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イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【IS機関誌・日本語訳】ベルギー・ブリュッセル攻撃戦についての「巻頭言」全文2(ダービク14号)Dabiq14

◆IS関連 ◆各国・各組織声明文

◆ISベルギー・ブリュッセル攻撃戦についての巻頭言・全文(2)
武装組織イスラム国(IS)が4月13日に公表した機関誌ダービク(DABIQ・英語版)の巻頭言では、自爆攻撃の実行犯についても詳細を掲載。自爆攻撃を「殉教作戦」、実行犯を「殉教戦士」としている。以下はその日本語訳。【宗教的な表現も多用されているため、翻訳は一部補足の上、平易に意訳した箇所もあります】 巻頭言(1)はこちら>>

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3月22日に起きたベルギー・ブリュッセルでの連続爆弾事件と治安当局の捜索での銃撃戦で死亡したIS戦闘員の詳細を取り上げたIS機関誌ダービク第14号。写真左は、爆弾事件後の治安当局の家宅捜索の際の銃撃戦で死亡したムハンマド・ビラキードと見られ、手に血のついたナイフを持った映像が残っているということはシリアで実際に斬首処刑などに加わっていたことを示すものと推測される。写真右はブリュッセル・ザベンテム空港の自爆犯のひとり、ナジム・アル・アシュラウィとしている。(IS機関誌ダービク14号)
ダービク第14号・巻頭言(2)
ベルギーでの殉教の騎士たち
◆イブラヒム・アル・バクラウィ(組織名アブ・スレイマン・アル・ベルジキ)
ブリュッセル空港での殉教戦士
アブ・スレイマン戦士は、以前から、そしてアッラーのお導きを授かって以降はさらに、勇猛さと高潔さで知られてきた。投獄されているあいだ、彼はシリアの地でのムスリムに対する虐殺攻撃の報道をチェックしていた。彼は人生を変え、信仰のために生きることを心に決めた。刑務所から出るとすぐに、同胞兄弟ハリッドのもとに加わり、武器を買い揃え、部屋を探し、計画を練った。パリ襲撃戦は、まずアッラー招請によって、続いてイブラヒムと彼の弟によって遂行されることとなった。
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ハリッド・アル・バクラウィ(組織名アル・ワリード・アル・ベルジキ)
地下鉄駅での殉教戦士
個性的で、指導力ある資質を備えたハリッド戦士は、刑務所にいた際、鮮やかかつ人生を変えるほどの夢を見たことを通して、アッラーのお導きを授かった。その夢は預言者(ムハンマド)が不信仰者と戦っているというものだった。彼は自分が見た夢を語っている。

「それはある光景だった。(コーランの)勝利章の最後の一節が大きな声で読誦されるのを聞いたのち、預言者が戦闘で馬で馳せる姿が遠くから見えた。その光景が自分を戦場へと引き入れた。自分は弓矢の射手で、敵に矢を放っていた。矢を射ち、身をよけてはまた射っていた。」

f:id:ronahi:20160414225716j:plainIS機関誌・ダービクに掲載されたブリュッセル自爆攻撃の実行犯。写真[上]が空港で自爆したひとり、イブラヒム・アル・バクラウィで、写真[下]は地下鉄マールベーク駅での自爆犯と見られる。組織名のベルジキとは、「ベルギー出身」を意味する。

そして別の夢についても語った。「目覚めたときは刑務所の自房のなかに戻っていた」。彼は刑務所から出たのち、確固とした信念と不屈さをもって地元地区で召集活動を成し、若者たちのシリア移住を呼びかけた。また、彼は、ムスリムが西側世界に対して戦った十字軍の時代に関する記事をいくつか執筆した。パリとブリュッセルでの襲撃戦のすべての準備は、彼と兄のイブラヒムが始めたものである。この兄弟2人で武器と爆発物を揃えたのだ。パリでの祝福されし攻撃戦で、彼は別の夢を見ている。それは彼の殉教作戦の動機づけることにつながるものだった。「2回目の夢は3か月後に見た。夜明けと日中の礼拝の間に見た夢だった。まるで宇宙にいるかのような高い場所へと昇り、まわりは星だらけだった。だが空は夜の蒼さようだった」

そして、アッラーのみを信じるために自分は生まれ、その大道で戦い、その言葉を至上のものとせよとの命令する声を聞いたのだった。その後、彼は夢から覚めた。アブ・ワリードはその後、3つ目の夢について語っている。「その光景を見たのは、夜明けと昼の礼拝のあいだで夜には消えた。アブ・スレイマンと別の同胞兄弟と一緒にボートに乗っている光景だった。それぞれが、トルコ兵を人質として引き連れていた。私は拳銃を持ち、アブ・スレイマンは(自爆用の)ベルト を着けていた。そのベルトを持っていれば気分が良くなるから、ベルトを私にくれるように彼に言った。彼からベルトをもらい、私は彼に自分の拳銃を渡した。
すぐさまそのトルコ人人質とともに、前にいた2人の他の人質のそばへと歩み寄った。そして自爆ベルトを爆発させ、その兵士たちを殺した。自分の頭が地面に落ちた。作戦任務と首長アドナニ※訳註:IS幹部のアブ・ムハンマド・アドナニ)のもとで活動する兄弟同胞のひとりが、私の頭を拾い上げ、こう言った。 『彼が微笑んでいるかどうか見よう』。そして私は自分と、その3人のトルコ兵の魂を見た。すると突然、兵士の3つの魂が燃え上がり、消滅した。そして突然、イスラムの旗-この夢で表象されるのはイスラム国の旗-が立ち昇り、明るく輝きを放ち始めた。その時、私の心はいっぱいの光で満たされた。」
彼は夢の中で声を聞いた。それは彼が救済を獲得したというものだった。※訳註:天国に召されたことを指す) アブ・ワリードは続けた。「私はすぐに平伏ひれふし、繰り返しタクビル(※訳註:アッラーは偉大なり、を唱和すること)を唱えた。そして目覚めると、心臓の鼓動が高鳴り、深く息を吸い込んだ」

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◆ナジム・アル・アシュラウィ(組織名アブ・イドリス・アル・ベルジキ)
ブリュッセル空港での殉教戦士
彼は個性的な男だった。すぐれた品格を身につけていて、つねに同胞兄弟の世話にあたっていた。そして非常に知的な人物だった。彼が移住を成したのは、”2013年“のことである。それは彼がシリアの地のムスリムの叫びを聞いたときだった。彼は、アブ・アシール・アル・アブシ(アッラーよ彼を受け入れ給え)が率いていたムジャヒディン・シュー評議会に加わった。叛徒ジョラニ※訳註:ヌスラ戦線の司令官)イスラム国を裏切った際、彼は他のグループとともに、信徒の指揮官アブ・バクル・バグダディに忠誠を表明した最初の同胞のひとりだった。

自由シリア軍の背教徒がジハード戦士たちと戦い始める以前、彼はヌサイリ政府※訳註:アサド政権のこと)に対する数々の戦闘に参加した。彼は、シリアの地のイスラム再興において不屈の勇姿を見せ、ラッカまで撤収する命令が下されるまで戦い続けた。彼はハイル※訳註:シリア東部デリゾール)のジョラニの戦線※訳註:ヌスラ戦線を指す)へのたび重なる突撃戦闘で足に銃弾を受けて負傷するまで戦い続けた。

数か月後に回復した彼は、十字軍の戦闘機による絶え間ない空爆にさらされるイラクとシリアのムスリム同胞の復讐をなすためヨーロッパに戻るという思いの実現へ向けて、訓練を開始した。

訓練を終えたのち、作戦を遂行するため、フランスへの長い道のりへと旅立った。パリとブリュッセルでのふたつの攻撃戦で使われた爆発物を準備したのは、まさにアブ・イドリスだった。
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ムハンマド・ビラキード(組織名アブ・アブディル・アジーズ・アル・ジャザイリ
警察による急襲に対しジハード戦士同胞を防衛

フランスに戻る前、アブディル・アジーズ戦士はヌサイリ体制(アサド政権)に対するいくつかの突撃戦に参加している。そのなかでも知られた戦闘がクワイリス空軍基地と第17師団に対するものである。ダマスカスでのサハワ※訳註:スンニ派の敵対諸組織の総称)に対する戦闘で彼は足を負傷している。さらに彼は、(イラクの)ラマディの攻略征服戦に参加し、頭部に銃弾を受けている。

彼は知性あふれる人物で、イングマスィ(決死隊)部隊の指揮官でもあった。兄弟同胞たちから慕われ、夜を徹した断食と礼拝、そして常にコーランを読むその姿勢もよく知られていた。アブ・イドリスがヨーロッパに戻り殉教作戦を実行することを望んでいると聞いた彼は、それに同行し、その任務を支えることをすぐさま決めたのだった。ベルギーにおいて、ブリュッセルでの攻撃戦の最終準備の段階が進められていたなか、不信仰者どもの警察が彼のアパートを急襲した。彼の仲間とともに現場から脱出できる能力はあったものの、彼は最後の抵抗を戦い、同胞兄弟が安全に脱出させることを決意した。数時間にわたりベルギー・フランス当局の合同部隊と銃撃戦を戦い、複数を負傷に追いやり、その間に同胞兄弟は森の中へと脱出した。

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3月22日のブリュッセル事件から1週間のうちにシリア、イラクリビアなどのIS支配地域から作戦の成功を讃える宣伝動画があいついで公開された。写真は支配地域の住民に「攻撃を祝福」してお菓子が配られる様子を伝えるシリア東部での映像。(IS映像)

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