イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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〔シリア・イラク〕 イスラム国(IS)日本人人質事件(9) 自己責任論を超えて

◆目を向ける先は日本国内ではない
湯川遥菜さん、後藤健二さんの死は、イスラム国(IS)の主張どおりとすれば、まず間違いないと思われる。殺害が事実なら、悲しく、残念でならない。 2人の人質事件のさなか、日本国内では、安倍政権集団的自衛権自衛隊出動の話を持ち出してきた。一方、野党は人質救出の対応をめぐって安倍首相を連日追及し、事件を政権批判の「材料」にしているかのようだった。ISは日本人人質を最大限利用し、組織の宣伝に使った。日本の政治家までもが自国民の人質事件を利用したようにしか見えた。

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イラクでの日本人3人人質事件から10年、再び登場した自己責任論。「自己責任」と人質を責めたてる側も、後藤さん擁護の論陣を張る側も、落とし穴に陥っていないか。目を向けるべきは、IS支配下に置かれたシリアとイラクの人びとではないのか。

自己責任論は、2004年のイラクでの高遠さんら3人の日本人人質事件のときに登場したと思う。「自分の判断でしたことだから、何かあってもその責任は自分にある」が、自己責任という言葉の意味である。しかしイラクでの人質事件で日本社会を覆ったのは、「自分で好き勝手に行ったんだ。国や社会にどれだけ迷惑をかけてるんだ」と、人質になった側への容赦のない突きつけの風潮だった。ネットでは「救出は税金の無駄遣い」「とっとと死ね」という言葉があふれた。

危険地帯や紛争地域周辺では誰もがトラブルに巻き込まれる可能性がある。2003年に駐イラク日本人外交官2人が殺害された事件では、バグダッド国連ビルへの自爆攻撃が起き武装勢力の活動が始まっていた当時、治安が不安定なティクリートで警護車も伴わずに車両で走っていて襲撃された。イラク人からは「外国人外交官が警護なしの車両であの場所を走るのは無謀だった」「外国人が(襲撃前に)レストランや商店に立ち寄るなんて自ら狙われるようなもの」との声もあったが、日本では「職責を果たそうと現地に赴き、公務に殉じた外交官」と扱われた。2013年のアルジェリア人質事件での日本人10人の殺害に際しては、「企業戦士として世界で戦っていた人が命を落とし痛恨の極み」と安倍首相は哀悼の言葉を述べている。

ジャーナリストの後藤さん、「民間軍事会社」の湯川さんは、危険地帯に自ら進んで入ったわけだが、武装集団によって人の命が奪われたという点では同じだ。それなのに、日本での議論を見ていると、「国に貢献した人間か、迷惑者か」というモノサシが先にあって、命に「線引き」がされているようである。 殺害された米国人記者の人質に対し、アメリカの大統領も社会も、その記者の勇気と社会への貢献を讃えた。日本は、家族も含めて過去を暴き、徹底的に叩きのめす。そうした「文化」の違いは、もうしょうがないと思っている。この状況を変えようと努力する人もいるだろうが、正直なところ、自分はいま起きている自己責任論や旅券返納の議論に加わろうとは思わない。それよりもっと重要で、伝えられるべきことはたくさんあるはずだ。旅券返納問題のニュースを報じるわずか数分の時間でも、あるいは新聞紙面の片隅だけでも、シリア難民の生活や声を伝えることにメディアが割いてくれたら、どれだけたくさんの人が現地のことを知り、ひとつでも多くの命が救えるだろう。

「危険地帯取材」の議論はそれはそれで大事だろうが、紛争地取材をする者は、自己責任をわかった上で現地に行っている。社会から突きつけられる批判も覚悟している。だが、戦争で殺されている子どもや、故郷を追われた難民は、彼らの自己責任でそうなったのでもなんでもない。 安全な日本にいるメディア人が「危険地帯取材についてみんなで語り合う議論」をしても自分の関心はまったく及ばない。むしろこうした議論や集会に反発の気持ちさえ抱くのは、この前までシリアの破壊と殺戮だらけの過酷な現状を見ていたからだろうか。そんな集会よりも先にすることがあるはずだ。

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シリア内戦の死者は20万以上、家を追われた人びとは900万人におよぶ。国外への避難民は300万を超え、第2次世界大戦以降、もっとも多い数となっている。写真はISに包囲されたシリア北部の町コバニで、砲弾に脅えながら暮らす家族。(12月末撮影:坂本)

後藤さん殺害映像が公表されて以降、政府対応や自己責任論など、メディアと国民の関心は国内にばかり注がれている。メディアがカメラを向けるべきは、日本ではない。人質事件は2人の「死」をもって終わったかのように報じられているが、シリアとイラクのIS支配地域で暮らす人びとにとっては、何も解決していないし、苦しみは続いているのだ。道端の雑草を踏み潰す程度にしか扱われない人間の命。家も土地も失い、寒い冬空の下、小さなテントで身を震わせて過ごす避難民の家族。

「自分のことはいいから、この事件をきっかけに戦火のなかで暮らす人びとのことをメディアが取り上げ、多くの人がシリアに関心を寄せてほしい」。 同じように紛争地で取材をしてきた自分としては、後藤さんはきっとそう願っていたのだと思う。 (つづく) (2015/02/18)
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