イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画・日本語訳+写真21枚】イスラム国(IS)戦術分析(26)◆出撃(1)「死の誓い」と薬物使用

◆死の忠誠で「勇姿」伝える一方、戦闘で興奮薬物も 【動画+写真21枚】
イスラム国(IS)プロパガンダが伝える勇ましいジハード戦士の姿。その決意の固さを示す「死の誓い」は、IS映像に繰り返し登場する。死をいとわず突撃する果敢さが、敵を苦戦させてきた。強い信仰心で武装した戦闘員の数は確かに他組織よりも多い。一方、戦闘の現場では大量の興奮覚醒薬物も見つかっている。戦闘時の興奮作用や鎮痛目的で使うものとみられる。今回は出撃時の「死の忠誠」映像に加え、薬物使用について考察。

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【IS動画・日本語訳】シリア・デリゾール「軍事空港一帯での戦闘」 一部意訳・転載禁止

前回と同様、シリア・デリゾールでの政府軍空港基地攻撃戦。一連の「アッラーからの勝利」シリーズではない。公開は2015年11月。撮影時期はそれより少し前の10月上旬。軍事空港一帯での戦闘の様子と自爆突撃する戦闘員らのメッセージのみを抜粋。

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IS部隊が出撃前にするいろいろなこと。武器弾薬準備、作戦説明のほかに隊長(アミール)の戦意奮起(タハリード)、バグダディ指導者への忠誠や死の誓い、そしてアッラーからの勝利を祈る礼拝などがある。いずれも戦闘での戦意奮起や固い決意を示すものとして宣伝映像に挿入されている。タハリードは前回解説 >>

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互いに右手を差し出し「誓い」(バイア)を唱和するIS戦闘員。バイア自体はムハンマドの時代にさかのぼるもので、ISが作り出したものではない。ただ、ISはバグダディへの忠誠や死の誓いに宗教性や歴史性を付与し、戦いも異教徒殺戮もすべて根拠のある正当なジハードのように見せている。

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フード付きの迷彩戦闘服を揃えている。戦闘員らに向けて発する言葉は「殉教か勝利か」の戦意奮起であると同時に、ジハードへの意志確認でもある。

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複数のカメラを使い、撮影段階から「勇姿」を演出する計算がなされている。全員フードを被るよう指示もしているのだろう。当時はまだシリア入りが比較的容易だった時期。これらの「カッコよさ」を伝える映像に感化され、各国からIS入りした者も少なくない。

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ボディアーマー(防弾ベスト)を着用しているようにみえるが、プレート挿入部分から青い起爆ケーブルが伸びているので、爆薬を入れた自爆ベストとして使っていると思われる。こういう場合の自爆ベストや自爆ベルトは近接突撃戦での自爆用のほかに、敵に包囲された場合の自決用でもある。また「固い決意」を示すアイテムともなっている。

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戦闘員に向けて、「敵前逃亡はもっとも重い罪のひとつ」と説く。「さらなる戦いに備えたり、味方の隊への合流する場合を除いて、戦いの日に敵に背を見せるような者は、たちまちアッラーの御怒りを背負い込み、その者の行く先は地獄」(戦利品章:16節)とコーランを引用し、逃亡や投降を認めないことをあらためて確認している。

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中央の戦闘員は丸いボール型の手製爆弾(アブワ・ナスィファ)をぶら下げている。防護壁爆破や近接戦での投げ込み弾としてISがよく使う。このデリゾール軍事空港基地攻略戦の映像は、2015年10月上旬のもの。武器装備もふんだんにあった時期で、繰り返し空港基地一帯を攻撃していた。結局、ISは多大な犠牲を出しながら、この空港基地を攻略することはできなかった。基地を死守したシリア政府軍側の損失も多大なものとなった。

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この映像では2人の戦闘員が装甲車両で自爆突撃を敢行している。ひとりはアブ・オマル・アル・マスリとあるので、エジプト出身とみられる。ISのプロパガンダ映像の組み立て方は、「ジハードはムスリムの義務・カリフ再興を願う者はイスラム国に移住せよ・敵はイスラムを攻撃している・敵と戦って死んだら殉教となり天国が約束されている」のような手法が多い。のちにIS地域入りが困難になると、「自分の国で決起し、一般市民を狙え」といった扇動が増える。

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シリア政府軍拠点に向けて自爆突撃するアブ・オマル・アル・マスリの装甲車。旧ソ連時代に開発されたBTR-50のようだ。

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2人めの自爆要員は「イスラム国へ来たれ」と呼びかける。シリア・イラクの多くの一般住民、そしてスンニ派指導者や他のジハード系武装組織でさえ、「バグダディとか、こいつ、そもそも誰やねん」と思っている。バグダディがカリフを名乗る宗教的根拠も正当性も不明である。「今日からバグダディ師がカリフ。スンニ派ムスリムとカリフ制再興を願う者はイスラム国とバグダディに忠誠を誓え。文句言うやつはみんなアッラーの敵」とする無茶な論法にもかかわらず、巧妙なプロパガンダに取り込まれ、シリア入りした外国人も少なくない。バグダディ・カリフ宣言(2014)>

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第2の自爆突入装甲車両 BMP-1。砲塔部分の文字は「カディシーヤ軍」とある。現在のイラクナジャフ近郊で正統カリフ時代イスラム軍勢がササン朝ペルシア軍を打ち破った故事にちなんでいるようだ。イランやシーア派への対抗から、スンニ派武装勢力にも「カディシーヤ軍」の名を冠する組織がある。

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IS映像には「死の誓い」「バグダディへの忠誠の誓い」がいくつも出てくる。いずれも右手を差し出し、ジハード戦士として戦い抜くことを誓う。写真は2015年4月、サラハディン・イラク軍堡塁突撃戦を前に、少人数の分隊で誓いを唱和する様子。「イスラム国兵士によるアッラーの大道の死の誓い」とある。(IS写真・イラク・2015年)

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シリア・ホムスの前線で政府軍陣地に突撃をかけるIS部隊の出陣前の「死の誓い」。例えば日本軍も兵士に死を誓わせ、戦陣訓の「生きて虜囚の辱を受けず」は自決や玉砕戦にもつながった。日本軍は天皇陛下と皇国のため、ナチス・ドイツ軍は総統と第三帝国のため、ソ連社会主義祖国のためと、どの軍隊でも兵士に「忠誠と死」を求める部分には共通性がある。ISの「死の忠誠」だけをもって、そこに狂信性や特殊性を見るべきではないだろう。(IS写真・シリア・2016年)

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ISラッカ県メディア部門は、2015年、「死の誓い」とタイトルをつけた映像を公開。シリア・ラッカからイラク・サラハディンへの増援部隊の出撃で、死の誓いを立てる内容。「さあ兄弟たちよ、十字軍、ラフィダ(シーア派イラク軍)、ヌサイリ(アラウィ派シリア政府軍)に思い知らせるのだ。アッラーの軍勢と戦ったことを後悔させてやれ。シリアからイラクに出撃する殉教志願戦士と決死突撃戦士が戦列をなし、苛烈な殺戮戦を仕掛けよ!」と戦意奮起のスピーチを行なっている。(IS映像・2015年・シリア)

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「死の誓い」を英雄的、扇情的に映し出すISだが、実際はどうだったのか。サウジのような国からシリア入りしてきた戦闘員は、宗教的なガチ度も強く、決死性が高い傾向があった。一方で、シリアの貧しい農村出身の地元青年らは、家族を養うためにとか、村の部族の動員で入ったりする例が多かった。なかには殉教を信じた者はいるものの、逃亡したり、降伏して捕虜となった者も少なくない。(IS映像・2015年・シリア)

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日本軍にも、敵に包囲され玉砕突撃や自決した兵士もいれば、捕虜になった者もいる。戦いに殉じた上官がいた一方、部下や住民さえ見捨てて逃げた指揮官がいる。ISも同様で、確かに「ジハードでの殉教は天国に至る道」と信じて戦死した者もいれば、投降した者もいるし、逃げた司令官もいる。そういった意味では、軍の決死性の突きつけの度合いこそあれ、どの世でも、どの地でも似ているところがあるとも思える。

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ISが敵弾のなかを果敢に突撃できたのは、信仰心や志気の高さもあるが、もうひとつは一部部隊で薬物を使用していたという点。ISは宗教警察を設置し、麻薬・大麻などの薬物を厳しく取り締まり、イスラム法統治を宣伝した。一方、戦闘現場で興奮作用や鎮痛目的で覚醒薬物を使用していた。享楽目的でない薬物をISがどう規定しているかは不明だが、戦闘での薬物使用は対外的には伏せられてきた。(IS写真・2016年・シリア)

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クルド・人民防衛隊(YPG)の戦闘員が携帯で撮った映像。殺したIS戦闘員のポーチから薬物と注射器が出てきたところ。小分けのパックになっている。組織的に部隊に供給されていたのか、一部の激戦地域の部隊が使用していたかは不明。医療用途やモルヒネのような鎮痛剤ではないかとYPG司令官に確認したところ、鎮痛用と興奮覚醒用の2つの目的があるという。突撃に失敗して拘束されたIS戦闘員のなかには、薬物の作用でもうろうとして、ろれつが回らなかったり、極度の興奮状態で明らかにおかしい者もいたということだった。(YPG映像・2014年)

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シリアを取材したときに撮影。YPGがIS拠点に突撃して殺した司令官が所持していた薬物。コバニ南部戦線で指揮をとっていたIS司令官(アミール)、アブ・ザハラのもの。ISは恐怖心克服の興奮覚醒用や負傷時の鎮痛用で使っていたという。実際に袋を手に取ってみると、ふわっとする感じで、見た目よりもえらく軽い印象だった。吸引か注射か聞いたら、吸引もあるだろうし、注射器も見つかっていると話していた。ビニール袋に穴が開いていて、手とか服の袖についてあせった…。(シリア・コバニ・2014年12月・撮影:坂本)

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短剣も死んだIS司令官アブ・ザハラの所持品。その下の黒いのはラップトップPC。耐衝撃・防塵・軍用規格準拠のDELLのXFRとかすごいの持ってた。殺されてからまだ2時間ぐらいのときに撮影。(シリア・コバニ・撮影:坂本)

【動画】ISが使っている戦闘時の薬物(転載禁止)

せっかくなので短いですが動画もあります。「戦闘時に注射」とコメントが入っていますが、YPG戦闘員は吸引も注射も両方あるだろうと、言ってました。(シリア・2014年12月末・撮影:坂本)

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戦闘での恐怖心克服や興奮作用のための薬物使用は珍しいわけではない。かつて日本軍でもヒロポンのような覚醒薬物が使われていた。ただISは「死の誓い」「アッラーの大道」を前面に押し出し、勇猛なジハード戦士像を見せ、自らをアッラーの兵士などと宣伝しながら、一部の戦闘現場で興奮覚醒剤を使用していた現実があった。無理やりISに入隊させられた地元住民、少年などは志気も高くない。薬物で突撃させられた例もあるのではないか。(IS映像・2015年・シリア)

(IS内部の用語や軍事用語については不明な部分もあるので加筆・修正する場合があります)
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