イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

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〔シリア・イラク〕 イスラム国(IS)日本人人質事件(1) コバニ入りせずか

◆クルド組織「後藤という記者のコバニ入り把握していない」
武装組織イスラム国(IS)が、湯川遥菜さんと後藤健二さんとみられる日本人人質の殺害予告映像を公開した。先月末まで自分自身がシリア現地で取材していたこともあり、とても複雑で重苦しい気持ちだ。 ジャーナリストの後藤さんが行方を絶った最後の足取りが、シリアのコバニ(アラブ名アイン・アル・アラブ)だったという情報が出ている。自分も先月コバニに入り、ISとクルド組織、人民防衛隊(YPG)との戦闘の最前線で取材していた。ここにはYPGの許可なしには入りようはないし、取材することもできない。

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シリア北部のコバニで消息を絶ったといわれる後藤健二さんだが、クルド組織側はコバニ入りは把握していないと明言。コバニには入っていないか、独自にトルコから越境した可能性がある。

コバニのYPG側のメディア対応担当者に確認したところ、「後藤さんという人物は絶対に自分達のもとに来ていない」ということだった。町に来る外国人記者は事前にすべて身元を聞き、許可を出しているという。実際にコバニに取材に入った自分もそのような手続きを経た。たとえ自由シリア軍など別組織のアレンジでも、コバニに入るにはYPGを通さないと不可能だ。
ただ彼が行方不明となった昨年10月末頃は、ISがコバニに大攻勢をかけていた時期で、町の4割近くが制圧される状況だった。当時、トルコ国境に接するコバニからは、近郊地域をあわせて10万を超える住民がトルコへと脱出していた。「考えにくいが、混乱のなか独自に町に入った可能性もある」とYPG担当者は話した。

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10月の時点でのコバニ(アラブ名アイン・アル・アラブ)の状況。市街地ではISとクルド組織・人民防衛隊(YPG)の激しい戦闘が続いている。米軍をはじめとした米仏豪などの有志連合軍はイスラム国陣地に空爆をおこなっている。

後藤さんは「トルコで許可が出た」というようなことを言っていたそうが、当時も今も、トルコ側が記者にコバニ取材の許可を出すことはありえない。トルコ側での取材登録に相当するものは、政府とスルチ市当局が別途に発行している。それらを「許可」と表現したか、この登録証があればコバニに行ける、と現地の斡旋人に言われ、それを信じてしまったとも考えられる。

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トルコから見たコバニ。数百メートルの距離だ。トルコ側には有刺鉄線が張り巡らされ、一部には地雷も埋設されている。地元の協力者なしでは越境は不可能だ。(12月撮影)

◆コバニには入っていない可能性
米軍含む有志連合のシリア空爆が始まって以降は、現地入りを模索した記者は多数いる。「需要」を見込んで数百ドルでシリア越境を斡旋する地元の密輸業者も出始め、すでに問題となっていた。コバニは4キロ四方にも満たない小さな町で、越境地点が数百メートル違っただけでISエリアである。悪いガイドにかかって多額の斡旋料をとられた上に、IS支配地域に連れて行かれ、売られたということもありうる。またコバニに面したスルチでなく、近郊の町から越境を試みたのであれば、その対岸のISエリアに行ってしまったとも推測される。

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国境はトルコの憲兵隊や軍が厳しく警備し、不法越境や武装戦闘員の流入に目を光らせる。(12月撮影・坂本)

コバニとトルコを結ぶ国境ゲートはあるが、基本的に入出国業務はおこなっていないうえに、軍が厳戒態勢を敷いている。ここから越境するなら、実力でフェンスをのり越えて入るほかない。ただしコバニ近郊の国境地帯にはトルコ軍が敷設した地雷原がある。避難民が押し寄せる混乱のなか国境を越えた可能性はあるが、地下斡旋業者の案内なしで越境というはまずないし、アラビア語もクルド語もできないで単独でシリア側に入っても移動すら出来なかったはずだ。

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シリア・コバニ側から見た国境。赤いゲートの向こうはトルコのムルシットプナールだ。内戦前から閉ざされていて、急病人などのときだけ人道目的で通過が認められることはあった。内戦後は、食料や医薬品などの人道物資がトルコ側のNGOからこのゲートを通って届けられる。避難民は厳重な手続きを経て通過できるが、記者の通行は許されていない。昨年11月末にはISの自爆車両がここで爆発し、死傷者がでた。左の建物は自爆攻撃で窓も壁も吹き飛んでいる。(12月撮影・坂本)

キリスからシリア・アレッポという外国人記者がよく使っていたルートなら、コバニへはISエリアを通らなければならず、近づくことも難しいだろう。コバニ取材の経験と、これまでの情報を総合すると、おそらく後藤さんはコバニ入りを目指したが、結局、入れなかったのではないか。そして、別の場所からシリアに入国し、自らの意志か、拉致されたかでISエリアへ入ったと思われる。 後藤さんのような経験のある記者が、誰のアレンジでシリアに向かい、どのように捕まってしまったのか、疑問は残る。(つづく)
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