イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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〔シリア・イラク〕 イスラム国(IS)日本人人質事件(11) 日本人殺害「声明」をどう読むか

イスラム国(IS) 「ダービク・巻頭言」を読み解く
2月12日に公表されたイスラム国(IS)の機関誌ダービク(DABIQ英語版)は、巻頭言で「日本人人質殺害事件」に関する文章を2ページにわたって掲載した。(前回全文掲載記事>>)
巻頭言を「声明」とするかは評価の分かれるところだが、ダービク誌はこれまでにも欧米人の人質殺害に際し、「処刑」にいたる経緯を掲載してきた。ゆえに日本人人質殺害をもって今後の日本に対する方針を明らかにしているという点で、組織としての意志表明だと言えるだろう。 過激武装集団であるISが、日本の「平和憲法」を引き合いに出し、小泉政権時代やアメリカのアフガニスタン攻撃にまでさかのぼった上で、イラクへの自衛隊派遣、そして10年以上前に起きた「唯一神と聖戦機構」による香田証生さん殺害に言及している。これらを今回の安倍首相の中東政策批判に結びつけ、すべてを「十字軍」とひとくくりにし、「人質殺害の正当性」を並べ立てている。

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IS機関誌ダービク第7号では、2001年の米軍のアフガニスタン攻撃にまでさかのぼって「十字軍同盟」の後方支援をしたとして日本の小泉政権を批判。いまの20代のIS戦闘員は世代的にも当時のことを知っているとは考えにくく、30代以上の人物か、シリア国外のブレーンが協力した可能性がある。ただし今回の「声明」にはコーランの言葉の引用がなく、急場しのぎで作成されたことが伺える。写真はアフガニスタンタリバン政権崩壊後、星条旗を掲げてカンダハル市内を走る米軍部隊。(2002年・撮影:坂本)

IS側に以前からこうした日本への政治的位置づけがあって、その方針にもとづいて、日本人が誘拐されたのではない。ISの支配地域にたまたま入り込み、拘束していた日本人をどのタイミングでどう出すかを考えあぐね、折から中東訪問をした安倍首相にあわせて殺害予告映像を出してきた、というのが実際のところではないだろうか。 後藤さん殺害映像の公表は2月1日、ダービク第7号公開は2月12日だ。平和憲法小泉政権時代のアフガニスタンイラク戦争への日本の姿勢について短期間のうちに詳述できるなど、おそらくそれなりの知識をもった30歳代以上の人物でなければ書けないと思われる。シリア国外の一定程度教育レベルの高い外部の支援者の協力があったことが強く推測される。文章作成には日本人が関与しているのかさえ感じたほどの内容だ。

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イラクバグダッド市内を警備する米軍とオーストラリア軍の兵士。当初は、アメリカの占領に対するイラク人の反米抵抗闘争が主体だったが、その後、外国人戦闘員が入り込み、過激なイスラム主義へとベクトルが伸びていく。2005年頃から、武装勢力の攻撃は米軍や外国軍だけでなく、一般市民にまで及ぶようになる。(2004年・撮影:坂本)

日本の野党は「イスラエルで安倍首相が演説をしたから人質を危険に晒した」などと政権批判をしたが、ポイントがずれている。ISはイスラエルを非難するし、「エルサレムのアル・アクサモスクに我々の旗を立てる」とするスローガンを掲げたことはあるものの、具体的にイスラエルの関連機関を標的としたことはこれまでほとんどなく、イスラエル敵視のトーンは低い。またガザ空爆にも過去の声明で若干触れてはいるが、パレスチナへの共感や支持を高々とは打ち出してはいない。むしろ批判の矛先をハマスに向ける。それはISの目標であるスンニ派カリフ制国家の建設がパレスチナ民族国家独立と矛盾する上、反イスラエルパレスチナを支援してきたアサド政権、イラン、その後押しを受けるレバノンシーア派組織ヒズボラと利害がぶつかるからでもある。

もし安倍政権を批判するとすれば、あの「中庸」をうたったエジプトでの宣言で、誰もが賛同する内容の人道支援を強調しながら、一方で「ISILと闘う周辺各国に総額で2億ドル程度、支援する」という一文を唐突に出してきたことだろう。"ISIL"という組織名でなくとも、「過激主義」「地域の不安定要因」への取り組みのため、といくらでも表現できたはずである。これはISに媚びて表現を遠慮するというのではない。住民はISだけでなく、ヌスラ戦線にもアサド政権にも苦しめられているのだ。わざわざISを名指しにしたのは、いったい誰を、そしてどこの国を意識したのか。それをこそ野党は明確に迫ればいいはずだった。 ただ、国会での政権批判に時間を浪費する日本を見て笑うのはISである。与野党の壁を越え、戦火のなかのシリア・イラクの人びとや難民たちをどう支え、助けの手を差し伸べるのかの議論を進めることにこそ労力を使うべきだ。

イスラム過激派だから反イスラエルに違いない」などと従来のイメージだけで、IS問題を捉えようとするのは安易だ。ISという組織が何を思考し、どういう組織なのかをきちんとふまえないで、既存の過激イスラム組織と同じに扱うと実態を見誤る。日本の与野党とも、ISの実像を正確に把握しないままに議論をすすめているのではないか。

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今回の巻頭言の「日本人攻撃声明」には、殺害された日本人が、十字軍の尖兵としてどんな活動をしていたのかにも触れておらず、いくつも無理なこじつけが見られる。ISの声明によく見られるようなコーランからの引用の言葉もない。通常なら、軍事攻撃映像や処刑声明では「コーランの第◆章(スーラ)の第◆節(アーヤ)」等の言葉が引用され、「コーランにもこう書いてあるのだ」と、勝手な解釈のもとに処刑が正当化される。 今回はコーラン的な言い回しはほとんどなく、それより「日本が十字軍に参加した」ことを繰り返し持ち出し、後藤さん、湯川さんがどんな「罪」を犯したは明確にされないままだ。

ISは思いつくままに人を殺しているようだが、人質に対しては、彼らの勝手なルールながら、イスラム法に基づく裁判がおこなわれ、審問ののち判決が下される。重罰については宗教的見解(ファトワ)も出されたうえで、死刑などの刑が執行される。そこから判断すると、明確な計画があって処刑したのではなく、経緯はわからないが、殺害された後に、この「声明」がこじつけ的に出されたのではないかと思う。音声だけのメッセージが矢継ぎ早に出され、身代金から死刑囚との身柄交換に急遽変更された点も、過去の人質事件と比べると異例だった。

今後、この「声明」がどういう影響を与えるかだが、欧米キリスト教国よりも日本を優先させて日本の在外公館、観光客、日系企業駐在員、NGOをISがいきなり標的にするとは考えにくい。しかし、こうした言葉はネットですぐに拡散する。例えば、「日本も狙っていいのだ」とする、東南アジアの別のイスラム組織もでてくるかもしれない。

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ダービクの「声明」では2004年10月に「唯一神と聖戦機構」を名乗るグループに殺害された香田証生さんにまで言及。写真は香田さんの「処刑声明」を読み上げる唯一神と聖戦機構メンバー。組織はその後「イラクの聖戦アルカイダ機構」となり、ザルカウィ指導者が米軍の空爆で殺害されると、組織再編を経て「イラクイスラム国 ISI」(2006)となり、シリア内戦の混乱を通じて組織は勢力を伸ばし,イラクとレヴァント(大シリア)のイスラム国 ISIL (2013)、そして指導者バグダディ師のカリフ国家宣言をもって、イスラム国 IS (2014)となった。

日本はアメリカにならって「テロとの戦い」を掲げ、人質事件では交渉はしない方針をとっている。だが、テロに最も厳しい国、イスラエルパレスチナゲリラとの捕虜交換交渉を何度もやってきた。それもイスラエル兵1人に対し、パレスチナゲリラ100人以上の解放という不平等交換である。トルコもISに拘束された外交官を交渉の末、解放させている。 人質事件では日本の保守系言論人は「テロに屈さず、力には力で」と勇ましい言葉を繰り返し、「交渉そのものがテロへの荷担だ」と批判する。だが実際にはどの国もしたたかであり、しなやかさや粘り強さも力量の一つである。

アメリカだって自国兵士が捕虜になったらその「テロリスト」と交渉はするのだ。「アメリカの言うこと信じてマジメにやってきたのに...」と、日本はいつか気づけるのだろうか。いや、わざと気づかないままでいようとするのか。

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IS支持者によるものとみられるイラスト。ISにとって「自分達に敵対する者はすべて敵」という認識といえるが、全世界を敵に回そうとも、そもそも彼らは理解者など求めてはいない。一方、現場レベルでは組織内部の外国人戦闘員と地元戦闘員のあいだに軋轢も生じており、支配基盤は強固とはいえない。だが、シリア・イラクの支配地域ではすでに行政運営も始めており、もしいまのような状態が10年続けば、恐怖支配から段階的にゆるやかな統治に移行させ、かつてタリバン政権をパキスタンやサウジが承認したように、「イスラム国」を国家として承認する国が出てくる可能性もありうる。

「中庸宣言」であらためて示されるまでもなく、これまでに日本は難民支援、文化的、人的交流、過激主義を生まない土壌作り、不安定地域でのインフラ整備など、様々な支援をおこなってきた。こうした軍事によらない日本の地道な活動が現地でどれほどひろく知られているかというと、努力にみあったほどの認知度が得られているとは言いがたいのが実情でもある。

アメリカの進める「テロとの戦い」は、第2次世界大戦やベトナム戦争をはるかに超え、アメリカ建国史上最も長い戦争となっている。「それでもアメリカのいわれるまま、いつまでもついていきます」と日本が自分で選択するならそれもいいだろう。ただしそこにはそれなりのリスクがともなう。将来、どれだけの不要な敵を相手にせねばならず、どれだけの危機にさらされるのか。対等にアドバイスしあえる関係こそが、本当のトモダチであるはずだが、日本は自らそれを望んでいないのかもしれない。そんな状況で、このイスラム国という未曾有の過激集団との戦いに巻き込まれようとしている。その覚悟を誰もが共有しているのだろうか。(2015/02/23)
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