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イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【IS動画・日本語訳】イスラム国(IS)統治下のシリア・マンビジで何が起きていたか(2)写真30枚

◆IS関連

◆外国人が家族で「移住」~マンビジも拠点に
武装組織イスラム国(IS)は、支配地域を確立すると、宣伝映像やSNSを通じて、外国のイスラム教徒に「移住」を呼びかけてきた。戦闘員志願者だけでなく、子どもを含む多数の家族が、おもにトルコ国境を越えて入り込んだ。外国人家族らが暮らしてきた拠点都市はいくつかあるが、そのひとつがシリア・マンビジだった。映像からは、外国からの子どもたちがIS思想で教育される姿が映し出される。また、ISが独自に解釈したシャリーアイスラム法)でどのような統治が進められていたかも見てみたい。IS写真は、個別表記があるもの以外はマンビジのもの。今回は第2回目。(第1回 ・第2回第3回第4回

【動画】「気高き少年たち」(一部意訳・転載禁止)
昨年11月 にISのアレッポ県広報局が公開した映像で、場所はマンビジと見られる。外国人というと戦闘員だけと思いがちだが、その家族、子どもを含めて多数がIS地域入りをしている。アラブ諸国からの子どものほか、東トルキスタンからのウイグル人カフカス地方など各地の子どもたちがIS思想によって育てられ、少年は銃の扱いまで教えられている。

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マンビジはIS地域に移住した外国人の拠点都市のひとつとなっていた。写真左は昨年9月に公開された「ジハード戦士の休日」を伝えるIS宣伝映像で、犠牲祭を前に前線で休暇許可をもらい、家族や友人を訪れるという内容。町の名前は出てこないが、建物や看板などからマンビジであることがわかる。この黒い服の男はドイツ・ゾーリンゲン出身のパレスチナ系ドイツ人、アブ・アハマド・ガザリ(組織名アブ・ユスフ・アル・アルマニ)で、過激組織ミラトゥ・イブラヒムで活動後、映像に映る父とともにシリアに入り、IS戦闘員になった。右はドイツにいた頃。

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2014年にイギリス・マンチェスターの家族のもとから姿を消したソマリア系イギリス人の双子姉妹ザハラとサルマも、マンビジにいたことがあるとされる。母親はトルコに入り、姉妹救出に動いたが失敗。姉妹は現地で戦闘員と結婚したのではないか、と英テレグラフは伝えている。

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今年1月に公開されたスパイ処刑映像に登場した幼い子どもイサ・デア(左)は、イギリス人の母グレース(イスラム名ハディジャ)とともにマンビジに暮らしていたことがあると報じられている。映像は、スパイとした5人を車に閉じ込めて爆殺するもので、爆破スイッチを押すのがイサとされる。(ラッカ・2016年)

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イサの母グレース・デアは、2012年か2013年ごろシリア入り。「西側の人質を殺す最初のイギリス人になる」とSNS上にメッセージを残している。夫はスウェーデン国籍のアブ・バクルで、戦闘で死亡したとされる。スパイ爆殺映像が公開されたのはラッカなので、マンビジから移動したのではないか。この写真の撮影場所は不明だが、左の抱かれている子どもがイサといわれる。右はすこし成長してから撮られたようだ。

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昨年11月に公開の写真。東洋系の顔だちの子どもたちが多数いる。おそらく中央アジアからの家族とともに移住してきた子どもたちと思われる。ISは戦闘員をライオンに例えて「カリフ国の獅子たち」とし、戦闘訓練を受けさせた子どもを「小さき獅子たち」(アシュバル)と呼ぶ。(マンビジ・2015年)

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マンビジは今年8月にクルドYPG主導のシリア民主軍に制圧されたが、外国からの子どもたちは、すでにラッカなどに連れて行かれたと思われる。いつかISがシリアで壊滅したとしても、こうした子どもたちをどうやって帰還させるのか、出身国が受け入れるのかも懸念される。(マンビジ・2015年)

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子どもたちに宣伝映像を見せているのがわかる。(マンビジ・2015年)

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映像に見入るたくさんの東洋系の顔立ちの子どもたち。(マンビジ・2015年)

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これもマンビジでの光景。ISは街頭で頻繁に青少年、子ども向けのイベント開催や教宣活動に取り組んでいる。イスとりゲームや綱引きなどのレクリエーションをし、またコーラン読誦大会や、出版物配布を行なう。(マンビジ・2016年)

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これらの教宣イベントは「ダアワ」と呼ばれる。娯楽が少ない日常で、子どもたちを盛り上げながら、心を引きつけるべく工夫をこらした仕掛けを用意している。各都市で同じスタイルなので、統一したマニュアルのもとに進められているようだ。(マンビジ・2016年)

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イベントで子どもや聴衆にお菓子が配られる。(マンビジ・2016年)

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説明には記されていないが、こちらは地元の子どもではないだろうか。「算数の授業」とある。これもマンビジ。(マンビジ・2015年)

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学校のカリキュラムでは、コーラン読誦などが組み入れられていて、学年が上がるにつれハディースムハンマド言行録)学習なども取り入れられている。(マンビジ・2015年)

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モスクでの教師講習とあるので、学校教師に対するイスラム教育研修ではないだろうか。ISは、教師に「イスラム教育研修」を課して、ISの方針にそった教育行政を行なった。内戦は学校制度にも深刻な影響を与えていて、教師たちも難民となって国外に逃れる例があいついだ結果、学校がストップした町、村もある。一方、残った教師は、その町を統治した勢力の指導方針に沿った教育をするよう指導された。(マンビジ・2015年)

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「マンビジでの教師の忠誠式」とある。右手を差し出して忠誠を命じられる。誰に対する忠誠かというと、バグダディ指導者である。(マンビジ・2015年) 忠誠式とは>>

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公園での日常を伝えるIS宣伝写真。ISの統治のもと、住民は平和な生活を送っていることを伝える意図がある。(マンビジ・2015年)

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家計を助けるために働く子どもたちもいるが、こうした子どもは学校に行かずに働いているかというと必ずしもそうではなく、学校には通っているが、放課後に働いているということもある。他方で、国外に難民となった子どもが学校に行けないままという例も少なくない。(マンビジ・2015年)

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モスクでは、ISの教義解釈に基づいた説教や指導が行なわれた。「マンビジのファタハ・モスクでのシャリーア講習」と説明がつけられた写真。前に立つ男はシリア人には見えない。(マンビジ・2015年)

f:id:ronahi:20160911101316j:plain地方の小さな町では、モスクがIS映像を宣伝する拠点ともなってきた。マンビジのモスクで、壁にプロジェクターで映し出されるのは、昨年2月に公開されたヨルダン人パイロットの焼殺映像だ。(マンビジ・2015年)

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焼殺映像を観る人びとのなかに、子どももいるのがわかる。生活の様々な場面で、ISの宣伝が刷り込まれ、敵への憎しみが植え付けられる。(マンビジ・2015年)

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治安機関としては、イスラム警察であるヒスバが置かれ、犯罪捜査に加え、道徳風紀取締りなどを行なっている。写真は、マンビジでヒスバが摘発したタバコを焼却するようす。(マンビジ・2016年)

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ヒスバは、タバコ、酒類を摘発するほか、商店を抜き打ちで検査し、期限切れの食品や医薬品をチェックしたり、服装チェックなども行なっている。支配地域に共通するのは、こうした係官にモロッコやサウジからの外国人が多数いて、地元住民が外国人支配に強い不満を抱いていることだ。「信仰で結ばれた理想国家」をISは宣伝するが、こうした反発感情が鬱積しているため、いったん崩壊が始まれば、IS壊滅は意外と早いかもしれない。(マンビジ・2016年)

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「交通警察」と書かれたベストを着て街頭で交通整理にあたる警官。車両ナンバーの登録・管理も担当している。(マンビジ・2016年)

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ISは、シャリーアイスラム法)統治を掲げてきた。ISの統治下に置かれたマンビジでも、コーランに規定された罪に対し、処刑や手足切断などの罰を加える公開での刑執行が行なわれた。敵対勢力のスパイ行為も死刑とされた。(マンビジ・2014年)

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マンビジでの公開斬首刑を伝える写真。広場には子どもたちの姿も見える。「アッラーを冒涜した罪」で斬首される男性。 (マンビジ・2015年)

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目隠しされた男性は、左の戦闘員の持つ大鉈で斬首された。「アッラーを冒涜する行為」の場合、どういう表現をもって罪とされているのか、その基準はわかっていない。(マンビジ・2015年)

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刑の執行では、一応、イスラム法廷の審理に基づく文書が読み上げられるが、裁判の実態や弁護制度の有無など不明な部分が多い。左の男が手にする文書が執行命令と思われる。(マンビジ・2015年)

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これは、窃盗罪に対する手の切断刑。背後の拡声器つきの車両には、「イスラム国ヒスバ(宗教警察)」の文字が見える。 (マンビジ・2015年)

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「窃盗罪に対する裁判所決定の執行」とあり、右手を切断される。手を消毒したのち、鋭いナタで切り落としている。(マンビジ・2015年)

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IS統治下のマンビジからトルコに脱出してきたベカルさん。町では公務員として働いていた。スパイとされた男性がマンビジ中心部の広場に連れてこられ、大鉈で斬首されるのを見たという。死体は針金で木に括り付けられ、罪状を書かれた紙を付けられ数日間そのまま放置された。「ISは見せしめで残虐な処刑を繰り返し、住民を震え上がらせた。アサド政権の恐怖統治のあとに、ISの暗黒支配が始まった。”国家”を名乗るが、サウジやモロッコの戦闘員が各機関の役職に就いて好き勝手にふるまい、行政システムは破綻していた」と話した。(2014年末シリア国境で撮影:坂本)

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