映像・テル・ターミル】 IS部隊が、テル・ターミルのYPG拠点の一部を制圧し、機関砲トラックを鹵獲した映像。「これは我々の戦利品だ」などと戦闘員が話す。(2015年3月・IS映像より)

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【MLKP・イヴァーナの戦死】 イヴァーナの遺体は棺に納められ赤いMLKP党旗がかけられた。シリア北東カミシュロで葬送集会ののち、トルコ国境を越え、ディヤルバクル経由でドイツに搬送された。(2015年3月・ANF通信映像より)

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【MLKP・イヴァーナの戦死】 トルコ側の国境の町ヌサイビンでイヴァーナの棺を抱える支援者たち。右の青スカーフの女性は、ドイツから遺体を引き取りに来た母。(2015年3月・ETHA通信映像より)

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【MLKP・イヴァーナの戦死】 イヴァーナの故郷、ドイツ・ドゥイスブルクでの葬列。棺を載せた車両には支援者らが続いた。(2015年3月・MLKP公表写真より)

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【MLKP・イヴァーナの戦死】 ドゥイスブルクで埋葬されたヴァーナ。こののち、ドイツ治安当局は、イヴァーナの渡航と国外の武装組織への参加を手助けした容疑で関係者の捜査を行なっている。(2015年3月・MLKP公表写真より)

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【ドイツにいた頃のイヴァーナ】 イヴァーナ追悼のポスター。彼女はいわゆる「金髪・青い目」のドイツ人ではない。肌の色がアイデンティティにどう影響したかはわからないが、ここで推測を入れるなら、人種差別についての意識も彼女が左翼運動に関わる理由のひとつとなったのかもしれない。一方、ISに入ったアフリカ系ドイツ人の元ラップ歌手デニス・クスペルト(Deso Dogg)の場合は、「アッラーの前では人種、肌の色、出自を問わないイスラム」が、ISへと至ってしまう動因のひとつとなったのではないか、とも思えてくる。(MLKP公表写真より)

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【MLKP・イヴァーナの戦死】 トルコのイヴァーナ追悼デモにも支持者らが集まった。「国際主義革命戦士イヴァーナ・ホフマン同志は死なない」との横断幕。のちに、ETHA通信の記者でドイツ国籍のトルコ系移民女性は、トルコ当局から「イヴァーナ追悼活動やMLKPへの関与」などの容疑で長期拘留される事件も起きている。(2015年・ETHA通信映像より)

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【MLKP・イヴァーナの戦死】 戦死した同志を「革命烈士」として追悼するシリア北部のMLKPの戦闘員ら。2014年当初は、コバニ攻防戦で数人程度だった戦闘員が、徐々に増えて、部隊を構成するまでに。イヴァーナの死から3か月後、外国人戦闘員からなる国際自由大隊(IFB)が編成される。トルコ当局は、シリア北部がトルコ武装左翼の新たな拠点となることを警戒している。追悼写真の左から2番目がイヴァーナ。(2015年・MLKP公表写真より)

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【シリアで戦死・MLKP・イヴァーナ】 写真はいずれも戦死したMLKPの戦闘員ら。「烈士の精神に続け」と、さらなる結集と連帯の呼びかけがなされる。戦死したイヴァーナは「烈士」となった。左端には前回取り上げたアイシェ(デスタン)も。(MLKP公表写真より)

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【ドイツ・MLKP】 イヴァーナが戦死した2015年の秋のドイツ・ケルンでのMLKP党集会。左端にマルクス・エンゲルスレーニンスターリン、そして右端にはイヴァーナの肖像も。シリア、トルコ、ドイツをつなぐMLKPの運動のなかで、「革命烈士」としてイヴァーナの名前も刻まれることになった。(2015年10月・SGDF公表写真より)

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【ドイツ・MLKP】 今年1月、ドイツ・ベルリンでのローザ・ルクセンブルクとカール・リープクネヒトの殺害から100年を追悼する集会にはドイツ左翼や支持者らが集まった。在独トルコ左翼各派のなかにMLKP支持者の姿も。MLKPや女性共産主義部門KKÖの旗とともにイヴァーナの肖像の旗(中央)も見える。(2019年1月・MLKP公表写真より)

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【TKP/ML】 ヨーロッパ出身の女性がトルコ左翼組織に参加したのはイヴァーナが初めてではない。25年ほど前には、スイス出身のバルバラ・キストラーがトルコ共産党マルクス・レーニン主義派(TKP/ML)の武装部門・労農解放軍(TiKKO)戦闘員となって、1993年にトルコ軍との戦闘で死亡、TKP/MLは「パルチザン烈士」として称えている。写真右はロジャヴァのTKP/ML拠点でバルバラの肖像を掲げるTiKKO戦闘員。またクルディスタン労働者党(PKK)に加わって戦死したドイツ人たちについては第3回で取り上げた。

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【MLKP・イヴァーナ】 イヴァーナが抱いたISへの怒りやロジャヴァへの純粋な「思い」についてはいくばくかの理解を寄せたいが、彼女がなぜ死ななければならなかったのか、党組織構造のなかでの彼女の存在を考えると重苦しい気持ちになる。(MLKP公表写真より)

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この連載を通して繰り返し触れるが、YPGに共闘する左翼組織の外国人戦闘員は、ISとの戦いに駆けつけた「義勇兵」であった一方、政治的かつ象徴的意味で受け入れられてきた側面がある。戦火の住民のために何かをしたい、ISを許せない、というのなら、銃をとって戦うことが唯一の方法ではないし、医療や難民支援など外国人が求められる分野はいくらでもある。これまで戦闘経験に乏しい若者がいきなり前線に入り、たくさんの命が失われてきた。外国からのシリア入りした左翼系組織の「光と影」の両面に目を向けつつ、残りの連載を読んでいただきたい。写真は「我々は勝利する・MLKP」とトルコ語で壁に書かれた文字。(MLKP公表写真より) 

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