イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)元報道官、トルコ「亡命」事件(5)PKKの米軍武器流用を警戒するトルコ(写真13枚)

◆「クルド自治区化」阻止したいトルコ
イスラム国(IS)の事実上の「首都」ラッカがシリア民主軍(SDF)によって制圧され、戦いは最終局面に入った。「SDFはクルディスタン労働者党(PKK)の隠れ蓑」とするトルコは、クルド・人民防衛隊(YPG)主導のSDFがIS掃討作戦を進めるなかでアメリカを始めとした有志連合と関係を構築しつつあることに危機感を募らせてきた。そのタイミングで起きたのが、タラル・セロ元SDF報道官のトルコへの「投降」だった。

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2017年10月20日、SDFはラッカのスタジアムで「ISからのラッカ解放勝利宣言」を出した。この声明を読み上げたのが、SDF司令・報道官だったタラル・セロ(写真中央)だった。彼がトルコに「亡命」するのは、この3週間後。これだけの短い期間に突如、心変わりをするとも思いがたい。事前にトルコ情報機関とひそかに接触があった可能性もある。(2017年10月・YPG写真)

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タラル・セロはアナドル通信での「証言」で、SDF・YPGはISと密約を結び、ラッカから戦闘員を逃がした、としている。英BBCも現地リポートを出していて、「IS戦闘員、家族ら数百人が手配されたバス、トラックで脱出」と特集した。ただ軍事的には、町の攻略そのものを目的とした場合、市民の犠牲や建物の破壊を最小限に抑えるために、敵とその家族の一部をあえて別の町に逃すことはありうるし、アサド政権もアレッポで反体制派をバスで別地域に移動させている。こうした軍事的な意味を知っているはずのタラル・セロが、「SDF・YPGとアメリカがISと密約し、逃亡を手配した」をことさら取り上げ、“テロ組織と裏取引”を印象づけるのは、何らかの意図を感じる。(画像はBBC特集

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トルコの最大の懸念は、米軍がSDFに供与した武器が、PKKに渡り、トルコ軍に対して使用されることだ。これまでにもSDF・YPGがISから鹵獲したとみられる対戦車誘導ミサイルや携帯式防空ミサイルをPKKがトルコ軍に対して実際に使用するなどしており、シリアからイラク北部への武器移動の流れがあると推測される。「アメリカの武器がテロ組織PKKに渡るのは明白で、トルコの安全保障を脅かす」というのがトルコの立場。写真は2016年にトルコ・ハッカリ県でPKKが携帯式防空ミサイルでトルコ軍ヘリAH-1を撃墜した様子。旧ソ連が開発した9K38イグラとみられる。(2016年5月・PKK映像) 解説動画 >>

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トルコはシリア国境線に長大なコンクリート壁を設置し、PKKゲリラほかISの流入や武器の移動を阻止しようとしてきた。これは2016年にトルコ南東部ヌサイビンの国境警備隊が公表した写真。壁の地下にトンネルが掘られ、PKKが使用していたとしている。双方が情報戦をやっているので、「軍公表の写真」も留意してみるべきだろうが、事実ならPKKが人員や武器をシリア・イラクからトルコの前線に移動させるルートを構築しているようだ。実際にヌサイビンではPKK系の市民防衛隊(YPS)が自動小銃やロケット砲でトルコ軍や警察と激しい銃撃戦を展開している。(2016年11月・トルコ国境警備隊公表写真)

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タラル・セロ「証言」を報じたトルコ・アナドル通信が12月に公表した画像。「シリア北部でのPKK・PYDの武器貯蔵拠点」とするもの。SDFをYPG・PYD・PYD一体のものとし、「アメリカの供与武器がPKKに流れている」と報じている。シリアのPKK系政治政党が民主統一党(PYD)。トルコはシリア・クルド勢力が目指す民主連邦自治政府構想をなんとしてでも阻止したい構え。これがトルコ軍・自由シリア軍系一部諸派によるアフリン侵攻戦へとつながっていく。(2017年12月・アナドル通信画像)

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タラル・セロは「SDFがクルディスタン労働者党(PKK)の隠れ蓑」とアナドル通信で「証言」。たしかにPKKが強い影響力を持っているのはその通りである。だが、ゲリラ戦で培ったPKKの戦闘性があったゆえに豊富な武器を有するISと互角に戦えたのも事実で、アメリカもそれを知っていてSDFを支援してきた。多数の犠牲を払ってISから市民を解放したSDF・YPG側は、その成果を最大限にすべく、アメリカや国際社会へのアピールを含め「IS以後」を見据え、政治的な動きを見せている。写真は掃討作戦が続くラッカで、ISからの解放を喜ぶ市民。(2017年8月・YPG映像)

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ISとの戦闘を経てラッカでSDFの旗を掲げる戦闘員。背後の建物は激しい戦闘で破壊しつくされている。SDFは、行政統治はラッカ市民評議会に権限を委譲するとしている。委譲とはいえ、SDF・YPG主導の行政機関である。(2017年9月・FURAT-FM映像)

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ISを排除した地域では治安確保をするための部隊の編成が段階的に進んでいる。おもに地元住民から編成され、訓練のラッカでの治安維持任務を担うことになる。給料はわずかに出るが、圧力をともなう招集や、軍隊の経験のない女性の参加要請に対しては一部で不満も出ている。写真はラッカ内務治安隊結成の様子。(2017年5月・FURAT-FM映像)

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写真はラッカ市民評議会設置のようす。IS後の新たな統治形態は「世俗主義・民主主義・住民参加の理念による市民評議会」とするが、これはオジャランの思想「民主コンフェデラリズム」がベースになっている。「民主」とはいえ、がっちりとPKKイデオロギーがあるのもまた事実。トルコは、シリアで「PKKモデルのミニ国家」が誕生するのを阻止すべく動いてきた。(2018年1月・SDF写真)

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ラッカ近郊の農村地域で戦争被災者に食糧や衣料品を配布するラッカ市民評議会。戦闘で住居が破壊され、いまも郊外の避難キャンプでテント暮らしを強いられる住民は多く、町の再建と復興にはまだ時間がかかる。行政機関設置で外国の支援受け入れが進むとともに関係も強まることになる。(2017年11月・SDF写真)

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有志連合の米大統領特使マクガークは頻繁にラッカ入り。写真左はマクガークと有志連合指揮官タウンゼント中将(米軍)。写真右はラッカの地元主要部族代表らと「IS以後」の地域復興について会合する様子。数か月前までISに従わさせられていた部族首長たちである。トルコ・メディアは、タラル・セロ「証言」をもとに、「マクガークがアメリカによるシリア・クルド支援の筋書きを書いた」「テロ組織YPGへの武器供与のトリックを作り上げた」とする論調で批判している。(2017年8月・マクガーク・ツイッター写真)

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アメリカとシリア・クルド組織の関係はラッカ攻略戦で始まったものではなく、クルド側がコバニでIS戦を戦った2014年から続いてきた。当初は空爆支援だったものが、ISが世界的な脅威になって以降はアメリカの武器供与、さらに米軍地上軍派遣、戦闘訓練、「IS以後」の復興支援という流れになる。写真は2016年にシリア・コバニを訪問して地元政治家らと会うマクガーク米特使。こうした関係構築にトルコは危機感を募らせてきた。右端はコバニ県知事アンワル・ムスリムインタビューはこれ>>

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ラッカ近郊のアイン・イサでのラッカ市民評議会の会合。ISを排除した後の行政統治と支援などについて準備が進められた。有志連合指揮官ほか、米国務省使節らが評議会やSDFと話し合った。赤で囲んだのが、のちにトルコに事実上「亡命」し、SDFとアメリカの関係をトルコ・アナドル通信で「証言」したタラル・セロ元SDF報道官。(2017年8月・SDF写真)

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「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)
第1段階・開始声明 (2016/11/06)    第2段階・開始声明 (2016/12/10)
第2段階・戦果報告 (2017/01/16)    第3段階・開始声明 (2017/02/04)
第3段階・第2攻勢 (2017/02/17)    第4段階・開始声明 (2017/04/13)    
タブカ・ダム制圧声明
(2017/05/12) 
ラッカ突入・大攻勢戦開始声明
(2017/06/06)
ラッカ解放・勝利宣言 (2017/10/20)