イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【イラク・クルド自治区】トルコ領事館員殺害事件・治安当局が容疑者拘束、「PKK関与」を証言(写真20枚)

◆トルコ外交官銃撃とPKKをとりまく情勢
7月17日、イラククルド自治区のアルビルでトルコ領事館員らが殺害される事件が起きた。白昼のレストランでの複数の男らによる銃撃。3日後、地元治安当局はトルコ国籍3名を含む容疑者グループを逮捕。治安当局が公開した映像では、主犯格の容疑者が「PKK拠点で銃の訓練を受けた」と証言。一方、PKKは関与を否定。PKKとトルコをとりまく情勢のなかで起きた事件の背景とは。

f:id:ronahi:20190728161619j:plain

7月17日、イラククルド自治区アルビルのレストランで客を装った男らが駐アルビル・トルコ領事館員オスマン・キョセを射殺。手前の容疑者が隣席に乗り出し、至近距離から頭に銃を突きつけ発砲したとみられる。また別方向からさらに2人が駆け寄って銃撃を加えている。

動画のロードに時間がかかる場合があります
【動画】アルビル・レストランでのトルコ外交官殺害(2019年7月17日)
店内のカメラには容疑者3人(赤矢印)が連携して殺害する様子が映る。映像は2つのカメラから別角度で銃撃が映っている。領事館員に同行していたとみられる地元イラク人ら2人も死亡。(治安当局公表映像)

f:id:ronahi:20190728163956j:plain

銃撃後、容疑者らはレストランから車で逃走。防犯カメラにはサイレンサー付きと思われる銃を手にしたまま、車に乗り込む姿が映る。(治安当局公表映像)

f:id:ronahi:20190728164043j:plain

イラククルド治安当局アサイシ・対テロ部局は翌日には容疑者らの一部を特定し緊急配備。ひとりはトルコ南東部ディヤルバクル出身のマズルム・ダア(27)。アルビル中心部のレストランで白昼堂々と外交官を暗殺した事件。治安当局アサイシはクルディスタン労働者党(PKK)の犯行とみて捜査。(治安当局公表写真)

f:id:ronahi:20190728164132j:plain

事件から3日後の7月20日、治安当局アサイシは容疑者らを逮捕。トルコ・メディアは「主犯格でトルコ出身のマズルム・ダアの妹は、トルコ・ディヤルバクルの人民民主主義党(HDP)選出の国会議員デルスィム・ダア」と大きく報道。(トルコ・メディア写真)

f:id:ronahi:20190728164211j:plain

逮捕されたマズルム・ダア容疑者(27)。PKKが高揚していた90年代半ばの生まれで、この当時、トルコ南東部でマズルムと名付けた親は、かなりのPKK支持者であるはず。1982年にディヤルバクル刑務所で自決したマズルム・ドアンからとった名と思われる。PKKはマズルム・ドアンを「英雄烈士」と称えている。また妹の国会議員デルスィムはトゥンジェリのクルド地名。あとの兄弟2人はPKKゲリラで、ひとりは戦死している。(治安当局公表写真)

f:id:ronahi:20190728164314j:plain

殺害されたオスマン・キョセ領事館員(39)。遺体はアルビルからトルコに搬送され、殉職者として葬儀が営まれた。(トルコ・メディア写真)

f:id:ronahi:20190728164336j:plain

葬儀にはアカル国防大臣も参列。トルコ・メディアは「PKK分離主義テロ組織の犯行」と報じた。(トルコ・SHOW・TV映像)

f:id:ronahi:20190728164411j:plain

事件後、PKKの司令官バホ-ズ・エルダルは親PKK系テレビで「殺害されたのは外交官でなくトルコ情報機関MiT要員。PKKは事件とは無関係である。おそらくクルドの愛国的青年の独自の行動であるだろうが、その行動自体は歓迎する」などと主張。犯行への関与は否定しつつ、殺害は支持というスタンスをとった。PKKはこれまでにも「クルディスタン自由の鷹(TAK)」による無差別爆弾事件などで、「自分たちは関与していないが支持する」として、同様の「使い分け」をした過去も。(SterkTV映像)

f:id:ronahi:20190728164521j:plain

トルコ軍はPKKへの掃討作戦でイラククルド地域に越境してPKK拠点攻撃を続ける。PKK側に多大な犠牲が出ているなか、アルビルでの外交官銃撃事件は起きた。写真はイラク北部ハクルクでのPKK掃討作戦を展開するトルコ軍部隊。(トルコ軍公表写真)

f:id:ronahi:20190728164542j:plain

PKKはトルコ軍との戦いを「クルディスタンを侵略するトルコに対するクルド人民の民族解放闘争であり、民族自衛の戦争」などと位置付けている。一方、トルコは、「PKKテロリストによるトルコ国家分離主義破壊活動」として、PKK掃討作戦を続ける。双方の衝突で、多数の民間人が巻き込まれ、犠牲となってきた。写真はイラク北部のカンディル山脈を拠点にするPKKゲリラ部隊。(PKK公表写真)

f:id:ronahi:20190728164607j:plain

7月26日、イラククルド治安当局アサイシは容疑者らの映像を公開。逮捕された6人のうち、写真上段の3人がトルコ出身。(治安当局公表映像)

f:id:ronahi:20190728164643j:plain

映像では容疑者らが次々登場。主犯格とされるマズルム・ダアは、「今年4月にカンディルに行き、銃の訓練を受けた」と証言。カンディルイラク北部のイラン・トルコ国境近くの山岳地帯にあるPKK中枢拠点。弟がPKKゲリラというマズルムが、事件の全容を積極的にカメラの前で話すのが不自然な点でもある。(治安当局公表映像)

f:id:ronahi:20190728164744j:plain

容疑者らはPKKとの関与を証言。事実とすればPKKの指示があったのは明確となる。アルビルはどこでも治安当局アサイシの監視の目が光り、とくにISとPKK関係は対テロ部局の重点警戒対象となっている。そんななかで白昼のレストランで領事館員殺害という犯行だけに、PKKの直接指示以外にも、PKK組織内部勢力の別のパワーバランスが働いた可能性もありうる。(治安当局公表映像)

f:id:ronahi:20190730123321j:plain

事件が起きたアルビルのレストラン。このレストランは高級ランクで、下見のために出入りすればラフな格好なら目立って顔を覚えられてしまうような場所。下見なども含め、逃走車数台、運転者、隠れ家を提供した地元アルビルの協力者が複数関係していることからも単独犯行とは考えにくい。カンディルはPKK最高幹部ら含むゲリラ部隊の軍事キャンプがある。(右:クルド・メディア写真)

f:id:ronahi:20190728164850j:plain

トルコ領事館員殺害は、別のタイミングも重なった。有志連合でIS掃討作戦を調整してきたジェフリー米特使が7月22日、トルコを訪問し、アカル国防大臣と会談する直前に事件は起きた。アカル大臣は「トルコ南部がPKKのテロ回廊となるのを阻止する」と強調。PKKと関係のあるシリア・クルド組織・人民防衛隊(YPG)がIS掃討作戦で米軍と連携しながら、多大な犠牲を払ってIS壊滅作戦を展開し、国際的な存在感を高めたなかで、PKKがトルコ外交官を殺害に関与したことは、結果的にトルコを利することにつながる。事件の背景は不明だ。(写真はトルコ国防省公表映像)

f:id:ronahi:20190728165059j:plain

さらに重なったもうひとつのタイミングが、ジェフリー米特使がアンカラを訪問していた同じ7月22日、マッケンジー米中央軍司令官(海兵隊大将・写真左)がサウジ訪問後に電撃でシリア北部に入り、シリア民主軍(SDF)マズルム・エブディ(シャヒン・ジロ)総司令官(写真右)と会談したこと。昨年末、トランプは思い付き的にシリアからの米軍撤退を表明し、マティス国防長官(当時)が抗議して辞任するなど混乱が起きたが、のちにイラン情勢が緊迫。アサド政権を支援しシリア政府と関係を強めるイランに対し、米軍のクルド地域駐留はアメリカにとって有効で、トランプ政権は米軍のシリアでの一部残留へと方針を転換。(写真はSDF公表映像)

f:id:ronahi:20190728165601j:plain

マズルム・エブディは本名シャヒン・フェルハッド・アブディでシリア・アフリン出身。PKKゲリラ時代はシャヒン・ジロとして知られ、トルコは重要手配指定している。オジャランPKK指導者の背後で泳いでいるのが若き頃マズルム・エブディとされ、トルコ・メディアはこの写真を繰り返し使った。アメリカは現在もPKKを「テロ組織」に指定しているが、彼の過去の情報や、その関連組織SDFについてもすべてわかったうえで、IS壊滅作戦を優先させ、SDFへの軍事支援をしてきた。

f:id:ronahi:20190804034235j:plain

ISとの激戦を経て、PKK系のSDF・YPGはシリア北部で国際的な政治的地位を獲得しつつある。YPG・SDFは「マズルム・エブディはこれまでクルド人のために闘ってきたシリア生まれのシリア人。民主的自治地域建設を目指し、クルド人、アラブ人含む宗派・民族を超えて地域住民の防衛に尽力し、世界の脅威だったISと最前線で戦い抜き、米軍・有志連合や国際社会と連携している」としている。写真はマズルム・エブディ(中央)がシリア民主軍(SDF)司令官として初めてカメラの前に登場した際のもの。シリア北部ケレチョホでトルコ軍が空爆した現場で、米軍現地司令官(左端)に被害状況を説明している。(VOA映像より)

f:id:ronahi:20190728165815j:plain

他方、トルコにとってはPKK系のSDF・YPGがシリア北部一帯での統治を固め、国際社会に承認されるのを何としてでも阻止したい。2018年にはシリアの反体制派に加え、ジハード系組織まで動員してYPGエリアだったアフリンに侵攻。その他の地域でも軍事作戦の可能性を警告している。トルコとPKKの双方とも熾烈な戦いと駆け引きが続く。アルビルでのトルコ領事館員殺害事件は、シリア・イラク・トルコの政治情勢も含めた一連の流れのなかで起きた事態といえる。(写真はトルコ軍の支援を受けアフリンに侵攻したシリア反体制派・第3軍団映像より)

f:id:ronahi:20190728165839j:plain

「IS以後」のシリア北部でクルド勢力が米軍・有志連合との協調を模索するなかで、イラククルド自治区でトルコ外交官がPKKが関与したとみられる人物に殺害されたことは、結果的にはPKKとYPGには大きなマイナス要因となる。写真は、マズルム・エブディSDF司令官とマッケンジー米中央軍司令官。会談では、トルコが強く求めるシリア北部での緩衝地帯設定について、諸条件が話し合われたとみられる。(写真はSDF公表映像)

f:id:ronahi:20190728231215j:plain

PKKをめぐる相関図。トルコはすべてPKKと一体のものとみなしている。PKKは他のクルド組織に比べ、組織運動の面で機動力が高く、意志も強い。一歩先んじて行動に移し、さまざまな機関を立ち上げる。シリア内戦では、この迅速さと強靭さが早い段階でのYPG編成につながり、ヌスラ戦線やISと戦いぬいた。一方で「左翼革命党派気質」に由来するガチガチさ、冷徹な側面も併せ持つ。外交官を殺害して、トルコがPKK掃討作戦を止めるわけもなく、むしろそれを最大限に利用し、軍事、政治攻勢を強めるだろう。今回の事件は、そうしたPKK気質も象徴するものとなった。PKKは強力な機動力がある一方、過去にも重要な局面で「敵を利する結果」を招く不可解な判断をしてきた側面もあわせ持つ。

f:id:ronahi:20190730041807j:plain

30年以上におよぶPKKとトルコ軍との衝突で犠牲者は4万人以上におよぶ。双方でさらなる流血の報復へと発展すれば、民間人も巻き込んだ犠牲者がさらに出ることになる。(写真は以前、PKKのゲリラ・キャンプを取材した際に撮影)