イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画・日本語訳】イスラム国(IS)なぜイランを狙うのか(イラン後編)

◆ペルシア帝国にさかのぼりシーア派批判
6月7日に起きたイスラム国(IS)戦闘員によるイラン・テヘランでの襲撃事件では、ホメイニ廟と国会議事堂が標的となった。いずれも警備の厳しい施設が狙われており、襲撃には実行犯以外にも複数の協力者がいるとみられる。ISはイランをいきなり攻撃対象に選んだわけではない。これまでにも宣伝映像などを通じて、イラン批判を繰り返してきた。ISはイランをどうとらえ、なぜ標的とするのか。

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【IS動画・日本語訳】「ペルシア・その過去と現在」(ペルシア語)一部意訳

今年3月末にイラク・ディアラ県発として出された映像。全編ペルシア語でペルシア帝国から現代イランまでを連ねて批判するプロパガンダ映像は初めてと思われる。イラン出身の戦闘員が複数登場する。(元の映像は36分という長大な映像なので、かなり短く編集。映像の解説はこの下のキャプチャを参照してください。字幕は専門用語が多いですが、だいたいあってると思います。(斬首映像部分は編集で削除しています)

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映像はゾロアスター教時代のササン朝、そしてシーア派サファヴィ朝ペルシア帝国にさかのぼってイランを批判する「壮大な」内容。ISがイランを批判するとき、マギ(マジュース)という用語をよく使う。もともとペルシア系祭司を指すが、ISはゾロアスター教に関する文脈で用い、イランを「ゾロアスター多神偶像崇国家」と蔑み、イスラムだとは見なしていない。映像では、「シーア派」という字幕を付けたが、ISは実際にはシーア派とは呼ばず、ラフィダとする。ラフィダは「拒否者」という意味で、とくにスンニ派原理主義者、過激主義者がシーアを指すときに侮蔑的に使う。このほか、イランをサファウィ(いわゆるサファヴィ朝ペルシア)と呼んだりする。

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冒頭から最後まで「サルマン」がキーワードとなって出てくる。ペルシア出身のサルマン・アル・ファルスィは、ムハンマドの教友のひとりで土木技術者だった人物。メディナに移住し、ムハンマドに帰依。ムハンマドメディナ軍勢と、メッカ連合軍との戦いで、サルマンの技術指導によってメディナ周辺に塹壕(ハンダク)を掘り、戦いを勝利に導いた(ハンダクの戦い・627年)。一騎打ちが主流だった時代、敵軍は塹壕戦の前に敗北。今回の映像では、イランのスンニ派に向けて、ペルシア出身のサルマンの末裔であることを呼びかけ、シーア派政府に抗し、立ち上がるよう扇動している。戦場でISがやたらとトンネルや塹壕を構築するのは、軍事戦術的な意味もあるが、それを超えて、「ハンダクの戦い」での塹壕戦への強い宗教的な思い入れもある。

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映像はISの歴史観シーア派への認識をCGや映画の引用、報道写真などを集めてきてビジュアルを駆使して示すものとなっている。ISによるイラン批判の要点は、

(1) シーア派イスラム逸脱と背教・多神偶像崇拝
(2) イランでのスンニ派への歴史的、今日的な弾圧と迫害
(3) ホメイニ体制以降のシーア派「革命輸出」による権勢拡大とスンニ派への敵対
(4) イラク、シリアにおけるISへの敵対行為とシーア派勢力への支援
(5) 十字軍同盟諸国との結託
などである。字幕動画ではカットしたが、元の映像では「イラクイスラム国」(ISI)時代のアブ・オマル・バグダディの音声スピーチも盛り込み、イランでのスンニ派弾圧やモスク破壊について言及した部分を選んで抜き出している。

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イラク・ディアラ県という地方メディア部門ながら、戦闘員をいくつもの角度から撮影し、パンやチルトまで入れて凝ったカメラワークまで見せ、ワイヤレスマイクで音声を収録している。イラク東部のディアラはイランに接する国境地域。

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IS映像では、イランで絞首刑の写真が挿入されている。イランのスンニ派は人口の1割ほどで、宗派そのものが禁じられているわけではない。だが当局は宗派運動や反体制活動につながることを警戒し、何らかの組織活動をしようとすると厳しく統制される。また監視網が張り巡らされているのも事実だ。IS映像では、「1979年のイラン革命以降、1万8千人のスンニ派が処刑された」としている。

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どう見ても悪人キャラのような戦闘員は、「イラン征服」の野望を語る。アル・バローシーという名なので、イランとパキスタンにまたがるバローチスタン地域の出身と思われる。映像の最後で、「イランを征服してやる」と言っている。スンニ派の国に変えてやるというのは無茶すぎるが、イランに揺さぶりをかけるために国内のスンニ派勢力を支援する国が出てくることも考えられる。かつて武装組織のひとつに過ぎなかったイラクイスラム国(ISI)が、結成10年を経ずしてイラク、シリアにまたがる広大な地域を制圧し、のちに「イスラム国」を宣言するまでになってしまったことを考えれば、この地域は「まさか」も起きうる場所である。いくつもの戦争が戦われ、世界史に登場してきたイラク、シリア地域の町々が、いま再び現実の戦場となっている。

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「サルマン・ファルスィ大隊」を名乗る部隊がペルシャ語で「イランを標的にする」に警告を出している。この映像は今年3月に出されたので、6月にはそれが実際の襲撃事件となって起きることになってしまった。

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イラン政府要人の写真をプリントし、それを標的に一斉射撃やサイレンサーで銃撃するなど、「イラン批判」映像としては、さまざまな「見せ場」を作るなど巧妙な構成になっている。

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イラン批判を並べ立てたうえで、出てくるのが斬首処刑。イラク東部ディアラ県で、拘束したシーア派民兵4人を公開処刑している。イラク人のバドル軍団民兵とみられる。ISはシーア派政党・民兵をイランの後押しを受けた存在とみなす。子どももいる群衆を前に、首を切り落とす。(上の字幕動画では残酷な斬首部分は削除しています)
ナイフを手にするIS戦闘員は、クルドの民族衣装をベースにした戦闘服で胴巻き帯(シュテック)を巻いているので、イラン出身またはイラク出身のクルド人と思われる。

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レバノンシーア派政党ヒズボラ(神の党)のハサン・ナスラッラー師も映像に挿入され、「イランの手先」として描かれている。確かにイランは、「シーア派支援政策」をもって積極的に国外のシーア派政党や組織を支援してきた。ヒズボラにはイランからカチューシャロケットが供与されている。イスラエルに対して撃ち込まれているが、ISはそうした部分には触れていない。シリア内戦では、イランはシーア系アラウィ派のアサド政権を支援し、戦闘部隊を送っている。またイラクシーア派民兵部隊にも軍事支援をしている。ISは、プロパガンダ映像を通じて、シーア派拡大の「危機感」を煽り立て、スンニ派が自分たちのもとに結集するよう呼び掛けている。

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ISがプロパガンダ映像や機関誌でシーア派を批判する際には、こうした映像・写真を使って、その儀式や祭祀がいかにイスラムの道や啓典コーランから外れた異端かを示そうとする。シーア派を逸脱集団とし、その元締めがイランとする一方、自分たちはスンニ派として預言者の正しき道の実践者なのだと強調する。だが、集団殺戮や、子どもに爆弾を巻き付け、薬を飲ませて自爆突撃させたり、異教徒女性をレイプして転売するようなISをアッラーの大道」などとは普通のスンニ派住民は思っていない。(2017年・IS機関誌ルミーヤ第9号)

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ISは、支配地域でシーア派モスクや施設、墓碑を徹底的に破壊。爆破したり、ブルドーザーでひき潰すなどした。歴史的建造物も多数含まれている。また、シーア派住民を追放したり、抵抗する者は処刑した。写真はISによるイラク北部タラファルでのシーア派モスク(フサイニーヤト・ジャワード・モスク)の爆破破壊。(2014年IS写真)

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シーア派モスク住民迫害やモスク破壊などに対して報復の声が上がり、イラクではシーア民兵組織が強化された。とくにタラファルでの前線に多く展開している。イランは積極的に介入して、シーア派に武器を支援する。写真はイラク・タラファル近郊でISが襲撃したシーア民兵組織「ヒズボラ大隊」の陣地。旗を引き裂いている。(2016年・タラファル近郊・IS写真)

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イランは、シリア・アサド政権軍に民兵部隊を派遣している。また武器も供与。写真はシリア西部アレッポでISが鹵獲したイラン製機道車サフィールと思われる。搭載しているのは、M40 106ミリタイプの無反動砲のようだ。こうしたことからも、ISはイランを主要な敵のひとつと規定し、攻撃対象にしている。(2016年・IS写真)

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イランはイラク軍へも武器・車両を供与。ティクリート近郊のIS地点に墜落したドローンは、イラク軍がIS地域の上空偵察用に運用していたものとみられる。イラン製ドローン、アバビル3型とみられる。(2015年・IS写真)

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テヘラン襲撃事件の報復として、イラン革命防衛隊(IRGC)は、6月18日夜、イラン西部の基地2か所から中距離弾道ミサイル、計6発をシリア東部デリゾールのIS拠点に向けて発射。発射されたミサイルは、地対地中距離弾道ミサイル・ゾルファガール(MRV)で射程は約700キロとイラン・メディアは伝えている。(2017年・IRGC映像)

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映像はデリゾールでIS拠点にイランの弾道ミサイルが着弾したことを伝えている。イランが国内の基地から直接、シリアのIS拠点にミサイル攻撃を行ったのは初めてとされる。革命防衛隊は「ISの自動車爆弾工場などを破壊」としている。この弾道ミサイル発射はISへの報復としてだけでなく、対立関係にあるサウジアラビアへの威力誇示につながるものともなる。(2017年・IRGC映像)

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