イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【イラク】アバディ首相、イスラム国(IS)からのモスル奪還作戦の勝利宣言

イラク国民の勝利と団結を強調
7月10日、イラク・アバディ首相は、武装組織イスラム国(IS)掃討作戦が続いていたモスルから、解放と勝利を宣言した。首相は、イラク国民による勝利であることを強調し、奮闘を称えた。各国がイラク軍を支援したことに感謝を表明しつつ、モスル解放のために戦ったのはイラク国民であることを宣言の中で繰り返している。今回の宣言ではシーア派指導者、シスタニ師への謝辞も盛り込んでいる。ISが壊滅したと宣言したアバディ首相だが、モスル市内ではこの時点でまだISが一部地区に残存していた。ISを支持していたとする住民に対する、政府治安部隊や市民からの報復も起きている。以下は「モスル解放宣言」の映像字幕。(一部意訳)

【動画・イラク・アバディ首相】モスル解放・勝利宣言・日本語字幕(一部意訳)

モスル奪還作戦の勝利を宣言したアバディ首相は、国民のさらなる一致団結を求めた。だが、問題は山積している。スンニ派勢力の間ではシーア派やその後押しをするイランがイラクを乗っ取ろうとしているといった強い危機感や不満を抱いている。また、IS壊滅戦でともに戦ったクルディスタン地域政府は、イラクからの独立を問う住民投票を9月に実施する予定で、イラク政府側はこれに反発している。国民の団結や統一、宗派和解に至るのは容易ではない。(7月10日)

イラク・アバディ首相】モスル解放・勝利宣言
(2017/07/10)

慈悲深く 慈愛あまねアッラーの御名において。万有の御主アッラーにすべての称讃あれ。

自由と解放が果たされたここモスルの中心から宣言します。イラク人とすべての機関によって偉大なる勝利が勝ち取られました。わが戦士たち、国民の勝利はこの3年の成果です。名誉あるイラク人よ、メソポタミアの息子たちよ。約束を身をもって果たした勇敢なる戦士たちよ。

我々は統一団結をもって、この数年にわたってダアシュ(IS)と戦い抜いてきました。3年におよぶ戦いを経て、この勝利へと至ったのです。国民の尽力奮闘、犠牲、諸君の血をもって、この国土とイラクの名誉を引く裂こうとする目論見に抗してきたのです。今日、国民は、かつてないほど一致団結しています。

イラク国民よ!この勝利は、暗黒、残虐、テロリズムに対する勝利です。まさにこの場から世界に向け、迷信とテロに満ちたダアシュ(IS)が終焉し敗北したことを宣言します。

3年前、ここモスルでダアシュ集団が宣言した「国家」は、イラク人の奮闘と血、そしてアッラーのお力で打ち倒されたのです。今日の勝利によって、この殺戮国家は歴史の屑カゴへと葬り去られました。

勝利を導いた英雄たち、殉職者たち、負傷者たちは、我々の心に刻まれることでしょう。我々は彼らのことを忘れず、犠牲者のご家族にも敬意を表します。シスタニ師とその歴史的ファトワ(宗教令)にも感謝を忘れません。
勝利的なイラク軍の勇敢なる兵士諸君すべてに感謝を表明します。

イラク人たちよ!皆さんはこの勝利を心から祝おうではありませんか。この勝利と一連の作戦はイラク人の手によって成し遂げられました。イラクのための戦いに立ったのはイラク国民であり、他国の国民ではないのです。イラク人こそがこの地のために戦い、勝利を成し遂げたのです。この勝利を国民に、そして全世界に誇ろうではありませんか。イラク国民ほど、この尊き大地のために戦い抜き、犠牲を払った者はいないからです。

同時に、わがイラクとともに立ってくれた各国に感謝を表明します。テロリズムとダアシュ(IS)に対するこの戦争で、各国はイラク軍を支援してくれました。わが軍地上部隊への戦闘訓練、物質的、航空兵力支援に感謝します。

この先にはさらなる任務が待っています。安定化の回復と復興、ダアシュ(IS)残存勢力の一掃です。情報活動や治安任務、より一層の団結が求められています。

私たちがダアシュ(IS)に立ち向かって戦ったごとくの国民の団結力です。地域を安定化させ、国内避難民を帰還させます。この勝利アッラーのご加護にほかなりません。
イラク勝利万歳!
アッラーからの祝福と平安があらんことを!

イラク万歳!
2017年7月10日

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ISが3年にわたって支配してきたモスルの奪還戦は昨年10月に始まった。イラク軍のほか、警察、治安部隊、民兵部隊が作戦に参加。有志連合は軍事訓練や戦闘機による空爆などで支援した。写真はモスル市内に展開するイラク軍。(2017年・イラク国防省映像)

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アバディ首相が今回の宣言のなかで触れたシーア派指導者シスタニ師のファトワ(宗教令)とは、2014年6月にモスルがISに制圧された際の深刻な状況のなかで、「祖国防衛」について出されたものを指している。「祖国とその国民、その名誉と聖なる諸廟を守るべく、武器をとれる者は防衛部隊に参加せよ」としたもの。これ以降、イラクで準軍事組織民兵部隊機構、人民動員隊(PMU)が広範に編制され、ISとの戦闘に投入された。以前から存在したシーア派民兵部隊も、このPMUに編入されていった。宗派抗争がIS台頭の背景ともなったことを踏まえれば、今回、アバディ首相が「モスル解放宣言」のなかでシーア派指導者のシスタニ師とファトワについて言及したことの意味は重い。

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民兵部隊の総員規模は6~10万人前後とされる。スンニ派キリスト教徒も一部にいるが、実質的に中心となっているのはシーア派である。人民動員隊(PMU)は、様々な民兵部隊から編制されている。シーア派が多い南部の都市や大学などでも志願動員の若者らが招集された。民兵とはいえ、戦車や装甲車なども政府から与えられて展開している。(2017年・PMU映像)

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イラクで続いてきたスンニ派シーア派の宗派抗争の延長線上で、シーア派民兵集団が準正規軍となって戦闘現場や治安維持任務に投入されたことは、宗派バランス問題に大きな影響を与えた。実質的な「シーア軍」のような形になっている。左はイラン製軍用車サフィールと思われる。(2017年・PMU映像)

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イラク議会は、昨年、このPMUについて、「イラク軍と同等の正規軍的機構」と認めるとした。シーア政党の強い影響を受けた民兵隊が治安活動することで問題も起きている。シーア派民兵による、IS戦闘員への拷問に加え、スンニ派住民への報復的な殺害や暴力行為などが発生している。写真はモスルで戦うシーア派民兵。(2017年・PMU映像)

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今年6月中旬~下旬頃のモスルの状況。イラク軍は地図右側のチグリス川東部をまず攻略し、ISを西部地区へ追い込み包囲していった。(2017年・地図作成・アジアプレス)

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昨年10月に始まったモスル奪還戦以降、ISはモスルだけでいくつもの宣伝映像を出してきた。ISは次々と自爆する戦闘員を「殉教者」として称えた。写真はイラク軍部隊に自爆突撃するISの若い戦闘員。ISはドローンを飛ばし、ライブ映像を通して自爆戦闘員に無線で突撃位置を伝えて車両を誘導する。(2017年・IS映像)

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IS戦闘員としてモスルで自爆車両突撃した年配の戦闘員。「殉教志願戦士アブ・ハムザ・モスリ」とあるのでモスル出身者とみられる。ムスリムの信仰心に訴えかけるような構成に作り上げている。一方、この同じ映像の最後では、スパイとしてイラク人を殺害する残虐なシーンも挿入している。(2017年・IS映像)

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自爆突撃する車両に乗り込む若いIS戦闘員。写真左のように車のドア部分にも爆発物が取り付けてある。(2017年・IS映像)

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IS系アマーク通信が伝えた、空爆で負傷した子供。有志連合は民間人被害を最小限にするとしたが、空爆の犠牲となった市民も少なくない。一方、ISは空爆被害が出るたびに 「ムスリムイスラム教が標的となっている」などとして、プロパガンダを通じて宗教的対立の構図に持ち込もうとした。(2016年12月・IS系アマーク通信映像)

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アバディ首相がモスル解放を宣言して以降にIS系アマーク通信が出した映像。モスル戦を最後まで戦う様子として伝えている。過去に撮影した映像も含まれていると思われるので撮影日は不明だが、激しい戦闘が続いたことを示している。(2017年7月11日・IS系アマーク通信映像)

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モスル戦について、IS側と見られる声明(公式かどうかは不明)が「重要・緊急」としてネット上で出た(7月12日付)。「十字軍とその手先の従僕者どもの結託同盟に対するモスルでのカリフ国(イスラム国)兵士たちの不屈の戦いの継続」を呼びかけている。

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モスルでISを排除した地区に入るイラク軍指揮官(今年3月)。国防省映像は、イラク軍を歓迎する住民の様子を伝えている。今後、地元スンニ派住民や有力部族の協力を取り付けることができるかが課題となる。ISに代わって、こんどはシーア派が町を統治するのではないかと不安を抱く住民もいる。(2017年3月・イラク国防省映像)

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このアバディ首相「モスル解放宣言」の別の見方をすると、国家指導者が戦争で国民を鼓舞する演説映像というのは歴史に残るものである。今回のアバディ首相の背後ではイラク軍司令官らが並んでいるが、後半では横を向いたりする。またカメラ位置もあって、背の低い首相が、より小さく見えてしまっている。ISからモスルを奪還した歴史的映像としては、もう少し首相の威厳を意識した演出もあってもよかったのではとも思う。例えば、ISのプロパガンダ映像では、背後に立つ戦闘員でさえ、視線を一点にそろえ、だらしなく見えるしぐさをしないよう徹底して撮影している。

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