イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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〔トルコ〕アンカラ爆弾事件(5)◆トルコはシリアで何を狙うのか

◆トルコの武器支援スキャンダル
政府のスキャンダルというのは、どこの国でもある。だが日本と比べるとトルコのスキャンダルはなんともダイナミックだ。政府首脳、政治家、軍、情報機関、マフィア、右翼・左翼の地下組織と、出てくる「役者」がいつも豪華キャストである。かつての軍の最高司令官に、いきなり終身刑判決といった大逆転劇もある。シリア内戦をめぐって起きたスキャンダルとして知られるのが、トルコ情報機関MiTによるシリアへの武器密輸事件だ。2014年1月、トルコ南部のシリア国境近くで複数の 大型トラックを、地元検察からの通報を受けたジャンダルマ(国家憲兵隊)が検束して積荷を調べたところ、大量の弾薬が発見された。ジャンダルマは軍と警察の中間的存在で、地方では国境警備もおこなう組織だ。

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2015年5月、トルコ情報機関トラックが検束された際に大量の弾薬が見つかった写真を掲載したジュムフリエト紙。シリアの反体制派支援のために送られる途中だったとされる。地元検察の「通報」で憲兵隊が情報機関の複数のトラックを検束したことや、エルドアン政権に批判的なジュムフリエト紙が写真を入手し掲載したことなど「ナゾ」は多い。掲載は昨年6月総選挙の直前だったことで「反エルドアン勢力が政権にダメージを与えるためにやった」といった憶測も出た。中央上の人物が逮捕、起訴されたジャン・デュンダル編集長。(ジュムフリエト紙2015年5月9日付の紙面より)

のちにこの写真を中道左派のジュムフリエト紙が一面で掲載し、トルコは大騒ぎとなった。数か月後、同紙編集長らが、「国家機密文書の公表、スパイ行為、テロ組織構成員」などの容疑で逮捕され、検察は終身刑を求刑した。同紙のジャン・デュンダル編集長はトルコで著名なジャーナリスト。テレビのルポ番組も手がけてきた人物で、逮捕に対する抗議デモも各地であいついだ。この事件では密輸トラックを上官の命令で検査した兵士たちまで逮捕され、うち13名にも終身刑が求刑されている。編集長は今年2月末にいったん釈放措置がとられたので、終身刑の判決がでることはないと見られるが、この写真掲載に憤慨したエルドアン政権の強い意志が伺える。

f:id:ronahi:20160308053252j:plainシリアでの空爆作戦任務中のロシア軍戦闘機Su-24がトルコの領空を侵犯し、トルコ軍機によって撃墜された。ロシア側は領空侵犯を否定し、他方、トルコは複数にわたって警告した上で攻撃措置をとったとしている。図はロシア軍が事件当時の状況について説明したもの。

ではトルコは誰に武器弾薬を送ろうとしていたのだろうか。武装組織イスラム国(IS)やアルカイダ系のヌスラ戦線に結びつける者もいれば、シリアのトルコ系(トルクメン)住民の自衛のために送った、とする見方もある。いずれにしても「シリアの武装組織には軍事支援をしない」とする政府の「建前」は揺らぐこととなった。

こうした一連の国内状況のなかで、11月にロシア軍機撃墜事件が起きる。このときロシア軍が爆撃していたのが、トルクメン居住地域近郊だったとされる。そこがこの撃墜事件のもう一つの背景となっている。エルドアン大統領は、2016年の新年メッセージで、「(シリアへの)領土的関心はない」としながらもトルクメン住民は同胞として支援することをあらためて表明している。 情勢によっては、トルクメン居住地域バユルブジャクやその他のトルコ系住民保護を名目にシリアに軍事的な介入をする可能性もありうる。トルコ軍の直接侵攻でなくとも、バユルブジャク・トルクメンの敵対組織拠点への限定空爆という形になるかもしれない。またクルド人民防衛隊(YPG)の支配地域が固定化することもトルコの大きな懸念のひとつだ。シリア北部の国境線がPKKゲリラの出撃拠点となる事が予想されるからだ。安全保障上の脅威と判断したならYPG陣地への砲撃だけでなく、軍事拠点への空爆といったオプションも検討されるだろう。

f:id:ronahi:20160308053313j:plainシリアのトルクメン住民は北西部に多い。もっとも大きなコミュニティーのひとつがシリア北西部ラタキアとイドリブにまたがるバユルブジャクで、トルクメン山と呼ばれる地域一帯に暮らす。ここは第1次世界大戦後の国境分割でシリア側に取り残された地域で、地元住民は政府のアラブ化にさらされながらもトルコ語を受け継いできた。昨年11月のロシア軍機撃墜事件では、バユルブジャク・トルクメン武装組織が、撃墜時に脱出しパラシュートで降下したロシア軍操縦士1名を殺害したとされる。写真はバユルブジャクのトルクメン武装組織。戦闘員らが突き立てる指はオオカミの形を模したもので、トルコ民族主義を表す。(トルクメン組織が公開した画像より)

トルコはシリアとイラクからの避難民200万以上を受け入れている。トルコの国土は日本のほぼ2倍、そして人口は日本の半分ぐらいだ。もし日本に200万人の難民が中国や北朝鮮から押し寄せたら財政的にも社会にも多くの議論を呼ぶだろう。トルコは、難民問題でヨーロッパからの財政支援を受けてはいるが、多くの難民を引き受けている。地元民との摩擦など多発しているものの、社会は耐えている。そんな一面を持つ一方で、様々な工作や策謀が渦巻いている。

クルディスタン自由のタカ(TAK)を名乗るアンカラでの爆弾事件の真相はいまもって不明だが、これが何らかのきっかけとなって、トルコ、シリアにまたがって戦闘が激化しないことを願いたい。(つづく

f:id:ronahi:20160308131828j:plainトルコ南東部ディヤルバクルの空港に駐機中のトルコ軍戦闘機。ロシア軍機を撃墜したトルコ軍機もここから飛び立った。イラク北部のPKK軍事キャンプに対する空爆には頻繁に出撃している。イラクへの越境はすでに以前から行なわれていた。シリア情勢の展開次第では、独自にIS拠点や、バユルブジャクなどトルコ系住民と敵対する勢力の陣地やYPG軍事拠点への限定空爆もありうる。

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