イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【動画・日本語訳】歌から読み解くシリア・イラクでの戦争(23) 番外編トルコ・労働者メーデーの歌・ビル・マユス行進曲

◆「労働者の日」に思う
さて5月1日はメーデー。日本でもかつて血のメーデー事件というのがあったが、近年、日本ではこの「労働者の日」が組合動員のイベントや運動会みたいになって久しく、デモは「パレード」と名を変えている。いつもはシリアやイラクの歌シリーズなのですが、メーデーということで、今回はトルコのメーデーの歌です。

メーデー(5月1日)ビル・マユス行進曲(1 Mayıs Marşı) グループ・ヨルム(一部意訳)
映像はYouTubeにあったものから。たぶん誰かが写真をつないだものと思います。3番まであるのですが1番だけにしました。

トルコでは、かつてのような極端な貧富の格差はかなりなくなったものの、いまでも労働運動は健在で、メーデーの日は各地で集会やデモが開かれる。イスタンブールも地区によっては火炎瓶や投石で機動隊と衝突になることもある。メーデーで必ず歌われるのが、このビル・マユス行進曲(1 Mayıs Marşı)。

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もともとは、トルコの音楽家サルペル・エズサンが1970年代にアンカラブレヒトの劇作を上演するときに作られた曲と言われている。

1980年の軍事クーデターで弾圧の嵐が吹き荒れるなか、左派の労働者・学生に歌い継がれてきた。リベラル系のミュージシャンにも歌われ、ジェム・カラジャによるロック版とかもあるのだが、今回字幕つけてみたのは、左派の代表格、グループ・ヨルム(Grup Yorum)が歌うバージョン。

当局はグループ・ヨルムを左翼過激派組織、革命的人民解放党-戦線(DHKP-C)と関係するとしているが、グループ・ヨルム自体はその高い音楽性から他の左翼党派からも支持されている。

この歌は、トルコ人労働者の多いドイツでのメーデーデモや集会でもトルコ左派組織が歌ったりするので、ヨーロッパでも聞く機会があるかもしれない。

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考えてみれば、日本のデモで人びとが必ず声をそろえて歌うような歌はあるだろうか。誰もが知る曲をといっても左翼の「インターナショナル」なんて知らない人のほうが多い。

右翼の街宣車が流す軍歌も、左派のサウンドDJデモも一方的に大スピーカーから街頭の人びとに叩きつけんばかりに流れてくる。

日本ではみんなカラオケとか好きなのに、デモや集会で自然に歌声が上がるという光景はあんまり思い起こせない。

参加者が悲壮感を持って革命歌や愛国歌を歌う時代じゃないのは、まあ平和の裏返しなんだろうなと感じたりする。

「ビル・マユス」行進曲(1 Mayıs Marşı)グループ・ヨルム+サルペル・エズサン
グループ・ヨルム25周年の記念コンサートで、サルペル・エズサン(中央)が同じステージに立って合唱。フルオーケストラよりもやはり街頭で労働歌が機動隊の放水のなかで歌うほうが労働者の革命ソングというイメージにあっているように思う。YouTubeより

1970年代に比べ、確かに経済は発展したトルコだが、政治は過去に逆戻りしている感がある。エルドアン政権は独裁色をどんどん強め、クーデター派と決めつけられて逮捕される軍人や警官、解雇される公務員、投獄されるジャーナリストはあとを絶たない。

クーデター派一掃の粛清の嵐が吹き荒れ、エルドアンの独裁が強まるなか、ビル・マユス行進曲がトルコのいまの時代に再び重い意味を持つことになるのは悲しいことだ。

「ビル・マユス」行進曲(1 Mayıs Marşı)ジェム・カラジャ
ロック歌手、ジェム・カラジャがかつて歌ったビル・マユス行進曲。70年代、トルコ当局からは左翼歌手とみなされていた。西ドイツ渡航中にトルコで軍事クーデター(1980年)が発生、政治家だけでなく、知識人から芸術家まで逮捕・拘束されるなか、トルコへの帰国を断念したが、のちにオザル首相(当時)の特別措置で帰国を認められた。(2004年没)YouTubeより

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