イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【シリア・クルド】コバニ県知事インタビュー(2)〔アーカイブ〕写真8枚(全4回)

◆IS侵攻で20万人の避難民
2014年9月、コバニへの侵攻を始めたイスラム国(IS)。近郊の農村地帯も含め村や町を追われ避難民となった住民は20万人にのぼる。その多くはトルコ国境に避難した。コバニで苦境に立たされたクルド・人民防衛隊(YPG)は、米軍主導の有志連合軍の空爆支援を受けながらISに対する抵抗戦を続けていた。切迫した状況になか、コバニ県知事アンワル・ムスリム氏は国際支援の必要性を訴えた。(インタビューは2014年12月末)
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アンワル・ムスリム・コバニ県知事。ISの侵攻でコバニ住民が過酷な状況にあるなか、国際支援を訴えた。コバニ県はのちにユーフラテス県に改称。 (シリア・コバニ)

アンワル・ムスリム・コバニ県知事インタビュー(2/4)

◆坂本:ISはコバニ制圧のために、ラッカやマンビジからたくさんの戦闘員を送り込みました。これに対し、皆さんは激しく反撃しました。ISは幾千もの戦闘員をここで失い、これはISにとっても高くついたコストとなったわけですが、なぜISはそこまでしてコバニを制圧したかったのでしょうか?

アンワル氏: まず第一の理由として、ダアシュ(IS)は「イスラム国家」なるものを宣言し、モスルからラッカ、デリゾール、その他のシリアの地域にわたって支配下に置こうとしてきました。そして地理的にこれら地域を「イスラム国」として統合させようと試みてきました。コバニはロジャヴァ東西をつなぐ要衝でありながら包囲が続いてきました。

ISは6月にモスルを制圧するとイラク軍基地から大量の武器を強奪します。その軍事力を背景に西方への展開をすさまじい速さで拡大させたのです。 

もうひとつ理由としては、ISはクルドが独立し、民族的権利のもとにシリアの一つのモデルとなる民主自治を私たちが確立するのを何としても阻止したいのです。

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【IS】2014年9月、ISはコバニへの侵攻を開始。ラッカ、テルアブヤッド、マンビジの3方向から大部隊を送り込み近郊の村々を制圧。写真はコバニに向け進撃するIS部隊。(IS映像)

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【IS】コバニ市内に瓦礫のなかを走るIS戦闘員。ISはラッカ県とアレッポ県から部隊を投入。この映像はISアレッポ県メディア部門が公開したため、右上のロゴは「アレッポ」となっている。(2014年11月・IS映像)

ISの侵攻の速度は非常に早く、住民の多くはトルコへの越境を余儀なくされました。避難民の受け入れにトルコ政府の協力は十分だったと言えますか?

アンワル氏: ISから逃れるために、ジャジーラ(カミシュロ・ハサカ一帯の地域)に逃れた人もいます。他はアフリンに逃れた住民もいますが、ほとんどは国境を越えてトルコ側に逃げました。国境を挟んで親戚がいたりする住民もいたからです。すべての避難民がキャンプにいるというわけではなく、トルコ側にいる村の親戚の家に身を寄せている人も多数います。

ISの侵攻で土地を追われたのはクルド人のほか、アラブ人、トルコマン、キリスト教徒も含まれています。20万人におよぶ住民が避難民となり、その多くが着の身着のままで国境を越え、トルコに逃れました。

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【YPG】IS拠点への突撃戦で瓦礫のなかを進むYPG戦闘員。左はトルコ南東部からYPGに義勇入隊したクルド人。(2014年12月末・撮影:坂本)

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ISとYPGの激しい戦闘で破壊されたコバニ。(2014年12月・撮影:坂本)

住民に必要な支援活動をするクルド諸政党、行政機関、民間団体のいずれもが、トルコ政府に支援を求めたものの、今まで何らの支援も受けることができていません。トルコ当局は国境の通過のみを認めただけです。しかしこれは十分とはいえません。

私たちは人道団体や国際援助機関に人道的な支援を呼びかけています。とりわけ冬は子どもや女性に様々なものが必要となります。もし支援がなければ、こうした状況がさらに悪化するでしょう。 

実際にはトルコは、国境を挟んだシリア側にクルド人の行政統治機構が出現することを望んではいません。ゆえにISを様々な形で支援し、私たちの動きを牽制し、妨害しているのです。

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コバニのYPG地区に撃ち込まれたIS側からの砲撃。住民のほとんどは近くのトルコ国境を越えて避難民となった。(2014年12月)

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コバニからトルコ側に逃れてきた避難民の子ども。ISが町に攻め込んできたため、国境の鉄条網地帯を徒歩で越え脱出。避難生活の家族を少しでも支えるために、冬の寒空の下、路上でパン(ナン)を売っていた。トルコの貨幣に慣れず、きょうだいで必死に計算していた。(2014年12月・トルコ・スルチ・撮影:坂本)

具体例としてはトルコ国境側からISがコバニの私たちを攻撃してきたこともあります。モスルを制圧した際、ISはモスルで人質にとった外交官、職員と家族ら49人を解放しました。

他方で多くの国々の人びとがISの人質となっています。ISはこれらの人質を解放していません。トルコ外交官だけがなぜ解放され、その他の人質だけが解放されないのか。解放交渉の過程で何らかの「合意」や「取引」があった可能性もあります。

トルコはISに対する有志連合には入っていません。すべての国際社会が一致してISに対して戦っているなかで、なぜトルコは参加していないのでしょうか。私たちはトルコ政府に対し、ISに対する立場を明確にするよう求めてきました。トルコは表面ではISの脅威を言いながら、それと戦う勢力や避難住民に冷ややかな態度をとっているのが現実です。
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シリア国境沿いを走るトルコ国境警備隊の装甲車。その向こうの鉄条網を隔ててシリア。たくさん並ぶトラックや自動車はシリアからの避難民が越境する際に置いて残してきた車両。トルコ政府にとってはシリア・クルド自治区化すれば、PKKの出撃拠点となるかもしれず、また国内のクルド人の運動にも大きな影響を与えるためロジャヴァの動きを強く警戒している。(2014年12月・撮影:坂本)

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