イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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【IS動画・日本語訳】イスラム国(IS)統治下のシリア・マンビジで何が起きていたか(4)写真43枚

◆マンビジ陥落~2年半の統治崩壊【IS動画+写真43枚】
シリア北部のイスラム国(IS)拠点都市のひとつ、マンビジがクルド・人民防衛隊(YPG)主導のシリア民主軍(SDF)に制圧されたのは8月末。ISは徹底抗戦を呼びかけたが、激戦ののち町は陥落、約2年半におよんだ「統治」は崩壊した。動画は、今年7月にISが公開したアレッポ北東部一帯をめぐる戦いと、8月公開のマンビジ攻防戦のIS映像の一部を合わせたもの。マンビジ制圧はトルコ軍のシリア越境介入につながり、また、のちのSDFによるIS「首都」ラッカ攻略作戦開始にも関係する。マンビジをめぐる戦いを、アレッポ北東戦域の一部として押さえていただきたい。
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【動画1】アレッポ北東戦線とマンビジ攻防戦(24分・一部意訳・転載禁止

映像前半部は、アレッポ北のアザーズとマンビジを結ぶ地域一帯の戦闘で、ここでISと対峙するのは、自由シリア軍系を含むスンニ派武装諸組織(ISはサハワと呼ぶ)とシリア政府軍。戦術としての自爆突撃が繰り返されている。
マンビジ映像は、後半14分42秒めから。YPG・SDF連合との戦闘だが、ISは、PKK(クルディスタン労働者党)と総称している。冒頭と最後の斜体文字の部分は、8月末に空爆で死亡したアドナニ広報官の声。今年5月と昨年10月のスピーチから引用されている。(かなり長い動画ですが、アレッポ北東の軍事・政治状況を、ISがどう捉えているかがわかるので参考になると思います)

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IS支配が続いていた今年5月下旬頃のアレッポ北東の勢力図。ISは、シリア政府軍、クルド系SDF・YPG、スンニ派武装諸派(とそれを援護するトルコ)と対峙し、上空からは、政府軍・ロシアと、有志連合軍(米軍など)の空爆にさらされていた。これほどの敵を相手にいくつもの戦線を維持するのもすさまじいが、各勢力とも互いに敵対、反目してきたことをISは利用してきた。スンニ派武装諸派は、図の旗で示した以外にも様々な組織が混在している。シリア政府軍のアレッポ近郊の前線では、イラン人やイランが手配したアフガン民兵イラクからのシーア派民兵などもいる。6月にはYPG・SDF連合がマンビジ攻略に向けて本格的に進撃を開始する。

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マンビジ市内を行進する戦闘員。これは軍事キャンプでの数か月にわたる訓練を修了した際に、ジハード戦士となったことを住民にお披露目するとともに、戦闘員の決意を固めさせるためである。(マンビジ・2015年)

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アレッポ県管区の訓練施設で軍事教練を終えた新規戦闘員と思われる。戦闘員となるということは、指導者バグダディへの忠誠を表明し、いつでも死ねるということでもある。組織に共鳴して参加した者もいるが、農村部の青年には、わずかでも給料が出るからと、家族を養うために仕方なく入隊した者も少なくない。(マンビジ・2015年)

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IS機関誌アン・ナバアを住民に配布するようす。このほか、ISの広報物、風紀に関する規則などのパンフも配っている。のちに衛星放送の視聴が禁止され、住民はISラジオや広報物による「大本営発表」のみで情報を知るよう仕向けられる。実際にはこっそり衛星放送を視て外部情報を得る住民もいたようだ。(マンビジ・2015年)

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写真はマンビジ中心部の大通り。黒く塗られた建物は、イスラム裁判所。シャリーアイスラム法)統治の象徴として、よくIS宣伝映像に登場した。もともとマンビジは10万人前後の人口がったが、内戦の混乱で脱出もあいついだ。アラブ人が趨勢で、クルド人トルクメン人などがいた。脱出住民にかわって入ってきたのは、外国人戦闘員やその家族、子供たちだった。(マンビジ・2016年)

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日本ではあまり知られていないが、ISが短期間に地方に支配を拡大できたのは、軍事力や残忍さもあるとはいえ、じつは地方部族を押さえたことが大きかった。時には力づくで、時には金銭を通じて、部族を取り込んでいった。協力を拒否すれば攻撃されるため、一族や領民を守るためにISへの忠誠を受け入れた部族長も少なくなかった。写真はアレッポ県下での地方部族代表らとの関係構築を伝える宣伝映像。(2015年)

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IS拠点都市のひとつだったマンビジへの空爆は攻略戦が始まる前からずっと続いてきた。米軍主導の有志連合軍と、シリア政府軍の双方から爆撃が加えられていた。軍事拠点だけでなく住宅地にも着弾し、子供や女性など一般市民が巻き添えとなってきた。(マンビジ・2015年)

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空爆で住民被害がでると、「十字軍やシリア政府の蛮行」とISは伝える。これを外国人人質殺害や、欧米での無差別市民襲撃の「根拠」とし、さらなる報復を呼びかける。(マンビジ・2015年)

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空爆被害の住民。町から脱出できない住民は、ISの力による統治と、空爆という2つの恐怖にさらされてきた。(マンビジ・2015年)

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ISは支配地域内でのスパイ活動に目を光らせている。とくにIS拠点の位置や部隊配置などは、空爆の目標選定にも有効だ。これは、PKKのスパイとされる男性が広場で公開銃殺される映像から。広場には住民、子供も集まっている。マンビジ・イスラム裁判所の審判により処刑と宣言され、拳銃で頭を撃ち抜かれる。ほかにシリア政府軍のスパイとされる男性も銃殺されている。映像の場所は示されてないがマンビジ。(2015年)

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IS系メディアがマンビジ防衛戦のための結集を呼びかけたパンフ。「世界が後押ししてクルド勢力とそれと結託したアラブ勢力どもを使ってマンビジ攻撃を仕掛けようとしている」とし、マンビジ死守戦の意義を説いている。(2016年6月・スムード・メディア)

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米軍は、戦闘機や攻撃型ドローンのほかにB-52戦略爆撃機も投入している。写真はISメディアが伝えたB-52と見られる機体と、木陰から対空攻撃をする写真。(マンビジ・2016年)

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【動画2】有志連合軍・マンビジ空爆(音声なし)

有志連合軍が公表したマンビジとその近郊でのISへの空爆映像(音声なし・2月~7月)。有志連合なので、アメリカ以外の国の戦闘機からの映像も含まれていると思われるが、それぞれぞれどの軍のものかは明記されていない。地元の情報要員が目標位置を伝えたりするが、市民の犠牲を出さずにIS施設だけを爆撃するの難しい。(有志連合軍CJTF-OIR映像・2016年)

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空爆は軍事的には有効ではあるが、誤爆による住民被害も出ている。7月19日、マンビジ近郊トハール村での米軍機による空爆では、少なくとも56人が死亡、うち11人が子供だったとアル・ジャジーラは伝えている。有志連合軍のシリアでの空爆が始まってから最大の住民被害と報じられた。写真はIS系メディア、アマーク通信が公表したトハール村の空爆被害の様子。(マンビジ・2016年)

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いまや戦闘においてドローンによる上空からの偵察もあたりまえになった。これはアマーク通信が6月に伝えた映像。「マンビジ近郊でイスラム国戦闘員が撃ち落とした偵察ドローン」とある。民生用ではない仕様に見えるので、米軍か、米軍の供与を受けたSDFのものと推測される。(マンビジ近郊2016年)

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こちらは、ISドローン。マンビジ近郊で畑に墜落して、SDFが鹵獲したもの。(マンビジ近郊・SDF映像・2016年)

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SDF・YPGは、ティシリン・ダム制圧を足がかりにマンビジに部隊を進め、まず町を包囲。包囲網を狭める形で中心部に迫った。過度に追い込むと、攻略部隊の被害も増大する上、ISによる住民虐殺を招く可能性もあった。空爆と連携して、周辺の農村部で戦闘を重ねながら、近郊の拠点を徐々に拡げて中心部に向かった。準備は今年上旬から進んでいたが、本格的に進攻作戦を開始したのは5月31日。マンビジ陥落は8月末。約3か月の攻防戦となった。

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YPG・SDFが町の中心に向けて進撃するなか、ISは映像を公開。退路を絶たれ、包囲されたなかでも、写真や映像を外部に送り続けるメディア戦略もすごい。[写真左]は「お前たちが生きることを望む以上に、我々は死ぬことをこそ望んでいる」と決意を表明する戦闘員。IS映像で繰り返し使われる言葉だ。[写真右]は、右手を重ね合わせ、バグダディへの忠誠をもって死ぬまで戦うことを誓う戦闘員たち。自爆ベストを着用している。(マンビジ・2016年)

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7月、マンビジ近郊に迫るSDF・YPGとの戦闘で、オリーブ畑を進むIS部隊。おそらくT-62戦車だが、砲塔部分がなく、兵員輸送車として使っている。後部には「イスラム国・カリフ軍347」とある。アレッポ県下の戦車・戦闘装甲車輌には、この車体番号が割り振られているようだ。(マンビジ・2016年)

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ISのロケット砲攻撃。グラード砲とある。IS用語としては、ロケット砲の飛距離が短いのをカチューシャ砲、長いのをグラード砲と呼ぶことが多いが、実際の現場では、総称してカチューシャと言ったりしている。(マンビジ・2016年)

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迫撃砲弾を準備するIS戦闘員。(マンビジ・2016年)

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GoProタイプのアクションカムで戦闘シーンを撮影。PK機銃を撃っている。(マンビジ・2016年)

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7月中旬。建物の屋上にはクルド側の戦闘員。YPGの黄色い旗が見える。(マンビジ・2016年)

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6月末頃の写真。狙撃銃を構えるのは東洋系の顔立ちのIS戦闘員。 (マンビジ・2016年)

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6月上旬のアマーク通信の映像。モスクに地元青年らを集め、銃を配って市内での決戦に住民総動員の態勢で備えていることを伝えている。(マンビジ・2016年)

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総力死守戦を呼びかけるが、軍事訓練を十分に受けたことのない住民にまで戦闘を強いることは、犠牲を拡大させることでもあった。(マンビジ・2016年)

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マンビジ陥落寸前の8月末、自爆突撃をかけたカザフ人戦闘員。背後にあるのが鉄板を貼り付けた自爆突撃用車両と思われる。(マンビジ・2016年)

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敵の拠点に突入し自爆を遂げたカザフ人戦闘員。アブ・オマル・アル・カザヒとある。失敗した自爆映像は公開されないが、それでも相当数の自爆突撃が加えられている。いったいどれだけの戦闘員が自爆したのか。(マンビジ・2016年)

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戦闘が迫った地域からは住民の脱出、避難があいついだ。写真はマンビジ近郊から脱出してきた住民をSDF側が保護したときのもの。(SDF映像・マンビジ・2016年)

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SDFはクルド主導とはいえ、アラブ人組織も多数加わっている。アラブ人とクルド人を両親に持つアブ・レイラ司令官は、コバニ攻防戦でも名将として知られた。「北の太陽大隊」を率い、SDF合同部隊でマンビジ攻略戦に参加したが、6月上旬、ISスナイパーの狙撃で死亡。(SDF映像・マンビジ・2016年)

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アマーク通信は7月、ISがアブ・レイラ司令官の兄弟アブ・ユスフを拘束したとする映像を公開。オレンジの「囚人服」を着せられ、顔には多数のアザができている。「マンビジ攻略にはクルドとトルコの密約がある。クルド部隊のマンビジ進攻をトルコが認めるかわりに、PKKはトルコ・ヌサイビンからゲリラを撤収させるという裏約束だ」と「証言」している。マンビジ陥落後に、トルコが越境してジャラブロス一帯を制圧してYPGを封じ込めようとした状況を見れば、この「証言」が無理やり言わされていることがわかるのだが、ISは、敵は背後で結託しているとプロパガンダで宣伝しようとした。(マンビジ・2016年7月)

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ISは宣伝映像で「マンビジ死守」「バグダディ師への死の忠誠」を繰り返し伝えたが、実際には逃亡や身を隠そうとしたIS戦闘員も少なくない。写真は女性用ヒジャブかぶって、隠れようとしてSDFに拘束されたIS戦闘員の男たち。(マンビジ・SDF映像・2016年) 

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マンビジ攻略戦に使われたBMP-1戦闘車両。旗はSDFに参加するマンビジ軍事評議会のもの。クルド主導部隊がアラブ人が趨勢のマンビジ攻略戦を戦ったのは、マンビジをクルド化させるといった領土拡大目的ではない。ラッカ攻略には重要な要衝であるうえ、ラッカ戦で米軍支援をうけて戦闘を展開する作戦モデルともなるからだ。また、西のアフリンと東のコバニをつなげる上でも、この地域からISを駆逐する必要があった。ただし、マンビジが再び敵対勢力の統制下にならないよう地元アラブ人に対して、クルド側が強い影響力を行使すると見られる。(マンビジ・SDF映像・2016年)

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市街地に入るほど、狙撃戦が激しくなる。マンビジにもSDF・YPG側の狙撃部隊が多数配置された。ドラグノフなどの狙撃銃や対物ライフルを携えている。(マンビジ・SDF映像・2016年)

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ISを駆逐し、マンビジ市内に入ったSDF部隊。約3か月にわたる攻略戦での死者数はSDFとIS側の双方発表で異なるが、シリア人権監視団の統計では、SDF側315名、IS側1026名となっている。これに加え、一般住民も多数死傷している。また、IS側が拉致した民間人もいる。(マンビジ・SDF映像・2016年)

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町からISが去っても、仕掛け爆弾(アブワ・ナシファ)がいたるところに仕掛けられていて、住民も犠牲になることがある。写真左はISが製造した爆弾や手投げ弾など。右はリモコン起爆装置をつけた遠隔操作爆弾。(マンビジ・SDF映像・2016年)

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マンビジのISが去った地域では、ISにヒゲを長く伸ばすよう強制されていた住民の男たちがヒゲを剃ったり、女性はヒジャブを取り払ってIS統治の終焉を祝った。(マンビジ軍事評議会映像・2016年)

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IS統治の崩壊後、SDF主導のもとマンビジ軍事評議会が暫定統治を開始。地元の男たちは軍事訓練を経て、自警組織に編入された。マンビジはアラブ人が趨勢なのだが、この整列点呼はYPGやPKKが行なう形式とまったく同じで、イチティマと呼ばれるもの。写真にように身体を前かがみにするのは、戦死した同志への追悼礼。アラブ人部隊にこのクルド式点呼をさせるのは、よけいな反発を招くことにつながりかねないが、暫定的にこのクルド式点呼を導入しているのだろうか。(マンビジ軍事評議会映像・2016年)

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地元部族が軍事評議会に招かれている。これまでISに協力させられていたアラブ人部族が今度は、クルド系主導の軍事評議会の統治に組み入れられることになった。アラブ人部族の一部は、急激なパワーバランスの転換に不満・不安を抱いている。部族とどう協調することができるか。今後のラッカ攻略戦でも同様の問題が起きてくるだろう。(マンビジ軍事評議会映像・2016年)

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マンビジ軍事評議会が設置され、統治が始まった。まだIS支配下にあるアル・バブの攻略も視野に入れてアル・バブ軍事評議会も設置されているが、トルコが支援するスンニ派武装組織がアル・バブに進撃を始めている。もし、SDF連合がラッカ制圧した場合、この軍事評議会制度で暫定統治をおこなう可能性が高い。(マンビジ軍事評議会映像・2016年)

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今年10月の写真。マンビジ中心部はすでに陥落したが、近郊地域ではまだ戦闘が続いている。これはマンビジ南部とされるIS写真で、IS戦闘員の食事風景を伝えている。 (IS写真・マンビジ南部・2016年10月)

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前線の戦闘員に弁当を準備しているのだが、チキンを「2度揚げ」している。マンビジで敗北したなか、前線で2度揚げする余裕はどこからくるのか。2度揚げしたチキンはジューシーにおいしくなる。 (IS写真・マンビジ南部・2016年10月)

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説明には「ムラビトーン(前線防衛戦士)の食事の準備」とある。フライドチキンとポテトの弁当パックとして分隊に配ってまわるようだ。これにシリアの薄いナンとあわせて食べる。戦局悪化で軍事費も補給物資も逼迫していると思われるが、宣伝写真としても、けっこうなものを食べている。(IS写真・マンビジ南部・2016年10月)

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おいしそうである。いわゆる「テロ組織の飯」という意味ではリアルな「飯テロ」と言える。マンビジ陥落後、11月上旬にはSDF・YPG連合は、IS「首都」ラッカ攻略を目指し進撃を開始、 さらなる戦闘の激化が予想される。(IS写真・マンビジ南部・2016年10月)

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