イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【IS動画・日本語訳】サイクス・ピコ協定の国境線解体掲げたイスラム国(IS)【1】

◆2年前に国境破壊を見せつけたISの思惑

1916年に結ばれたサイクス・ピコ協定から5月16日でちょうど100年となった。オスマン帝国が解体するなか、英仏の交わしたこの密約をもとに現在のシリア・イラク国境の基本線が画定され、さらにはクルド民族分断につながった。その意味ではこの協定がいまの混迷の中東情勢の根源のひとつともなっている。武装組織イスラム国(IS)は、今から2年前の2014年6月、サイクス・ピコ協定に線引きされた国境の解体を掲げた映像を公開している。

動画が表示されない場合はadblockをOFFにしてみてください
【動画・日本語訳】サイクス・ピコ協定の終焉 (一部意訳・転載禁止)
この映像は、イラク第2の都市モスルを制圧し、ISが「国家」を宣言した直後の2014年6月に出された映像。米軍の空爆はまだ始まっておらず、ISは総進撃を続けていた。IS戦闘員たちの高揚感は頂点に達し、これがのちのシンジャル・ヤズディ地域制圧と住民殺戮、シリア・コバニ侵攻戦へとつながっていく。派手な戦闘シーンは出てこないものの、当時のISの高揚感の一端を知ることができる。国境検問所はシリアに接するイラク北西部のテル・サフク地域とされる。

制圧したシリア・イラク国境検問所を爆破するプロパガンダ映像とはいえ、英仏の密約で決まった国境線の解体を実際に映像として出したこと、それに代わるカリフ制国家の再興を明確に打ち出したことは、他のどのイスラム武装組織もなしえなかったものである。それが実現可能かどうかは別にしても、すでに2年前の段階でこうしたことを実際にやって見せ、外国からの戦闘員流入を促した意味でISの「先見性」をうかがうことができる。ISは過激主義と恐怖支配だけで組織を拡大させたのではない。カリフ制統治というビジョンと同時に、国境線で分断された地域部族の利も利用したことが、ISが他の組織と違って2つの国にまたがって台頭した背景のひとつでもある。

f:id:ronahi:20160528174627j:plain

英語で案内する「チリのアブ・サフィーヤ」はチリ系ノルウェー国籍、本名バスティアン・バスケス(26)で、青年時代はヒップホップ音楽のグループで活動していたが、のちにイスラム過激主義に傾倒し、シリア入り。この映像に登場後、戦闘で死亡とスペイン紙は報じている。

f:id:ronahi:20160521184301j:plain

ISがシリア・イラクで独自に画定した「県」の境界図。サイクス・ピコ協定の枠組みを壊し、シリア・イラク国境を解体してひとつのカリフ国を作り、それをサウジ、エジプトへとさらに広げていく理想を掲げている。中央の「フラット県」(フラート県)はシリア・イラクの国境線をまたぐようにISが独自に作った県。サイクス・ピコ条約の解体を意識し、対外的な宣伝効果も含めて作ったものと思われる。

f:id:ronahi:20160521184907j:plain

シリア・イラクの国境解体を大きく伝えるISの機関誌IS REPORT。現在は英語機関誌ダービクが知られるが、この当時は「IS REPORT」が英語で発行されていた。(IS REPORT 2014年より)

f:id:ronahi:20160521185029j:plain

100年前のサイクス・ピコ協定で人工的に引かれた国境線は、シリア・イラクにまたがって暮らしていた同じ部族も分断した。ISは武力で各地に進撃すると同時に、ウンマイスラム共同体)建設、カリフ制再興こそが預言者ムハンマドに従いし道であることを掲げた。こうした理念に加え、地元部族の利害を融合させながら勢力を広げた。過激路線だけで地元住民を従わせていったわけではなく、地域の部族バランスも巧みに利用した。写真は解体された国境検問所の前で、アッラーに感謝する祈りを捧げる住民として紹介したIS機関誌のもの。(IS REPORT 2014年より)

サイコス・ピコ国境解体映像(2)に続く >>