イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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〔シリア・イラク〕 イスラム国(IS)日本人人質事件(5) リシャウィ死刑囚釈放要求

◆米収監中の女性囚引き換え要求は米国人人質事件でも
27日に出された後藤さんの2つめの音声メッセージでは、リシャウィ死刑囚と後藤さんの引き換えに、ヨルダン人パイロットの殺害も予告され、あらたな展開を見せている。 自分は、ヨルダン機が墜落したときちょうどシリア国内のISとクルド組織の最前線で取材中だったが、クルド部隊の指揮官はヨルダン人パイロットは軍人であるゆえに、公開処刑となるだろうという読みであった。それが日本人の人質事件の局面で出てきたことは驚きであると同時に、非常に複雑な思いでもある。

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2005年のヨルダンでのサジダ・アル・リシャウィの自爆事件は当時、中東で大きなニュースとなった。自爆犯の夫婦が、数百人の列席者がいた結婚式の開場で自爆したことや、未遂に終わった妻サジダがヨルダンTVで自爆ベルトを巻きつけて尋問をうけたこともあり、メディアは特集を組むなどした。写真は女性向け雑誌でのヨルダン自爆攻撃事件の特集記事で「結婚式を襲った悲劇」とある。

ISはリシャウィ死刑囚の釈放を要求しているが、外国に収監中の囚人を人質と引き換えに要求したのは、今回が初めてではない。昨年8月に殺害された米国人ジェームズ・フォーリー氏に場合は、家族のもとにメールが届き、米国で収監中の女性囚アフィア・サディーキとの交換要求が出されたといわれている。彼女は別名「レディ・アルカイダ」。アフガニスタンで拘束中に米国人殺害を企てたなどとして米国で86年の禁固刑を受け、収監中だ。彼女との引き換え要求が受け入れられず、フォーリー氏は処刑されたといわれるが、彼に続いて処刑されたスティーブン・ソトロフ氏の場合も、事前に彼女との引き換え要求が出されたと報じられている。 サジダ・アル・リシャウィの自爆未遂事件が起きたのは10年前のことだが、多くのイラク人はしっかりと記憶している。イラク人女性自爆犯が夫ともに隣国で起こした事件であり、結婚式場を狙って多数の死傷者が出たということもイラク人には衝撃であった。

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米国で収監中の女性囚アフィア・サディーキ、別名「レディ・アルカイダ」。1972年パキスタン生まれ。マサチューセッツ工科大で学んだ神経科学者で、その後、パキスタンでの生活を経てアフガニスタンに渡り、アルカイダの活動に加わったとされる。禁固刑の罪状となったアフガンでの米兵殺害容疑は不明な部分も多く、救援運動も起きるなどしている。昨年の米国人人質事件でイスラム国は彼女との引き換えを要求し、拒否されたため人質が相次いで殺害されたと報じられている。(FBI写真)

そのリシャウィの釈放要求だが、イスラム国側にどういう意図があるのだろうか。ISはたくさんのプロパガンダ動画を公開している。そのなかには女性はほとんど出てこない。農村で食糧配給の列に並ぶ女性が出てくる程度で、それも真っ黒いベールを頭からすっぽりかぶった姿だ。実際に、ラッカに親戚がいる住民に聞くと、ISが統治を始めてからは、女性は必要なとき以外、まず外に出なくなったし、男性も外出を控えているという。 もし米国のサディーキ受刑者やヨルダンのリシャウィ死刑囚の女性たちを「奪還」したとして、女性の姿を宣伝動画に出さないイスラム国は、彼女らをインタビューに出し、「十字軍への勝利」などとしてプロパガンダに繰り返し使うだろうか。サディーキ受刑者の場合は、雄弁なスピーチで過激主義を説く映像もあるほどの確信的人物だが、リシャウィ死刑囚の場合は自爆に失敗した人間である。本人がIS行きを拒否することさえありうる。

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ISが公表する映像の中に、女性の姿はほとんど出てこない。写真は「イスラム女性の正しいあり方」を推進し黒いベールを配布するための縫製工場で働く女性で、顔が見えることはない。女性が映る写真は珍しい。昨年と今回でアメリカとヨルダンの女性受刑者を相次いで引き換え交渉に出してきたイスラム国は、もし「奪還」できたとして、インタビューに登場させるだろうか。それを考えると、女性受刑者の引き換え要求は宣伝で、真剣に考えてはいないのではないか。

おそらくこれは何かの裏交渉があったのではないかと感じる。リシャウィ死刑囚はシンボリックなものとして前面に出し、水面下ではヨルダンが収監しているISやアルカイダ関連の

戦闘員を複数解放することをIS側は別途に要求していたのではないか。 すでに昨年の段階から外務省には後藤さんがシリアを消息不明になっていることは伝わっていたらしい。シリア・イラクを取材する記者のあいだでも話題にはなっていた。「公表しないでほしいが後藤さんが行方不明らしい。どこかで彼のことを聞いたことはないか」と11月ごろ記者仲間から自分も聞かれたことがある。その段階では、ISに入って許可が出て取材を進めているのか、別の武装集団と行動をともにしているのか、あるいは強盗集団に襲われたか、まったくわからなかった。もし後藤さんがISに拘束されていたとしても、記者でなく人道活動家と名乗っている可能性さえあり、様々な事情から人命を尊重して後藤さん行方不明の公表がされなかったのだと思う。

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27日にIS系サイトにアップされた後藤さんの音声メッセージでは、ヨルダン人パイロットに直接言及、後藤さんとリシャウィ死刑囚の直接引き換えがなければ拘束中のパイロット、カサースベ中尉の殺害を予告した。

日本政府が早い段階でヨルダンに現地対策本部を設置したのも、殺害予告メッセージが出る前に何かあったのではないかと思えてくる。多くの専門家が予想した交渉窓口、トルコに対策本部を置かず、どうしてIS支配地域からも遠いヨルダンだったのか。現地対策本部ができたタイミングにあわせてヨルダン人パイロットと女性死刑囚の話が出てきたのはなぜなのか。もちろん日本政府はヨルダン、トルコの両方で交渉を模索しただろうし、じつはトルコが本当の窓口で、ヨルダン対策本部はメディアの目をそらすためのものだったかもしれない。

これまでの人質事件とは違う音声メッセージや、身代金から、ヨルダン政府も巻き込んだ人質交換にいきなり要求を変転させたISの動き。イラク人記者たちは「日本とヨルダンをもてあそんでいるだけだ」とするが、ISの内部で方針をめぐって割れているように見えてならない。 (つづく) (2015/01/28)
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