イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【イラク・クルド】バルザニ・クルディスタン地域政府大統領・住民投票に際しての演説全文・日本語訳(2017/09/22)

◆バルザニ・クルド政府大統領~「独立賛成」投票呼びかけ
9月22日、イラククルディスタン地域政府のバルザニ大統領は25日の住民投票を前に、アルビル・スタジアムで群衆を前に演説をおこなった。住民投票イラクからのクルディスタン地域(イラク・クルド自治区)の独立を問うもの。住民投票によってただちにイラクから独立するわけではないが、地域政府は、住民の意志を確認し、独立へ向けて踏み出すステップと位置づけている。独立賛成票が多数を占めると予想され、バグダッド中央政府は国家分断につながるとして、住民投票そのものに強く反発している。(一部意訳)

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9月25日に実施される住民投票を前に、イラククルディスタン地域の首府アルビルのスタジアムで演説するマスード・バルザニ・クルド政府大統領。フセイン政権時代のイラククルド人の過酷な歴史を振り返りながら、「独立賛成」を訴えた。今回の演説ではイラク中央政府を厳しく批判している。昨年のサイクス・ピコ協定100周年声明の際は、これと比べるとまだソフトであった。クルディスタン地域への財政配分削減など、このかんの中央政府の強硬な姿勢も背景にある。(写真はクルディスタン24映像より)

バルザニ・クルディスタン地域政府大統領・演説全文 2017/09/22(アルビル)

慈悲深く、慈愛あまねアッラーの御名において。
親愛なる兄弟姉妹たち、皆さんに感謝を表明します。フレグを打ち倒した町、ヘウレル(アルビル)の市民たちよ。
訳注:フレグ=チンギス・ハンの孫にあたり、13世紀にダマスカス、バグダッドなどの征服を果たした西征軍司令官)

皆さんがこの炎天下のなか、何時間もお待ちになったことを承知しています。しかし、その意味は十分にあります。まさにヘウレル(アルビル)は、ヘウレルであります。訳註:ヘルレルはアルビルのクルド名)

私たちはここクルディスタン地域政府の首都に集まりました。ただひとつの声をもって、クルディスタン民衆の名のもとに、「独立賛成」と言うためにです。多くの人びとは問いかけます。なぜクルド人住民投票をするのか、と。幾年の歳月を経て、私たちはこの結論に至ったのです。私たちは、もうバグダッドと共存できないということです。私たちは各政党とともに努力を重ねてきました。しかしイラク憲法は、意味のないものでありました。イラク憲法は、イラクの一体性を保たせるものであり、意図的な共存関係を作らせるものでありました。

2003年以降、新たなイラクを再建する機会が到来したことを私たちは認識しました。クルディスタン地域の民衆は、(イラク再建に)大きな役割を果たしました。

かつて(フセイン政権によって)4500におよぶ村落が破壊され、1万2000人のフェイリ・クルド(シーア派クルド人)と8000人のバルザニ族が行方不明となり、アンファル作戦で18万2000人が、そしてハラブジャ化学兵器攻撃などを通じて、クルディスタンとその地域全域で多数が犠牲となりました。

訳注:アンファル作戦:1986~1989年にかけて、イラク北部のクルド人居住地域でフセイン政権が遂行した作戦で、反体制的なクルド勢力を掃討することを目的に開始された。その過程で数千のクルド村落が破壊され、多数の住民が殺害された。1988年にはハラブジャで毒ガス兵器により住民約5000人が死亡。クルド政府側は一連の作戦の犠牲者総数を18万人としている)

これら過酷を極めた悲劇の数々は、国際社会の良心を喚起し、イラク新政府は本来、これらの悲劇を償うべきでありました。
しかし残念ながら、ほどなくして私たちは知ることになりました。今日、イラク政府の中枢にある多くの者、すべてとは言いませんが、ほとんどの者たちが、その顔や姿のみを変えたのみで、実際にはアンファル作戦での大量殺戮のときと同様の意識を持ち続けているということです。

2003~2005年、イラク憲法が起草されたとき、クルディスタン地域の民衆は、これを受け入れ、全国選挙で票を投じることをもって参加し、自らが置かれた状況を克服する方途を選びました。このとき、私たちは憲法に同意をしました。しかしその憲法に違反したのは、バグダッド中央政府)だったのです。共存関係と憲法を破ったのは彼らの側です。憲法140条に違反したのです。
訳注:憲法140条=油田都市キルクーククルディスタン地域政府への帰属問題をめぐる規定。これにもとづきキルクークでは2007年11月に住民投票が予定されたが、延期が繰り返され、結局、実施されなかった)

イラク政府は、憲法にもとづいて、クルディスタン地域政府のペシュメルガ部隊に武器・弾薬を提供する義務を負っていたにもかかわらず、銃弾一発すら提供されることはありませんでした。彼ら(中央政府)はまた私たち(地域政府)の予算までも凍結したのです。これは別の形のアンファル作戦がクルディスタン地域に加えられたと言えるでしょう。

イラクは文明的で多元主義と民主主義にもとづく国家たるべき存在だったはずです。私は皆さんに問いかけます。イラクは文明的で多元主義と民主主義にもとづく国家なのか、あるいは宗派主義が支配する国家なのか。

今日まで勇敢なるクルド・ペシュメルガ部隊が、過酷を極めるなかでダアシュ(IS)テロリストと熾烈な戦いにあったときでさえ、ペシュメルガのためにバグダッド中央政府)とやりあわなければ、銃弾1発すら手にすることはできなかったのです。これが私たちがこのかん経験してきたことなのです。

私たちは6月7日に住民投票について実施を決めました。また、それ以前に政党間で話し合いを何度も持ちました。私たちの忍耐は限界であり、もうこれまでのやり方を受け入れていくことはできないと危機感を持って彼ら(中央政府)に伝えましたが、彼らはこれを深刻に受け止めることはありませんでした。ところがこれはカードゲームの一枚のごとくにみなされました。彼らが言ったことは、住民投票なるものは、自分たちの地方が直面している危機を回避するための手段に他ならないというものでした。

しかし私たちは、6月7日、住民投票の実施を決断しました。これは重大な愛国的決断であり、クルド各政党やグループにはあらためて感謝を表明したい。しかし、(イラクの)各政党は、私たちが内部問題を抱えていて、自ら失敗を招く結果となるだろうなどと考えたのです。ゆえに彼らは再びこの住民投票の実施について深刻に受け止めることはなかったのです。

しかし住民投票の決定がなされた日、私たちに対し不満をあらわにし、脅しをかけてきたのです。彼らは、なぜ私たちが投票を実施する思いに至ったのかと聞いてくることもなかったばかりか、よりよき代替案や解決策を語り合う姿勢も見せませんでした。むしろ彼らがやったのは、私たちを脅すことでした。

彼ら(中央政府)は住民投票を中止せよ、と迫りました。いま、住民投票は私や各政党の手にあるのではありません。皆さんの手のなかにあるのです。過去、これまで国際社会の立場はソフトでした。国際社会は現在に至るまで住民投票そのものに反対せずとも、タイミングが良くない、と言うばかりでした。私はこれに疑問を感じます。では、私たちにとってのベストなタイミングとはいつなのでしょうか。この100年、そんな日は一度たりと到来しなかったではありませんか。
訳注:ここでの「100年」とは、1916年のサイクス・ピコ協定でヨーロッパ列強が現在の中東の国境線を引き、クルドの地が分断されてから100年がたったことを示唆している)

外部世界がとってきたこの立場が、バグダッド中央政府)を助長させてきたのです。そうでなければ、過去において私たちはバグダッドに政治レベルの代表使節を送っていたことでしょうし、今よりも柔軟な対応ができたでしょう。

このプロセスはいま、政党ではなく、人びとの手に委ねられました。ゆえに中央政府は昼夜にわたり住民投票を延期するよう求めているのです。その圧力は強まり、いまも続いています。彼らは住民投票の中止を求め、バグダッドと直接対話するよう要請してきました。しかし私たちは後戻りはせず、失敗を繰り返すことはしません。

私たちは、すべての人びとに向けて明言します。良心をもって真剣な交渉に臨む準備はできています。しかしそれは9月25日(住民投票)のあとになされることです。こうした話し合いは遅きに失したと言えます。あらゆる努力を経て、私はあらためてひとつのことを強調しておきたい。皆さんと神にかけて、私自身、そしてわが民衆にこれ以上、屈辱的な思いをさせることようなことはもう受け入れられない。

いまもし、わが民衆の願いをだれもが深刻に受け止めないのならば、平和裏かつ文明的な手段をもって自身の未来に投票することを望まない者がいるでしょうか。私たちはこの権利を手放すようなことはありません。彼らはなぜこれを受け入れないのか、疑問です。私が思うに、彼らは私たちの意志と尊厳を打ち壊そうとしているからにほかなりません。独立を求める人びとに何の「罪」があるというのでしょうか。民衆を「罪」に問うなど許されません。住民投票は国境線を引くものではありません。また、現状を追認させるものでもありません。これは独立を求める人びとの最初のステップなのです。

バグダッドと国際社会に向けて、私たちの要求、その意志を示し、9月25日以降、ここに来てもらって、境界線やいくつかの地域問題、石油、天然ガス、水資源などすべてに関する重要な交渉をおこなうことを求めるものであります。彼らは今後も私たちの要求を受け入れず、またグリーンラインまで撤退せよ、と言うのか。グリーンラインとはペシュメルガフセイン政権軍との境界線だったところであり、ヘウレル(アルビル)に砲撃を加えることができるクシュテペ近郊の地点です。住民投票クルディスタン地域の境界線を決めるものではなく、また彼ら(中央政府)が言うような形でグリーンラインを境界線にすることをいかなる形でも受け入れることでもありません。

ダアシュ(IS)テロ集団に対する戦いのために、イラク軍ならびに有志連合軍への全面的な協力は継続します。ダアシュ(IS)との戦いのなかで、有志連合軍が私たちを支援してくれたことに深く感謝します。

わが民衆が経験した過酷なる幾多の苦難。近代イラクが成立したとき、私たちは「兄弟になろう」と繰り返し言ってきました。にもかかわらず起きたのは、18万2000人におよぶ犠牲者、多くの女性と子どもの命を奪い、バルザニ族の若者たち、アカシャートからカイムへと連れていかれたフェイリ・クルド(シーア派クルド人)たち。さらに化学兵器攻撃にさらされた人びとの数々でした。政府が自国民を化学兵器で攻撃する国があったでしょうか。そんななかで中央政府は、私たちを彼らのもとに出向かせ、手を差し出せと握手を迫り、「私たちは兄弟です」などと私たちに言うことを強いるばかりか、私たちに対し「地獄に堕ちろ、お前たちは我々の大地の資源を奪おうとしている」なる言葉を同時に突きつけるのです。

ダアシュ(IS)との戦争のなかで、1789人の英雄的なペシュメルガが戦死しました。1900人にのぼるペシュメルガが負傷し、その多くは生活に支障をきたすほどのケガを負いました。

外国からクルディスタンにやって来る人びとの誰もが、ペシュメルガの勇敢さを称えます。ペシュメルガは限られた武器しかないにも関わらず、世界のどの軍隊にも劣らぬ戦いを成し遂げました。

彼ら(中央政府)が私たちに戦車を与えたでしょうか。装甲車や長距離砲を与えたでしょうか。私たちの手元にあったのは、フセイン政権時代に私たちが政権軍から奪い取った旧式の兵器です。しかしペシュメルガはこれらの武器をもってダアシュ(IS)の神話を打ち砕いたのです。私たちは誠実なる民であります。あらためて有志連合軍に感謝を表明します。しかし、実際に血を流し多大な犠牲を払ったのは、ほかならぬ私たち自身なのです。

彼ら(中央政府)は、ペシュメルガを称えました。一方で、彼らは戦闘で命を落とした戦死者やアンファル作戦、化学兵器の犠牲者、バルザニ族とフェイリ・クルド人らの遺族、クルディスタン地域のすべての人びとの独立への思いを受け入れようとしないのです。彼らの意図を確認しようではありませんか。彼らはふたたびアンファル作戦の過ちを繰り返すかもしれません。

しかし私はここに言っておきたい。2006年、ブッシュ大統領イラク・ラマディ近郊でシリア・ヨルダン方面への要衝に位置するアル・アサード米軍基地を訪問した際、私も基地に出向きました。
訳注ブッシュ大統領がこの基地を訪問したのは2007年で、バルザニの記憶違いと思われる)

イラクのすべての指導者が出席しました。ブッシュ大統領は私を見てこう述べました。
「私たちテキサス人とクルド人は似ている。ともに勇敢であり、石油を持っている。自身の旗を掲げる真の男たちだ。そして賢者でもある。テキサス人がワシントンに入ればさらに強くなるように、クルド人バグダッドに入ればさらに強くなるだろう」と。
しかし、私はこう言いました。

ブッシュ大統領バグダッドが私たちにしてきたのと同じことをワシントンがテキサスの人びとにしたならば、あなたはワシントンに行くことはなかったでしょう」。

たしかに私たちはバグダッド中央政府)に参加しました。ところがある種の「文化」が作り出され、選挙が近づくたびに、(イラクの)各政党が自身の票を増やすことを目的にクルディスタンを侮辱し、脅し続け、その権利を否定したのです。こんな状況の社会でどうやってともに暮らせるでしょうか。

2003年、彼らは様々な約束をしましたが、何ひとつその約束が果たされたことはありませんでした。すべては私たちにとって悪い方向へと進むばかりでした。このままでは時間が経つほど、私たちにさらに悪い状況がもたらされるでしょう。

ゆえにすぐさま皆さんの支持のもと、9月25日には(住民投票のために)投票所へ向かっていただきたいのです。皆さん自身の運命を決めるために投票箱があるのです。投票を恐れるものは、引きこもって留まっておけばいい。

国連安保理は声明で(住民投票が)ダアシュ(IS)との戦いに影響を及ぼすと懸念を表明しました。その結果、国内避難民が帰還できなくなる、としています。しかし、私はここに明言します。ペシュメルガクルディスタン民衆の名において、国連安保理にあらためて強調しておきたいのは、私たちはこれまで以上にダアシュ(IS)との戦いにさらに強力に取り組む決意を持っているということです。国内避難民は私たちの兄弟であり、客人であります。皆さんにお願いしたいのは、彼らに敬意を払い、守るよう尽力していただきたいということです。国内避難民の問題はクルディスタンにあるのではなく、ファルージャティクリート、そしてバグダッドにあるのです。避難民の帰還先に問題があるのであり、私たちの側に問題があるのではないのです。

25年という月日は、彼ら(中央政府)にとって、隣人たる私たちが脅威でないということを理解してもらうのに十分な時間でした。なぜ、ともにテーブルに着いて、諸問題をわきに置いて、解決策を考えようとしないのでしょうか。そしてなぜ逆に私たちに対し、脅しの言葉をあびせるのでしょうか。多くの人びとは言います。独立を求めるなら大きなリスクをともなうことになるだろう、と。しかし沈黙して座視しているだけでは、あるいは誰かが何かをしてくれるのを待っているだけならば、私たちには「死」という大きなリスクがあるのです。このリスクこそ、自身で(将来を)決定することに比べ、100倍も危険なことなのです。

私たちの将来のシステムでは、クルディスタンの伝統文化は、より豊かなものとなるでしょう。クルディスタンのすべての多様な民族・宗教コミュニティを包括するものとなるでしょう。それは連邦民主議会制に基づく国家であり、すべての人びとの名誉に敬意を払う国となるでしょう。

ここに私は勇敢なるペシュメルガの功績について述べておきたい。戦死し命を捧げた者、負傷した者、いまも前線の塹壕で銃を手に戦い抜いている者たち。彼らペシュメルガのおかげで、私たちはここに集まることができているのです。

1961年から今に至るまで、彼ら英雄たちのおかげで、クルディスタンを敵の手から守り抜いているのです。敵の手にさらされようとも、ペシュメルガは一時たりとも敵に休息の隙を与えはしないでしょう。今も、そして将来においても、クルディスタンが再び敵の手に奪われることはないということをはっきりと言っておきたい。英雄的なペシュメルガクルディスタン民衆の不屈の精神は、どんな軍よりも強いのです。

クルディスタンの独立は、覚悟の上で準備をしなければなりません。私たちは選択の岐路にあります。隷属のもとの人生か、あるいは自由と独立のうちに生きる道か。隷属支配の人生がもたらすものは、尊厳を失うということです。それで生き長らえることはできるかもしれません。一方、独立と自由、名誉のために支払う代価は重いものとなるでしょうし、命を懸けることになるでしょう。最近もいくつもの脅しを皆さんは耳にしてきたことでしょう。私たちを罰するといった脅しです。

しかし彼らに対する答えはひとつです。あななたちは、クルディスタンの地で私たちを100年にわたって罰してきたではありませんか。そんなことはもう十分です。クルディスタンの民衆が罰せられてきた過去を知らなかったとでもいうのでしょうか?
もし再び罰を下し、クルディスタン民衆を孤立させようとするなら、私のみを罰しなさい。

この興奮と熱意、愛国的熱情のなかで、すべての政党グループに感謝を表明します。そしてなによりクルディスタンの民衆すべてに感謝します。皆さんがこの住民投票を可能としたのです。

最後に殉職した方々の御霊と英雄的ペシュメルガ、そしてクルディスタン民衆に重ねて敬意を表します。皆さんが健栄であらんことを。私たちは名誉をもってここに集まりました。

あらためてここに言います。
ヘウレル(アルビル)は、まさにヘウレルなのです!

マスード・バルザニ・クルディスタン地域政府大統領
(2017/09/22・アルビル・スタジアム)

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スタジアムでバルザニ・クルド政府大統領の演説に集まった聴衆。長きにわたって虐殺と弾圧に直面してきたクルド人が独立に寄せる思いは、スペイン・カタルーニャやイギリス・スコットランド独立運動とは背景が異なっていると言える。演説でバルザニはペシュメルガの勇敢さを繰り返し称えている。フセイン政権と戦ってきたのは事実だが、クルディスタン民主党(KDP)が趨勢なエリアではトルコ軍とともにクルディスタン労働者党(PKK)を攻撃したり、近年ではシンジャルを防衛していたペシュメルガ部隊がヤズディ住民を見捨てる形でISから敗走したりと実際には複雑である。(クルディスタン地域政府公表写真)

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「バイバイ(さよなら)・イラク」と書かれたプラカード。2017/9/25は住民投票の日。イラク政府が住民投票に強硬に反発するのは、国家分断やキルクーク油田がクルド側に渡ること以外にも様々な理由がある。もし独立が現実となってクルディスタンがアメリカとの同盟を構築すれば、隣国イランにとっては軍事的圧迫につながる。イラクシーア派政権が独立阻止に動く事情にはこうした外的要因も重なっている。(クルディスタン地域政府公表写真)

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クルディスタン地域政府の首府はアルビルで、クルド語でヘウレルと呼ばれる。クルド地域政府内人口にはクルド人のほかにアラブ人なども含まれる。イラクからクルディスタン地域の独立を問う住民投票に対し、国家分断をもたらすとして中央政府は強く反発している。油田都市キルクークイラク政府の管轄だったが、2014年、イスラム国(IS)がモスルを制圧するなどしたため、クルディスタン地域政府が「住民保護・治安確保」を名目にクルド・ペシュメルガ部隊を展開させ、実質的な支配下に置いた。

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マスード・バルザニは、1946年生まれ。父はムスタファ・バルザニで、クルディスタン民主党(KDP)の指導者で、1946年、イラン西部で建国されたクルド国家、マハバード共和国(正式名・クルディスタン共和国)の軍事司令官を務め、のちにイラクに戻りクルド民族運動を続けた。KDP議長として父のあとを継いだマスード・バルザニは、フセイン政権の弾圧のなかペシュメルガ部隊を率い、抵抗を続けた。クルド独立は民族の悲願であったが、2003年のイラク戦争後は、アメリカの意向もあり、新イラク政府に加わった。のちにシーア・スンニの宗派抗争が先鋭化し、中央政府シーア派が権勢を拡大、またISが台頭した。今年6月にはイラクからの独立を問う住民投票実施を決定。(写真右がバルザニ・クルド地域政府大統領。左はタラバニ元イラク大統領:2006年撮影・坂本)