イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画・日本語訳】歌から読み解くシリア・イラクでの戦争(22) 元ラップ歌手アブ・タルハ~過激主義に苦悩するドイツ

◆過激主義対策を強化するドイツ当局
ドイツからシリア入りした戦闘員問題や、国内各地であいついぐ襲撃事件をうけて、当局は過激主義につながる団体の取締りを強めてきた。集会でISの旗を掲げるのを禁止したり危険人物からのパスポート没収などの措置があげられる。それでもドイツではこの1年で、IS関連の事件が繰り返される結果となった。

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【動画・日本語訳】 アブ・タルハ・アル・アルマニ(ドイツ語)一部意訳・転載禁止

歌っているのはドイツ出身の元ラップ歌手でIS戦闘員となったアブ・タルハ・アル・アルマニ(本名デニス・クスペルト)。これまでにも記事を書いたが、彼もイスラム国(IS)のプロパガンダで大きな役割を担った人物だ。ドイツでイスラムに入信し、過激組織ミラトゥ・イブラヒムで活動後、シリアに入り、他の武装組織を経て、当時の「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」に参加した。聴いてわかるように、彼はナシード歌手としては、歌がかなり下手である。以前、記事に書いた「いざ、ジハードへ」はナシードと彼が得意なラップを融合させ、悪い意味で「発展」を遂げたと言えるかもしれない。この映像が公開されたのは2014年4月頃。IS公式映像ではなくて、ミラトゥ・イブラヒム系メディアから出されたもの。戦闘員たちはドイツ語で合唱しているが、全員ドイツ出身者ならけっこう集まっているようだ。

過激主義団体の活動禁止命令も出されている。2012年にはミラトゥ・イブラヒムが活動禁止となり、昨年11月には、イスラム団体「真の宗教」の拠点10州200か所を一斉捜索し、活動禁止を命じた。「真の宗教」はドイツ各地の街頭でコーラン無料配布する活動で知られるが、一方でシリアへの戦闘員を勧誘したとして以前から問題となってきた。

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国防総省は2015年10月、アブ・タルハがラッカ近郊での空爆で死亡と発表したが、IS側は沈黙し、その後も撮影日は不明なものの彼が登場する映像も公開された。昨年夏、「死亡写真」も出回り、モスルの病院で死亡とされたが、今年1月末にはシリア・ホムスで生存説も出るなど生死は不明。写真右が昨年SNS上に出回った「死亡写真」。

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ミラトゥ・イブラヒムは2011年、ゾーリンゲンを中心に結成。翌年5月にはドイツ当局から活動禁止命令が出たが、この組織や関係者からシリアに渡り、IS入りした者がかなりいる。右がアブ・タルハ。左はオーストリア出身で同組織の幹部だったアブ・オサマ・アル・ガリブ(本名ムハンマド・マハムード)。彼もISに加わり、2015年8月、シリア・パルミラで政府軍兵士を銃殺する映像に登場している。

「真の宗教」の広報物には過去に日本人青年も登場している。どんな宗教であれ、信仰に目覚め、団体に入って活動することは別に問題ない。ただ、それが宗教の名の下に過激主義を志向する組織やカルトなら話は違ってくる。

ISに日本人の戦闘員や協力者がいるかどうか、国内の「窓口」にメディアの関心が寄せられてきたが、いつか日本国外で、それもイスラム圏でないヨーロッパで過激主義組織に「オルグ」される例も出てくるかもしれない。

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ドイツやイギリスなどの街頭でコーラン無料配布運動「LIES!(読め!)」を続けてきた「真の宗教」。左がリーダーのイブラヒム・アブ・ナギ。右は昨年11月、「真の宗教」に対する活動禁止を発表するデメジエール連邦内務相。(左・YouTube/右・連邦内務省映像より)

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昨年11月、ドイツ各地の「真の宗教」の活動拠点への一斉家宅捜索。写真は警察によるベルリンでの家宅捜索で押収されるパソコン。(ARD映像より)

内戦に陥ったシリアが強力な磁場となって、世界各地の過激主義者を引き寄せた。そしてその支配地域から戦闘員が各国の仲間に決起を呼びかけ、さらには自身が自国に戻って攻撃を企てようとしている。

治安当局による取り締まり、国内で過激主義を生まない土壌作り、ISの犠牲となっている難民の受け入れ、そしてイラクのクルド地域政府への軍事支援など、ドイツは様々な形でISや過激主義問題と向き合っている。

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ISの登場によってドイツのイスラム過激主義者(サラフィスト)が生まれたわけではない。シリア内戦前から過激組織は拡大しつつあったし、同時に右派市民やネオナチ系団体によるモスク建設反対などの反イスラム運動も起こっていた。両派の衝突を象徴する事件のひとつが、2012年、ゾーリンゲンでの事件。ムハンマドを侮辱する肖像を掲げた右派のデモに、過激サラフィストらが対峙。衝突を阻止しようとした機動隊に過激主義者がナイフで襲いかかるなどし、多数の逮捕者が出た。ネオナチはドイツのイスラム教徒増加への不安を煽り、他方、イスラム過激団体は移民たちが抱える不満や怒りに付け入り、非和解的な宗教対立のようにしようとした。ただしサラフィストが深刻な問題となっているのは事実だが、多くのイスラム移民は過激思想と関係のない普通の市民であり、一部の事例を全体化して見るべきではない。(写真・左DAPA/右ドイチェヴェレより引用)

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ドイツは警察の取り締まりだけでなく、過激主義を生まない取り組みも進めてきた。これは連邦移民・難民局(BAMF)が製作したパンフ。イスラムの信仰と、過激主義とを混同させないようにし、きちんと見極めることの重要さや過激思想に傾倒した青年らを救った実例をあげて解説している。移民や難民が過激主義に感化されるのを防ぐため、家族や友人らが変化に気付いたらすぐに相談できる専門機関やケアワーカー制度についても案内し、多言語で配布。

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ドイツはイラククルディスタンペシュメルガ部隊に軍事支援を行なうなどしてきた。写真はドイツに招かれたクルド兵に、連邦軍兵士が対戦車誘導ミサイル・ミランの発射訓練をしている様子。(2014年・ドイツ連邦軍映像)

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ISの台頭でシリアから多数の難民が発生し、またヨーロッパ各地でISによる襲撃事件があいつぐなか、ドイツはイラククルディスタン地域に連邦軍部隊を派遣。ISと戦うペシュメルガ部隊を現地で軍事訓練し、また多額の武器をクルディスタン政府に供与した。写真はアルビルでペシュメルガを訓練するドイツ連邦軍兵士。(2016年・ドイツ連邦軍映像)

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