イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画・日本語訳+写真28枚】イスラム国(IS)戦術分析(25)◆陣地攻略戦(3) デリゾール軍事空港・工業地区戦闘

◆出撃前の戦意奮起(タハリード)【動画+写真28枚】

イスラム国(IS)が支配していたシリア・デリゾール。軍事空港と工業地区一帯はシリア政府軍が死守する「陸の孤島」のような状態となっていた。前回に続くIS映像「アッラーからの勝利とすみやかなる征服」のPART3を分析。映像ではISは戦いを勝利的に伝えているが、実際には度重なる攻撃にもかかわらず、軍事空港基地の攻略は果たせなかった。今回の動画・写真とも、ISプロパガンダであることを踏まえながら検証したい。

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【IS動画・日本語訳】シリア・デリゾール・攻略戦(3) 一部意訳・転載禁止

デリゾールでの戦闘を伝えるIS映像「アッラーからの勝利とすみやかなる征服」。今回の映像はPART5まで出たなかのPART3。映像は一連の攻略戦を編集したもので2015年秋頃以降の戦い。この動画は2016年1月に公開された。(検証用ですので短くしています)

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この映像が公開された2016年1月頃のデリゾール近郊の勢力図。シリア政府軍はISに包囲され、「陸の孤島」の状態。政府軍側はロシアの支援も得ながら軍事空港に輸送機で物資・兵器を補給して攻防戦が続いていた。今回の映像は「軍事空港と工業地区」での激しい戦闘の様子。ピンクのハウィージャ地区はPART1。緑の文字のミサイル基地がPART2での攻防戦。このあとISは軍事空港左方面に分け入って進撃し、政府軍エリアを一時的に分断するが、結局は空港制圧にはいたらなかった。その後、ユーフラテス川の西部方面は政府軍が、東部方面からはシリア民主軍が進撃し、ISは南部へと追われる。

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映像の冒頭では、作戦前の準備シーンが挿入される。自走機関砲ZSU-23-4。前回映像の最後でもISが「政府軍から獲得した戦利品」として紹介している。旧ソ連で開発された兵器で、防空兵器の愛称に川の名がつけられたことから、ロシアとモンゴル国境近くにあるシルカ川に由来してシルカと呼ばれる。

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トラックにはハイル県管区「重砲大隊」の文字。自衛隊だと「野戦特科」に相当するのではないか。「大隊」と名前がついていても、必ずしも一般の軍隊で言うところの大隊を構成する人数・装備と同じというものではなく、名前だけ大仰に「大隊」というのもある。自衛隊の「高射特科」にあたる部隊としては、ISには「防空大隊」がある。いずれも部隊の運用は県管区単位となっていた。「ハイル県」とはISがデリゾール県を勝手に改名してつけた名前。

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出撃前は作戦概要の説明が行われるが、これに加え、今回の映像に映る「戦意奮起」がある。アミール(隊長)や宗教的指導の立場にある指揮官らが、部隊を前に戦意奮起の言葉を発する。これは「ケリマット・タハリード」と呼ばれる。戦闘への奮起を促すスピーチは指揮官、隊長からの訓示であると同時にアジテーションであり、また仲間の意志一致でもある。この戦いがジハードであることをあらためて確認し、宗教的意義を持たせ、戦意を奮い立たせる意図がある。

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戦意奮起(タハリード)のスピーチ。これから自分が何のために戦うのかを確認させるのは重要で、敵弾のなかを突撃していく強い意思を奮起させ、また敵前逃亡や投降を防止するためでもある

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この映像に映っているタハリードに整列した人数は約30人が確認できる。いわゆる一個小隊に相当。小隊は一般にムフルザ。ISもムフルザと呼んでいるようだ。

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これは別の出撃部隊のようだ。タハリードの奮起スピーチをするのは他の武装組織も同様だが、宗教性の強い組織ほど信仰心やジハードに関する要素が多くなる。

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出撃前には、あらためて礼拝をして勝利がアッラーから授けられるよう祈る。戦闘だけでなく、礼拝シーンを盛り込み、戦いの「ジハード性」を想起させる演出がなされている。

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目標の政府軍軍事空港基地に戦車や迫撃砲でまず激しい砲撃。そのあとに自爆突撃が加えられる。写真は無反動砲のようだ。IS映像にはやたらと肩載せ発射シーンが「すごいやろ」的に挿入される。無反動といえ反動はけっこうなものだし、命中率もどうかと思うが…。

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一斉砲撃の一部が、戦闘機を格納する掩体壕えんたいごうに着弾している。

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今回の映像に出てきた攻撃戦は2015年秋のもの。軍事空港近辺の現場で誘導を受ける自爆要員操縦の戦車。この戦闘での声明(右上・2015/10/26)では「爆弾戦車で突撃」とある。チュニジア出身の戦闘員だったようだ。

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砲塔部分のないT-55戦車と思われる車両で、シリア政府軍陣地検問所に自爆突撃。戦争とはいえ、こんな使い方をするのは正しき「戦車道」ではないだろう。

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鉄板とスラットアーマー装甲のダンプ。もう何だかわからない車体になっている。この突撃は2015年11月11日。映像のここまでが軍事空港での戦闘。

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ここからはデリゾール・工業地区での突撃戦。ブルドーザー2台、トラック1台が自爆。対戦車砲RPG対策の鉄柵状のスラットアーマーで車体をぐるりと取り囲んだ装甲ブルドーザー。

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第2自爆ブルドーザー。スラットアーマーがすべてのRPG弾を止めるというものではいが、車両ごとに徹底的に覆っているということは、やはりそれなりの効果があると推測される。

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「彼を受け入れ給え」とあるのは、この作戦ですでに戦死したことを意味し、「アッラーよ、彼を殉教者としてお受け入れください」ということを意味している。

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3番目の自爆トラック。突入時に狙われやすい正面部分を頑丈に装甲している。鉄板だけでなく、対戦車ロケット弾よけのスラットアーマーで囲む。運転席のわずかな部分のみ見えるようになっている。この部分のみ装甲車から取り外した防弾ガラスがはめ込まれる場合が多い。この大きさだとハンヴィ機銃部側面の防弾窓の流用ではないか。右下はスラットアーマー部分のアップ。いわば「使い捨て」の自爆車両でも、任務達成を確固なものとするためにがっちり溶接する職人ぶり。自爆車両工場は過去記事参照 >>

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このトラックの場合は正面はガチガチに防御を固めているが、車体後部・上部はそれほど装甲は施されていない。青いタンクに爆薬が詰まっている。

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運転席横に置かれた爆弾。起爆ケーブルがつながっているのがわかる。

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まるで「自爆祭り」のように次々と突撃し爆発。「任務達成の瞬間」とテロップが出る。一回の作戦でいくつも連続自爆をかける戦術は、他の組織と比べるとISが圧倒的に多い。

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この映像が出た時期に頻繁にISプロパガンダに挿入されるようになった宗教歌(ナシード)、「いざ来たれ、イングマスィ戦士よ」。突撃決死戦士(イングマスィ)については過去記事参照 >>

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タイプのアクションカムを装着し、突撃シーンを映す映像では、激しく飛んでくる敵弾のなかを駆け抜ける。まるでFPSゲームのようなライブ感に仕立て、扇情的なナレーションも加わり「勇猛さ」が演出されている。

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戦闘員が手にしている容器(ミルク缶やポリタンクなど)には爆薬が詰まっていて、即製爆発物(IED)として使われる。IEDはアブワ・ナスィファと呼ばれる。近接市街戦では、建物の壁に穴を開けながら地区を攻略していく。爆薬を調節して壁を破壊するほか、写真の量だと敵兵が残存する拠点に設置し、建屋全体ごと吹き飛ばす目的と思われる。IS爆弾製造の過去記事 >>

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IS指導者バグダディと広報官アドナニの言葉が挿入されている。戦闘映像にあわせて高名な指導者のスピーチ音声をオーバーラップさせるのは、ISプロパガンダの「定番スタイル」。アドナニは2016年8月、有志連合の空爆で死亡したが、その後もIS映像にスピーチ音声が象徴的に使われる。また最近ではアドナニの後任の広報官、アブル・ハサン・ムハジールのスピーチ音声が使われる。

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後半の工業地区突撃戦での映像の編集テンポの速さはすさまじい。ナシードと映像を組み合わせ、実際の戦闘をプロパガンダとして「魅力的・煽情的」に見せる手法がシリーズごとに「向上」している。

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この地区では政府軍側にレバノンシーア派組織ヒズボラの部隊がいたようだ。ISはシーア派ヒズボラも正統なイスラムとは見なしていない。ヒズボラとは「神の党」を意味するが、ISは、「悪魔の党」(ヒズブ・シェイターン)とあえて侮蔑的に呼ぶ。この当時、デリゾールではISの猛攻が続いていて、包囲された政府軍兵士が降伏や戦線離脱する可能性さえあった。レバノンからのアサド政権への義勇応援部隊としてヒズボラは士気・戦意が高い。ヒズボラがデリゾールの前線に派遣されていた背景の一端にはこうしたこともあるのではないか。

f:id:ronahi:20180528150618j:plain「戦闘は勝利し、敵の拠点を制圧」と映し出される。IS映像の構成の多くが、信仰忠誠、勇猛な戦闘、敵陣制圧後は敵兵の死体をさらし、敵軍から奪った戦利品を見せる「流れ」ができている。これは政府軍側から奪った戦利品。(動画のオリジナルには政府軍側の死体が多数映っていますが、この字幕動画ではカットしています)

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ISの猛攻にもかかわらず、政府軍軍事空港は持ちこたえた。映像のタイトル、「アッラーからの勝利とすみやかなる征服」はコーラン(戦列章13節)から。だが結果的に「すみやかなる征服」とはならなず、デリゾールから敗退。

(IS内部の用語や軍事用語については不明な部分もあるので加筆・修正する場合があります)
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