イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【動画】イスラム(IS)掃討作戦~空爆の標的情報伝えるスパイ処刑

【この記事には残酷な写真が含まれます】
◆ISはスパイを見せしめで殺害
イスラム国(IS)掃討作戦ではイラク軍や有志連合、さらにシリア政府軍やロシア軍が空爆を遂行している。戦闘機、爆撃機のほか、各国の兵器メーカーが製造した攻撃型・偵察型ドローンも投入されている。ISの軍事拠点、幹部の所在に関する情報は、潜入して活動する情報要員や地元協力者によってもたらされる。ISはこれらの情報要員を「十字軍のスパイ」として摘発し、残虐な方法で処刑してきた。

イラク軍・動画】イラク軍 中国製無人攻撃機 CH-4B

イラク軍は各国メーカー製から無人航空機(ドローン)をIS掃討作戦で運用している。偵察用のイランのアバビル3などのほか、攻撃型軍用ドローンとしては中国から調達したCH-4B(虹彩4B)も投入。映像はイラク・オバイディ国防大臣(当時)が中国製ドローンCH-4Bを視察した際のもの。レーザー誘導ミサイルも搭載する。上空から地上のIS標的を破壊する。ドローン攻撃や空爆では、標的選定は航空からの映像のほか、IS地域に潜入する情報要員からの情報などから選定される。(2015年10月・イラク国防省映像)

※視聴注意

【IS動画】空爆情報伝えたスパイの処刑 (一部意訳・一部にボカシ処理をしています)

2015年6月にISが公開した映像。IS地域内に潜入してイラク軍に標的情報を伝える情報要員を拘束し、スパイとして「罪状」を告白させたのち、次々と処刑する。ボカシ処理をして一部編集でカットしたが、元の動画では、うめき声や死体のアップも挿入されるなど残虐さが際立っている。冒頭映像に空爆での住民犠牲を挿入して「ムスリム殺戮」と結び付け、スパイ処刑を正当化する構成に仕立てている。残酷な手法で見せしめ的に殺害するのは、裏切り者や工作員を阻止する意図もある。(2015年6月・ニナワ・モスル・IS動画)

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【IS系アマーク通信】IS系アマーク通信が公表したシリア・ラッカでの米軍による橋への爆撃とする映像から。ISは小型撮影ドローンまで飛ばしてユーフラテス河畔にかかる橋の被害状況を伝えている。橋梁や幹線道の破壊は、ISの部隊移動や補給網を断つのには非常に有効である一方、地元住民の生活にも影響が及ぶ。(2017年3月・ラッカ・IS系アマーク通信)

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【IS系アマーク通信】同じくラッカの橋への空爆映像から。IS地域でひそかに活動する情報要員は様々で、信念に基づいて活動する者や報酬目的で協力する者がいる。軍事拠点の場所やIS幹部の所在を電話や伝達者を使ってイラク軍やクルド部隊などに伝え、有志連合も含めて空爆の標的選定がなされる。幹部の車両や自宅が的確に狙われるのはこれらの情報によるところが大きいが、情報が誤っていたり、古かったり、あるいはISに拠点を偽装されると誤爆被害も起きる。(2017年3月・IS系アマーク通信)

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【IS写真】IS支配地域内で活動する情報要員がもたらす情報は、空爆の標的選定で重要な役割を果たす。ISはスパイ摘発を強化し、処刑を繰り返している。このIS写真は2016年、ラッカで「十字軍同盟のスパイ」として、公開の場で磔けにしてナイフで心臓を突き刺す様子。一部をぼかしています。(2016年6月・シリア・ラッカ・IS写真)

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【IS写真群衆のなかには、子どもの姿も見える。首には「スパイ」として罪状を書いた紙がぶら下げられている。広場などで公開で処刑された死体は、数日間、その場に放置されたり、車にロープをつけて引きずり回される。スパイ活動を阻止し、外部に情報提供する者を出さないための見せしめでもある。一部をぼかしています。(2016年6月・シリア・ラッカ・IS写真)

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【ラッカ】対IS戦の現場では、航空機は爆弾だけでなくビラ(伝単)も投下する。これは今月、シリア・ラッカで有志連合機が上空から投下したビラ。IS戦闘員に向けた内容で「諸君の無線機はウソをついていない。諸君の司令官がウソをついているのだ」とある。おそらく、シリア民主軍(SDF)側の無線通信から聞こえるISの劣勢な戦闘状況のなか、君たちのISの司令官は「勝利」を鼓舞して戦闘員を戦わせて死なせ続けているので、それを信じてはいけない、と戦意喪失や戦闘放棄をさせることを狙ったものと思われる。(2017年8月・SDF公表写真)

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【ラッカ】これも同じ日に有志連合機がラッカで投下したビラ。ラッカで密かにメディア活動を続ける「ラッカは静かに虐殺される」がSNSに投稿したもの。こちらは住民向けのビラで、「シリア民主軍(SDF)は、避難民を手厚く保護し、早期に帰還できるよう尽力している」という内容。(2017年8月・「ラッカは静かに虐殺される」公表写真@Raqqa_SL)

ISは、空爆被害を「十字軍によるムスリム殺戮」などとし、欧米などのムスリムに、キリスト教世界への敵愾心を植え付け、各地で一般市民を狙った報復テロを呼びかける。
これについては次回 >>

<< 前回「テロとの戦い」のなかでの空爆犠牲者

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【IS動画・日本語訳】イスラム国(IS)掃討作戦、「テロとの戦い」のなかでの空爆犠牲者

◆繰り返されてきた空爆と住民被害
9・11事件の報復でのアフガニスタン空爆、そしてイラク戦争後の混乱、シリア内戦に乗じ台頭したイスラム国(IS)。米軍の「テロとの戦い」は15年におよび、その過程で多数の住民犠牲も出てきた。空爆と民間人巻き添え。いまもずっと同じことが繰り返されている。他方、ISは被害を巧みに宣伝に利用し、復讐を呼びかける。

【有志連合動画】有志連合によるIS爆弾車両施設への空爆(音声なし・一部意訳)

ISは意図的に住宅地や学校、モスクの近くに軍事物資や爆弾車両製造工場を置くことがある。またIS地域に潜入する情報要員が伝える標的情報が誤っている場合もある。そうしたなかで地区が空爆され、住民が死傷すると、「罪なきムスリムの子どもや女性が狙われた」とする。爆撃する側も、標的の破壊効果があると判断すれば、巻き添え犠牲が出るとわかっていても爆撃を遂行することもある。映像は、有志連合が今年2月末に公開した「モスルでのIS爆弾車両施設への空爆」の映像。(2017年2月・CJTF-OIR映像・音声なし)

【IS動画】空爆と住民被害見舞金(一部意訳)

2015年5月公開の「イラク・モスルでの空爆被害」を伝える映像。ISのザカート(喜捨)配布部門が空爆被害を受けた住民に見舞金を配る様子を紹介している。見舞金が支配地域で制度として犠牲者全員に給付されているのか、宣伝のためだけなのかは不明。住民は双方の戦闘のはざまで逃げることもできず、犠牲となれば、ISはその死や犠牲を宣伝映像に利用する。ISは映像で「十字軍 VS ジハード戦士」ではなく、ムスリムイスラム教徒)が被害者となっていると描く。 「十字軍 VS イスラム」の構図で空爆被害を伝え、これが各地のムスリム同胞に向けたシリア・イラクでのジハード参加の招請や、復讐心を煽って欧米諸国での報復決起の理由付けとして利用されてきた。(IS映像・2015年・イラク・ニナワ県モスル)

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【IS画像】イラク、シリアでは、クラスター爆弾白リン弾も使われ、ISは機関紙で取り上げてきた。左はクラスター爆弾、右は白リン弾。右画像では白リン弾が身体機関に及ぼす被害や退避方法まで詳述している。自らの被害と爆弾の非人道性を押し出すが、IS側も戦闘現場で化学成分を含んだ砲弾を使用するなどしてきた。(2017年・IS機関誌ナバア・93号/85号) 

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【IS写真】IS機関誌ルミーヤが掲載した、モスルの医療施設に向けて白リン弾が使用されたとする写真。ISはプロパガンダを通じて、民間被害を強調する。ISも病院を標的に自爆攻撃をしてきたが、こうしたことについてはISメディアでは公表していない。ISはムスリム住民の被害を宣伝で伝えるが、住民を「人間の盾」に使ったり、支配地域外の住宅地に向けて砲撃している。犠牲者はいずれもムスリムである。(2017年・ルミーヤ12号)

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【IS系アマーク通信】米軍主導の有志連合、そしてロシア軍は「テロ組織掃討」の名のもとに軍事作戦を続け、その結果、子どもや女性が巻き添えとなってきた。何よりも悲しいのはシリア、イラクとも政府が自国民に向けて爆弾を落としているという事実である。誤爆や巻き添え被害が起きても「すべてISが悪いから仕方ない」で片づけられ、調査はされず、作戦指揮官が責任を問われることもない。(2017年・ラッカ・IS系アマーク通信)

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ファルージャ空爆少し時を遡ってみる。これは2004年にイラクファルージャが米軍の武装勢力掃討作戦で空爆された時のもの。このとき米軍はクラスター爆弾も使っている。戦闘のはざまで700人を超える住民が死亡。墓地が足らずサッカー場に遺体を埋め、墓石がないので道路の敷石に名前を書いていた。イラクでは当時からいまにいたるまで、同じことがずっと続いてきた。ISの台頭は、こうしたいくつもの事件の延長線上で生来した事態でもある。そして内戦に陥ったシリアにも空爆と住民被害が広がることになった。(2004年・イラクファルージャ・撮影・坂本)

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ファルージャ空爆ファルージャでの米軍による空爆で重傷を負った女性。バグダッドの診療所に搬送されてきた。流産したうえ、家族と親戚あわせて20人が亡くなった。空爆では、標的を外れて民間人が巻き込まれる「誤爆被害」だけでなく、民間人が死傷しても目標を破壊する上での「想定内犠牲」を前提として爆撃が遂行される。「戦争とはそういうもの」とはいえ、テロ組織壊滅のために市民の犠牲が容認されてきた現実はあまりに不条理といえる。(2004年・イラクファルージャ・撮影・坂本)

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ファルージャ空爆2004年のファルージャ空爆の頃といまと違う点は何かというと、当時は地元スンニ派住民や武装組織に、シーア派が支援を表明していたこと。イラク占領に抗する反米闘争という愛国主義的性格があったためだ。この写真はバグダッドスンニ派地区のモスクにシーア派が「ファルージャ空爆非難・反米抵抗闘争連帯」で結集し、ブッシュ打倒を叫んでいた。いまではありえない宗派合同礼拝の反米集会である。のちにイラクナショナリズムではなく、宗派アイデンティティが前面に押し出され、スンニ派シーア派の宗派抗争が先鋭化し、両派の武装組織が殺しあう状況に。もうひとつ当時と現在が異なるのは、以前はネットでの動画環境は限られたものだったのが、いまISはネットを通じて空爆被害映像を伝え、世界のムスリムに向けてプロパガンダを直接発信して報復を扇動しているという点である。(2004年・イラクバグダッド・撮影:坂本)

ISは、異教徒を殺害・奴隷化したり、子どもに捕虜処刑や自爆突撃を強いる過激組織である。一方、その掃討作戦のなかで、ISとは何の関係もない住民が犠牲となっている現実も押さえておくべきだろう。 空爆への報復として、ISは拘束したスパイを処刑し、プロパガンダ映像で公開してきた。
これについては 次回 >> (空爆情報伝えるスパイ処刑)
<< 前回・ISはプロパガンダで空爆被害をどう伝えているか

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【動画・日本語訳】空爆による住民被害をイスラム国(IS)はプロパガンダでどう伝えているのか

「十字軍同盟VSイスラム」の構図で描く
イスラム国(IS)拠点に対して続く空爆。車両や軍事施設を狙った爆撃では、住民も巻き添えとなっている。住民被害が出るとISは宣伝映像で公開し、「十字軍同盟がムスリムを殺戮している」という構図で伝えてきた。これがのちに、世界各地での報復テロの決起扇動につながっていく。

【IS動画1】有志連合の空爆による住民犠牲(一部意訳)

2015年6月に公開されたIS映像。シリア・アレッポ県コバニ近郊の村での60人以上が犠牲となった空爆での家族を殺された住民の怒りの声を伝えている。この事件はコバニとマンビジ間の村で起きた。映像には「十字軍によるムスリムへの空爆」とタイトルがつけられ、死傷した子どもたちを映し出している。(2015年・IS映像)

【IS動画2】有志連合の空爆による住民犠牲(一部意訳)

2015年11月公開のイラク・モスルでの空爆被害映像。タイトルは「十字軍・サファウィによるムスリム住民に対する空爆」となっている。イラクでは無人攻撃機を含む政府軍機と有志連合機がIS拠点を爆撃してきた。「サファウィ」とはサファヴィ朝ペルシアのことで、ISは「現代のペルシア帝国たるイランの後押しを受けたイラクシーア派政府」という位置づけで使っている。「イラク政府は西側キリスト教世界の十字軍と結託してムスリムを殺戮している」とISは描く。日本やイスラム諸国であっても、対ISテロで一致協力する国々は「十字軍の同盟国」とISは規定。挿入された歌は、「この屈辱、なぜゆえに」というナシード。住民犠牲が出たり、過酷な試練に直面する動画でよく使われる。空爆被害に「苦難と屈辱にさらされるウンマイスラム共同体とその民)」とする歌詞を重ね、心情に訴えかけるつくりになっている。(2015年11月・IS映像)

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【IS系アマーク通信】IS系メディアが伝えるイラク・モスルでの空爆被害者の映像。ISプロパガンダの一部であることに踏まえた上で見るべきだが、もしIS側のメディアがこうした映像を出さなければ、有志連合やイラク政府、シリア政府は住民被害の状況を伝えただろうか。テロ扇動を防ぐためにIS映像はすぐにネット上から消される。若者が感化されたり戦闘員のリクルート活動に使われないよう一定の規制はしかたない部分もある。だが住民犠牲の事実までなかったことにされるべきではないだろう。(IS系アマーク通信・2017年2月・イラク・モスル)

 

空爆と住民被害については
次回「IS掃討作戦、「テロとの戦い」のなかでの空爆犠牲者」>>

<< 前回 【動画】IS壊滅の空爆作戦で住民巻き添え被害も

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【動画】イスラム国(IS)壊滅の空爆作戦で住民巻き添え被害も

◆逃げられぬ住民、増える犠牲
米軍主導の有志連合、そしてロシア軍は、イスラム国(IS)に対する空爆作戦を続けている。アメリカがトランプ政権になって以降、IS壊滅戦が加速したこともあり、空爆回数は増えた。有志連合側は精密爆撃を強調するが、巻き添えで死傷する市民も絶えない。「テロとの戦い」のなかで多数の住民が犠牲となり、ISはそれを宣伝に利用する。

【動画1】有志連合映像・精密爆撃について(一部意訳)

空爆は軍事的には確かに効果があるし、ISを短期間で壊滅させるには有効な手段である。IS重要幹部の多くが、地元潜入要員の情報をもとにピンポイントで狙われ殺害されてきた。有志連合側は、広報映像で「精密爆撃」を紹介し、住民被害を極力少なくする努力をしているとアピールする。一方で、誤爆や巻き添え犠牲について、住民死傷者の統計や被害詳細は有志連合からは積極的に公表されず、人権モニター団体などがまとめたものを通して実態の一部が伝えられる程度である。(2017年4月・CJTF-OIR映像)

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【有志連合】有志連合には欧米だけでなく、ヨルダン、サウジなどの中東諸国も参加。シリア・イラクでの空爆作戦は、軍や軍需産業にとっては実戦データを集め、改良兵器を使用できる有効な場である。IS壊滅戦が兵器の実験場や見本市ともなっているのはこの戦争のもうひとつ姿でもある。有志連合は連日、IS拠点への空爆状況をサイト上で公表するが、住民巻き添え被害の詳細について具体的に触れられることはほとんどない。(CJTF-OIR写真)

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【IS写真】ラッカのIS拠点上空に飛来した米軍のA-10攻撃機とみられる機体。ISは、「十字軍同盟がムスリムを標的としている」といった構図で描こうとしている。 (2017年7月・ラッカ・IS写真)

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【IS写真】機関砲で対空攻撃をするIS戦闘員。 (2017年7月・ラッカ・IS写真)

【動画2】IS系アマーク映像「ラッカでの空爆での住民被害」

SDFは住民の退避路を開きながら、民間人被害を抑えようとしているが、それでも犠牲は出る。有志連合側は空爆や砲撃によって住民の巻き添え被害が出る前提で、「犠牲もやむなし」と作戦を続けている。民間人被害について犠牲者の把握や補償、国際法上の責任も問題とされないまま、「テロ組織を壊滅させるため」と、民間人殺害が黙認されている現実もある。この映像の後半で男は、「十字軍同盟の空爆ムスリムと子どもが犠牲になっている」と話す。(2017年5月・ラッカ・IS系アマーク通信映像)

【動画3】IS系アマーク映像「ラッカでの米軍による爆撃と負傷住民」

有志連合やロシア軍は空爆は「精密爆撃」だけではない。シリアの人権監視団体はIS壊滅戦の現場でクラスター弾白リン弾なども使用されているとしている。これは先月18日、IS系アマーク通信が伝えた「ラッカでの米軍による爆撃と負傷住民」とする映像。爆弾の種類にについての説明はないが、これは空爆でなくラッカ近郊に展開する米軍地上部隊による砲撃と思われる。IS系映像ではあるが、広範に被害が及ぶ爆弾で住民が犠牲となっている現実があるのは事実だ。(2017年7月・IS系アマーク通信映像)

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【コバニ戦シリア・コバニがISに制圧されかかっていたとき、有志連合がIS拠点を爆撃したときの写真。数百メートル先のIS拠点に着弾すると地面や建物が大きく揺れた。このとき、住民はトルコに難民として避難し、町のIS地域にはIS戦闘員しかいなかった。クルド組織・人民防衛隊(YPG)は、「ISに奪われたら町は2度と戻ってこない、住宅地を破壊してもかまわないからISを叩く」という決断をし、有志連合にIS陣地を日々詳細に伝え、上空から絶え間なく爆弾が投下された。(2014年12月・コバニ)

【動画4】コバニ戦・IS拠点への空爆

同じ場所で撮った動画はこれ。このときは米軍機による空爆と思われるが、有志連合の他の国も爆撃に参加していたほか、無人航空機(攻撃型軍用ドローン)も投入されていた。IS側からはカチューシャ(ロケット弾)も撃ち込まれるなど激しかった。コバニ攻防戦では、ISが武器や物資を送り込んでくるラッカからの幹線道では住民がいるのであえて空爆を控え、コバニの戦闘地域にISが入ったのを狙って爆撃していた。ラッカ戦では状況は少し違って、いまも住民が市内に多数の残っているため、巻き添えを避ける空爆は容易ではない。(2014年12月・コバニ・撮影:坂本)

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【ラッカ】有志連合機がラッカ住民に向け上空から投下したビラ(いわゆる伝単)。ラッカで反ISの地下メディア活動を続ける組織「ラッカは静かに虐殺される」が昨年SNSで公開したもの。住民にラッカからの脱出を促している。実際には生活がある上、周辺農村では農地や家畜もあるため、脱出も容易ではない。(2016年・「ラッカは静かに虐殺される」写真@Raqqa_SL)

ISは「ムスリム住民が殺されるから報復をする」などとして欧米でのテロを正当化する。ISによるテロ犠牲者については悲しみと怒りをもって詳細に伝えられ、ホワイトハウスエッフェル塔もライトアップをして追悼する。他方、テロ組織壊滅のために空爆の犠牲になっている住民について、その数や名前がどれだけ伝えられているだろうか。それがいまの「テロとの戦い」の別の側面でもある。

ISが空爆被害を、どのように宣伝映像で伝え、利用しているかについては 次回 >>

<< 前回:シリア民主軍(SDF)、ラッカでISとの攻防

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【動画+写真14枚】シリア民主軍(SDF)、ラッカでイスラム国(IS)との攻防続く

◆ラッカ全体をSDFが包囲
イスラム国(IS)の最大拠点都市のひとつ、シリア・ラッカの攻略戦を進めるシリア民主軍(SDF)は、これまでに市内の一部地域を制圧。米軍主導の有志連合の支援を受けながら、IS拠点への包囲網をさらに狭めつつある。一方、IS側は自爆車両攻撃や、スナイパーを配置して徹底抗戦を続ける。双方の戦闘のはざまで犠牲となる住民もあいついでいる。

【YPG動画・日本語訳】ラッカからの脱出住民(一部意訳)

SDFを主導するクルド組織・人民防衛隊(YPG)が公開した映像。ラッカからの脱出住民の様子を伝えている。映像には、父を失い、またISに強制されていた黒いヒジャブを焼く女性の姿が映る。(YPG映像・2017年7月20日)

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SDFによるラッカ攻略を目指す「ユーフラテスの憤怒」作戦が開始されたのは昨年11月。4段階のステップでラッカ近郊一帯に進撃し、今年6月上旬には「市内突入の大攻勢戦」が宣言された。SDFは近郊住民を脱出避難させながら、各地区の攻略を進めている。シリア各派の勢力図は7月下旬の状況。(だいたいあってると思います。細かいところはご容赦)

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【SDF写真】ラッカ西部でBMP-1で進撃するYPG部隊。(2017年6月・SDF映像)

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【YPJ写真】ラッカ攻略は、近郊の農村地域の制圧から市内を包囲する形で進められてきた。(2017年7月・ラッカ・YPJ映像)

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【SDF写真】ラッカ市内のISはすでにSDFに包囲され、全体の4割ほどがSDF側に制圧された。(2017年7月・SDF映像)

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【SDF写真】 軍事訓練を経て部隊に編制されたSDF戦闘員。この部隊はクルド人でなく、アラブ人。シリア北部各地で増員がはかられている。(2017年6月・SDF映像)

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【SDF写真】うしろに座っているマルチカムの迷彩服でサングラスしてるのはおそらく米軍関係者。シリア内戦当初はアメリカは自由シリア軍とかを支持していたが、支援金を持ち逃げされたり、戦闘員の志気低下などで支援政策としては失敗に終わった。アメリカはNATO同盟国トルコの反発もあって、クルド勢力には限定的な支援しかしなかった。ISの脅威が世界に広がるなか、積極的なクルド支援に転じた。(2017年6月・SDF映像)

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【YPG写真】アメリカが供与した装甲車で出撃するYPG戦闘員。トランプ政権になって以降、軍事支援は拡大し、シリアへの米軍地上戦闘部隊も増派された。IAG装甲車両の供与は、トランプ大統領就任のタイミングとも重なったことから「トランプからのクルド勢力へのプレゼント」とも報じられた。(2017年7月・ラッカ・YPG映像)

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【YPJ写真】ラッカでの対IS戦の前線で、ハンヴィーに乗り込むYPJ(女性防衛隊)戦闘員。(2017年7月・ラッカ・YPJ映像)

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【有志連合】有志連合のルパート・ジョーンズ英軍少将は、7月23日、ラッカ北方の町アイン・イサに入り、ラッカ市民評議会や住民救援機関らと会合。「SDFは信頼できるパートナーである。有志連合はSDFとともにダアシュ(IS)掃討を進める。ラッカ解放は、ISに決定的なダメージを与えるだろう」と会見で述べた。(FURAT-FM映像)

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【有志連合】 ジョーンズ英軍少将は今年2月、「ダアシュ(IS)が市民を殺戮するなら、我々はお前たちを見つけ出し、お前たちを殺す」と述べるなど、ISに対して強い姿勢で戦う決意を示している。少将が直接現地入りしてSDF・YPGの影響下にあるラッカ住民組織と会合を持ち、支援を進めることを表明した意味は大きい。ISやその共鳴者が欧米各地で過激なテロを繰り返した結果、各国は一致してIS壊滅戦を加速させ、クルド主導のSDFを支持する政策をとることとなった。逆に言えば、ISがもし欧米でテロを起こさなければ、シリアのYPG系クルド勢力に大規模な軍事支援をする展開になる可能性は低かっただろう。クルドにとってはラッカ戦で多大な犠牲を払うことは、ロジャヴァ連邦の国際的承認につながる機会ともとらえている。(SDF写真)

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【IS写真】IS側もラッカ攻防戦を独自メディアを通して動画や写真で伝えている。写真はラッカ南西地区で重機関銃を撃つIS戦闘員。ラッカの市民生活の様子を伝える宣伝は減り、戦闘報告ばかりになった。(2017年7月・ラッカ・IS写真)

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【IS写真】自爆突撃するIS車両。ドローンで撮影するだけでなく、映像をライブモニターしながら車両を運転する自爆突撃員に無線機で標的まで誘導するなどしている(2017年7月・ラッカ・IS写真)

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【IS写真】「ラッカ東部で背教徒PKKを標的」として機関砲で攻撃する様子を伝えるIS写真。ISは最近ではYPGと呼ばず、すべてPKKと呼んでいる。PKKとはクルディスタン労働者党。YPGの実質上の母体となった組織である。YPGに対しては、背教徒のほかに「無神論者集団」という呼び方もしている。(2017年7月・ラッカ・IS写真)

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【IS写真】ラッカではISの外国人戦闘員も戦っている。写真は「殉教志願戦士アブドルラザク・アル・トルキスタニ」とあるので、SDFに自爆突撃したウイグル人とみられる。(2017年7月・ラッカ・IS写真)

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【IS写真】 ラッカ県西南方面の前線では、ISはシリア政府軍とも戦っている。写真はISが公開した、政府軍と対峙する戦線。政府軍は西から攻勢をかけ、シリア中部のIS地帯に攻勢をかけている。(2017年7月・IS写真)

住民はISに「人間の盾」として使われる一方、米軍主導の有志連合の空爆の犠牲ともなっている。トランプ政権になって以降、IS壊滅作戦が加速すると、空爆の回数も増えた。SDFは住民を避難させながら攻略作戦を進めるが、それでも爆撃で巻き添えとなる住民があいついでいる。
有志連合の空爆で巻き添えとなる住民被害については次回 >>

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【IS動画・日本語訳+写真37枚】イスラム国(IS)戦術分析(21)◆戦闘員養成8・軍事キャンプと忠誠式

◆バグダディに忠誠誓いジハード戦士へ【動画+写真37枚】
イスラム国(IS)の軍事キャンプでの教練を終えた新兵は、必ず指導者バグダディに忠誠を誓う忠誠式をする。このあと「ジハード戦士」として各戦線に配置されていく。今回は、軍事教練達成と忠誠についてとりあげてみたい。バグダディへの忠誠は、アフリカやフィリピンにまで及びつつある。

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【IS動画・日本語訳】セイフ・バハル軍事キャンプ(2015/09) 一部意訳・転載禁止

2015年9月公開のセイフ・アル・バハル軍事キャンプの動画映像。フラート県はISが勝手に作った県で、イラク西部とシリア国境にまたがる地域に位置する。当時はISがシリア・イラクでまだ広範に勢力基盤を保持していた時期。48秒目からがIS軍事キャンプの歌。また、前々回の映像と同じアブ・ハムザ・ムハジールのスピーチ(2008年)が使われている。映像の最後で、軍事キャンプ全課程を修了した新兵部隊の一群が街頭に出て、バグダディへの忠誠を唱和する。

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イラク西部「フラート県管区」にあるセイフ・アル・バハル軍事キャンプ。中央の黒いボードが訓練隊ロゴ。(IS写真・イラク・2016年)

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射撃訓練。写真に写っているだけでも、30人以上が確認できる。(IS写真・イラク・2016年)

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泥のなかで匍匐前進する訓練は、イラク軍でもよくやっているので、IS独自というわけではない。(IS写真・イラク・2016年)

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動画公開と同時期に出されたセイフ・アル・バハルキャンプの写真。建物への突入訓練は、軍事キャンプの全教練課程を修了した総括でもある。(IS写真・イラク・2015年)

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攻略突撃(カタハム)の訓練では、援護射撃を受けながら、戦闘員が手にするポリ容器の爆弾で壁を爆破。突破口を開いて突入する。ISが得意としてきた敵拠点への侵入手法。(IS写真・イラク・2015年)

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ポリ容器爆弾については、以前IS爆弾製造工場の記事で触れた。ポリ容器は壁・橋梁爆破、無線遠隔起爆装置をつなげた路肩爆弾として使われる。炸薬の量を減らして、手投げ弾的な使い方をするなど汎用性は広い。こうした即製爆発物はアブワ・ナスィファと呼ばれるが、省略してアブワと言ったりする。(IS写真・イラク・2015年)

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切り込み隊が自爆攻撃を前提にして自爆ベルトを装着してまず突入する場合は、イングマスィ(突撃決死戦士)と呼ばれる。警備や防護が強固な施設だと、まず自爆車両攻撃を加え、そのあと攻略部隊が突撃する。(IS写真・イラク・2015年)

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これまでに何度か記述してきたことをまとめると、ISの軍事キャンプでの基本教練は4つの柱がある。
(1) 教義・シャリーアイスラム法)・信仰武装
(2) 身体鍛錬
(3) 小・中火器の武器講習
(4) 戦闘訓練
これは軍事キャンプを統括する兵務庁(ディワン・アル・ジュンド)の運営指導のもと、各キャンプで共通し、マニュアル化されている。
◆1日の訓練メニューは軍事キャンプ日課表で

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同じく突入訓練。こういう重機関銃はラシャシュとかドシュカ(Dshk)と呼ぶ。軍事キャンプでの基本教練期間は、以前は2~3か月前後と言われていた。最近は戦局悪化で地元出身者を即席的に養成する必要に迫られており、期間は短縮されている可能性がある。(IS写真・イラク・2015年)

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攻略突撃(カタハム)が実戦で運用される例。これはアンバル県の警察署を襲撃するIS部隊の「フラート県」アーカイブ映像。(ISはアンバルを勝手に分けて一部を「フラート県」とした)。シリア国境近くの町カイムで警察建物に攻略突撃を敢行している。(IS映像・イラク

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同じく警察署への突撃。突入に成功し、イラク警官らを殺害した。攻略後は場所を維持する場合もあれば、武器弾薬を戦利品として奪って撤収することもある。教練での練度が低いと、前方の仲間を誤射したりするなど部隊全体に被害が及ぶ。軍事訓練のレベルが低かった自由シリア軍では同士撃ち事故などもあいついだことがある。(IS映像・イラク

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動画に挿入されたアブ・ハムザ・アル・ムハジールの音声スピーチは、2008年に出された「勝利への道程」からと思われる。アブ・ハムザ(別名アブ・アユーブ・アル・マスリ)はエジプト人。イラク聖戦アルカイダ機構に入り、同組織を引き継いだイラクイスラム国(ISI)で「戦争大臣」となったが、2010年に米軍・イラク軍の合同作戦で死亡。

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今年に入って、IS系出版機関ヒンマが、アブ・ハムザ・ムハジールの「勝利への道程」をあらためて複数の言語に翻訳してネットで配布。右上はインドネシア語、右下はクルド語(ソラニ)。ロシア語や英語などもある。「勝利のための8つの道程」が示され、武装鍛錬の準備や忍耐が必要などと説いている。約10年前のISI時代の音声スピーチ文書だが、ISのなかで継承されていることがわかる。

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戦闘員たちがどういうジハード戦士像を頭に描いているのかを推し量るのは難しい。ISは広報物によくイスラム騎士の映像を使う。日本でもサムライや幕末の志士に憧れる人は多いだろう。そこに自分を重ね合わせ、自己を奮起させる思いや「俺、カッコいい」とナルシスティックな心情を抱いたりする。「武士道とは死ぬことと見つけたり」の境地と、ジハード戦士の思考に共通する部分があるのかも知れないが、中二病をこじらせたIS戦闘員の極端なジハード主義の行きついた先が、子どもに捕虜を斬首させたり、異教徒殺戮やヤズディ女性集団拉致・奴隷化だったという現実も押さえておくべきだろう。(IS写真)

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ISでは、「アッラーの大道で己れの命と財産を投げうってジハードに立つことはムスリムの義務」であると教え込まれる。戦いで殉教するのはほまれで、天国が約束されるとする。これに加え、正統カリフ時代の栄光のイスラム軍勢の騎士の姿を投影する。とくに若い外国人戦闘員(ムハジール)のメンタリティはこうした「宗教的義務+カッコよさ」が融合したものがあって、ネットで拡散したプロパガンダを通じて、続々と外国人がイラク・シリアに流れ込んで過激主義がさらに先鋭化した側面がある。(IS写真)

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これは今回の動画と同じセイフ・アル・バハル軍事キャンプの過去の映像で砂漠(土漠)で教練を受けている。初期の頃の地方部では地元出身戦闘員(アンサール)はジャージ姿など服もバラバラだった。これは今年公開されたフラート県の過去と現在を振り返るIS映像から。(IS映像・イラク

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これもIS台頭期のセイフ・アル・バハルでの新兵教練映像。シリア・イラクの貧しい農村では、家族を養うために、給料がもらえるISに仕方なく入った者がいる。外国人戦闘員に比べて地元出身者は思想的・信仰的にも強固ではなく、外国人戦闘員のジハード戦士像とはすこしメンタリティが違う。そうした偏りを均一化するため、軍事キャンプでの精神・宗教指導が重視され、宗教的大義のもとでジハード戦士となる意味が教え込まれていく。その過程で地元住民や異教徒を殺すことへの疑問や違和感も消し去られてしまう。(IS映像・イラク

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軍事キャンプでの教練課程をすべて修了すると、卒業お披露目行進がある。動画と同じセイフ・アル・バハル・キャンプの新兵部隊。(IS写真・イラク・2015年)

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町なかで住民に「ジハード戦士」が完成したことを見せるとともに、自分たちもそのことをあらためて確認する。沿道には子供たちの姿も見える。(IS写真・イラク・2015年)

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卒業お披露目の車列。過酷な教練を経て「ジハード戦士」となったことへの高揚感に満ちる瞬間でもある。戦闘員となれば一応給料は出たが、結果的には多くが消耗品として死んでゆくことになる。(IS写真・イラク・2015年)

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北斗の拳的なヒャッハー感にあふれながら爆走。掲げているボードがセイフ・アル・バハル軍事キャンプの部隊ロゴ。(IS写真・イラク・2015年)

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こちらはアンバル県管区シェイヒン軍事キャンプでの卒業車列。これもかなりヒャッハー度が高い。(IS写真・イラク・2015年)

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日本のメディアがISのニュースを伝えるときに資料映像でよく使うやつ。これも軍事キャンプの卒業お披露目の行進で、2014年のシリア・ラッカ市内の映像。(IS映像・シリア・2014年)

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ラッカでのお披露目行進の進む先には巨大な旗がそびえる。この時はイラク・モスルも制圧し、武器、資金も大量にあった頃。支配地域を広げ、さらに軍事キャンプを作って、地方の若者を戦闘員に養成していった。(IS映像・シリア・2014年)

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ラッカの軍事キャンプ。キャンプ名は公開されていない。外国から入り込んだ戦闘員志願者は、ラッカやその近郊都市で訓練を受ける例が多かったといわれる。シリアではまだ米軍・有志連合の空爆も始まっていない時期で軍事キャンプが次々と設営されていた。トルコの国境警備も緩く、外国人が流入し、戦闘員が量産されていた。(IS映像・シリア・2014年)

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これもラッカのキャンプ卒業お披露目の車列。マッドマックスのような世界が現実となり、国際社会に脅威を与えるまでになった。これらのIS軍事キャンプで訓練を受けた戦闘員の一部が、のちにヨーロッパに入り込んでパリなどで襲撃事件を起こす。(IS映像・シリア・2014年)

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軍事キャンプの全課程を修了すると、お披露目で街頭に出る。そして、忠誠式(ベヤアまたはバイア)をする。宣誓という意味では、自衛隊が「事に臨んでは危険を顧みず」と誓う「服務の宣誓」にあたる。ISではこれをもって「ジハード戦士」が完成したことになる。写真は今回の動画の3か月前に公開された別の動画から。指揮官と思われる同じ男が映っているので、1期前の別の訓練隊の卒業のときと推測される。(IS写真・イラク・2015年)

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ISのベヤアは、忠誠式での宣誓のほかに、突撃前に部隊で志気を高める際に唱和する。写真は昨年、IS系アマーク通信が公開したもの。イラク・タラファルで戦闘を前にベヤアを唱和している様子。戦闘員が円陣を組んで右手を重ねあい、バグダディに忠誠を誓っている。右腕時計が多い。戦闘員だけでなく、住民や部族もISに忠誠を誓うとき、これをやらされる。(IS系アマーク通信写真・イラク・2016年)

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ISが勝手に作ったジャヌーブ県(イラク)管区の軍事キャンプでの忠誠式。ベヤアの文言の、「聞き、従う」は、コーラン(食卓章:7節)からで、「順境にあっても逆境にあっても、盛隆にあっても 苦難にあっても、 無私の心をもって」の箇所はハディース(ブハーリとムスリム)のウバダ・ブン・アッ・サーミトの言葉とされる。現在はアブ・バクル・バグダディへの忠誠だが、その前はISI指導者アブ・オマルへの忠誠だった。ゆえにバグダディがもし死んでも、次の指導者となった者の名前に入れ替えて、この忠誠の言葉を唱和することになる。(IS写真・イラク・2014年)

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2015年12月にIS系のメディアが公開したフィリピンのイスラム組織の軍事キャンプ。ISが中央の指示のもと指導官を送り込んでいるかは不明だが、映像はIS系のメディア部門で配布され、関係が作られてきたことを示すものとなった。(2015年・フィリピン)

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2016年3月にはフィリピン南部ミンダナオ地域スールーのイスラム組織アブ・サヤフ傘下の「唯一神の兵士大隊」が、アラビア語でISのバグダディ指導者に忠誠を表明する映像も出ている。フィリピンはこれまでのところISの「県」としては承認されていないが、これらの一連の忠誠映像を通じて、フィリピンのIS共鳴組織がIS本体と関係性を構築してきたことも動画で確認された。IS系組織は今年、マラウィの町を襲撃しており、IS系メディアも「東アジア」発として戦況などを伝えている。(2016年・IS系FURAT映像・フィリピン)

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IS系メディアが2014年7月頃に「フィリピンの刑務所での忠誠」として出した映像。多数の受刑者が、バグダディへの忠誠の言葉を唱和している。未確認映像ながら、すでに2014年の時点でIS台頭の影響がフィリピンまで及んでいたことを示している。マラウィ襲撃は突然起きたわけではなく、それに至る前段階があったといえる。(バッタール映像・2014年)

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ソマリアイスラム組織がISのバグダディに忠誠を表明する映像。ISは権力の真空地帯や紛争地域を狙って浸透を図ろうとしてきた。かつてはアルカイダが強かった各国の地域でも、新たにISに忠誠を表明させ勢力を伸ばしてきた。シリア・イラクのISを叩いても、別の場所で拠点を構築し、ジハード運動を組織、継続することは十分にありうる。フランス・ノルマンディ教会襲撃犯も忠誠の動画をアップしている。(2015年・IS映像)

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シリアのハイル県(=デリゾール)管区で軍事キャンプでの教練を修了し、集まった戦闘員。「カリフ国の新期グループの卒業」とある。戦闘員はキャンプ卒業後、各戦線に配置される。(IS写真・シリア・2015年)

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世界でいちばん乗りたくないバスである。「座席の背もたれ倒していいですか?」「ダメです」。 これも軍事キャンプを修了したデリゾールの戦闘員。(IS写真・シリア・2015年)

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これは今のISとなる前の2013年(またはそれ以前)にセイフ・アル・バハル・キャンプをイラク軍が急襲、制圧した映像。軍事キャンプはこれまで何度も標的となってきた。だが潰されてもキャンプの名は残り、別の場所に引き継がれる。今回のIS動画は、いったん潰されたこのセイフ・アル・バハルを継承し再建したキャンプとみられる。(イラクTV映像)

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2014年にイラク軍がニナワ県下の軍事キャンプを上空から爆撃した映像。徹底した掃討作戦にも関わらず、結局、こののちにニナワ県モスルは制圧され、バグダディをカリフとする「イスラム国」を宣言するまでに至ってしまう。現存するキャンプを叩いても、蓄積された知識やマニュアルが国外へと伝播し、別の場所で息を吹き返すことになるかもしれない。(イラク軍公表映像)

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【IS声明・日本語訳】イスラム国(IS)広報官アブル・ハサン・ムハジール「そして信徒が部族連合軍を目にしたとき」(全文)【2】全2回 (2017/06/12声明)

◆敵勢は「結託同盟」と強調【声明 2/2】(全2回)
イスラム国(IS)アブル・ハサン・アル・ムハジール広報官による声明の第2部。最後までイスラム創成期における部族連合軍との歴史的戦いと、今日のISのシリア・イラクでの戦いが重ねられている。アサド政権軍、ロシア軍、イラン民兵、シリア民主軍(SDF)・人民防衛隊(YPG)、イラク政府軍、クルド・ペシュメルガ部隊、シーア派民兵、米軍主導の有志連合軍というように、ISが対峙する敵は多い。支配地域が急速に縮小するなか、一部の戦線では総玉砕戦のような戦いが展開されている。外部世界に向けたIS声明というより、戦闘での士気を高めるために戦闘員に対して発した部分がほとんどを占めている。以下全文の第2回。(おもに英語版をもとに訳出・一部意訳・コーランの引用は岩波版から)【1】【2】 

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声明は、各言語に翻訳され、IS機関誌ルミーヤ(第11号)が掲載。歴史的な戦いに自分たちの戦いをなぞらえ、戦闘員を英雄的に称え、詩まで挿入して格調を持たせている。この声明を掲載したルミーヤの表紙は、宝石店を襲撃している写真。「不信仰者の国の商店を襲って財物、商品を奪っても、それは戦利品であり、信仰上は許されるので、ためらわずにやれ、奪った物をジハードに投じよ、誘拐もかまわない」といった主張を展開。かつて赤軍派がM作戦で銀行を襲撃して闘争資金にした思考にも似ているが、ISの場合はこの延長に「戦利品」としてのヤズディ教徒女性や子どもの奴隷化があったことも押さえておくべきだろう。

イスラムアブル・ハサン・アル・ムハジール 広報官声明
】「そして信徒が部族連合軍を目にしたとき」(2/2)

いかなるジハード戦士も部族連合には立ち向かうことなどできず、ムスリムは一掃されるなどとと考えを抱くのはこうした者なのだ。ジハード戦士が挑みかかろうものなら、部族連合が完膚なきまでにこれを壊滅させ、腕輪飾りのごとくにぐるりと取り囲むだろうなどと考えるのはこうした者なのだ。

イラクとシャム(大シリア)の地は、イスラム国のムスリムの安住地ではもはやなくなったゆえに、不信仰者の地に逃れようなどと考えるのはこうした者なのだ。預言者の方途とハディース(伝承)が伝えてきた吉報は、誤った願いであり愚かな迷信にすぎといった考えを抱くのはこうした者なのだ。

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IS機関紙アン・ナバア(第85号)に掲載されたムハジール声明。昨年8月に空爆で死亡したアドナニ広報官のあとを継いだアブル・ハサン・ムハジール広報官の声明としては、これが3回目となる。

 

【過去のIS主要声明】

2014/07/04 バグダディ・カリフ宣言

2016/05/21 アドナニ声明

2016/11/02 バグダディ声明

2016/12/05 ムハジール声明

2017/04/05 ムハジール声明 

 

アハザブの戦いで、ムスリムの宿営地にいた偽信者たちの一団の声言について、崇高なるアッラーはかく触れられている。
【それから、また「これ、ヤスリブ(メディアのもとの名前)の衆、これは到底頑張りとおせるものではない。逃げ帰ったほうがいいぞ」と言い出す者もあった】(部族連合章:13節)

セーラ山で、ムスリムと宿営をともにしていた預言者(祝福と平安あれ)は、自勢と敵とのあいだに塹壕を掘るようお命じになった。ゆえに軍勢の一団から声が上がった。「多勢なる敵ゆえに、ここに布陣などできぬ。メディナへと引き返そう」。

これが意味したものとは、「お前たちはムハンマドの宗教などに頼ることなどできぬのだから、多神偶像崇拝者の宗教に戻れ」であり、また「お前たちには戦う資質などないのだから、敵勢の権力の下に護られることを検討せよ」と言われたごとくのものである。

崇高なるアッラーは、偽信者たちの声言も含め、あの戦いでの彼らのありようについて幾度となく仰せになってきた。

彼ら(=偽信者)は、ときにこう言うだろう。
「ここに布陣し、この前線でいままで耐えろと言ってきたのはお前たちだ。だが、我らが前にここを去っていたなら苦しめられることなどなかったというのに」。そしてこうも言うだろう。「お前たちは数で劣り、また弱勢にもかかわらず、敵を打ち倒そうなどと望んでいる。お前たちの宗教は、お前たちを欺いているのだ」。

こうしたことについては、崇高なるアッラーはかくのごとく仰せになっている。
【偽善者どもや、心に病気を宿した者どもが、「彼ら(ムスリム)もとうとう宗教のために血迷ってしまったか」(自分より遥かに優勢な敵に戦いを挑んだのは、信仰の生んだ狂気の沙汰)などと言ったときのこと。しかし本当は、誰でもアッラーにすべてをお委せする者は・・・なんと言ってもアッラーは偉大な明敏な御神におわします】(戦利品章:49節)

また彼らは、こうも言うだろう。「お前たちは気がふれたか、無知蒙昧なる者どもだ。己れを破滅させ、ともにいる民まで破滅させようとしている」
また彼らは、計り知れぬ損失的影響をもたらす声言をいくつも発するだろう。

また、崇高なるアッラーが、偽信者たちのありようと不撓不屈でとどまった信徒(=ムスリム)たちのありようについて(コーランの)部族連合章でお述べになったのち、一連の状況に際して、アッラーは、その信徒たる下僕たちが、使徒ムハンマド(祝福と平安あれ)の実例に倣うべく、お力添えを下されたのだ。

崇高なるアッラーはこう仰せになった。
【まことに神の使徒(=ムハンマド)だけは、(今度の戦闘でも)、ひたむきにアッラー最後いやはての日を望み、絶えずアッラーを心に念ずる人間(つまり神の道のために、至誠をもって異教徒と戦う人)の見事な実例であった】(部族連合章:21節)

かくして崇高なるアッラーは、敵による試練を課せられた者こそ、アッラーの使徒(祝福と平安あれ)に学ぶべき良き教訓であったことを我らにお伝えになった。それは、使徒が苦悩されたごとくに、彼ら(=ムスリム勢)も同様に苦悩したのだということをもってしてである。

そのようにして、アッラーにお委ねすること、そして自身が耐えることの良き例として彼らは彼(=ムハンマド)を受けとめるべきであり、これら一連の出来事が怒りや屈辱を生来させるものと考えてはなぬし、もしそうであるならば、アッラーの最良の創造物たる使徒ムハンマド(祝福と平安あれ)は、このように試されることなどなかったのである。

むしろ、これらは高い位階に至るための方途であり、「最後いやはての日」を望み、アッラーを繰り返し思い起こす者にとっては、アッラーはこれらの試練によってその者の罪をお取り除きになるのだ。

この節の解釈では、イマム・イブン・カシール師はこう述べている。「この高貴な節は誰かの声言や行ない、ありように際して、アッラーの使徒(祝福と平安あれ)がそれらとどう向き合うかの良き例としての基本である。

このゆえに、アハザブの戦いの日に実例として、預言者(祝福と平安あれ)が堅忍を保ち、忍耐力で敵にまさり、防衛警戒の任を果たし、ジハードを戦い、崇高なる御主のお力添えを待ち望んだ良き例を預言者に見るようアッラーは民にお命じになったのだ。

審判の日まで、アッラーの祝福と平安が預言者にあらんことを。このゆえに、崇高なるアッラーは、アハザブの日にあって、戦意の失せた者、揺さぶられ震撼した者、己れの雑事に問題を起こした者に対して、こう仰せになったのである。「絶えず(アッラーを)心に念ずる人間の見事な実例であった」。この意味せしところは、「彼(=ムハンマド)を実例と受け止めず、またその実績に倣わぬというのか」である。

このゆえに、御方(=アッラー)は、「まことに神の使徒(=ムハンマド)だけは、(今度の戦闘でも)、ひたむきにアッラー最後いやはての日を待ち、絶えずアッラーを心に念ずる人間」と仰せになったのである。この言葉で師は結んでいる。

そしてまことアッラーは、塹壕の(戦いの)年に、あの者たちの力が雲散霧消するまで、あの者たちがいかなる良き結果も手にすることができぬよう、東の大風を送り、あの者たちの心を断ち割って、部族連合を蹴散らしになったのだ。これは御方(=アッラー)のお言葉にかくある。

【こんなわけでアッラーに追われた罰あたりども(連合軍を指す)、むしゃくしゃしながら、なんの得もとれずに引き下がって行った。アッラーが御自身でお前たちの戦闘を引き受けて下さったのだ。まことにアッラーは強いお偉いお方】(部族連合章:25節)

ゆえに、御方が預言者(祝福と平安あれ)とその高貴なるご教友たち(慈悲あれ)の前に立ちはだかった部族連合を蹴散らしなったごとく、カリフ国に立ちはだかる連合軍の軍勢を蹴散らしになるよう、我らは請い願うのだ。

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おお、聖殿の御主よ、(我らは請う)赦しと改悟を。
そのお力で、我らを正しきへとお導きを。
その恩寵で、勝利の栄冠を授け給え。
不信仰者の大群に難苦を降りかからせ給え。
いかなる者の翼も畏れ多きに閉じ伏せ
貴方の御前で我らぬかずくばかり。
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おお、カリフ国の兵士よ、諸君のまわりで起きていることをしっかり思案し、そして心に留めおけ。
考え、そして見よ。アッラーに依るならば、ひとり死すことは、ひとり殺すこと。ゆえに自身の宗教の名誉をここに授かり、信仰心を確固と抱くのだ。さすれば、諸君が退却せずに前進を続けるその姿にアッラーはご満悦なさり、諸君は庇護者たるアッラーにまみえることができるだろう。

そして心せよ、カリフ国の兵士よ。フィトナ(=迫害・内争)の集塊に警戒せよ。そしてそれらを避けるのだ。かくお述べになった預言者(祝福と平安あれ)のご助言に従うのだ。
「誰あろうと私に従った者はアッラーに従った者。誰あろうと私に背いた者はアッラーに背いた者。誰あろうと、指揮長に背く者は、私に背く者である」(ハディース:ブハーリとムスリムの伝承)

わがジハード戦士同胞を思い起こすこの好機と、ムスリムがこの有徳の月に残された時を、我らが逃すことはないだろう。この月についてアッラーはこう仰せになっている。

コーランが、人びとのため(神からの)お導きとして、またお導きの明らかな徴として、また善悪の識別として啓示された(神聖な)ラマダン月(こそ断食の月)】(牝牛章:185節)

まこと崇高なるアッラーから下僕に与えられた祝福の中にありしは、その下僕がこの良き機会に至ることを御方(=アッラー)がお認めになったということ。さすれば彼らの心の執着から魂は清められ、それによって純心となり、競って善行に励み、限られた日々を生かすことができるのだ。

預言者はお述べになった。
ラマダン月を迎えたとき、天国への門が開かれ、地獄への門は閉ざされ、悪魔は封じられよう。」ハディース:ブハーリとムスリムの伝承)

ゆえに、(天国に)至った者に賛辞を。これぞ、アッラーに己れの一切を委ね、善行を積んだ者。ひたすら真実に向かって、イブラヒム(=アブラハム)の道に従いし者。イスラムのすべての法に従って行ないを果たす者に賛辞を。

真実のもとに不撓不屈であり続け、啓典(=コーラン)をしっかりと携える者に賛辞を。アッラーの招者に応え、アッラーの使徒を信じ、アッラーの敵にジハードをもって挑み、アッラーの約束の真実をうべなう者に賛辞を。

かくして、諸君。おお、赤々と燃ゆる石炭をその手に握り、(アッラーとの)契約を守って耐え抜き、不屈であり続けているいているカリフ国の兵士たちよ。この、いま置かれた境遇が、試練と苦難に他ならないことを諸君はわかっている。

アッラーがかく仰せになったように。
【我ら(アッラー)としてはお前たちを徹底的に試みて、本当に(神の道に)闘う者、本当にしっかりした(信仰を)もった者が誰だか知りたいと思う。お前たちに関するいろいろな情報を実地に検査して見たい】ムハンマド章:31節)

諸君-アッラーの慈悲のあらんことを-こそは、今日、不信仰者の結託同盟に立ち向かうイスラムの戦隊であり、その先陣である。不屈と忍耐を通してこそイスラムは栄誉を得られるのであり、ムスリムとその国家(=イスラム国)が勝利を獲得することができるのだ。ゆえに己れの良きありようをアッラーの御前に示すのだ。

おお、モスル、ラッカ、タラファルの獅子たちよ。おお、名誉と栄光のしるべたる者たちよ。背徳者に対する怒りの濫觴らんしょうたる者たちよ。これら清めの沐浴の守り手たち、皓皓たる顔で立つ者たちにアッラーの祝福のあらんことを。

ラフィダ(=シーア派の蔑称)と背教徒どもを打ちのめし、連携確固に攻撃せよ。創造者、庇護者たるアッラーに依って立つ者は屈辱を受けることはなく、他方、アッラーの他に庇護をへつらい求める者は一切の名誉を授かることはないのだ。

アッラーを信じぬ者どもに対し、諸君はアッラーの大道で戦い、アッラーの御元へと至る方途として尽力奮戦している。

我々は諸君をかくのごとく見ているし、アッラーはその審判者である。心を新たにし、戦傷に耐え抜くのだ。悪魔の結託連合の前に忍苦をもって踏みとどまり、あやつらの鼻先を泥にまみれさせよ。そしてアッラーを畏れ奉れ。戦争で己れのなせる最良の装備こそ、そして最良の計略こそ真なるものであり、さすれば成功を成就させることができよう。

まこと忍耐の時を経ずして勝利はもたらされぬ。アッラーの御意のもと、最後の成果を手にするのは諸君なのである。

おお、ディジラ、バディヤ、サラハディン、ディヤラ、キルクーク、北バグダッド、ジャヌーブの各県のカリフ国の兵士たちよ。おお、ファルージャ、アンバル、フラートの各県にいるイスラムの兵士たちよ。この有徳のラマダン月の夜々にこそ、ラフィダ(=シーア派)と背教徒どもの輩に、あらゆる殺戮と破壊をたっぷりと味合わせるのだ。

訳注:地名はいずれもイラク国内でISが設定した「県」。バディヤはISがニナワやタラファルなどの「県」をイラク軍に制圧されたのち、新たに改編して登場)

かくて今日ここにあるは、諸君の場に足を踏み入れたあの者どもの姿。その現世に善行を果たしたければ、アッラーシャリーア(=イスラム法)のもとに諸君が統治してきたこの地を、ゾロアスターの末裔どもがうろつきまわることを許してはならぬ。

訳注:ISはイランを「ゾロアスター国家」とみなし、ここではイランとその支援を受けるイラクシーア派を指している)

ゆえに、待ち伏せにし、爆発物を仕掛け、狙撃の銃弾であの者どもの頭を粉々にし、爆弾の嵐であやつらの一群を殲滅一掃するのだ。

おお、アレッポ、ハイル(=デリゾール)、バラカ(=ハサカ)、ホムス、ハマ、ダマスカスの各県のカリフ国の兵士たちよ。
訳注:地名はいずれもシリア国内でISが設定した「県」)

おお、ハリドとアブ・ウバイダの末裔たちよ。おお、イスラムの英雄たちよ。おお、勇猛の獅子たちよ。シャム(大シリア)の地にあっては、諸君らの前に立ちはだかるは、ヌサイリども(=アサド政権軍)、クルドの無神論者ども、背教徒サハワども(=スンニ派武装諸派)である。

訳注:ハリドは、ハリド・イブン・アル・ワリードのことで正統カリフ時代の武将。アブ・ウバイダは、ムハンマドの最初期からの教友で、のちの正統カリフ時代のシリア総督。ここではいずれもシリアに縁のある人物の名を挙げている)

怒れる獅子のごとくあやつらに襲いかかり、各々に取りかかれ。このラマダン月を逃してはならぬ。恭謙、服従、改悟をもって御主に立ち返れ。殉教を願い求めよ。

【みな争って神様のお赦しを手に入れるように努めよ。それから、敬虔な信者のためにしつらえられた、あの天地ほどの広さのある楽園をも】(イムラーン家章:133節)

おお、シナイ、ムスル(=いずれもエジプトとその周辺地域)、ホラサン(=アフガニスタン周辺地域)、イエメン、西アフリカ、ソマリアリビアチュニジア、ジャザイル(=アルジェリア)、その他のすべて地域のイスラムの兵士たちよ。諸君らのジハードを続けよ。そして警戒に任務にあたり、諸君の前線を守り抜き、アッラーの敵どもに一刻の休息も与えてはならぬ。

この地でのシャリーア(=イスラム法)とアッラーの統治を打ち立てるために力戦奮闘せよ。諸君のジハードの到達点とは、この宗教が、まったきアッラーのものとなることであり、全世界がアッラーシャリーアのもとに統治されるようにすることである。

おお、東アジアにいるカリフ国の息子たちよ。我々は諸君がマラウィ市を制圧したことに賛辞を贈る。アッラーを畏れ、不屈を保て。アッラーが諸君にお授けになった祝福に感謝を。

敵に対峙するにあたりアッラーのご助力を請い求めよ。御方(=アッラー)は諸君に十分に応じになり、満たして下さろう。

ペルシアの地のスンナの民(=スンニ派)の息子たちたるカリフ国の勇敢なる戦士たち、兵士たちよ! この宗教の敵どもに対する諸君の作戦行動にアッラーの祝福のあらんことを。

諸君らは民の心を癒し、ムスリムたちに喜悦をもたらした。彼ら(=ムスリム)が対峙してきた多神偶像崇拝者どもに対し、諸君は見事にやってのけた。
さあ、その攻撃を続けよ。まこと、ゾロアスター国家の家は、蜘蛛の家よりももろきものなのだ。

訳注:ゾロアスター国家はイランを指す。「蜘蛛の家」はコーラン・蜘蛛章の「アッラーをさしおいて、他人の主人を持つものは、蜘蛛の家のごときもの」からと思われる)

ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、オーストラリア、その他の地の信仰六信と信仰心に依って立つ我らの兄弟同胞たちよ。諸君の地にある兄弟同胞たちは、浴びせられる非難から身をもって自身を解放したのだ。彼ら同胞たちのあとに続き、彼らの行動決起の例に学ぶのだ。天国は、あまたの剣の影のものにあることを心に刻め。

各地の獄舎にある我らの兄弟同胞たちよ。アッラーにかけて、我らは諸君を一時たりとも忘れはしなかったし、忘れることはない。これは諸君らが我らに託して然るべきものである。

ゆえに、耐え忍び、不屈であれ。善なることのみを唱えよ。
「まこと、報奨の偉大さは、苦難の重さに等しく、崇高なるアッラーが民を愛す時に、真にその試練を差し向けになる。喜せられしものは誰あろうと(アッラーの)よみしを戴き、怒りを受けた者は(アッラーの)怒りが下されるだろう」ハディース:アッ・ティルミディの伝承)

深奥を知り、すべてに通暁なされたアッラーが諸君をお救いになるべく、この祝福されし月に祈りを増やし、諸君のジハード戦士同胞たちに勝利、不屈、堅忍をお授けになるよう請い願うのだ。

アッラーの御意のもと、我らは諸君を救うためにはいかなる努力も惜しまない。
御主よ、我らの罪と、我らの諸事の至らなさをお許しください。そして、我らの足を確固と立たせ、不信仰者に対する勝利を我らにお授けください。

かくて、我らの結びに唱えしは、万有の御主、アッラーにすべての称讃あれ。

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イラク・モスルでイラク軍との戦闘を前に士気を高めるIS戦闘員。1本指は、「神はアッラーのみ」を示している。(2017年・イラク・IS映像)

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写真はイラク・モスルの攻防戦の映像に移ったアジア系とみられる戦闘員。今回の声明では欧米ほか各地のISシンパや支持者による決起を呼び掛けているものの、かつてのように「とにかく欧米で市民を殺せ」とテロ襲撃を積極的、具体的に声明で呼びかけていたのに比べるとトーンが少し下がっている。コーラン・部族連合章に関する内容に重点を置きすぎたためなのか、支配地域を維持するために部分的な停戦を意識しているのか、別の戦術を狙っているのか、その意図は不明。今後の声明が注目される。(2017年・イラク・IS映像)

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モスルはイラク政府軍が奪還を果たし、3年に及んだIS支配は終焉した。写真は7月10日、モスルで「勝利宣言」をするイラク・アバディ首相。(2017年7月・イラクTV映像)

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声明の最後では、イラン・テヘランで6月に起きた襲撃事件に触れている。事件では国会議事堂とホメイニ廟がISによって同時に襲撃され、犯人を含む23名が死亡。事件が起きたのは6月7日で、今回のムハジール声明は6月12日に出ているので、声明音声は事件直後に収録されたものと推測される。写真は、襲撃を実行した5人。(IS機関紙・アン・ナバア第84号)

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声明はフィリピン・マラウィを制圧したIS関連組織の戦いについても言及。今後、フィリピンがアジアからのIS志願戦闘員の受け皿となったり訓練拠点のひとつとなることも懸念される。写真はIS系アマーク通信が伝えたマラウィでの戦闘のようす。(2017年6月・IS系アマーク通信)

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【IS声明・日本語訳】イスラム国(IS)広報官アブル・ハサン・ムハジール「そして信徒が部族連合軍を目にしたとき」(全文)【1】全2回 (2017/06/12声明)

イスラム創成期の歴史的戦いを引き合いに 【声明 1/2】(全2回)
イスラム国(IS)の広報官、アブル・ハサン・アル・ムハジールは6月12日、音声声明を公表。今回の声明では、預言者ムハンマドの時代のイスラム創成期の歴史的戦いを引き合いに出し、現在、ISがイラク・シリアで対峙する各国、各勢力からなる敵の部隊を当時の部族連合の軍勢になぞらえているのが特徴。シリア・イラクで大攻勢を受け、大幅に支配地域を失い、モスル陥落が迫り、ラッカが包囲されるなか、戦闘員に向けてあらためて忍耐と不屈の戦いを求めている。以下全文の第1回。(おもに英語版をもとに訳出・一部意訳・コーランの引用は岩波版から)【1】【2】 

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今回の声明(2017/06/12)の要旨:
(1) 現在、イスラム国が直面する戦いは、ムハンマド時代の部族連合軍との戦いと同じ。アッラーは諸君に試練を与えているのであり、これに耐え抜き、戦え
(2) イラク、シリアのほか、エジプト、アフガニスタン、イエメンなどの地域でのジハードを続けよ
(3) フィリピン・マラウィでの戦いを称賛
(4) イラン・テヘランでの作戦(国会議事堂・ホメイニ廟襲撃)を称賛
(5) 欧米の同胞に決起呼びかけ

イスラムアブル・ハサン・アル・ムハジール 広報官声明
】「そして信徒が部族連合軍を目にしたとき」(1/2)

アッラーにすべての称讃あれ。その啓典(コーラン)で、かく仰せになった御方。
【そして信徒たちが連合軍を目にした時も、「これぞアッラーと使徒の我々に約束された通りだ。やはりアッラーや使徒の申されたことは嘘ではなかった」と言って、いよいよ信仰は増し、すべてをお委せしようという気持ちがつのるばかりだった】(部族連合章:22節)

アッラーのほかに神はなし、並びなき御方、と我は証言するものなり。ムハンマドアッラー下僕しもべであり、使徒たることを我は証言するものなり。(信徒は天国へ行けるという)朗報の伝え手として、(不信仰者は地獄へ堕ちるという)警告者として、そしてアッラーの御意のもと、その御元に(人びとを)喚び集める者として、世を照らすの燈火ともしびとして、アッラーが審判の時を前に剣とともにお遣わしになられた方。

ムハンマドを通じてアッラーは明証を確固とし、正しき道をご明示なさり、この真実の宗教の勝利をもたらしになった。この宗教が厳たる形貌となるべく、ムハンマドアッラーの大道でジハードを招請なさった。ムハンマドとそのご家族に、アッラーからの祝福と格別の平安があらんことを。以下、かくのごとく。

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6月12日付で出されたアブル・ハサン・ムハジール声明。タイトル「そして信仰者が部族連合軍を目にしたとき」は、コーラン・部族連合章:22節から。

 

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ムハジール声明を掲載したIS機関誌ルミーヤ(第11号)。英語のほか、フランス語、ドイツ語、ロシア語、トルコ語ウイグル語、インドネシア語などでも出されている。 

 

まこと、下僕しもべをお試しになることがいかようにも換えられたることのない、崇高なるアッラーのスンナ(訳注:踏み慣らされし道=慣行)から、そのご啓示なされたものにおいて、我らに知らしめになられたごとく。

【「信じます、信じます」と言いさえすればもうそれで試みられることもなかろうと考えておるのか、人間どもは。我ら(アッラー)は昔の人々もみな試みた。本当のことを言う者は必ずアッラーにわかる、嘘をついている者も必ずわかる】(蜘蛛章:2-3節)

御方(=アッラー)はこうも仰せになった。
【勿論アッラーの御心次第では、(こんな面倒な道を踏まずとも)一度に彼ら(異教徒)を打って仇を討つこともおできになろう。だが、お前たち(人間)を互いに(ぶつからせて)それを試みとなそうとのおはからい。アッラーの道に(聖戦において)斃れた者の働きは決して無になさりはせぬ】ムハンマド章:4節)

かくて、これは信徒(=ムスリム)が、己れを自ら試練に向き合うべくせねばならぬこと。これはハディース・クドゥシ(聖伝)で語られている。そこでは使徒(祝福と平安あれ)が、御主からのお言葉をお伝えになっている。

「まこと、わが御主は今日、私にお教えになったことのなかから、あなたがたが何を知らないかを教えるべく私にお命じになった。(御方は仰せになった)『私がうべなったすべての富は(信仰上に)認められしもの。まこと余は、すべての我が下僕しもべ一神教のもとに創造した。ところがまこと、悪魔が彼らのもとに歩み寄り、宗教から遠ざけてしまった。余が彼らに認めたものを禁じ、余がいかなる権威も啓示しなかった共同者に帰するよう命じたのだ。』

そして、まことアッラーは地上の民に目をお向けになり、嫌悪なさったのだ。啓典の民から選ばれ残った者たちを除く、アラブ人と、アラブ人でない者である。御方は仰せになった。「汝(=ムハンマド)を試し、また汝を通して試すために汝をこそ遣わした。そして汝に啓典を授けた。これなるは決して水で流せるものではなく(=心に刻まれるものという意味)、また寝ていようと起きていようと読むことのできるもの(=いと容易やすく覚えることができるもの、という意味)。」

そしてまことアッラーはこの私にクライシュ族を焼けとお命じになった。ゆえに私(=ムハンマド)は言った。『おお、御主よ。あの者たちは私の頭をパンのかけらのごとく引き裂くでしょう。御方は仰せになった。あの者どもが汝を追放するごとく、汝もあの者どもを追放せよ。襲え、さすれば汝を支えよう。費やせ、さすれば汝に費やそう。軍勢を進めよ、さすればその5倍の軍勢を送り込もう。汝に従う者とともに、汝に従わぬ者どもと戦いを交えよう』」ハディースムスリムの伝承)

今日、イスラム国が厳然と耐える一連の試練-すなわち敵対する不信仰者の道と徒党どもの野合が仕向ける試練は、(アッラーの)あの約束の証しに他ならぬのである。

我らが言うは、ただこれのみ。アッラーの使徒(祝福と平安あれ)とご教友たちからなる正しき先人たちが、部族連合の軍勢を前にした時、かく言ってきたごとく。
【「これぞアッラーと使徒の我々に約束された通りだ。やはりアッラーや使徒の申されたことは嘘ではなかった」と言って、いよいよ信仰は増し、すべてをお委せしようという気持ちがつのるばかりだった】(部族連合章:22節)

まことアッラーは、牝牛章にて、かくのごとくご明示なさった。
【一体汝ら、過ぎた昔の人々が経験したような(苦しい試み)に遇わずに(楽々と)天国に入れるとでも思っておるのか。(昔の人たちは)みんな不幸や災禍に見舞われ、地揺れに襲われ、しまいには使徒も信徒たちも一緒になって「ああ、いつアッラーのお助けがいただけるのか」と歎いたほどではなかったか。いや、なに、アッラーのお助けは実はすぐそこまで来ておるのだが】(牝牛章:214節)

かくして崇高なるアッラーは、考えを異にする者たちをお咎めになりながら、この者たちが困窮と欠乏、苦悶と病苦、敵勢に揺さぶられる幾多の試練を受ける民たることを経ずして天国に入ることはない、と明らかになさったのである。

そして、部族連合が塹壕の戦いの年を迎えた時、彼ら(=ムスリム軍勢)は部族連合軍を目にして、言った。
「これぞアッラーとその使徒が我らにお約束なさったこと。アッラーとその使徒は真実をお述べになった」。アッラームスリムを揺さぶってお試しになったのであり、以前に彼らの前に立ちはだかってきた者たちのごとく、アッラーは差し向けられたのだということを彼らは知った。そして、これはアッラーの審判と命令を信じ、受け入れることが彼らのうちに増しただけであったのだった。

これぞ今日、誠実なるムスリムがおかれている状況とまさに同じものである。それは幾世にあって誠実なるムスリムがかくあったごとく。まこと、この試練、すなわち、カリフ国(=イスラム国)のムスリムが辛苦として経ているものである。崇高なるアッラーがその預言者と信徒を通じ、明確なる(コーランの)章と節をもって啓示なさり、スンナの啓典がこれらの諸事に多々言及したきたごとく、イスラムのシャリ-ア(=イスラム法)に攻撃を加える腐敗した不信仰者どもと立ち向かう試練は、アッラーの使徒(祝福と平安あれ)の時代にも同様の先例があったのである。

イブン・タイミーヤ師はお述べになった。
「まこと、ムハンマド(祝福と平安あれ)のご教示たる啓典(=コーラン)とスンナ(=慣行)が、全人類を包含し、また啓典とスンナのうちにアッラーとの契りを結びし者たちが、いっさいのウンマ(=イスラム共同体)を内包している。かれらがウンマの原初を包含したごとくに。

そしてアッラーは、我らの前に現れしこれらの民の話のみをお述べになった。我らと彼らの置かれた状況を比べ、民の最初のものをもって、最後のものを計り、かくて、かつての信徒たちから、のちの信徒たちとが似ているところは何かを知ったのであった。」この言葉で師は結んでいる。

バドルの戦いにおいて、御主(=アッラー)は預言者(祝福と平安あれ)と、彼の崇高なる教友たちが敵と対峙するにあってそのありようをかくお述べになった。
【あれは汝らに(示された)神兆だったのだぞ、あの2つの軍勢がぶつかって、一方はアッラーの道に戦い、相手方は異教徒だった。あの時、彼らはこちらが自分たちの2倍もいるのを様々と眼で見た。アッラーはだれでも御心のままに助け給う。まこと、見通しのきく人間にとっては、これはありがたい教訓ではないか】(イムラーン家章:13節)

訳注:バドルの戦い=624年、ムハンマド率いたイスラム軍勢とメッカ部族連合軍とがバドルで戦った戦い。部族連合軍ははるかに数で上回ったものの、イスラム軍勢側が勝利した)

御方(=アッラー)は、また、バヌー・ナディールの包囲にあって、かくお述べになっている。(訳注:ムハンマドとの協約を裏切り、敵対したユダヤ部族。ムハンマドに攻められ、その後、シリア方面に追われた)
【(アッラー)こそは、かの啓典の民(ここではユダヤ人を指す)の信仰なき者どもをその住居から最初に追い出し給うた御方。あの時、お前たち(=ムスリム)もまさか彼らが出ていくと思わなかったし、彼らにしても自分たちの城砦だけで十分アッラーの攻撃を防ぎ止めて見せるつもりだった。しかるにアッラーが思いもかけぬところから攻め寄せて、彼らの心に怖気を投げ入れ給うたので、かえってムスリム側と一緒になって、われとわが手で自分の家を叩き壊す始末。こういうことがあるから、お前たちが用心するが肝要であるぞ、これ、お前たち、見る目があるならば】(追放章:2節)

ゆえに、御方(=アッラー)は、我らに先立つこれらの諸民のありように際して、先人となった民から我らが教訓を学ぶべくお命じなったのだ。崇高なる御方が、諸民についてその啓典とそのスンナ(=慣行)で幾度となくてお述べになってきたことは、永らえ継続されるべくはスンナの民ということである。

御方はこう仰せになった。
【あの時、彼ら無信仰の者どもがお前立ちと戦いを交えていたら、きっと大敗北を喫したことであろう。そうなったが最後、誰が彼らを守ったり、助けたりしてくれるものか。昔からこれがアッラー独特のなさり方。アッラーのなさり方に改変はあり得ない】勝利章:22 ー 23節)

ゆえにイスラム国のすべてのジハード戦士は、アッラーの下僕たちに関し、アッラーのスンナ(=慣行)から教訓を学ばねばならぬ。とりわけ、イスラムの地、カリフ国領地に対するこの不当極まりなき軍略深謀にあってはなおさらである。

偽善が姿を現し、不信仰者がその牙をあらわにした。偽信者どもや心に病を宿した者どもが、「アッラーとその使徒が約束したのは欺瞞以外の何物でもなかった」だとか「アッラーの使徒の一群は家族の元に戻れはしない」などとの考えを抱き始めたのであり、これこそがこの者どもの心のありようなのだ。そして、この者どもが悪を招き入れ、破滅した民に堕ちたのであった。

そしてまこと、ムスリムたちが経てきたこれら幾多の経験に学んだ教訓は、アハザブの戦いにおいて、預言者(祝福と平安あれ)のもとでムスリムが試されたのとまさしく同じごとくのもの。そこでは、この戦いについてアッラーが(コーランの)章でお示しになり、アッラーがこの戦いで、信に足る一群をお支えになり、その軍勢に名誉をお授けになり、また、ただアッラーのみで、部族連合に対し戦いを封じさせたばかりか、敵勢に対峙する信徒(=ムスリム)を堅固不屈になさったのである。今日のラッカ、モスル、タラファルと同様に、いずれも同じありようのごとくである。
訳注:アハザブの戦い=627年のハンダクの戦いを指す。アハザブとは部族連合のことで、ムハンマド側のイスラム軍勢に対峙したメッカ部族連合軍のこと。ユダヤ教徒と結んでメディナに来襲した部族連合軍は、サルマンの構築した塹壕=ハンダクに苦戦し、イスラム勢が勝利を収めた。こののちイスラム軍はメディナ内部のユダヤ教徒クライザ族を包囲し、成年男子は全員殺し、女性と子どもを奴隷とした)

塹壕戦のあった年に民が分かれたごとく、今日の民も同じ範目に分かれよう。アハザブの戦いでは、あらゆる方向からすべての偽信者どもがムスリムに対峙した。偽信者はムスリムを徹底的に壊滅させるために、大軍勢をもってメディナへとやってきた。

クライシュ族とその同盟連合、バニー・アサド、アシュジャ、ファザラ、ナジュドのその他の結託部族、そしてクライザ族とナディールのユダヤ教徒も同様に結集した。崇高なるアッラーは、(コーランの)追放章においてご明示になっているとおり、預言者(祝福と平安あれ)は、これに先立ってすでにバニー・ナディール一族を追放したのだった。

クライザ族は預言者(祝福と平安あれ)と協定を交わしてメディナ近くに居住していたが、彼ら部族連合はやって来て、クライザ族を加えた。バニー・ナディールは、クライザ族が事実上、協定を破り、部族連合に入るまで彼らを説き伏せようとし続けた。かくして、大規模な部族連合が集結し、その数と装備でムスリム勢をはるかに上回る軍勢となったのだった。

ゆえに預言者(祝福と平安あれ)は、メディナ上方に女性と子どもを送り出し、セーラ山を背後に構え、自軍と敵勢との間に塹壕を掘った。敵は頭上からも、足下からも攻め寄せ包囲してきた。彼ら(ムスリム勢)に対し、苛烈な敵意をむき出しにしたのは敵なのであり、信徒(=ムスリム)に向かって攻め入り、あまたの殺戮を仕掛けたのはこの者ども(=部族連合)であったのだ。

今日の一連の状況においては、十字軍、無神論者、ラフィダ(=シーア派の蔑称)やその他の背教徒を含めた、これら敵の軍勢が、ムスリムの地へと差し向け、支配をもくろむべく我らに対峙して集結し、航空機、戦艦、そして持てる兵力のあらゆる一切を投じてきた。

あやつらは、これらの地を四方八方から包囲したのだ。御主が部族連合についてお述べなったごとくである。

【あの時、敵はお前たちの頭上からも、また足下からも攻め寄せて来て、お前たちは目はかすむ、心臓は喉元まで上がってくる、ああだこうだとアッラーについて下らぬことを考え出す。いや、まことにあの時こそ、信徒はみな試練(こころ)みられ、もの凄く揺さぶられたものであった】(部族連合章:10 - 11節)

この(コーランの)節の解釈において、イブン・カシール師はこう言っている。「この状況が我らに教えるのは、部族連合がメディナに下り、ムスリムが過酷極まるなかで封じられたとき、―  アッラーの使徒(祝福と平安あれ)もそのなかにあったわけだが、― 彼らは試練を課され、試され、酷烈に揺さぶられていた。
このとき偽善が姿を現し、心に病を宿した者がその内にあるものを言葉として発露させたのであった。偽信者たちはどうかというと、その偽善をあらわにし、疑心に満たされた者は惰弱に陥り、信仰心の弱さとその者がおかれてきた境遇の過酷さゆえに、心のなかの悪の囁きを受け入れていったのであった。」

この言葉で師は結んでいる。今日、民はあらゆる部分で難局を強いられている。混乱した者、臆病心に満ちた者は、悪を引き込んだ。

◆声明【2】につづく >>   【1】【2】

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写真はイラク・モスルで鉄板を貼った装甲車両に乗り込むIS戦闘。今回のムハジール声明では、その大部分をムハンマド時代の歴史的な戦いについて割き、現在のラッカ、モスル、タラファルの戦いを、当時の戦いになぞらえている。(2017年・イラク・IS映像)

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モスルでイラク軍拠点に自爆車両で突撃するIS戦闘員。ハンドルの右上に起爆ボタンが見える。フロントガラス部分は撃ち抜かれないよう鉄板で覆っている。ムハジール声明では1400年前のイスラム史における歴史的な戦いを持ち出し、今のシリア・イラクでの攻防戦に重ねあわせることは、将来にわたるIS声明のことを考えると何度も使える手法ではない。IS自身がラッカ、モスルでの戦いを最終決戦と位置づけ、またシリア・イラクの地で敗北しても歴史に名を残すことまで意識しているとも受け取れる。(2017年・イラク・IS映像)

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一方、シリア・イラクの拠点を失っても、戦いの場をシリア・イラク以外の領域に伝播させ、ISやその理念を継ぎ、新たな志願者を養成する根拠地網を構築し、組織再建をはかる思惑もあるのではないかと推測される。写真はクルド部隊に同行し、IS拠点を制圧した直後の現場に入ったときのもの。「イスラム国は、永劫残り、広がる」とある。実際に西アフリカやフィリピンにまでその影響力は拡大することとなった。(シリア・撮影:坂本)

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迷彩柄の自爆ベルトを装着するIS戦闘員。(2017年・イラク・IS映像)

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ISラッカ県広報部門が4月に公開した軍事キャンプの映像。延々と続く戦闘員の隊列を映し出し、シリア民主軍(SDF)との決戦に総力戦で臨むことを伝えている。この映像タイトルは「アッラーとその使徒は真実を話された」で、今回のムハジール声明の主題である部族連合との戦いを重ね、アッラーの試練として不屈を呼び掛ける内容となっている。(2017年・シリア・IS映像)

◆声明【2】につづく >>  

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【イラク】アバディ首相、イスラム国(IS)からのモスル奪還作戦の勝利宣言

イラク国民の勝利と団結を強調
7月10日、イラク・アバディ首相は、武装組織イスラム国(IS)掃討作戦が続いていたモスルから、解放と勝利を宣言した。首相は、イラク国民による勝利であることを強調し、奮闘を称えた。各国がイラク軍を支援したことに感謝を表明しつつ、モスル解放のために戦ったのはイラク国民であることを宣言の中で繰り返している。今回の宣言ではシーア派指導者、シスタニ師への謝辞も盛り込んでいる。ISが壊滅したと宣言したアバディ首相だが、モスル市内ではこの時点でまだISが一部地区に残存していた。ISを支持していたとする住民に対する、政府治安部隊や市民からの報復も起きている。以下は「モスル解放宣言」の映像字幕。(一部意訳)

【動画・イラク・アバディ首相】モスル解放・勝利宣言・日本語字幕(一部意訳)

モスル奪還作戦の勝利を宣言したアバディ首相は、国民のさらなる一致団結を求めた。だが、問題は山積している。スンニ派勢力の間ではシーア派やその後押しをするイランがイラクを乗っ取ろうとしているといった強い危機感や不満を抱いている。また、IS壊滅戦でともに戦ったクルディスタン地域政府は、イラクからの独立を問う住民投票を9月に実施する予定で、イラク政府側はこれに反発している。国民の団結や統一、宗派和解に至るのは容易ではない。(7月10日)

イラク・アバディ首相】モスル解放・勝利宣言
(2017/07/10)

慈悲深く 慈愛あまねアッラーの御名において。万有の御主アッラーにすべての称讃あれ。

自由と解放が果たされたここモスルの中心から宣言します。イラク人とすべての機関によって偉大なる勝利が勝ち取られました。わが戦士たち、国民の勝利はこの3年の成果です。名誉あるイラク人よ、メソポタミアの息子たちよ。約束を身をもって果たした勇敢なる戦士たちよ。

我々は統一団結をもって、この数年にわたってダアシュ(IS)と戦い抜いてきました。3年におよぶ戦いを経て、この勝利へと至ったのです。国民の尽力奮闘、犠牲、諸君の血をもって、この国土とイラクの名誉を引く裂こうとする目論見に抗してきたのです。今日、国民は、かつてないほど一致団結しています。

イラク国民よ!この勝利は、暗黒、残虐、テロリズムに対する勝利です。まさにこの場から世界に向け、迷信とテロに満ちたダアシュ(IS)が終焉し敗北したことを宣言します。

3年前、ここモスルでダアシュ集団が宣言した「国家」は、イラク人の奮闘と血、そしてアッラーのお力で打ち倒されたのです。今日の勝利によって、この殺戮国家は歴史の屑カゴへと葬り去られました。

勝利を導いた英雄たち、殉職者たち、負傷者たちは、我々の心に刻まれることでしょう。我々は彼らのことを忘れず、犠牲者のご家族にも敬意を表します。シスタニ師とその歴史的ファトワ(宗教令)にも感謝を忘れません。
勝利的なイラク軍の勇敢なる兵士諸君すべてに感謝を表明します。

イラク人たちよ!皆さんはこの勝利を心から祝おうではありませんか。この勝利と一連の作戦はイラク人の手によって成し遂げられました。イラクのための戦いに立ったのはイラク国民であり、他国の国民ではないのです。イラク人こそがこの地のために戦い、勝利を成し遂げたのです。この勝利を国民に、そして全世界に誇ろうではありませんか。イラク国民ほど、この尊き大地のために戦い抜き、犠牲を払った者はいないからです。

同時に、わがイラクとともに立ってくれた各国に感謝を表明します。テロリズムとダアシュ(IS)に対するこの戦争で、各国はイラク軍を支援してくれました。わが軍地上部隊への戦闘訓練、物質的、航空兵力支援に感謝します。

この先にはさらなる任務が待っています。安定化の回復と復興、ダアシュ(IS)残存勢力の一掃です。情報活動や治安任務、より一層の団結が求められています。

私たちがダアシュ(IS)に立ち向かって戦ったごとくの国民の団結力です。地域を安定化させ、国内避難民を帰還させます。この勝利アッラーのご加護にほかなりません。
イラク勝利万歳!
アッラーからの祝福と平安があらんことを!

イラク万歳!
2017年7月10日

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ISが3年にわたって支配してきたモスルの奪還戦は昨年10月に始まった。イラク軍のほか、警察、治安部隊、民兵部隊が作戦に参加。有志連合は軍事訓練や戦闘機による空爆などで支援した。写真はモスル市内に展開するイラク軍。(2017年・イラク国防省映像)

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アバディ首相が今回の宣言のなかで触れたシーア派指導者シスタニ師のファトワ(宗教令)とは、2014年6月にモスルがISに制圧された際の深刻な状況のなかで、「祖国防衛」について出されたものを指している。「祖国とその国民、その名誉と聖なる諸廟を守るべく、武器をとれる者は防衛部隊に参加せよ」としたもの。これ以降、イラクで準軍事組織民兵部隊機構、人民動員隊(PMU)が広範に編制され、ISとの戦闘に投入された。以前から存在したシーア派民兵部隊も、このPMUに編入されていった。宗派抗争がIS台頭の背景ともなったことを踏まえれば、今回、アバディ首相が「モスル解放宣言」のなかでシーア派指導者のシスタニ師とファトワについて言及したことの意味は重い。

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民兵部隊の総員規模は6~10万人前後とされる。スンニ派キリスト教徒も一部にいるが、実質的に中心となっているのはシーア派である。人民動員隊(PMU)は、様々な民兵部隊から編制されている。シーア派が多い南部の都市や大学などでも志願動員の若者らが招集された。民兵とはいえ、戦車や装甲車なども政府から与えられて展開している。(2017年・PMU映像)

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イラクで続いてきたスンニ派シーア派の宗派抗争の延長線上で、シーア派民兵集団が準正規軍となって戦闘現場や治安維持任務に投入されたことは、宗派バランス問題に大きな影響を与えた。実質的な「シーア軍」のような形になっている。左はイラン製軍用車サフィールと思われる。(2017年・PMU映像)

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イラク議会は、昨年、このPMUについて、「イラク軍と同等の正規軍的機構」と認めるとした。シーア政党の強い影響を受けた民兵隊が治安活動することで問題も起きている。シーア派民兵による、IS戦闘員への拷問に加え、スンニ派住民への報復的な殺害や暴力行為などが発生している。写真はモスルで戦うシーア派民兵。(2017年・PMU映像)

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今年6月中旬~下旬頃のモスルの状況。イラク軍は地図右側のチグリス川東部をまず攻略し、ISを西部地区へ追い込み包囲していった。(2017年・地図作成・アジアプレス)

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昨年10月に始まったモスル奪還戦以降、ISはモスルだけでいくつもの宣伝映像を出してきた。ISは次々と自爆する戦闘員を「殉教者」として称えた。写真はイラク軍部隊に自爆突撃するISの若い戦闘員。ISはドローンを飛ばし、ライブ映像を通して自爆戦闘員に無線で突撃位置を伝えて車両を誘導する。(2017年・IS映像)

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IS戦闘員としてモスルで自爆車両突撃した年配の戦闘員。「殉教志願戦士アブ・ハムザ・モスリ」とあるのでモスル出身者とみられる。ムスリムの信仰心に訴えかけるような構成に作り上げている。一方、この同じ映像の最後では、スパイとしてイラク人を殺害する残虐なシーンも挿入している。(2017年・IS映像)

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自爆突撃する車両に乗り込む若いIS戦闘員。写真左のように車のドア部分にも爆発物が取り付けてある。(2017年・IS映像)

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IS系アマーク通信が伝えた、空爆で負傷した子供。有志連合は民間人被害を最小限にするとしたが、空爆の犠牲となった市民も少なくない。一方、ISは空爆被害が出るたびに 「ムスリムイスラム教が標的となっている」などとして、プロパガンダを通じて宗教的対立の構図に持ち込もうとした。(2016年12月・IS系アマーク通信映像)

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アバディ首相がモスル解放を宣言して以降にIS系アマーク通信が出した映像。モスル戦を最後まで戦う様子として伝えている。過去に撮影した映像も含まれていると思われるので撮影日は不明だが、激しい戦闘が続いたことを示している。(2017年7月11日・IS系アマーク通信映像)

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モスル戦について、IS側と見られる声明(公式かどうかは不明)が「重要・緊急」としてネット上で出た(7月12日付)。「十字軍とその手先の従僕者どもの結託同盟に対するモスルでのカリフ国(イスラム国)兵士たちの不屈の戦いの継続」を呼びかけている。

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モスルでISを排除した地区に入るイラク軍指揮官(今年3月)。国防省映像は、イラク軍を歓迎する住民の様子を伝えている。今後、地元スンニ派住民や有力部族の協力を取り付けることができるかが課題となる。ISに代わって、こんどはシーア派が町を統治するのではないかと不安を抱く住民もいる。(2017年3月・イラク国防省映像)

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このアバディ首相「モスル解放宣言」の別の見方をすると、国家指導者が戦争で国民を鼓舞する演説映像というのは歴史に残るものである。今回のアバディ首相の背後ではイラク軍司令官らが並んでいるが、後半では横を向いたりする。またカメラ位置もあって、背の低い首相が、より小さく見えてしまっている。ISからモスルを奪還した歴史的映像としては、もう少し首相の威厳を意識した演出もあってもよかったのではとも思う。例えば、ISのプロパガンダ映像では、背後に立つ戦闘員でさえ、視線を一点にそろえ、だらしなく見えるしぐさをしないよう徹底して撮影している。

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【IS動画・日本語訳】イスラム国(IS)なぜイランを狙うのか(イラン後編)

◆ペルシア帝国にさかのぼりシーア派批判
6月7日に起きたイスラム国(IS)戦闘員によるイラン・テヘランでの襲撃事件では、ホメイニ廟と国会議事堂が標的となった。いずれも警備の厳しい施設が狙われており、襲撃には実行犯以外にも複数の協力者がいるとみられる。ISはイランをいきなり攻撃対象に選んだわけではない。これまでにも宣伝映像などを通じて、イラン批判を繰り返してきた。ISはイランをどうとらえ、なぜ標的とするのか。

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【IS動画・日本語訳】「ペルシア・その過去と現在」(ペルシア語)一部意訳

今年3月末にイラク・ディアラ県発として出された映像。全編ペルシア語でペルシア帝国から現代イランまでを連ねて批判するプロパガンダ映像は初めてと思われる。イラン出身の戦闘員が複数登場する。(元の映像は36分という長大な映像なので、かなり短く編集。映像の解説はこの下のキャプチャを参照してください。字幕は専門用語が多いですが、だいたいあってると思います。(斬首映像部分は編集で削除しています)

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映像はゾロアスター教時代のササン朝、そしてシーア派サファヴィ朝ペルシア帝国にさかのぼってイランを批判する「壮大な」内容。ISがイランを批判するとき、マギ(マジュース)という用語をよく使う。もともとペルシア系祭司を指すが、ISはゾロアスター教に関する文脈で用い、イランを「ゾロアスター多神偶像崇国家」と蔑み、イスラムだとは見なしていない。映像では、「シーア派」という字幕を付けたが、ISは実際にはシーア派とは呼ばず、ラフィダとする。ラフィダは「拒否者」という意味で、とくにスンニ派原理主義者、過激主義者がシーアを指すときに侮蔑的に使う。このほか、イランをサファウィ(いわゆるサファヴィ朝ペルシア)と呼んだりする。

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冒頭から最後まで「サルマン」がキーワードとなって出てくる。ペルシア出身のサルマン・アル・ファルスィは、ムハンマドの教友のひとりで土木技術者だった人物。メディナに移住し、ムハンマドに帰依。ムハンマドメディナ軍勢と、メッカ連合軍との戦いで、サルマンの技術指導によってメディナ周辺に塹壕(ハンダク)を掘り、戦いを勝利に導いた(ハンダクの戦い・627年)。一騎打ちが主流だった時代、敵軍は塹壕戦の前に敗北。今回の映像では、イランのスンニ派に向けて、ペルシア出身のサルマンの末裔であることを呼びかけ、シーア派政府に抗し、立ち上がるよう扇動している。戦場でISがやたらとトンネルや塹壕を構築するのは、軍事戦術的な意味もあるが、それを超えて、「ハンダクの戦い」での塹壕戦への強い宗教的な思い入れもある。

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映像はISの歴史観シーア派への認識をCGや映画の引用、報道写真などを集めてきてビジュアルを駆使して示すものとなっている。ISによるイラン批判の要点は、

(1) シーア派イスラム逸脱と背教・多神偶像崇拝
(2) イランでのスンニ派への歴史的、今日的な弾圧と迫害
(3) ホメイニ体制以降のシーア派「革命輸出」による権勢拡大とスンニ派への敵対
(4) イラク、シリアにおけるISへの敵対行為とシーア派勢力への支援
(5) 十字軍同盟諸国との結託
などである。字幕動画ではカットしたが、元の映像では「イラクイスラム国」(ISI)時代のアブ・オマル・バグダディの音声スピーチも盛り込み、イランでのスンニ派弾圧やモスク破壊について言及した部分を選んで抜き出している。

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イラク・ディアラ県という地方メディア部門ながら、戦闘員をいくつもの角度から撮影し、パンやチルトまで入れて凝ったカメラワークまで見せ、ワイヤレスマイクで音声を収録している。イラク東部のディアラはイランに接する国境地域。

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IS映像では、イランで絞首刑の写真が挿入されている。イランのスンニ派は人口の1割ほどで、宗派そのものが禁じられているわけではない。だが当局は宗派運動や反体制活動につながることを警戒し、何らかの組織活動をしようとすると厳しく統制される。また監視網が張り巡らされているのも事実だ。IS映像では、「1979年のイラン革命以降、1万8千人のスンニ派が処刑された」としている。

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どう見ても悪人キャラのような戦闘員は、「イラン征服」の野望を語る。アル・バローシーという名なので、イランとパキスタンにまたがるバローチスタン地域の出身と思われる。映像の最後で、「イランを征服してやる」と言っている。スンニ派の国に変えてやるというのは無茶すぎるが、イランに揺さぶりをかけるために国内のスンニ派勢力を支援する国が出てくることも考えられる。かつて武装組織のひとつに過ぎなかったイラクイスラム国(ISI)が、結成10年を経ずしてイラク、シリアにまたがる広大な地域を制圧し、のちに「イスラム国」を宣言するまでになってしまったことを考えれば、この地域は「まさか」も起きうる場所である。いくつもの戦争が戦われ、世界史に登場してきたイラク、シリア地域の町々が、いま再び現実の戦場となっている。

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「サルマン・ファルスィ大隊」を名乗る部隊がペルシャ語で「イランを標的にする」に警告を出している。この映像は今年3月に出されたので、6月にはそれが実際の襲撃事件となって起きることになってしまった。

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イラン政府要人の写真をプリントし、それを標的に一斉射撃やサイレンサーで銃撃するなど、「イラン批判」映像としては、さまざまな「見せ場」を作るなど巧妙な構成になっている。

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イラン批判を並べ立てたうえで、出てくるのが斬首処刑。イラク東部ディアラ県で、拘束したシーア派民兵4人を公開処刑している。イラク人のバドル軍団民兵とみられる。ISはシーア派政党・民兵をイランの後押しを受けた存在とみなす。子どももいる群衆を前に、首を切り落とす。(上の字幕動画では残酷な斬首部分は削除しています)
ナイフを手にするIS戦闘員は、クルドの民族衣装をベースにした戦闘服で胴巻き帯(シュテック)を巻いているので、イラン出身またはイラク出身のクルド人と思われる。

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レバノンシーア派政党ヒズボラ(神の党)のハサン・ナスラッラー師も映像に挿入され、「イランの手先」として描かれている。確かにイランは、「シーア派支援政策」をもって積極的に国外のシーア派政党や組織を支援してきた。ヒズボラにはイランからカチューシャロケットが供与されている。イスラエルに対して撃ち込まれているが、ISはそうした部分には触れていない。シリア内戦では、イランはシーア系アラウィ派のアサド政権を支援し、戦闘部隊を送っている。またイラクシーア派民兵部隊にも軍事支援をしている。ISは、プロパガンダ映像を通じて、シーア派拡大の「危機感」を煽り立て、スンニ派が自分たちのもとに結集するよう呼び掛けている。

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ISがプロパガンダ映像や機関誌でシーア派を批判する際には、こうした映像・写真を使って、その儀式や祭祀がいかにイスラムの道や啓典コーランから外れた異端かを示そうとする。シーア派を逸脱集団とし、その元締めがイランとする一方、自分たちはスンニ派として預言者の正しき道の実践者なのだと強調する。だが、集団殺戮や、子どもに爆弾を巻き付け、薬を飲ませて自爆突撃させたり、異教徒女性をレイプして転売するようなISをアッラーの大道」などとは普通のスンニ派住民は思っていない。(2017年・IS機関誌ルミーヤ第9号)

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ISは、支配地域でシーア派モスクや施設、墓碑を徹底的に破壊。爆破したり、ブルドーザーでひき潰すなどした。歴史的建造物も多数含まれている。また、シーア派住民を追放したり、抵抗する者は処刑した。写真はISによるイラク北部タラファルでのシーア派モスク(フサイニーヤト・ジャワード・モスク)の爆破破壊。(2014年IS写真)

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シーア派モスク住民迫害やモスク破壊などに対して報復の声が上がり、イラクではシーア民兵組織が強化された。とくにタラファルでの前線に多く展開している。イランは積極的に介入して、シーア派に武器を支援する。写真はイラク・タラファル近郊でISが襲撃したシーア民兵組織「ヒズボラ大隊」の陣地。旗を引き裂いている。(2016年・タラファル近郊・IS写真)

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イランは、シリア・アサド政権軍に民兵部隊を派遣している。また武器も供与。写真はシリア西部アレッポでISが鹵獲したイラン製機道車サフィールと思われる。搭載しているのは、M40 106ミリタイプの無反動砲のようだ。こうしたことからも、ISはイランを主要な敵のひとつと規定し、攻撃対象にしている。(2016年・IS写真)

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イランはイラク軍へも武器・車両を供与。ティクリート近郊のIS地点に墜落したドローンは、イラク軍がIS地域の上空偵察用に運用していたものとみられる。イラン製ドローン、アバビル3型とみられる。(2015年・IS写真)

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テヘラン襲撃事件の報復として、イラン革命防衛隊(IRGC)は、6月18日夜、イラン西部の基地2か所から中距離弾道ミサイル、計6発をシリア東部デリゾールのIS拠点に向けて発射。発射されたミサイルは、地対地中距離弾道ミサイル・ゾルファガール(MRV)で射程は約700キロとイラン・メディアは伝えている。(2017年・IRGC映像)

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映像はデリゾールでIS拠点にイランの弾道ミサイルが着弾したことを伝えている。イランが国内の基地から直接、シリアのIS拠点にミサイル攻撃を行ったのは初めてとされる。革命防衛隊は「ISの自動車爆弾工場などを破壊」としている。この弾道ミサイル発射はISへの報復としてだけでなく、対立関係にあるサウジアラビアへの威力誇示につながるものともなる。(2017年・IRGC映像)

<<【イラン・IS声明】IS戦闘員5名が国会議事堂・ホメイニ廟を襲撃(イラン前編)

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