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イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

〔シリア・イラク〕 イスラム国(IS)日本人人質事件(3) 交渉の糸口はどこに

◆解放交渉は〇かXでなく、まず△を作り出す
これまで武装組織イスラム国(IS)によって殺害予告映像が出た米英人人質の場合は、「米軍の軍事攻撃の中止」といったような要求は出されたが、今回のように短い時間を指定して、具体的な額まで声明で明示して多額の金銭を要求するようなことはなかった。それも他と違って、人質2人を同時に出してきている。 IS側にどういう意図があるのかを読み取るのは難しい。本当に身代金を得る目的があるなら、72時間という短いリミットを指定するやりかたはしないだろう。自ら期限を指定してしまったら、ISにとっては期限が過ぎて日本が要求に応じなければ、いつかは殺さなければならなくなり、身代金は入ってこなくなる。期限を切ってきたことをどう見るか。

バグダッドイラク人に聞いたところ、それは日本の反応を見るためではないか、ということだった。そして72時間をすぎてもすぐには行動にでないと思うと話し、「相手は何をするかわからない集団。けっして楽観してはいけない」とも付け加えた。

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ISの最大拠点で事実上の「首都」となっているシリア中部のラッカ。ISは映像で市民は幸せに暮らすと宣伝するが、経済的には困窮している。外国人人質はたいていラッカで監禁されているといわれる。(IS国映像)

シリアとイラク現地からの情報を総合しても、IS支配地域の住民が経済的に困窮し、社会が回らなくなっているのは間違いない。「日本は欧米十字軍の同盟国」といっても、彼らはまず日本のことなどほとんど知らない。今回は、十字軍というのは後づけで、金持ち国家の日本から身代金を取れるなら取ろう、と考えていると思われる。ただ、「日本も十字軍」という位置づけが広まれば、今後、世界各地で駐在企業が明確な攻撃・誘拐対象とされるかもしれない。

「72時間」を指定してきたISの今回のやり方に、何か意味があるのだろうか。映像公開の前にすでに日本側と何らかの交渉があってこじれたから、最後のひと押しでああいう形で出されたのかもしれないし、とうてい日本が対応できない72時間のリミットを通告し、メディアを騒がせて組織プロパガンダに利用するために映像を公開した可能性もある。身代金を支払うかどうかは別にして、まずは72時間の先にも日本は選択肢を狭めないとする姿勢を示せば、次のステップにもつながっていく。

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ISの前身組織、「イラクの聖戦アルカイダ」は香田証生さんを人質にとり、自衛隊イラク撤退を要求した。(2004年10月)

ISの前身組織、「イラクの聖戦アルカイダ」(当時は 唯一神と聖戦機構を名のる)が2004年10月、香田証生さんの殺害を予告したときはもっと切迫していた。要求は「48時間以内の自衛隊撤退」である。このとき小泉首相(当時)はマイクを向けた記者団に「テロには屈しない」と、いきなりあの簡潔な小泉フレーズで言い切ってしまった。それはまたたくまに英語メディアを経由してイラクでも報じられた。武装集団側は日本政府の明確なメッセージと受け取ったはずだ。そういう態度に出られたら、「殺す」という選択しかできなくなってしまう。香田さんは4日後に遺体となって発見されたが、あの局面では、小泉首相はたとえ要求に応じるつもりはなくても、「あらゆる手立てを尽くす」と曖昧にし、時間を稼ぐこともできたのではないか。

「テロリストの要求に応じるとあらたなテロを誘発し、国際的にもナメられる」という主張が保守的な言論人にけっこう見受けられる。しかし戦闘で死ぬことは殉教と思っている過激組織は、相手が毅然とした態度をとろうが、やると決めたら攻撃してくる。人質解放交渉は〇かXかでなく、まず△を作り出すことが重要だろう。

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2014年6月、イラク第2の都市モスルがISに制圧され、トルコ領事館総領事、職員とその家族ら49人が人質となったが、3か月後に解放された。写真はモスル市内の戦闘員(IS映像)

昨年6月、イラクのモスルがイスラム国に制圧されたとき、トルコ領事館の総領事ら職員49人が拉致された。人質は約3か月後に無事に解放された。トルコ政府はISとの身代金のやりとりは否定しつつも、交渉があったかについては明確にしていない。人質解放と引き換えに、トルコが拘束していたIS戦闘員を釈放したとも言われている。あの事件のあと、「テロ組織と取引した」とトルコが国際的な信用を失っただろうか。もちろんトルコ内外にさまざまな意見があったが、「粘り強い交渉をやってのけた」という評価は多かった。
制圧された町で人質になったトルコ外交官らの事件と、今回の日本人人質事件とは様相が異なる。しかしすくなくともトルコには、ISとの交渉の窓口があるということだ。早い段階から日本政府はトルコになんらかの仲介を依頼しているだろう。進展の可能性があると思われるが、「最大の鍵はトルコ」(朝日新聞1月23日)などと限定してしまうのも、今の段階では拙速すぎる。

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2005年、イスラム武装組織アンサール・スンナ軍によってイラクで英国民間警備会社に従事していた斎藤昭彦さんの車両が襲撃され、殺害された。襲撃映像の画面文字は「十字軍を地獄の業火で焼き尽くせ」とある。過激組織の多くが、アメリカとの対決を「十字軍VSイスラム」と位置づける。2001年、ニューヨーク貿易センタービルへの航空機突入事件直後、「十字軍」という言葉を最初に使ったのは、そもそもブッシュ大統領だった。(アンサール・スンナ軍映像)

イラク人やシリア人がISを批判するときによく言うのが、「彼らの背後にはサウジとカタールがいる」である。一方、IS側は「サウジは西欧十字軍一味」と断じていて、そのへんの位置づけは置いておくとしても、少なくともこれらの国の富豪や商人らが資金援助していることは以前から言われてきた。つまりそれもまた接触の窓口となりうる。

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外国人義勇兵が多数参加するなかで、武装組織は極端な過激主義に走り、ISが登場したといえる。(IS映像)

過去の日本人人質事件の頃と今とでは、武装組織の構造も大きく異なっている。イラク戦争後に登場した武装組織は、アメリカの占領に反発する愛国的な抵抗闘争の側面も強かった。その後、多数の外国人が入り込み、ナショナリズム的な志向は排除され、極端な過激イスラム主義へと集約していった。かつて解決にいたった人質事件では、地元部族が一定の役割を果たした例もあるが、いま部族を力で統制するのはISである。
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