イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)報道官、トルコに「寝返り」(1)写真10枚

◆SDF タラル・セロ 元報道官~米国武器支援の内情「暴露」
シリアでイスラム国(IS)との戦闘を続けるシリア民主軍(SDF)。10月にはISの拠点都市ラッカを制圧し、勝利を世界に向けて宣言した。その後、SDFはデリゾール北部に進撃し、米軍の武器支援のもと、IS残存勢力を追い詰めつつある。シリア北東部のIS壊滅が見えてきたなか、タラル・セロ司令報道官が11月、突然、トルコが支援する反体制エリアに脱出し、事実上、トルコ側に「寝返る」展開となった。SDFに何が起きたのか。
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トルコへの伝えられたSDFのタラル・アリ・セロ。報道官としてSDFの「顔」となってきた人物が突然、11月、消息を絶ち、トルコが支援するシリア北部の反体制派地域に入ったことが伝えられた。(SDF写真)

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SDFの前身となったのは、2014年9月に結成された「ユーフラテスの火山」作戦の合同部隊(写真)。作戦では、IS拠点都市ラッカ攻略を目的とし、YPGが自由シリア軍(FSA)ほか諸派と合同部隊を編成したが、のちに各派が離反するなどしたため、組織を改編し、2015年10月、あらたな枠組みのもとSDFの結成となった。(2014年9月・作戦司令部写真)

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クルド・人民防衛隊(YPG)がおもにシリア北東部のクルド人地域の防衛部隊として機能してきたなか、YPG主導のもと、アラブ人やトルクメンなど諸民族、アッシリア人などのキリスト系諸宗派の武装各派や地方部族を組織し、広範なIS掃討作戦を進めるためにSDFが編成された。IS掃討作戦の合同部隊を設置することで、アメリカの武器支援を受けやすくする狙いもあった。写真中央がタラル・セロ司令・報道官。(SDF写真)

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SDF結成当初から司令・報道官として「SDFの顔」となってきたのがタラル・アリ・セロ。クルド人ではなく、シリアのトルクメン(トルコ系住民)の出身。SDFは実質的にはクルド・YPGが主導するが、クルド人でないタラル・セロを前面に出した。SDFはクルド人組織ではない、と内外にアピールする思惑があったようだ。

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タラル・セロはもともとシリア北部アル・ラアイ近郊チョバンベイ(アラブ名ジョバンブク)を拠点とするトルクメン旅団で司令官(大佐)だった。ここはトルクメン(トルコ系住民の町。トルコはシリア内戦当初から、トルクメン諸組織を支援。ところがトルコはジャラブロスのトルクメン組織メフメト2世旅団に肩入れし、トルクメン旅団は革命戦士軍に合流。革命戦士軍はSDFと共闘関係を結び、司令官のひとりだったタラル・セロがSDF報道官となった。写真は、トルクメン旅団司令官時代のタラル・セロ。(2015年8月)

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2015年にクルド系ロナヒTVで話すタラル・セロ。「我々、シリアのトルクメンは、シリア人であり、トルコ人ではない。トルコがシリアのトルクメンを取り込めると思っているなら間違いだ。SDFを通して、クルド人、アラブ人とともに、シリアの将来のために尽くす」と当時、話している。(ロナヒTV映像・2015 年)

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SDFはIS「首都」ラッカ攻略を目指すユーフラテスの憤怒作戦を2016年11月に開始。地方部の町や村を包囲しながら、ラッカ市内に突入。激戦の末、2017年10月にラッカ攻略を果たしたSDFは、作戦の勝利を宣言。写真はラッカの競技場で勝利宣言を読み上げるタラル・セロ報道官(写真中央)。(YPG映像・2017年10月)

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タラル・セロ司令・報道官が突然、消息を絶ったのが11月。SDFは直ちに声明を出し、「トルコがセロ報道官と彼の子どもにまで圧力・恫喝を加えた」「トルコ情報機関が関与」とした。司令・報道官というトップが消息を絶ち、実質的に組織を裏切る事態となったことで、YPGやSDFは大きく動揺した。(写真は11月16日付で出されたSDF声明)

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タラル・セロがSDFを離れ、シリア北部ジャラブロスを経由してトルコに入ったとされる。ここはトルコ軍が支援する自由シリア軍武装組織のエリア。トヨタのワゴン車で移動した先でトルコ側装甲車が待ち受け、事前に準備された脱出だったようだ(シリア人記者の現場写真)。彼の出身地はアル・ラアイ。内戦当初は近郊のトルクメンの町チョバンベイでセルジュク旅団を指揮。(アル・ラアイはISが支配していたが、トルコ軍の「ユーフラテスの盾作戦」でトルコ軍・シリア武装諸派が制圧。過去のIS映像(11分35秒~)にアル・ラアイが出てくる >>

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タラル・セロ失踪から約2週間後の12月2日、トルコ・アナドル通信のインタビューに登場。「SDFはただの看板で、すべてはYPGが牛耳っていた。SDFはアメリカの支援を受けるために作られた」と話す。さらにYPGはクルディスタン労働者党(PKK)の指示のもとに動いていた、とし、PKKの深い関与を内部情報を交えて語った。SDF・YPGにPKKに関係しているのは周知の事実だが、組織トップにあった当事者が具体的な人物の名前を挙げて「証言」した意味は大きい。ただ、かつてはトルコを批判していたタラル・セロが、今回の脱出後にトルコの主張に沿う形の答えをしている点にも留意しておきたい。(アナドル通信映像より)

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シリア北部でSDF・YPGとIS掃討作戦で連携する米軍。トルコ・アナドル通信のタラル・セロの「証言」は、シリア・クルドと結びつきを深めるアメリカをトルコが強く牽制することにもなった。写真はトルコ軍機のケレチョホ空爆事件で現場視察に向かう米軍の装甲車ストライカー。(ロジャヴァ・ニュース映像・2017年4月)

IS掃討作戦~SDF報道官、トルコに逃れ、米国の武器支援の内情「暴露」(2) につづく>>

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「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)

第1段階・開始声明 (2016/11/06)    第2段階・開始声明 (2016/12/10)
第2段階・戦果報告 (2017/01/16)    第3段階・開始声明 (2017/02/04)
第3段階・第2攻勢 (2017/02/17)    第4段階・開始声明 (2017/04/13)    
タブカ・ダム制圧声明
(2017/05/12) 
ラッカ突入・大攻勢戦開始声明
(2017/06/06)
ラッカ解放・勝利宣言 (2017/10/20)