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イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

〔シリア・イラク〕 イスラム国(IS)日本人人質事件(8) ヨルダン人パイロットの焼殺

◆「背教徒は処刑」とISは焼殺映像上映キャンペーンも
ヨルダンパイロット、モアズ・カサスベ中尉の焼殺映像を公開した武装組織イスラム国(IS)。どこまで凶悪になれるのかを自ら試しているのとしか思えないほど、およそ考えつかない残虐な方法をもって殺害した。そして焼殺映像を映画のような編集に仕立て、ウェブで公開した。多くのイスラム教徒がこうした蛮行に心を痛めている。 ヨルダンの空軍機が、対IS拠点の空爆作戦の任務中に墜落し、パイロットが拘束されたのは12月24日。ちょうどこのとき、シリア・コバニ取材中だった自分は、クルド部隊の前線司令部でこのニュースを聞いた。ISの戦術を誰よりも知るクルド側司令官は言った。「パイロットは間違いなく処刑される。欧米人と違って彼は軍人だ。激しい拷問も当然ある」。

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焼殺映像では、カサスベ中尉の尋問にあわせ、ヨルダンが米軍主導の有志連合「十字軍」の一員であると印象付ける編集がなされている。このか空爆で犠牲になった市民や子どもの映像を写真を交ぜながら、処刑の正当性が繰り返し強調されている。(IS映像)

ISにとって中尉は、米軍主導の有志連合「十字軍」の戦闘機で、「首都」ラッカ上空で空爆をおこなっていた背教徒であり、彼の拘束は利用価値のある戦果であった。解放されるか、されないか、ではなく、「いつ処刑されるか」がアラブメディアのあいだの関心ともなっていた。ゆえに、それからわずか1か月もしないうちに、日本人人質にあわせて中尉の話が出てくるとは誰もが予想しなかったことだろう。

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中尉を空爆現場に連れて行き、複数のカメラで、焼殺シーンを撮影。実際の処刑を、まるで映画のように仕立てている。処刑を世界中に公開し、若者の勧誘に使うことまで想定しているようだ。ヨルダンの宗教見解局は「イスラムではアッラー以外は火刑にすることはできない」と処刑を非難したが、IS側は「背教徒の火刑は認められている」などとする声明を出している。(IS映像)

ヨルダン政府は、1月3日には中尉はすでに殺害されていた、としている。だとすればISは12月24日の中尉拘束直後から、厳しい尋問にあわせて、処刑方法を綿密に計画、鉄の檻まで準備し、空爆現場に連れて行って焼き殺したということになる。

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ラッカの地下活動家アルラッカウィ氏は焼殺映像と後藤健二さんが持つカサスベ中尉(右)の写真を比較し、その背景には、焼殺された際の鉄の檻と灰色のブロックが映っているとし、早い段階ですでに殺害されていたのではとしている。中尉のヒゲの濃さのみが画像加工されたものではないかとも推測。ラッカウィ氏は、焼殺が行われた空爆跡地の場所も、地元情報と衛星写真などから推定している。

ラッカで反ISの情報発信を続ける地下活動家は、現地から1月8日付けのツイートで「カサスベ中尉を焼き殺した、と戦闘員どうしが高揚しながら話していた」と書いている。8日以前に中尉の焼殺があったとするのが事実であれば、12月24日からの手際のよさと、高度な組織性のもとに動いていることに驚愕せざるを得ない。 一方で、IS側が後藤健二さん、カサスベ中尉との引き換えに、イラク人女性リシャウィ死刑囚の釈放を求めていたなら、中尉をすでに殺害した上で、交渉を持ちかけていたことになる。リシャウィ死刑囚の解放などは本当は望んでいなかったとすれば、以前書いた「リシャウィ解放要求は真剣ではないのでは」とした見方が当たっていたのだろうか。「日本とヨルダンをもてあそんでいるだけ」としたイラク人の地元記者たちの言葉はやはり正しかったのかもしれない。 その真相はわからないが、IS側がそもそも人質解放や死刑囚との交換など意図しておらず、できるだけメディアの話題になるような「演出」をしていたとすれば、その狡猾さには震撼するばかりだ。

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ISは支配地域の町々の街頭やモスクで焼殺映像の上映キャンペーンをおこなっている。イラク・モスルでは、街頭テレビで焼殺映像を繰り返し上映、子どもに感想を聞くなどしている。さらにDVD無料配布や持ち寄ったUSBやメモリーカードへのコピーサービスまでおこない、映像を拡散させようとしている。(IS映像)

全23分にわたる焼殺映像の前半は、戦闘機のCGを中尉の尋問映像に重ねる巧みな編集が施され、後半では中尉を空爆現場に連れていき、複数のカメラの前に立たせ、戦闘服を揃えた戦闘員が無言で並び、焼殺による処刑をおこなう。そして最後にはヨルダン軍兵士の個人情報リストとともに殺害に懸賞金まで呼びかけている。

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焼殺事件をうけて、ヨルダン軍はシリアのIS拠点への報復空爆を開始、写真は報復作戦に出撃するパイロット。「悪人どものなすことをアッラーが見過ごし給うなど思ってはならない」(コーランの言葉から)とある。(ヨルダン空軍映像)

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ヨルダン空軍機がラッカなどのIS拠点を爆撃。一方、IS側は空爆で民間人の犠牲が多数出ていることを強調している。(ヨルダン空軍映像)

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IS側は2月6日、「拘束中のアメリカ人女性ケイラ・ミュラーが十字軍の空爆で殺害された」と主張し、爆撃現場の写真を公表。空爆には多数の国の戦闘機が参加しており、ヨルダン軍機によるものかどうかは不明。アメリカ政府は詳細については明らかにしていないものの、「ミュラーさんの家族のもとに送られた写真などから死亡を確認」としている。(IS映像)

f:id:ronahi:20160130011917j:plainアレッポ県マンビジのモスクではプロジェクターを使って焼殺映像の上映会を開催。(IS映像)

拘束から1か月あまりでこれほどの作業をやってのける技術を持つ彼らの能力を見ると、ただ黒覆面で銃を振り回すだけに思われがちなISという組織の実態を根本から見直す必要も出てくるだろう。 一連の拘束事件は日本人2人とカサスベ中尉の殺害という非常に厳しい展開となった。最初から殺害を想定していたなら、日本をはじめ世界のメディアが、ISというモンスターに2週間あまりにわたって振り回され続けたことになる。各国の地上兵力投入を含む軍事作戦が現実のものとして取り沙汰されつつあるが、ISの実態をきちんと捉えることなく地上戦に踏み切れば、泥沼にはまり込むだろう。(つづく) (2015/02/12)
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