イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【IS声明・日本語訳】イスラム国(IS)広報官アブル・ハサン・ムハジール「そして信徒が部族連合軍を目にしたとき」(全文)【1】全2回 (2017/06/12声明)

イスラム創成期の歴史的戦いを引き合いに 【声明 1/2】(全2回)
イスラム国(IS)の広報官、アブル・ハサン・アル・ムハジールは6月12日、音声声明を公表。今回の声明では、預言者ムハンマド時代のイスラム創成期の歴史的戦いを引き合いに出し、現在、ISがイラク・シリアで対峙する各国、各勢力からなる敵の部隊を当時の部族連合の軍勢になぞらえているのが特徴。シリア・イラクで大攻勢を受け大幅に支配地域を失い、モスル陥落が迫り、またラッカが包囲されるなか、戦闘員に向けてあらためて忍耐と不屈の戦いを求めている。以下全文の第1回。(おもに英語版をもとに訳出・一部意訳・コーランの引用は岩波版から)【1】【2】 

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今回の声明(2017/06/12)の要旨:
(1) 現在、イスラム国が直面する戦いは、ムハンマド時代の部族連合軍との戦いと同じ。アッラーは諸君に試練を与えているのであり、これに耐え抜き、戦え(これが声明の大部分)
(2) イラク、シリアのほか、エジプト、アフガニスタン、イエメンなどの地域でのジハードを続けよ
(3) フィリピン・マラウィでの戦いを称賛
(4) イラン・テヘランでの作戦(国会議事堂・ホメイニ廟襲撃)を称賛
(5) 欧米の同胞に決起呼びかけ

イスラムアブル・ハサン・アル・ムハジール 広報官声明
】「そして信徒が部族連合軍を目にしたとき」(1/2)

アッラーにすべての称讃あれ。その啓典(コーラン)で、かく仰せになった御方。
【そして信徒たちが連合軍を目にした時も、「これぞアッラーと使徒の我々に約束された通りだ。やはりアッラーや使徒は真実を話された」と言って、いよいよ信仰は増し、すべてをお委せしようという気持ちがつのるばかりだった】(部族連合章:22節)

アッラーのほかに神はなし、並びなき御方、と我は証言するものなり。ムハンマドアッラー下僕しもべであり、使徒たることを我は証言するものなり。(信徒は天国へ行けるという)朗報の伝え手として、(不信仰者は地獄へ堕ちるという)警告者として、そしてアッラーの御意のもと、その御元に(人びとを)喚び集める者として、世を照らすの燈火ともしびとして、アッラーが審判の時を前に剣とともにお遣わしになられた方。

ムハンマドを通じてアッラーは明証を確固とし、正しき道をご明示なさり、この真実の宗教の勝利をもたらしになった。この宗教が厳たる形貌となるべく、ムハンマドアッラーの大道でジハードを招請なさった。ムハンマドとそのご家族に、アッラーからの祝福と格別の平安があらんことを。以下、かくのごとく。

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6月12日付で出されたアブル・ハサン・ムハジール声明。タイトル「そして信仰者が部族連合軍を目にしたとき」は、コーラン・部族連合章:22節から。

 

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ムハジール声明を掲載したIS機関誌ルミーヤ(第11号)。英語のほか、フランス語、ドイツ語、ロシア語、トルコ語ウイグル語、インドネシア語などでも出されている。 

 

まこと、下僕しもべをお試しになることがいかようにも換えられたることのない、崇高なるアッラーのスンナ(訳注:踏み慣らされし道=慣行)から、そのご啓示なされたものにおいて、我らに知らしめになられたごとく。

【「信じます、信じます」と言いさえすればもうそれで試みられることもなかろうと考えておるのか、人間どもは。我ら(アッラー)は昔の人々もみな試みた。本当のことを言う者は必ずアッラーにわかる、嘘をついている者も必ずわかる】(蜘蛛章:2-3節)

御方(=アッラー)はこうも仰せになった。
【勿論アッラーの御心次第では、(こんな面倒な道を踏まずとも)一度に彼ら(異教徒)を打って仇を討つこともおできになろう。だが、お前たち(人間)を互いに(ぶつからせて)それを試みとなそうとのおはからい。アッラーの道に(聖戦において)斃れた者の働きは決して無になさりはせぬ】ムハンマド章:4節)

かくて、これは信徒(=ムスリム)が、己れを自ら試練に向き合うべくせねばならぬこと。これはハディース・クドゥシ(聖伝)で語られている。そこでは使徒(祝福と平安あれ)が、御主からのお言葉をお伝えになっている。

「まこと、わが御主は今日、私にお教えになったことのなかから、あなたがたが何を知らないかを教えるべく私にお命じになった。(御方は仰せになった)『私がうべなったすべての富は(信仰上に)認められしもの。まこと余は、すべての我が下僕しもべ一神教のもとに創造した。ところがまこと、悪魔が彼らのもとに歩み寄り、宗教から遠ざけてしまった。余が彼らに認めたものを禁じ、余がいかなる権威も啓示しなかった共同者に帰するよう命じたのだ。』

そして、まことアッラーは地上の民に目をお向けになり、嫌悪なさったのだ。啓典の民から選ばれ残った者たちを除く、アラブ人と、アラブ人でない者である。御方は仰せになった。「汝(=ムハンマド)を試し、また汝を通して試すために汝をこそ遣わした。そして汝に啓典を授けた。これなるは決して水で流せるものではなく(=心に刻まれるものという意味)、また寝ていようと起きていようと読むことのできるもの(=いと容易やすく覚えることができるもの、という意味)。」

そしてまことアッラーはこの私にクライシュ族を焼けとお命じになった。ゆえに私(=ムハンマド)は言った。『おお、御主よ。あの者たちは私の頭をパンのかけらのごとく引き裂くでしょう。御方は仰せになった。あの者どもが汝を追放するごとく、汝もあの者どもを追放せよ。襲え、さすれば汝を支えよう。費やせ、さすれば汝に費やそう。軍勢を進めよ、さすればその5倍の軍勢を送り込もう。汝に従う者とともに、汝に従わぬ者どもと戦いを交えよう』」ハディースムスリムの伝承)

今日、イスラム国が厳然と耐える一連の試練-すなわち敵対する不信仰者の道と徒党どもの野合が仕向ける試練は、(アッラーの)あの約束の証しに他ならぬのである。

我らが言うは、ただこれのみ。アッラーの使徒(祝福と平安あれ)とご教友たちからなる正しき先人たちが、部族連合の軍勢を前にした時、かく言ってきたごとく。
【「これぞアッラーと使徒の我々に約束された通りだ。やはりアッラーや使徒は真実を話された」と言って、いよいよ信仰は増し、すべてをお委せしようという気持ちがつのるばかりだった】(部族連合章:22節)

まことアッラーは、牝牛章にて、かくのごとくご明示なさった。
【一体汝ら、過ぎた昔の人々が経験したような(苦しい試み)に遇わずに(楽々と)天国に入れるとでも思っておるのか。(昔の人たちは)みんな不幸や災禍に見舞われ、地揺れに襲われ、しまいには使徒も信徒たちも一緒になって「ああ、いつアッラーのお助けがいただけるのか」と歎いたほどではなかったか。いや、なに、アッラーのお助けは実はすぐそこまで来ておるのだが】(牝牛章:214節)

かくして崇高なるアッラーは、考えを異にする者たちをお咎めになりながら、この者たちが困窮と欠乏、苦悶と病苦、敵勢に揺さぶられる幾多の試練を受ける民たることを経ずして天国に入ることはない、と明らかになさったのである。

そして、部族連合が塹壕の戦いの年を迎えた時、彼ら(=ムスリム軍勢)は部族連合軍を目にして、言った。
「これぞアッラーとその使徒が我らにお約束なさったこと。アッラーとその使徒は真実をお述べになった」。アッラームスリムを揺さぶってお試しになったのであり、以前に彼らの前に立ちはだかってきた者たちのごとく、アッラーはこれを差し向けられたのだということを彼らは知った。そして、これはアッラーの審判と命令を信じ、受け入れることが彼らのうちに増しただけであったのだった。

これぞ今日、誠実なるムスリムがおかれている状況とまさに同じものである。それは幾世にあって誠実なるムスリムがかくあったごとく。まこと、この試練、すなわち、カリフ国(=イスラム国)のムスリムが辛苦として経ているものである。崇高なるアッラーがその預言者と信徒を通じ、明確なる(コーランの)章と節をもって啓示なさり、スンナの啓典がこれらの諸事に多々言及したきたごとく、イスラムのシャリ-ア(=イスラム法)に攻撃を加える腐敗した不信仰者どもと立ち向かう試練は、アッラーの使徒(祝福と平安あれ)の時代にも同様の先例があったのである。

イブン・タイミーヤ師はお述べになった。
「まこと、ムハンマド(祝福と平安あれ)のご教示たる啓典(=コーラン)とスンナ(=慣行)が、全人類を包含し、また啓典とスンナのうちにアッラーとの契りを結びし者たちが、いっさいのウンマ(=イスラム共同体)を内包している。かれらがウンマの原初を包含したごとくに。

そしてアッラーは、我らの前に現れしこれらの民の話のみをお述べになった。我らと彼らの置かれた状況を比べ、民の最初のものをもって、最後のものを計り、かくて、かつての信徒たちから、のちの信徒たちとが似ているところは何かを知ったのであった。」この言葉で師は結んでいる。

バドルの戦いにおいて、御主(=アッラー)は預言者(祝福と平安あれ)と、彼の崇高なる教友たちが敵と対峙するにあってそのありようをかくお述べになった。
【あれは汝らに(示された)神兆だったのだぞ、あの2つの軍勢がぶつかって、一方はアッラーの道に戦い、相手方は異教徒だった。あの時、彼らはこちらが自分たちの2倍もいるのを様々と眼で見た。アッラーはだれでも御心のままに助け給う。まこと、見通しのきく人間にとっては、これはありがたい教訓ではないか】(イムラーン家章:13節)

訳注:バドルの戦い=624年、ムハンマド率いたイスラム軍勢とメッカ部族連合軍とがバドルで戦った戦い。部族連合軍ははるかに数で上回ったものの、イスラム軍勢側が勝利した)

御方(=アッラー)は、また、バヌー・ナディールの包囲にあって、かくお述べになっている。(訳注:ムハンマドとの協約を裏切り、敵対したユダヤ部族。ムハンマドに攻められ、その後、シリア方面に追われた)
【(アッラー)こそは、かの啓典の民(ここではユダヤ人を指す)の信仰なき者どもをその住居から最初に追い出し給うた御方。あの時、お前たち(=ムスリム)もまさか彼らが出ていくと思わなかったし、彼らにしても自分たちの城砦だけで十分アッラーの攻撃を防ぎ止めて見せるつもりだった。しかるにアッラーが思いもかけぬところから攻め寄せて、彼らの心に怖気を投げ入れ給うたので、かえってムスリム側と一緒になって、われとわが手で自分の家を叩き壊す始末。こういうことがあるから、お前たちが用心するが肝要であるぞ、これ、お前たち、見る目があるならば】(追放章:2節)

ゆえに、御方(=アッラー)は、我らに先立つこれらの諸民のありように際して、先人となった民から我らが教訓を学ぶべくお命じなったのだ。崇高なる御方が、諸民についてその啓典とそのスンナ(=慣行)で幾度となくてお述べになってきたことは、永らえ継続されるべくはスンナの民ということである。

御方はこう仰せになった。
【あの時、彼ら無信仰の者どもがお前立ちと戦いを交えていたら、きっと大敗北を喫したことであろう。そうなったが最後、誰が彼らを守ったり、助けたりしてくれるものか。昔からこれがアッラー独特のなさり方。アッラーのなさり方に改変はあり得ない】(勝利章:22 ー 23節)

ゆえにイスラム国のすべてのジハード戦士は、アッラーの下僕たちに関し、アッラーのスンナ(=慣行)から教訓を学ばねばならぬ。とりわけ、イスラムの地、カリフ国領地に対するこの不当極まりなき軍略深謀にあってはなおさらである。

偽善が姿を現し、不信仰者がその牙をあらわにした。偽信者どもや心に病を宿した者どもが、「アッラーとその使徒が約束したのは欺瞞以外の何物でもなかった」だとか「アッラーの使徒の一群は家族の元に戻れはしない」などとの考えを抱き始めたのであり、これこそがこの者どもの心のありようなのだ。そして、この者どもが悪を招き入れ、破滅した民に堕ちたのであった。

そしてまこと、ムスリムたちが経てきたこれら幾多の経験に学んだ教訓は、アハザブの戦いにおいて、預言者(祝福と平安あれ)のもとでムスリムが試されたのとまさしく同じごとくのもの。そこでは、この戦いについてアッラーが(コーランの)章でお示しになり、アッラーがこの戦いで、信に足る一群をお支えになり、その軍勢に名誉をお授けになり、また、ただアッラーのみで、部族連合に対し戦いを封じさせたばかりか、敵勢に対峙する信徒(=ムスリム)を堅固不屈になさったのである。今日のラッカ、モスル、タラファルと同様に、いずれも同じありようのごとくである。
訳注:アハザブの戦い=627年のハンダクの戦いを指す。アハザブとは部族連合のことで、ムハンマド側のイスラム軍勢に対峙したメッカ部族連合軍。ユダヤ教徒と結んでメディナに来襲した部族連合軍は、サルマンの構築した塹壕=ハンダクに苦戦し、イスラム勢が勝利を収めた。こののちイスラム軍はメディナ内部のユダヤ教徒クライザ族を包囲し、成年男子は全員殺し、女性と子どもを奴隷とした)

塹壕戦のあった年に民が分かれたごとく、今日の民も同じ範目に分かれよう。アハザブの戦いでは、あらゆる方向からすべての偽信者どもがムスリムに対峙した。偽信者はムスリムを徹底的に壊滅させるために、大軍勢をもってメディナへとやってきた。

クライシュ族とその同盟連合、バニー・アサド、アシュジャ、ファザラ、ナジュドのその他の結託部族、そしてクライザ族とナディールのユダヤ教徒も同様に結集した。崇高なるアッラーは、(コーランの)追放章においてご明示になっているとおり、預言者(祝福と平安あれ)は、これに先立ってすでにバニー・ナディール一族を追放したのだった。

クライザ族は預言者(祝福と平安あれ)と協定を交わしてメディナ近くに居住していたが、彼ら部族連合はやって来て、クライザ族を加えた。バニー・ナディールは、クライザ族が事実上、協定を破り、部族連合に入るまで彼らを説き伏せようとし続けた。かくして、大規模な部族連合が集結し、その数と装備でムスリム勢をはるかに上回る軍勢となったのだった。

ゆえに預言者(祝福と平安あれ)は、メディナ上方に女性と子どもを送り出し、セーラ山を背後に構え、自軍と敵勢との間に塹壕を掘った。敵は頭上からも、足下からも攻め寄せ包囲してきた。彼ら(ムスリム勢)に対し、苛烈な敵意をむき出しにしたのは敵なのであり、信徒(=ムスリム)に向かって攻め入り、あまたの殺戮を仕掛けたのはこの者ども(=部族連合)であったのだ。

今日の一連の状況においては、十字軍、無神論者、ラフィダ(=シーア派の蔑称)やその他の背教徒を含めた、これら敵の軍勢が、ムスリムの地へと差し向け、支配をもくろむべく我らに対峙して集結し、航空機、戦艦、そして持てる兵力のあらゆる一切を投じてきた。

あやつらは、これらの地を四方八方から包囲したのだ。御主が部族連合についてお述べなったごとくである。

【あの時、敵はお前たちの頭上からも、また足下からも攻め寄せて来て、お前たちは目はかすむ、心臓は喉元まで上がってくる、ああだこうだとアッラーについて下らぬことを考え出す。いや、まことにあの時こそ、信徒はみな試練(こころ)みられ、もの凄く揺さぶられたものであった】(部族連合章:10 - 11節)

この(コーランの)節の解釈において、イブン・カシール師はこう言っている。「この状況が我らに教えるのは、部族連合がメディナに下り、ムスリムが過酷極まるなかで封じられたとき、―  アッラーの使徒(祝福と平安あれ)もそのなかにあったわけだが、― 彼らは試練を課され、試され、酷烈に揺さぶられていた。
このとき偽善が姿を現し、心に病を宿した者がその内にあるものを言葉として発露させたのであった。偽信者たちはどうかというと、その偽善をあらわにし、疑心に満たされた者は惰弱に陥り、信仰心の弱さとその者がおかれてきた境遇の過酷さゆえに、心のなかの悪の囁きを受け入れていったのであった。」

この言葉で師は結んでいる。今日、民はあらゆる部分で難局を強いられている。混乱した者、臆病心に満ちた者は、悪を引き込んだ。

◆声明【2】につづく >>   【1】【2】

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写真はイラク・モスルで鉄板を貼った装甲車両に乗り込むIS戦闘。今回のムハジール声明では、その大部分をムハンマド時代の歴史的な戦いについて割き、現在のラッカ、モスル、タラファルの戦いを、当時の戦いになぞらえている。(2017年・イラク・IS映像)

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モスルでイラク軍拠点に自爆車両で突撃するIS戦闘員。ハンドルの右上に起爆ボタンが見える。フロントガラス部分は撃ち抜かれないよう鉄板で覆っている。ムハジール声明では1400年前のイスラム史における歴史的な戦いを持ち出し、今のシリア・イラクでの攻防戦に重ね合わせている。過去にも機関誌上で「塹壕の戦い」を引用して忍耐を訴えたことがあるが、将来にわたるIS声明のことを考えると何度も使える手法ではない。IS自身がラッカ、モスルでの戦いを最終決戦と位置づけ、またシリア・イラクの地で敗北しても歴史に名を残すことまで意識しているとも受け取れる。(2017年・イラク・IS映像)

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一方、シリア・イラクの拠点を失っても、戦いの場をシリア・イラク以外の領域に伝播させ、ISやその理念を継ぎ、新たな志願者を養成する根拠地網を構築し、組織再建をはかる思惑もあるのではないかと推測される。写真はクルド部隊に同行し、IS拠点を制圧した直後の現場に入ったときのもの。「イスラム国は、永劫残り、広がる」とある。実際に西アフリカやフィリピンにまでその影響力は拡大することとなった。(シリア・撮影:坂本)

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迷彩柄の自爆ベルトを装着するIS戦闘員。(2017年・イラク・IS映像)

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ISラッカ県広報部門が4月に公開した軍事キャンプの映像。延々と続く戦闘員の隊列を映し出し、シリア民主軍(SDF)との決戦に総力戦で臨むことを伝えている。この映像タイトルは「アッラーとその使徒は真実を話された」(部族連合章:22節)で、今回のムハジール声明の主題である部族連合との戦いを重ね、アッラーが与えた試練として不屈を呼び掛ける内容となっている。(2017年・シリア・IS映像)

◆声明【2】につづく >>  

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