イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画+写真37枚】イスラム国(IS)戦術分析(21)◆戦闘員養成8・軍事キャンプと忠誠式

◆バグダディに忠誠誓いジハード戦士へ【動画+写真37枚】
イスラム国(IS)の軍事キャンプでの教練を終えた新兵は、必ず指導者バグダディに忠誠を誓う忠誠式をする。このあと「ジハード戦士」として各戦線に配置されていく。今回は、軍事教練達成と忠誠についてとりあげてみたい。バグダディへの忠誠は、アフリカやフィリピンにまで及びつつある。

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【IS動画・日本語訳】セイフ・バハル軍事キャンプ(2015/09) 一部意訳・転載禁止

2015年9月公開のセイフ・アル・バハル軍事キャンプの動画映像。フラート県はISが勝手に作った県で、イラク西部とシリア国境にまたがる地域に位置する。当時はISがシリア・イラクでまだ広範に勢力基盤を保持していた時期。48秒目からがIS軍事キャンプの歌。また、前々回の映像と同じアブ・ハムザ・ムハジールのスピーチ(2008年)が使われている。映像の最後で、軍事キャンプ全課程を修了した新兵部隊の一群が街頭に出て、バグダディへの忠誠を唱和する。

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イラク西部「フラート県管区」にあるセイフ・アル・バハル軍事キャンプ。中央の黒いボードが訓練隊ロゴ。(IS写真・イラク・2016年)

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射撃訓練。写真に写っているだけでも、30人以上が確認できる。(IS写真・イラク・2016年)

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泥のなかで匍匐前進する訓練は、イラク軍でもよくやっているので、IS独自というわけではない。(IS写真・イラク・2016年)

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動画公開と同時期に公開されたセイフ・アル・バハルキャンプの写真。建物への突入訓練は、軍事キャンプの全教練課程を修了した総括でもある。(IS写真・イラク・2015年)

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攻略突撃(カタハム)の訓練では、援護射撃を受けながら、戦闘員が手にするポリ容器の爆弾で壁を爆破。突破口を開いて突入する。ISが得意としてきた敵拠点への侵入手法。(IS写真・イラク・2015年)

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ポリ容器爆弾については、以前IS爆弾製造工場の記事で触れた。ポリ容器は壁・橋梁爆破、無線遠隔起爆装置をつなげた路肩爆弾として使われる。炸薬の量を減らして、手投げ弾的な使い方をするなど汎用性は広い。こうした即製爆発物はアブワ・ナスィファと呼ばれるが、省略してアブワと言ったりする。(IS写真・イラク・2015年)

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切り込み隊が自爆攻撃を前提にして自爆ベルトを装着してまず突入する場合は、イングマスィ(突撃決死戦士)と呼ばれる。警備が強固な施設だと、まず自爆車両攻撃を加え、そのあと攻略部隊が突撃する。(IS写真・イラク・2015年)

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これまでに何度か記述してきたことをまとめると、ISの軍事キャンプでの基本教練は4つの柱がある。
(1) 教義・シャリーアイスラム法)・信仰武装
(2) 身体鍛錬
(3) 小・中火器の武器講習
(4) 戦闘訓練
これは軍事キャンプを統括する兵務庁(ディワン・アル・ジュンド)の運営指導のもと、各キャンプで共通し、マニュアル化されている。
◆1日の訓練メニューは軍事キャンプ日課表で

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同じく突入訓練。こういう重機関銃はラシャシュとかドシュカ(Dshk)と呼ぶ。軍事キャンプでの基本教練期間は、以前は2~3か月前後と言われていた。最近は戦局悪化で地元出身者を即席的に養成する必要に迫られており、期間は短縮されている可能性がある。(IS写真・イラク・2015年)

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攻略突撃(カタハム)が実戦で運用される例。これはアンバル県の警察署を襲撃するIS部隊の「フラート県」アーカイブ映像。(ISはアンバルを勝手に分けて一部を「フラート県」とした)。シリア国境近くの町カイムで警察建物に攻略突撃を敢行している。(IS映像・イラク

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同じく警察署への突撃。突入に成功し、イラク警官らを殺害した。攻略後は場所を維持する場合もあれば、武器弾薬を戦利品として奪って撤収することもある。教練での練度が低いと、前方の仲間を誤射したりするなど部隊全体に被害が及ぶ。軍事訓練のレベルが低かった自由シリア軍では同士撃ち事故などもあいついだことがある。(IS映像・イラク

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動画に挿入されたアブ・ハムザ・アル・ムハジールの音声スピーチは、2008年に出された「勝利への道程」からと思われる。アブ・ハムザ(別名アブ・アユーブ・アル・マスリ)はエジプト人。イラク聖戦アルカイダ機構に入り、同組織を引き継いだイラクイスラム国(ISI)で「戦争大臣」となったが、2010年に米軍・イラク軍の合同作戦で死亡。

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今年に入って、IS系出版機関ヒンマが、アブ・ハムザ・ムハジールの「勝利への道程」をあらためて複数の言語に翻訳してネットで配布。右上はインドネシア語、右下はクルド語(ソラニ)。ロシア語や英語などもある。「勝利のための8つの道程」が示され、武装鍛錬の準備や忍耐が必要などと説いている。約10年前のISI時代の音声スピーチ文書だが、ISのなかで継承されていることがわかる。

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戦闘員たちがどういうジハード戦士像を頭に描いているのかを推し量るのは難しい。ISは広報物によくイスラム騎士の映像を使う。日本でもサムライや幕末の志士に憧れる人は多いだろう。そこに自分を重ね合わせ、自己を奮起させる思いや「俺、カッコいい」とナルシスティックな心情を抱いたりする。「武士道とは死ぬことと見つけたり」の境地と、ジハード戦士の思考に共通する部分があるのかも知れないが、中二病をこじらせたIS戦闘員の極端なジハード主義の行きついた先が、子どもに捕虜を斬首させたり、異教徒殺戮やヤズディ女性集団拉致・奴隷化だったという現実も押さえておくべきだろう。(IS写真)

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ISでは、「アッラーの大道で己れの命と財産を投げうってジハードに立つことはムスリムの義務」であると教え込まれる。戦いで殉教するのはほまれで、天国が約束されるとする。これに加え、正統カリフ時代の栄光のイスラム軍勢の騎士の姿を投影する。とくに若い外国人戦闘員(ムハジール)のメンタリティはこうした「宗教的義務+カッコよさ」が融合したものがあって、ネットで拡散したプロパガンダを通じて、続々と外国人がイラク・シリアに流れ込んで過激主義がさらに先鋭化した側面がある。(IS写真)

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これは今回の動画と同じセイフ・アル・バハル軍事キャンプの過去の映像で砂漠(土漠)で教練を受けている。初期の頃の地方部では地元出身戦闘員(アンサール)はジャージ姿など服もバラバラだった。これは今年公開されたフラート県の過去と現在を振り返るIS映像から。(IS映像・イラク

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これもIS台頭期のセイフ・アル・バハルでの新兵教練映像。シリア・イラクの貧しい農村では、家族を養うために、給料がもらえるISに仕方なく入った者がいる。外国人戦闘員に比べて地元出身者は思想的・信仰的にも強固ではなく、外国人戦闘員のジハード戦士像とはすこしメンタリティが違う。そうした偏りを均一化するため、軍事キャンプでの精神・宗教指導が重視され、宗教的大義のもとでジハード戦士となる意味が教え込まれていく。その過程で地元住民や異教徒を殺すことへの疑問や違和感も消し去られてしまう。(IS映像・イラク

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軍事キャンプでの教練課程をすべて修了すると、卒業お披露目行進がある。動画と同じセイフ・アル・バハル・キャンプの新兵部隊。(IS写真・イラク・2015年)

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町なかで住民に「ジハード戦士」が完成したことを見せるとともに、自分たちもそのことをあらためて確認する。沿道には子供たちの姿も見える。(IS写真・イラク・2015年)

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卒業お披露目の車列。過酷な教練を経て「ジハード戦士」となったことへの高揚感に満ちる瞬間でもある。戦闘員となれば一応給料は出たが、結果的には多くが消耗品として死んでゆくことになる。(IS写真・イラク・2015年)

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北斗の拳的なヒャッハー感にあふれながら爆走。掲げているボードがセイフ・アル・バハル軍事キャンプの部隊ロゴ。(IS写真・イラク・2015年)

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こちらはアンバル県管区シェイヒン軍事キャンプでの卒業車列。これもかなりヒャッハー度が高い。(IS写真・イラク・2015年)

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日本のメディアがISのニュースを伝えるときに資料映像でよく使うやつ。これも軍事キャンプの卒業お披露目の行進で、2014年のシリア・ラッカ市内の映像。(IS映像・シリア・2014年)

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ラッカでのお披露目行進の進む先には巨大な旗がそびえる。この時はイラク・モスルも制圧し、武器、資金も大量にあった頃。支配地域を広げ、さらに軍事キャンプを作って、地方の若者を戦闘員に養成していった。(IS映像・シリア・2014年)

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ラッカの軍事キャンプ。キャンプ名は公開されていない。外国から入り込んだ戦闘員志願者は、ラッカやその近郊都市で訓練を受ける例が多かったといわれる。シリアではまだ米軍・有志連合の空爆も始まっていない時期で軍事キャンプが次々と設営されていた。トルコの国境警備も緩く、外国人が流入し、戦闘員が量産されていた。(IS映像・シリア・2014年)

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これもラッカのキャンプ卒業お披露目の車列。マッドマックスのような世界が現実となり、国際社会に脅威を与えるまでになった。これらのIS軍事キャンプで訓練を受けた戦闘員の一部が、のちにヨーロッパに入り込んでパリなどで襲撃事件を起こす。(IS映像・シリア・2014年)

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軍事キャンプの全課程を修了すると、お披露目で街頭に出る。そして、忠誠式(ベヤアまたはバイア)をする。宣誓という意味では、自衛隊が「事に臨んでは危険を顧みず」と誓う「服務の宣誓」にあたる。ISではこれをもって「ジハード戦士」が完成したことになる。写真は今回の動画の3か月前に公開された別の動画から。指揮官と思われる同じ男が映っているので、1期前の別の訓練隊の卒業のときと推測される。(IS写真・イラク・2015年)

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ISのベヤアは、忠誠式での宣誓のほかに、突撃前に部隊で志気を高める際に唱和する。写真は昨年、IS系アマーク通信が公開したもの。イラク・タラファルで戦闘を前にベヤアを唱和している様子。戦闘員が円陣を組んで右手を重ねあい、バグダディに忠誠を誓っている。右腕時計が多い。戦闘員だけでなく、住民や部族もISに忠誠を誓うとき、これをやらされる。(IS系アマーク通信写真・イラク・2016年)

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ISが勝手に作ったジャヌーブ県(イラク)管区の軍事キャンプでの忠誠式。ベヤアの文言の、「聞き、従う」は、コーラン(食卓章:7節)からで、「順境にあっても逆境にあっても、盛隆にあっても 苦難にあっても、 無私の心をもって」の箇所はハディース(ブハーリとムスリム)のウバダ・ブン・アッ・サーミトの言葉とされる。現在はアブ・バクル・バグダディへの忠誠だが、その前はISI指導者アブ・オマルへの忠誠だった。ゆえにバグダディがもし死んでも、次の指導者となった者の名前に入れ替えて、この忠誠の言葉を唱和することになる。(IS写真・イラク・2014年)

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2015年12月にIS系のメディアが公開したフィリピンのイスラム組織の軍事キャンプ。ISが中央の指示のもと指導官を送り込んでいるかは不明だが、映像はIS系のメディア部門で配布され、関係が作られてきたことを示すものとなった。(2015年・フィリピン)

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2016年3月にはフィリピン南部ミンダナオ地域スールーのイスラム組織アブ・サヤフ傘下の「唯一神の兵士大隊」が、アラビア語でISのバグダディ指導者に忠誠を表明する映像も出ている。フィリピンはこれまでのところISの「県」としては承認されていないが、これらの一連の忠誠映像を通じて、フィリピンのIS共鳴組織がIS本体と関係性を構築してきたことも動画で確認された。IS系組織は今年、マラウィの町を襲撃しており、IS系メディアも「東アジア」発として戦況などを伝えている。(2016年・IS系FURAT映像・フィリピン)

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IS系メディアが2014年7月頃に「フィリピンの刑務所での忠誠」として出した映像。多数の受刑者が、バグダディへの忠誠の言葉を唱和している。未確認映像ながら、すでに2014年の時点でIS台頭の影響がフィリピンまで及んでいたことを示している。マラウィ襲撃は突然起きたわけではなく、それに至る前段階があったといえる。(バッタール映像・2014年)

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ソマリアイスラム組織がISのバグダディに忠誠を表明する映像。ISは権力の真空地帯や紛争地域を狙って浸透を図ろうとしてきた。かつてはアルカイダが強かった各国の地域でも、新たにISに忠誠を表明させ勢力を伸ばしてきた。シリア・イラクのISを叩いても、別の場所で拠点を構築し、ジハード運動を組織、継続することは十分にありうる。フランス・ノルマンディ教会襲撃犯も忠誠の動画をアップしている。(2015年・IS映像)

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シリアのハイル県(=デリゾール)管区で軍事キャンプでの教練を修了し、集まった戦闘員。「カリフ国の新期グループの卒業」とある。戦闘員はキャンプ卒業後、各戦線に配置される。(IS写真・シリア・2015年)

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世界でいちばん乗りたくないバスである。「座席の背もたれ倒していいですか?」「ダメです」。 これも軍事キャンプを修了したデリゾールの戦闘員。(IS写真・シリア・2015年)

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これは今のISとなる前の2013年(またはそれ以前)にセイフ・アル・バハル・キャンプをイラク軍が急襲、制圧した映像。軍事キャンプはこれまで何度も標的となってきた。だが潰されてもキャンプの名は残り、別の場所に引き継がれる。今回のIS動画は、いったん潰されたこのセイフ・アル・バハルを継承し再興したキャンプとみられる。(イラクTV映像)

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2014年にイラク軍がニナワ県下の軍事キャンプを上空から爆撃した映像。徹底した掃討作戦にも関わらず、結局、こののちにニナワ県モスルは制圧され、バグダディをカリフとする「イスラム国」を宣言するまでに至ってしまう。現存するキャンプを叩いても、蓄積された知識やマニュアルが国外へと伝播し、別の場所で息を吹き返すことになるかもしれない。(イラク軍公表映像)

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