イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画・日本語訳+写真28枚】イスラム国(IS)戦術分析(27)◆出撃(2)「死の誓い」と殉教

◆「死の誓い」唱和した幹部アブ・マリク、スフナ攻略戦で戦死【動画+写真28枚】
イスラム国(IS)の宣伝映像には「死の誓い」の場面が何度も登場している。戦闘前に部隊が右手を重ねあい、「勝利か、殉教かを獲得するまで戦い抜く」とアッラーに誓う。今回の映像で「死の誓い」を唱和しているのはIS幹部アブ・マリク。この戦闘で本人も戦死。ISは、率先して前線に立って「死の誓い」の言葉を唱和し、戦死したアブ・マリクを殉教者として扱い、のちに追悼のための弔い合戦も展開。パルミラ制圧戦の端緒を開いたスフナ攻略戦と、死を誓って出撃し戦死した幹部アブ・マリクについて。

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【IS動画・日本語訳】シリア・ホムス県「スフナ解放戦」 一部意訳・転載禁止

シリア・ホムスで政府軍陣地に攻撃戦を仕掛けるIS部隊の映像。この戦闘は2015年5月上旬でパルミラ(タドムル)制圧に至るホムス県でのIS攻勢のひとつ。出撃前の「死の誓い」を唱和するのは、サウジ出身のアブ・マリク・アッ・タミーミ。戦闘員ともに死を誓うタアブ・マリクの部隊がシリア政府軍陣地に突撃する「勇姿」を描くプロパガンダとなっている。アブ・マリクはこの戦闘で戦死。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年5月)

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今回の映像の2015年4~6月のおおよその勢力図。赤斜線部分はISの攻勢でシリア政府軍が2か月間で失った地域。シリアの面積は日本のほぼ半分なので、九州よりも大きい広範な地域が短期間に制圧されたことがわかる。動画に出てくるスフナはパルミラとデリゾールを結ぶ町。ISはこのスフナ攻略戦ののちさらに進撃を続け、1週間後には歴史都市パルミラ(タドムル)までも制圧。その後、政府軍がスフナを奪還したのは2017年8月である。

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IS小型ドローンのカメラ映像。民生用ながらかなりの高度まで飛ばすことができているようだ。「イスラム国軍・無人航空機」との表現は、他の地域のドローン映像でも使われている。この当時はまだ偵察・撮影用途がおもだが、のちにドローンに爆弾や小型砲弾をつけて飛ばし、遠隔操作で敵の上空から投下する戦術へと進化を遂げる。

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映像の冒頭で「死の誓い」を唱和しているのは、アブ・マリク・アナス・アン・ナシュワン(アブ・マリーク・アッ・タミーミ)。ISの宗教指導も担う幹部のひとりだった。サウジ出身で2009年にアフガンに渡ったとされ、以前からサウジ当局やアメリカから手配リストに名が挙がっていた。密かにシリア入りを果たし、ISに忠誠を表明。

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タアブ・マリクは2015年4月のIS公式映像(フルカーン)に登場。欧米キリスト教世界を主軸とする十字軍同盟との「対決の論理」や支配地域内のキリスト教徒住民の扱いについて解説。映像の最後では、リビアの2つの場所でエチオピア人のキリスト教徒計30人を銃殺と斬首で処刑する残酷きわまりないシーンが挿入されている。(IS映像・2015年4月)

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戦死したアブ・マリク(右)。スフナ攻略戦が戦われたのは2015年5月13日。当時、ホムス県メディア部門が配信した速報写真には「スフナ戦における殉教志願ジハード戦士アブ・マリク・アナス・アン・ナシュワン師」とある。戦闘員とともに死を誓い、戦死したアブ・マリクをISは「殉教者」として扱っている。この写真では他の戦闘員を前に戦意奮起(タハリード)のスピーチを行なっているようだ。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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青いハチマキは意味があるのかとシリア人に聞いたところ、色そのものに宗教的な意味はなく、突撃して接近戦になった際に味方を識別するためや、部隊の決意のほどを示す意図があるのではないかということだった。別の戦闘では白や赤などのハチマキも使われている。(IS戦闘員に直接聞いたわけではないので実際のところは不明です。ごめんなさい)(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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「スフナ解放戦の戦闘開始前の準備」とある。写真に写っているのは部隊の一部とみられ、これだけで30人以上。だいたいこのぐらいの人数が小隊(ムフルザ)に相当。これが複数で中隊(たぶんサラヤ)、その複数が大隊(カティーバ)を構成。一応、その上に旅団(リワ)があるが、ISは数百人規模の部隊でも「旅団」とつけて超大盛りにしたりするので、各隊の実際の人数規模は不明。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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突撃戦を前に、戦車を準備。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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「ヌサイリ(シリア政府軍)への突撃戦を前にズフル(正午)礼拝」。ISメディア部門は、こうしたシーンも宣伝写真に入れ込んでいる。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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シリア政府軍陣地に向けて突撃するISのT-55戦車。この作戦が戦われた2015年5月はISの高揚期で、コバニ戦では敗北したもののホムスでは小さな町や村を攻略しながら拡大攻勢を続けていた。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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政府軍陣地に突撃をかけるIS部隊。ISのナシード(宗教歌)「死に向かって進め」が挿入されている。死を誓って出撃する戦闘員の姿を映し出し、ジハードや殉教を連想させる仕掛けがプロパガンダに組み込まれている。IS戦闘員がよく動画で語るフレーズに「我々はお前たちが生きることを望む以上に死を望んでいる」がある。ただし、IS幹部でも逃亡したり、敵軍に拘束され尋問で内部情報を話す例も多い。ISプロパガンダを見るにあたっては、こうした部分にも留意しておくべきだろう。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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対戦車誘導ミサイル(ATGM)でシリア政府軍戦車を破壊。9M113 コンクールスのように見える。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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陣地から次々と逃げ出す政府軍兵士。上に示した地図でもわかるとおり、この時期、ISはホムス県で大攻勢をかけ、この一帯でのシリア政府軍の志気低下は著しかった。映像に挿入されているナシードは「軍事キャンプの歌」。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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敵陣までたどり着き、兵舎に近接突撃をかける。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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シリア政府軍陣地への攻略突撃(カタハム)で、目標のひとつを制圧したIS部隊。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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建物のなかにあったアサド大統領のポスターを引き破る。このあと次々と拠点を制圧していく。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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左はヒズボラの旗。このあとヒズボラの旗に火をつける。レバノンからのヒズボラ義勇兵はシリア政府軍兵士と比べて志気が非常に高いので、現場から逃げずに最後まで戦って死んだのではないかと推測される。右の旗の文字は「おお、アリー・イブン・アビー・タリーブ」。シーア派を示す映像を交えることで、スンニとシーアの戦いであると印象づけている。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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殺害したシリア政府軍兵士の死体(一部ぼかしています)や身分証なども晒している。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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政府軍陣地の攻略を果たし、祈りをささげるIS戦闘員。殉教と死、そしてアッラーからの勝利を想起させる編集になっている。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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「ヌサイリ(政府軍)を一掃したスフナ」とある。ISは「背教徒・多神教徒・十字軍結託同盟たる勢力(ここではアサド政権とそれを支援するシーア派、さらにロシア)からスフナのムスリム住民を解放」という位置づけである。(IS写真・シリア・ホムス県・2015年)

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映像では、町に入ってきたIS部隊を「歓迎」する住民のようすが映っている。内戦という状況下、力のない一般住民は新たに入ってきた勢力を受け入れるしかない現実がある。同じ戦車のアップはこの下の写真↓(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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右端の赤い丸で囲んだ部分はぼかしを入れたが、政府軍兵士とみられる生首をのせている。こんなのが戦車で町に入ってきて「統治」を始めるわけで、住民にはどうすることもできない。ISがいれば政府軍の空爆の巻き添えとなり、政府軍が奪還してもISの砲撃にさらされる。町を脱出できても生活の糧がなければ生きてゆけず、行き場のない住民は戦闘のはざまで耐えることを強いられる。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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左上が「スフナの解放」を伝えるISホムス県公式声明(2015年5月13日付)。同じ日にホムス県下の各地で攻撃戦があり、T4航空基地へのロケット砲攻撃やパルミラ(タドムル)でミグ戦闘機撃墜などいくつもの戦闘声明を出した。この1週間後、ISはパルミラ市を制圧。このときの一連のIS大攻勢の速度はすさまじく、政府軍兵士の志気にも影響を与えていた。

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スフナ制圧後、約2年間にわたってISの統治が続く。この写真は2016年6月にモスクでコーランを学習・暗記する子どもたちのようすを伝えている。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2016年)

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モスクで子どもがコーランを学ぶこと自体はアサド政権下でもあったことだが、ISはこうした場所でジハードと殉教をセットにして教えたり、異教徒・他宗派排撃の思想を子どもの心にすり込む。斬首映像を見せたり、軍事訓練をさせ、殉教すれば天国が約束されるとして戦闘へと駆り立てる。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2016年)

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戦死したアブ・マリクの死体とされる写真。ネットで出回ったもので真偽は不明。ぼかしを入れた部分の顔は損傷している。腰に黒い帯状に巻いているものは小型自爆ベルトのように見え、同じ日の出撃前の写真で同様のベルトをしている点や戦闘服、チェストリグの形状は一致する。

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ISは幹部が死亡した場合、公表を遅らせたり、伏せることが多い。アブ・マリクのような指導的幹部の戦死がIS公式メディアで写真つきの「速報」として出る例はあまりない。指導層であっても、死を誓って前線で一般戦闘員の同胞とともに戦ったこと、そして殉教者となったのだと伝える効果も意図したのではないか。

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アブ・マリクの「殉教」を受け、この後に続く攻略戦では、「アブ・マリク・アッ・タミーミ師・大攻勢戦」と彼の名を冠した作戦名がつけられ、動画はPART1・PART2が出ている。とくにPART2は歴史都市パルミラの制圧を伝える内容となっている。これについては、次回に続く 

(IS内部の用語や軍事用語については不明な部分もあるので加筆・修正する場合があります)
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