イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【IS声明・日本語訳】ラスベガス銃乱射事件・イスラム国(IS)が「犯行声明」のナゾ

ISは「イスラム国兵士が攻撃」とするも真偽不明
10月1日夜、アメリカ・ネバダ州ラスベガスでコンサート会場を狙った銃乱射事件が発生。59人が死亡し、負傷者は540人以上にのぼった。銃を乱射したのはスティーブン・パドック容疑者(64歳・現場で死亡)。事件後、イスラム国(IS)は「イスラム国兵士アブ・アブデルバル・アメリキが群衆を銃撃」などとする声明を公表したが、パドック容疑者との関係は不明。声明では「IS兵士」とする根拠などは触れておらず、謎が残る。ISが事件をプロパガンダに利用したとも考えられる。以下は声明全文。(一部意訳)

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【IS声明・アラビア語事件翌日の10月2日付でISが出した公式声明。銃撃は「バグダディ師の呼びかけに応えて」とある。ISが声明の文言のなかにバグダディの名を入れ、「その呼びかけに応えた」とするスタイルはこれまでなかったのではないか。バグダディは9月28日に声明を出し、「アメリカはジハード戦士の脅威にさらされているのだ」などとしている。ラスベガスでの銃乱射がISと関係したものかは不明だが、「ISが関与」とする宣伝効果や、社会不安につけ込むことをIS側が意図して声明が出された可能性もある。

イスラム国【アメリカの都市ラスベガスでの十字軍隷従どもに対する祝福されし攻撃戦で、約600名を死傷せしめる】

[アメリカ] 1439年 ムハラム月 12日(ヒジュラ暦

アッラーのご助力のもと、そして信徒の長、アブ・バクル・アル・フセイニ・アル・クライシ・アル・バグダディ師(アッラーよ、彼を守り給え)の呼びかけに応え、十字軍同盟を標的とし、アメリカの都市ラスベガスにおいて綿密な監視行動を経て、カリフ国(=イスラム国)の兵士「アブ・アブデルバル・アル・アメリキ」(アッラーよ、彼を受け入れ給え)は、機関銃数丁と弾薬を装備し、ホテルから見下ろすコンサートに向け、群衆に銃撃を敢行した。兵士の弾薬が尽きるまで600名を殺傷せしめたのち、殉教者となった。

すべての栄誉はアッラーとその使徒、そして信徒にある。だが多くの者はこれを知らない。

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カントリー・ミュージックの会場を狙って、マンダレイ・ベイ・ホテル32階の部屋から銃が乱射された。銃を撃ったのはスティーブン・パドック容疑者(64歳)とされる。死者は59人に上り、単独犯による犠牲者数では米国の近代史上、最悪の銃乱射事件となった。容疑者は警官隊が部屋に突入前に自殺と報じられている。(メディアが報じた写真より)

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【IS系アマーク通信】事件直後にIS系アマーク通信は速報として「ラスベガス攻撃実行者は、イスラム国兵士で、十字軍同盟諸国を標的にせよとの呼びかけに呼応して攻撃を実行」(上)とし、さらに、「ラスベガスで作戦を遂行した攻撃者は数か月前にイスラム教に改宗」(下)と伝えた。そののち、IS公式声明が出された。ISと関係があったか、改宗したかなど根拠は示されておらず真偽は不明。ISは、トルコ・ディヤルバクルでの爆弾事件やエルサレムでのイスラエル警官襲撃など実際には関係がなかった事件でも関与を表明しており、今回の銃乱射を根拠もないまま「自分たちが実行」とするのは初めてではない。一方、トルコ・イスタンブールの空港襲撃など「ISの犯行か」と報じられながらもISから声明が出なかった事件もある。

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【IS系バッタール映像】事件翌日、IS本体ではないものの、複数のIS関連・共鳴組織の名で動画が公開された。10月2日、アル・バッタールは、銃撃事件のニュース映像をつなぎ合わせて約2分の動画に編集、「イスラム国に対する攻撃はすべてのムスリムへの攻撃」などと英語テロップをつけて公開した。ニュース映像をつなぎ合わせただけの動画でも「IS系が犯行を認めた」「アメリカをこれからも狙う」とするプロパガンダ・メッセージは拡散する。

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【IS系ハッターブ映像】10月4日には、別のIS共鳴組織と思われるアル・ハッターブが2分49秒の動画を公開。同じくニュース映像が使われている。

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【IS系ハッターブ映像】ニュース映像に加え、パドック容疑者の顔写真とともに、「アブ・アブデルバル・アル・アメリキ」とテロップを入れている。ISが主張するように実際にパドック容疑者がイスラム改宗したのか、ISと関連があったのかは不明。

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【IS系ハッターブ映像】映像では、IS指導者バグダディの音声「十字架の守護者どもよ、イラクでお前たちが味わったごとく、シリアでの代理戦争は、お前たちに意味なきものとなるのだ」(2014年1月スピーチ)と、IS広報官アドナニ(昨年死亡)の音声「あの者どもの地において諸君らが成すものは小さきことであろうと、我らがこの地で成すこと大いなること以上のものであり、歓迎される」(2016年5月スピーチ)がそれぞれ引用されている。

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パドック容疑者はホテル32階のコーナースイートルームから銃を乱射。米捜査当局もメディアも、容疑者がISと関係があった可能性は伝えていない。

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銃撃が始まったのは夜10時ごろ。警官隊が部屋に突入時には銃で自殺していたと報じられている。(写真はビルド・エクスプレス)

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部屋からは多数の銃器・弾薬が発見されている。写真左は2つのソファをつなぎ合わせている。写真右はパドック容疑者の死体とみられる。容疑者の動機が不明なことに加え、銃弾が多数発砲されながら熱を持ったはずの薬莢で絨毯が焦げていないとか、自殺したとされる容疑者の死体の足が銃の下にあるなど、「不自然さ」を指摘するコメントや憶測がネットで出回った。(写真はビルド・エクスプレス)

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銃乱射では、ライフル銃や拳銃あわせて23丁が部屋に持ち込まれた。警察の突入に備え、カメラも設置していたとされる。容疑者の動機については不明のままだ。(写真はビルド・エクスプレス)

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報道をもとにしたイメージだとこういう感じになる。DDM4ライフルX4丁、FN-15タイプX3丁、AK-47X1丁などが銃撃現場から見つかったうえ、セミオートマチック銃を連射可能にするバンプストックも使用していたと報じられている。事件が起きたネバダ州は銃規制が緩いとされるが、単独犯としてこれだけを揃え、乱射事件にいたった動機や経過は未解明。(銃器には詳しくないので、写真が違ってたらすみません)

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パドック容疑者の家。実際にもしISと関係があったなら、ISは「戦果」を誇示するためにパドック容疑者とのかかわりを出してもいいはずだが、これまでのところ声明以外の情報は出ていない。ただ、一般に戦争というものが敵を混乱させるためにあらゆる手を使って情報戦を駆使するように、ISにとっては「十字軍同盟との戦争」を戦っているのであり、ニセ情報であろうと米国社会に不安を与えたり、プロパガンダ戦に利用できれば有効とみなしているのではないか。(写真はABCテレビより)

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【IS機関紙ナバア】事件後の10月5日付で発行されたIS機関アン・ナバア。2ページ目で銃乱射事件を「ラスベガス攻撃戦」などとして画像入りで取り上げた。また記事中でも、声明と同じく「イスラム国兵士・アブ・アブデルバルが攻撃を遂行」などとしているが、IS兵士とする根拠は示していない。また記事中では、昨年フロリダで起きたゲイ・クラブを狙った銃乱射事件についても言及している。(画像はIS機関紙アン・ナバア・第100号より)

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事件翌日、トランプ大統領は、ホワイトハウスでコメントを発表。「銃撃は悪の所業」として犯人を非難、犠牲者を追悼した。(ホワイトハウス公表映像)

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【IS声明・英語】声明はアラビア語と英語の両方で出されたが、英語版は誤記が見られる。タイトルの「600名を殺傷し」とすべき部分が、「600名が負傷し、ケガし」とダブっている。ISは通常、「アッラー(Allah)」を用いるが、英語声明ではGodも混在。また、バグダディへは「彼を守りたまえ」とするのが通例のところを、「祝福したまえ」とある。これまで諸外国での大規模な殺傷事件では、残虐な犯行であっても「格調の高さ」を誇示しようとする声明を出してきた。シリアのIS支配地域ではメディア部門の関連施設も被害を受けており、組織内部で人員が消耗したり、混乱が生じていることも推測される。

◆IS・イラク・シリア・クルド情勢の
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【クルド】歌から読み解くシリア・イラクでの戦争(25) クルディスタン「国歌」とクルド独立への思い

◆民族の悲願、「クルディスタン独立」
クルド人の悲願は、クルディスタン独立である。国なき民が歌い継ぐ「国歌」、それがエイ・ラキッブ(おい、敵よ!)だ。クルド民族を抑圧する敵に対し、我々は立ち向かう、その旗を掲げて戦い、クルドの民が倒れることはない、といった歌詞になっている。クルドの歴史は民族分断と過酷な弾圧の繰り返しでもあった。トルコ、シリア、イラク、イランで迫害され、それぞれの地で民族解放闘争が続いてきた。それでも屈さず、戦い抜く民族の不屈の意志が歌に込められている。

【動画・日本語訳】クルディスタン「国歌」エイ・ラキッブ(おい、敵よ!)
クルド語クルマンジ版

これはイラククルディスタンの子どもチャンネルが放映したもの。クルド語は方言があり、イラク地域ではおもにソラニ方言、トルコ地域ではクルマンジとザザ、シリア地域ではクルマンジが話されている。ゆえに、エイ・ラキッブもそれぞれの方言で歌詞がある。映像はイラク・クルドだがイラクでソラニ方言でなく、クルマンジの歌詞。これはクルマンジに近いバディニ方言の町イラク・ドホークに子どもチャンネル局があるため。歌に出てくる「メディア王国」とは、現在のイラン北西部地域に紀元前715~紀元前550年ごろ栄えた王国。

一方で、独立への思いを抱いてきたクルド人がつねに一致団結してきたわけではない。周辺国の政治に翻弄されるなかで、勢力争いや組織どうしの反目も繰り返した。

90年代半ばにはイラク・クルド民主党(KDP)が当時敵対していたクルド愛国同盟(PUK)を排撃するためにフセイン政権と手を結んだことさえあった。これに反撃するために、PUK側はイランの支援を受けた。

また、クルディスタン労働者党(PKK)のオジャラン議長はかつてシリア・アサド政権の保護下のもとに、トルコ軍と戦うゲリラ部隊を拡大させた。

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クルディスタンは「国家を持てなかった世界最大の民族のひとつ」といわれてきた。クルド人は約3500万の人口がありながら、クルドの地・クルディスタンは、トルコ、イラク、イラン、シリアに分断されてきた。総面積をあわせると、日本とほぼ同じ大きさになる。同化などの迫害をうけてきたので、クルド人の人口は推定。分断されたそれぞれの地で、民族運動が続いてきた。ヨーロッパに移民したクルド人も多い。

【動画】エイ・ラキッブ(おい、敵よ!)クルド語ソラニ 

こちらはイラク・クルドで主要なソラニ方言バージョン。アルビルを始めとしたイラク・クルド地域の風景などの映像が盛り込まれていてわかりやすい。歌詞はクルマンジ方言と同じ。兵士はイラク・クルドのペシュメルガ

民族を抑圧してきたはずの「敵」に、クルド人組織自身がそれぞれの思惑で協力関係を作った構図は、現在のクルドをめぐるイラク・シリアの情勢でも起きている。

イスラム国(IS)との戦いで、イラク北西部シンジャルでヤズディ教徒を救出したクルディスタン労働者(PKK)。だがのちにPKKがこの地域での影響力を拡大しようとすると、KDPはPKKを牽制し、トルコとも協力。他方、PKK側はイラク政府と近づくなどKDPとの緊張が続く。 

独立国家を持てなかった民族の悲しみ。そして、クルド組織が互いに対峙する局面では、ときに自分たちの敵をも利用し、また利用されてきたことが、分断民族クルドのもうひとつの悲劇であると言える。

イラク情勢やシリア内戦をうけて、中東地図は塗り替わろうとしている。そこにクルドが果たす役割は大きい。

民族の悲願だったクルディスタン独立の夢が現実のものとなって、「国歌・エイ・ラキッブ」を各地のクルド人が声をあわせて歌うことができる日は来るのか、あるいは再び周辺国や大国の思惑に翻弄され続けることになるのか。

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エイ・ラキッブの歌詞はディルダール(本名ユヌス・ルウフ・1918頃-1948年) の詩がもとになっている。現在のイラク・クルド地域のコヤ(コイ・シンジャック)生まれで、バグダッドで法律を学ぶ。イラン・クルド地域の獄中にあった1938年にエイ・ラキッブの詩をつづったとされる。第2次世界大戦直後の1946年、イラン・クルド地域のマハバードにおいてソ連の後押しのもと建国されたマハバード共和国(正式名クルディスタン共和国)はエイ・ラキッブを国歌とした。マハバード共和国は1946年1月に成立したが、ソ連軍撤退のなか、パフラヴィー朝イラン軍の侵攻によってわずか11か月で崩壊した。歌詞に「革命の赤き色」とあるのは、当時の社会主義的民族解放闘争の影響であると同時に戦いに倒れた烈士の血を象徴している。

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イラク・クルド地域アルビル。民族衣装姿でクルディスタン旗を手にする少女たち。旗は「緑・大地」「白・平和」「赤・烈士の血」で、中央の黄色は太陽を示し、クルド新年ネウロズ(3月21日)を象徴し、21本の光が放たれている。(イラククルディスタン:アルビル・撮影:坂本)

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イラククルディスタンの学校では、朝礼や行事の際などに、エイ・ラキッブを斉唱する。写真は小学校の朝礼でクルディスタン旗の掲揚で敬礼し、エイ・ラキッブを歌う児童。イラク領にありながら、ここではイラク国歌「マウティニ」(わが祖国)は歌わない。(イラククルディスタン:アルビル・撮影:坂本)

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10年以上前の写真ですが、韓国軍ザイトゥン部隊がイラク復興支援でアルビルに派兵されていた頃のもの。地元交流イベントで、クルディスタン旗を手にする子どもを抱く韓国軍の兵士。(イラククルディスタン:アルビル・2005年・撮影:坂本)

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ついでにもう1枚。韓国軍兵士が旗を持ってクルド伝統衣装を着て踊る珍しい様子。この日のためにクルドの踊りを練習したそうだ。韓国軍女性兵士はクルド民族衣装もなかなか似合っていたが、男性兵士は兵隊ゆえに丸刈りだったこともあり、なんだか微妙な感じに。(イラククルディスタン:アルビル・2005年・撮影:坂本)

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こちらはシリアのコバニ。シリア・クルド(ロジャヴァ)の場合も同じくエイ・ラキッブを歌うが、旗は「ロジャヴァ旗」。クルドの伝統色、「緑・赤・黄(ケスク・ソル・ゼル)」の3色からなり、緑=大地、赤=烈士の血、黄=太陽の光を象徴する。(写真はロナヒTVより)

【動画】エイ・ラキッブ(おい、敵よ!)トルコ・ディヤルバクル 2013

これはトルコ南東部ディヤルバクル。エイ・ラキッブをクルマンジ方言で歌っている。トルコでは、長きにわたって同化政策がとられ、クルド民族運動が徹底的に弾圧されてきた。エイ・ラキッブも歌っただけで、逮捕、拷問されることさえあった。歌うこと自体が命がけのなか、それでも歌い継がれてきた。トルコ南東部での大きな集会では、一斉に声が上がりエイ・ラキッブを合唱する光景が見られる。いまでも自由に歌える歌というわけではないし、オジャランPKK議長の肖像も「分離主義テロ組織の宣伝」とみなされ取り締まり対象だが、警察も手出しできないほどの大集会では公然と掲げられるようになった。

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【イラク・クルド】バルザニ・クルディスタン地域政府大統領・住民投票に際しての演説全文・日本語訳(2017/09/22)

◆バルザニ・クルド政府大統領~「独立賛成」投票呼びかけ
9月22日、イラククルディスタン地域政府のバルザニ大統領は25日の住民投票を前に、アルビル・スタジアムで群衆を前に演説をおこなった。住民投票イラクからのクルディスタン地域(イラク・クルド自治区)の独立を問うもの。住民投票によってただちにイラクから独立するわけではないが、地域政府は、住民の意志を確認し、独立へ向けて踏み出すステップと位置づけている。独立賛成票が多数を占めると予想され、バグダッド中央政府は国家分断につながるとして、住民投票そのものに強く反発している。(一部意訳)

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9月25日に実施される住民投票を前に、イラククルディスタン地域の首府アルビルのスタジアムで演説するマスード・バルザニ・クルド政府大統領。フセイン政権時代のイラククルド人の過酷な歴史を振り返りながら、「独立賛成」を訴えた。今回の演説ではイラク中央政府を厳しく批判している。昨年のサイクス・ピコ協定100周年声明の際は、これと比べるとまだソフトであった。クルディスタン地域への財政配分削減など、このかんの中央政府の強硬な姿勢も背景にある。(写真はクルディスタン24映像より)

バルザニ・クルディスタン地域政府大統領・演説全文 2017/09/22(アルビル)

慈悲深く、慈愛あまねアッラーの御名において。
親愛なる兄弟姉妹たち、皆さんに感謝を表明します。フレグを打ち倒した町、ヘウレル(アルビル)の市民たちよ。
訳注:フレグ=チンギス・ハンの孫にあたり、13世紀にダマスカス、バグダッドなどの征服を果たした西征軍司令官)

皆さんがこの炎天下のなか、何時間もお待ちになったことを承知しています。しかし、その意味は十分にあります。まさにヘウレル(アルビル)は、ヘウレルであります。

私たちはここクルディスタン地域政府の首都に集まりました。ただひとつの声をもって、クルディスタン民衆の名のもとに、「独立賛成」と言うためにです。多くの人びとは問いかけます。なぜクルド人住民投票をするのか、と。幾年の歳月を経て、私たちはこの結論に至ったのです。私たちは、もうバグダッドと共存できないということです。私たちは各政党とともに努力を重ねてきました。しかしイラク憲法は、意味のないものでありました。イラク憲法は、イラクの一体性を保たせるものであり、意図的な共存関係を作らせるものでありました。

2003年以降、新たなイラクを再建する機会が到来したことを私たちは認識しました。クルディスタン地域の民衆は、(イラク再建に)大きな役割を果たしました。

かつて(フセイン政権によって)4500におよぶ村落が破壊され、1万2000人のフェイリ・クルド(シーア派クルド人)と8000人のバルザニ族が行方不明となり、アンファル作戦で18万2000人が、そしてハラブジャ化学兵器攻撃などを通じて、クルディスタンとその地域全域で多数が犠牲となりました。

訳注:アンファル作戦:1986~1989年にかけて、イラク北部のクルド人居住地域でフセイン政権が遂行した作戦で、反体制的なクルド勢力を掃討することを目的に開始された。その過程で数千のクルド村が破壊され、多数の住民が殺害された。1988年にはハラブジャで毒ガス兵器により住民約5000人が死亡。クルド政府側は一連の作戦の犠牲者総数を18万人としている)

これら一連の過酷を極めた悲劇は、国際社会の良心を喚起し、イラク新政府はこれらの悲劇を償うべきでありました。
しかし残念ながら、ほどなくして私たちは知ることになりました。今日、イラク政府の中枢にある多くの者、すべてとは言いませんが、ほとんどの者たちが、その顔や姿のみを変えたのみで、実際にはアンファル作戦での大量殺戮のときと同様の意識を持ち続けているということです。

2003~2005年、イラク憲法が提起されたとき、クルディスタン地域の民衆は、これを受け入れ、全国選挙で票を投じることをもって参加し、自らが置かれた状況を克服する方途を選びました。このとき、私たちは憲法に同意をしました。しかしその憲法に違反したのは、バグダッド中央政府)だったのです。共存関係と憲法を破ったのは彼らの側です。憲法140条に違反したのです。
訳注:憲法140条=油田都市キルクーククルディスタン地域政府への帰属問題をめぐる規定。これにもとづきキルクークでは2007年11月に住民投票が予定されたが、延期が繰り返され、結局、実施されなかった)

イラク政府は、憲法にもとづいて、クルディスタン地域政府のペシュメルガ部隊に武器・弾薬を提供する義務を負っていたにもかかわらず、銃弾一発すら提供されることはありませんでした。彼ら(中央政府)はまた私たち(地域政府)の予算までも凍結したのです。これは別の形のアンファル作戦がクルディスタン地域に加えられたと言えるでしょう。

イラクは文明的で多元主義と民主主義にもとづく国家たるべき存在だったはずです。私は皆さんに問いかけます。イラクは文明的で多元主義と民主主義にもとづく国家なのか、あるいは宗派主義が支配する国家なのか。

今日まで勇敢なるクルド・ペシュメルガ部隊が、過酷を極めるなかでダアシュ(IS)テロリストと熾烈な戦いにあったときでさえ、ペシュメルガのためにバグダッド中央政府)とやりあわなければ、銃弾1発すら手にすることはできなかったのです。これが私たちがこのかん経験してきたことなのです。

私たちは6月7日に住民投票について実施を決めました。また、それ以前に政党間で話し合いを何度も持ちました。私たちの忍耐は限界であり、もうこれまでのやり方を受け入れていくことはできないと危機感を持って彼ら(中央政府)に伝えましたが、彼らはこれを深刻に受け止めることはありませんでした。ところがこれはカードゲームの一枚のごとくにみなされました。彼らが言ったことは、住民投票なるものは、自分たちの地方が直面している危機を回避するための手段に他ならないというものでした。

しかし私たちは、6月7日、住民投票の実施を決断しました。これは重大な愛国的決断であり、クルド各政党やグループにはあらためて感謝を表明したい。しかし、(イラクの)各政党は、私たちが内部問題を抱えていて、自ら失敗を招く結果となるだろうなどと考えたのです。ゆえに彼らは再びこの住民投票の実施について深刻に受け止めることはなかったのです。

しかし住民投票の決定がなされた日、私たちに対し不満をあらわにし、脅しをかけてきたのです。彼らは、なぜ私たちが投票を実施する思いに至ったのかと聞いてくることもなかったばかりか、よりよき代替案や解決策を語り合う姿勢も見せませんでした。むしろ彼らがやったのは、私たちを脅すことでした。

彼ら(中央政府)は住民投票を中止せよ、と迫りました。いま、住民投票は私や各政党の手にあるのではありません。皆さんの手のなかにあるのです。過去、これまで国際社会の立場はソフトでした。国際社会は現在に至るまで住民投票そのものに反対せずとも、タイミングが良くない、と言うばかりでした。私はこれに疑問を感じます。では、私たちにとってのベストなタイミングとはいつなのでしょうか。この100年、そんな日は一度たりと到来しなかったではありませんか。
訳注:ここでの「100年」とは、1916年のサイクス・ピコ協定でヨーロッパ列強が現在の中東の国境線を引き、クルドの地が分断されてから100年がたったことを示唆している)

外部世界がとってきたこの立場が、バグダッド中央政府)を助長させてきたのです。そうでなければ、過去において私たちはバグダッドに政治レベルの代表使節を送っていたことでしょうし、今よりも柔軟な対応ができたでしょう。

このプロセスはいま、政党ではなく、人びとの手に委ねられているのです。ゆえに中央政府は昼夜にわたり住民投票を延期するよう求めているのです。その圧力は強まり、いまも続いています。彼らは住民投票の中止を求め、バグダッドと直接対話するよう要請してきました。しかし私たちは後戻りはせず、失敗を繰り返すことはしません。

私たちは、すべての人びとに向けて明言します。良心をもって真剣な交渉に臨む準備はできています。しかしそれは9月25日(住民投票)のあとになされることです。こうした話し合いは遅きに失したと言えます。あらゆる努力を経て、私はあらためてひとつのことを強調しておきたい。皆さんと神にかけて、私自身、そしてわが民衆にこれ以上、屈辱的な思いをさせることようなことはもう受け入れられない。

いまもし、わが民衆の願いをだれもが深刻に受け止めないのならば、平和裏かつ文明的な手段をもって自身の未来に投票することを望まない者がいるでしょうか。私たちはこの権利を手放すようなことはありません。彼らはなぜこれを受け入れないのか、疑問です。私が思うに、彼らは私たちの意志と尊厳を打ち壊そうとしているからにほかなりません。独立を求める人びとに何の「罪」があるというのでしょうか。彼らを「罪」に問うなど許されません。住民投票は国境線を引くものではありません。また、現状を追認させるものでもありません。これは独立を求める人びとの最初のステップなのです。

バグダッドと国際社会に向けて、私たちの要求、その意志を示し、9月25日以降、ここに来てもらって、境界線やいくつかの地域問題、石油、天然ガス、水資源などすべてに関する重要な交渉をおこなうことを求めるものであります。彼らは今後も私たちの要求を受け入れず、またグリーンラインまで撤退せよ、と言うのか。グリーンラインとはペシュメルガフセイン政権軍との境界線だったところであり、ヘウレル(アルビル)に砲撃を加えることができるクシュテペ近郊の地点です。住民投票クルディスタン地域の境界線を決めるものではなく、また彼ら(中央政府)が言うような形でグリーンラインを境界線にすることをいかなる形でも受け入れることでもありません。

ダアシュ(IS)テロ集団に対する戦いのために、イラク軍ならびに有志連合軍への全面的な協力は継続します。ダアシュ(IS)との戦いのなかで、有志連合軍が私たちを支援してくれたことに深く感謝します。

わが民衆が経験した過酷なる幾多の苦難。近代イラクが成立したとき、私たちは「兄弟になろう」と繰り返し言ってきました。にもかかわらず起きたのは、18万2000人におよぶ犠牲者、多くの女性と子どもの命を奪い、バルザニ族の若者たち、アカシャートからカイムへと連れていかれたフェイリ・クルド(シーア派クルド人)たち。さらに化学兵器攻撃にさらされた人びとの数々でした。政府が自国民を化学兵器で攻撃する国があったでしょうか。そんななかで中央政府は、私たちを彼らのもとに出向かせ、手を差し出せと握手を迫り、「私たちは兄弟です」などと私たちに言うことを強いるばかりか、私たちに対し「地獄に堕ちろ、お前たちは我々の大地の資源を奪おうとしている」なる言葉を突きつけているのです。

ダアシュ(IS)との戦争のなかで、1789人の英雄的なペシュメルガが戦死しました。1900人にのぼるペシュメルガが負傷し、その多くは生活に支障をきたすほどのケガを負いました。

外国からクルディスタンにやって来る人びとは、ペシュメルガの勇敢さを称えます。ペシュメルガは限られた武器しかないにも関わらず、世界のどの軍隊にも劣らぬ戦いを成し遂げました。

彼ら(中央政府)が私たちに戦車を与えたでしょうか。装甲車や長距離砲を与えたでしょうか。私たちの手元にあったのは、フセイン政権時代に私たちが政権軍から奪い取った旧式の兵器です。しかしペシュメルガはこれらの武器をもってダアシュ(IS)の神話を打ち砕いたのです。私たちは誠実なる民であります。あらためて有志連合軍に感謝を表明します。しかし、実際に血を流し多大な犠牲を払ったのは、ほかならぬ私たち自身なのです。

彼ら(中央政府)は、ペシュメルガを称えました。一方で、彼らは戦闘で命を落とした戦死者やアンファル作戦、化学兵器の犠牲者、バルザニ族とフェイリ・クルド人らの遺族、クルディスタン地域のすべての人びとの独立への思いを受け入れようとしないのです。彼らの意図を確認しようではありませんか。彼らはふたたびアンファル作戦の過ちを繰り返すかもしれません。

しかし私はここに言っておきたい。2006年、ブッシュ大統領イラク・ラマディ近郊でシリア・ヨルダン方面への要衝に位置するアル・アサード米軍基地を訪問した際、私も基地に出向きました。
訳注ブッシュ大統領がこの基地を訪問したのは2007年で、バルザニの記憶違いと思われる)

イラクのすべての指導者が出席しました。ブッシュ大統領は私を見てこう述べました。
「私たちテキサス人とクルド人は似ている。ともに勇敢であり、石油を持っている。自身の旗を掲げる真の男たちだ。そして賢者でもある。テキサス人がワシントンに入ればさらに強くなるように、クルド人バグダッドに入ればさらに強くなるだろう」と。
しかし、私はこう言いました。

ブッシュ大統領バグダッドが私たちにしてきたのと同じことをワシントンがテキサスの人びとにしたならば、あなたはワシントンに行くことはなかったでしょう」。

たしかに私たちはバグダッド中央政府)に参加しました。ところがある種の「文化」が作り出され、選挙が近づくたびに、(イラクの)各政党が自身の票を増やすことを目的にクルディスタンを侮辱し、脅し続け、その権利を否定したのです。こんな状況の社会でどうやってともに暮らせるでしょうか。

2003年、彼らは様々な約束をしましたが、何ひとつその約束が果たされたことはありませんでした。すべては私たちにとって悪い方向へと進むばかりでした。このままでは時間が経つほど、私たちにさらに悪い状況がもたらされるでしょう。

ゆえにすぐさま皆さんの支持のもと、9月25日には(住民投票のために)投票所へ向かっていただきたいのです。皆さん自身の運命を決めるために投票箱があるのです。投票を恐れるものは、引きこもって留まっておけばいい。

国連安保理は声明で(住民投票が)ダアシュ(IS)との戦いに影響を及ぼすと懸念を表明しました。その結果、国内避難民が帰還できなくなる、としています。しかし、私はここに明言します。ペシュメルガクルディスタン民衆の名において、国連安保理にあらためて強調しておきたいのは、私たちはこれまで以上にダアシュ(IS)との戦いにさらに強力に取り組む決意を持っているということです。国内避難民は私たちの兄弟であり、客人であります。皆さんにお願いしたいのは、彼らに敬意を払い、守るよう尽力していただきたいということです。国内避難民の問題はクルディスタンにあるのではなく、ファルージャティクリート、そしてバグダッドにあるのです。避難民の帰還先に問題があるのであり、私たちの側に問題があるのではないのです。

25年という月日は、彼ら(中央政府)にとって、隣人たる私たちが脅威でないということを理解してもらうのに十分な時間でした。なぜ、ともにテーブルに着いて、諸問題をわきに置いて、解決策を考えようとしないのでしょうか。そしてなぜ逆に私たちに対し、脅しの言葉をあびせるのでしょうか。多くの人びとは言います。独立を求めるなら大きなリスクをともなうことになるだろう、と。しかし沈黙して座視しているだけでは、あるいは誰かが何かをしてくれるのを待っているだけならば、私たちには「死」という大きなリスクがあるのです。このリスクこそ、自身で(将来を)決定することに比べ、100倍も危険なことなのです。

私たちの将来のシステムでは、クルディスタンの伝統文化は、より豊かなものとなるでしょう。クルディスタンのすべての多様な民族・宗教コミュニティを包括するものとなるでしょう。それは連邦民主議会制に基づく国家であり、すべての人びとの名誉に敬意を払う国となるでしょう。

ここに私は勇敢なるペシュメルガの功績について述べておきたい。戦死し命を捧げた者、負傷した者、いまも前線の塹壕で銃を手に戦い抜いている者たち。彼らペシュメルガのおかげで、私たちはここに集まることができているのです。

1961年から今に至るまで、彼ら英雄たちのおかげで、クルディスタンを敵の手から守り抜いているのです。敵の手にさらされようとも、ペシュメルガは一時たりとも敵に休息の隙を与えはしないでしょう。今も、そして将来においても、クルディスタンが再び敵の手に奪われることはないということをはっきりと言っておきたい。英雄的なペシュメルガクルディスタン民衆の不屈の精神は、どんな軍よりも強いのです。

クルディスタンの独立は、覚悟の上で準備をしなければなりません。私たちは選択の岐路にあります。隷属のもとの人生か、あるいは自由と独立のうちに生きる道か。隷属支配の人生がもたらすものは、尊厳を失うということです。それで生き長らえることはできるかもしれません。一方、独立と自由、名誉のために支払う代価は重いものとなるでしょうし、命を懸けることになるでしょう。最近もいくつもの脅しを皆さんは耳にしてきたことでしょう。私たちを罰するといった脅しです。

しかし彼らに対する答えはひとつです。あななたちは、クルディスタンの地で私たちを100年にわたって罰してきたではありませんか。そんなことはもう十分です。クルディスタンの民衆が罰せられてきた過去を知らなかったとでもいうのでしょうか?
もし再び罰を下し、クルディスタン民衆を孤立させようとするなら、私のみを罰しなさい。

この興奮と熱意、愛国的熱情のなかで、すべての政党グループに感謝を表明します。そしてなによりクルディスタンの民衆すべてに感謝します。皆さんがこの住民投票を可能としたのです。

最後に殉職した方々の御霊と英雄的ペシュメルガ、そしてクルディスタン民衆にあらためて敬意を表します。皆さんが健栄であらんことを。私たちは名誉をもってここに集まりました。

あらためてここに言います。
ヘウレル(アルビル)は、まさにヘウレルなのです!

マスード・バルザニ・クルディスタン地域政府大統領
(2017/09/22・アルビル・スタジアム)

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スタジアムでバルザニ・クルド政府大統領の演説に集まった聴衆。長きにわたって虐殺と弾圧に直面してきたクルド人が独立に寄せる思いは、スペイン・カタルーニャやイギリス・スコットランド独立運動とは背景が異なっていると言える。演説でバルザニはペシュメルガの勇敢さを繰り返し称えている。フセイン政権と戦ってきたのは事実だが、クルディスタン民主党(KDP)が趨勢なエリアではトルコ軍とともにクルディスタン労働者党(PKK)を攻撃したり、近年ではシンジャルを防衛していたペシュメルガ部隊がヤズディ住民を見捨てる形でISから敗走したりと実際には複雑である。(クルディスタン地域政府公表写真)

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「バイバイ(さよなら)・イラク」と書かれたプラカード。2017/9/25は住民投票の日。イラク政府が住民投票に強硬に反発するのは、国家分断やキルクーク油田がクルド側に渡ること以外にも様々な理由がある。もし独立が現実となってクルディスタンがアメリカとの同盟を構築すれば、隣国イランにとっては軍事的圧迫につながる。イラクシーア派政権が独立阻止に動く事情にはこうした外的要因も重なっている。(クルディスタン地域政府公表写真)

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クルディスタン地域政府の首府はアルビルで、クルド語でヘウレルと呼ばれる。クルド地域政府内人口にはクルド人のほかにアラブ人なども含まれる。イラクからクルディスタン地域の独立を問う住民投票に対し、国家分断をもたらすとして中央政府は強く反発している。油田都市キルクークイラク政府の管轄だったが、2014年、イスラム国(IS)がモスルを制圧するなどしたため、クルディスタン地域政府が「住民保護・治安確保」を名目にクルド・ペシュメルガ部隊を展開させ、実質的な支配下に置いた。

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マスード・バルザニは、1946年生まれ。父はムスタファ・バルザニで、クルディスタン民主党(KDP)の指導者で、1946年、イラン西部で建国されたクルド国家、マハバード共和国(正式名・クルディスタン共和国)の軍事司令官を務め、のちにイラクに戻りクルド民族運動を続けた。KDP議長として父のあとを継いだマスード・バルザニは、フセイン政権の弾圧のなかペシュメルガ部隊を率い、抵抗を続けた。クルド独立は民族の悲願であったが、2003年のイラク戦争後は、アメリカの意向もあり、新イラク政府に加わった。のちにシーア・スンニの宗派抗争が先鋭化し、中央政府シーア派が権勢を拡大、またISが台頭した。今年6月にはイラクからの独立を問う住民投票実施を決定。(写真右がバルザニ・クルド地域政府大統領。左はタラバニ元イラク大統領:2006年撮影・坂本)

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【IS動画・日本語訳+写真】イスラム国(IS)戦術分析(22)◆戦闘員養成9・各派の軍事キャンプ比較

◆これはサバゲーでなく現実の戦争
これまで9回にわたってイスラム国(IS)軍事キャンプを取り上げてきた。今回は他の武装組織の軍事キャンプ動画も含めて比べてみたい。まるでシリア全土がサバゲー会場になったように思えてしまうが、いずれも今起きている実際の戦争である。そしてこれは内戦という国民どうしの殺しあいであり、同じ地区で暮らしてきた隣人たち、学校で机を並べた同級生が「敵と味方」に分かれ、銃を向けあわなければならない重い現実がある。

【IS動画・日本語訳】シリア・ホムス軍事キャンプ(2016/01) 一部意訳・転載禁止
2016年1月公開のシリア西部ホムス・IS軍事キャンプでの教練の様子を伝える映像。練度の高さ・低さを見るよりも、こうした軍事キャンプの宣伝映像が各国の若者を惹きつけシリア入りをさせることにつながった点や、IS支配地域内の町々で上映されて青年を勧誘する装置となった側面も押さえておくべきだろう。GoProカメラを装着して撮影した映像も織り込むなど視覚効果も計算している。「カッコよく」見えるが、その先には次々と死んでいったたくさんの若者がいて、彼らが銃を向けた住民がいる。(2016年・シリア・IS映像)

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このホムス県下のIS軍事キャンプの動画公開は2016年1月。同じ場所での写真報告は2015年10月に出ている。写真を先に出して、動画はスピーチを挿入するなど編集したのち公表したと思われる。このキャンプ名は明記されていないが、同県は複数の軍事キャンプが存在した。(2015年・シリア・IS写真)

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軍事に詳しい人から見たら、銃の扱いや個々の動きの練度は高くないかもしれない。だが、これらシリア内のISキャンプで訓練を受けた戦闘員がパリに潜入して、無差別テロを引き起こした現実がある。シリアでの拠点を失っても、別の地や国に伝播し、ここで蓄積された教練マニュアルのもと新たな戦闘員が養成される可能性がある。(2015年・シリア・IS写真)

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IS戦闘員が他の武装諸派と違う点のひとつが「決死性」である。ゆえに軍事教練のなかで信仰武装が重要な位置を占めている。たとえば他組織も自爆攻撃戦術を用いることはあるが、「ここぞ」というときに限定している場合が多い。ISはとにかく自爆を多用し、2度、3度と連続した自爆戦術も得意とする。「いとも安くアッラーのために命を差し出せる」思考にするために、徹底した信仰教育がなされる。(2015年・シリア・IS写真)

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動画では一部の戦闘員がボディーアーマー(いわゆる防弾ベスト)を着用しているが、重くて動きが鈍くなることもあり、ISは実戦ではあまり使用しない。むしろアーマーカバーに爆弾を挿入して自爆ベストにし、敵陣への切り込み一番隊が急襲決死突撃(イングマスィ)をかけるときに着用することが多い。(2016年・シリア・IS映像)

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動画に挿入された音声スピーチは、アブ・オマル・バグダディ(左)によるもの。ISの前身組織、「イラクイスラム国」(ISI)指導者で、2010年、米軍とイラク軍の合同作戦で、「戦争大臣」のアブ・ハムザ・ムハジールとともに殺害された。動画の音声は2007年2月と2009年3月(右)に出された別々のスピーチから引用されている。前指導者の思想が受け継がれていることを示している。

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アブ・オマル・バグダディの名をつけた軍事キャンプで場所。キルクーク県下のハウィージャ近郊と思われる。中央にある黒い旗がキャンプの隊旗。指導教官はムダリブと呼ばれる。(2014年・イラクキルクーク・IS写真)

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ISがモスルを支配していた際は、アブ・オマル・バグダディの名を冠したモスク(写真)まで建設。ISにとって継承性は重要で、「権威」であると同時に、戦いは受け継がれ絶え間なく続くという意味でもある。もし現在のアブ・バクル・バグダディが死んでも、その名は残り、次の指導者が地下や別の地で、思想を継承し、戦いが続いていくことになる。(2015年・イラク・モスル・IS写真)

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キルクーク県下のアブ・ムサブ・ザルカウィ軍事キャンプ。これまでにも紹介した組体操タワー3段。達成感や一体感を共有する組体操自体はイラク軍などもやっているので、ISだけがとくにこだわりを持っているというわけではない。ただISはこれらを「アッラーとジハードのため」と位置づけている。ジハードのためとはいえ、たいてい3段。日本の小学校が児童に強いるタワー5段は、それを超越するのだからはるかにすさまじい。(2015年・イラクキルクーク・IS写真)

【アハラール・シャム・動画】シリア・軍事キャンプ(2016年) 
ここからは、他の組織の動画で比較してみたい。シリア武装組織アハラール・シャムの軍事キャンプ。場所はシリア・アレッポ近郊地帯。こっちのほうがISよりも戦闘員や部隊行動の練度としては高いように感じる。ただ「決死性」という観点ではまた別の見方になるので、そのへんは練度だけでは測れない。カメラ・アングルも工夫が凝らされている。15分50秒めで「コーラン:戦利品章・60節」が引用され、今回のIS動画に出てくるのと同じ箇所にあたる。格闘訓練のヌンチャク(04分53秒め)は実戦で役に立つとは思わないが、これを見た若者を惹きつけるという意味では効果はそれなりにあったのかも。(長いのでインタビュー部分はカットしました)

自由シリア軍・動画】 水陸特殊作戦部隊(2017年)
自由シリア軍ムウタスィム旅団・水陸特殊作戦部隊キャンプ。撮影にドローンを使うなど工夫している。場所はおそらくアレッポ北部地域。部隊によっても様々と思うので一概には言えないが、自由シリア軍はそれほど強くない印象。

【アハラル・シャルキーア・動画】(2017年)
自由シリア軍系の組織。映像中盤で「戦利品章・60節」が引用されている。イスラム武装組織は軍事キャンプ映像などでだいたいこの節を引用するのだが、同じ箇所を引用して、互いに敵対し、殺しあう状況は悲しい。出てくる軍用4輪車両はトルコ製装甲車アクレップと思うので、そういうところから関係が見えたりする。

【アル・ハムザ連隊・動画】(2017年)
アレッポ北方に展開する自由シリア軍系組織の「軍事アカデミー」。場所はアレッポ北方。迷彩服はトルコ軍仕様のようだ。ここにもアクレップ装甲車が映っている。おそらくトルコから供与されたものではないか。クルド・人民防衛隊(YPG)の勢力拡大を阻止すべくトルコ軍は越境介入し、シリア武装組織を支援した。シリア国内の勢力だけでなく、周辺国の思惑が絡んで、「敵の敵は味方」のような複雑な状況となっている。

イスラム旅団・動画】(2013年)
これは冒頭から「戦利品章・60節」。映像はすこし古い2013年。イスラム旅団は、のちに再編されイスラム軍となった。率いていたのはザハラン・アロウシュ司令官。あのキティちゃんのノートを使っていた人である。司令官は2015年12月、シリア空軍の爆撃で死亡。
アルカイダ・動画】アラビア半島のアルカイダ(AQAP)(2016年) 
場所はおそらくイエメン。「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の特殊任務大隊・ハムザ・ザンジバリ司令官軍事キャンプとある。司令官の名はザンジバル出身を表す。ここでのザンジバルはイエメンでAQAPが政権軍と攻防戦を続けてきた都市を指し、ジオンの戦艦のことではない。動画では拳銃と手榴弾のCGの横のコーランのアップで「戦利品章・60節」が映し出される。中東では空手、テコンドー、カンフーとも有名だが、蹴り技が派手なテコンドーがけっこう人気がある。7分48秒めでは「柔道の運動技術」とテロップが出て、背負い投げなどが紹介されている。日本の柔道が殺人や暗殺技術の中に組み込まれるのは悲しい。(長いのでインタビュー部分はカットしました)

【シリア・クルド地域・対テロ特殊部隊・動画】(アフリン・2015年)
これはジハード系組織とは違って、シリア・クルド地域の治安警察(アサイシ)所属の対テロ特殊部隊(HAT)の公開訓練。女性隊員もいる。クルド・人民防衛隊(YPG)が戦闘部隊なのに対し、アサイシは警察部隊。HATはラッカでのISとの戦闘にも派遣されている。冒頭部分で、机に手を置いて、オジャランPKK指導者に忠誠を誓っている。トルコ政府からは「テロリストの頭目」とされたクルディスタン労働者党(PKK)のオジャラン指導者。国境を挟んで隣のシリア・クルド地域では指導者として忠誠を誓う。IS壊滅作戦を優先させるアメリカはこのシリア・クルド勢力に軍事支援する状況になっている。

イラク軍・特殊作戦部隊(ISOF)・動画】(2013年)
イラク軍の対テロ任務などを担う特殊部隊で、別名「黄金師団」。フセイン政権崩壊後にイラク軍が再編されるなか、ISOFは米軍特殊部隊グリーンベレーやヨルダン軍特殊部隊の支援をうけて編成された。2010年に米軍との合同作戦で、ISの前身「イラクイスラム国(ISI)」のアブ・オマル・バグダディとアブ・ハムザ・ムハジールを殺害したのもこの部隊とされる。映像はISOFの公開訓練の様子。当初、イラク軍は兵士の構成比も宗派・民族バランスを考慮していたが、政府がシーア派色を強めると、その影響が反映されたものとなっていった。

今回はジハード主義組織を含む動画をいくつか紹介した。各派がそれぞれ武装対峙し、それを利用する周辺国や大国が存在する状況がある点を押さえておきたい。最後にもういちど強調しておきたいが、これは実際の戦闘、戦争であり、殺し合いである。「カッコいい」「自分探し」などとシリア行きを考えたりしないでほしい。地元の青年たちは戦いたくて戦っているというより、国民どうし、友人どうしが戦わざるを得ない状況を強いられている現実がある。

ISにはたくさんの外国人志願者が入り込んだだけでなく、組織中枢まで担い、各国での無差別テロをも呼びかけた。外国人が「自分試し」だとか「宗教的信念」のもとにシリアにやってきて、アッラーのために、などと町や遺跡を壊し、あちこちで自爆されたら、巻き込まれた地元住民は、たまったものではない。

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【IS動画・日本語訳】歌から読み解くシリア・イラクでの戦争(24) イスラム国(IS)と「ユダヤ陰謀論」

◆「すべての背後にユダヤ」~陰謀論の危うさ
「すべての背後にユダヤがいる」。
イラクにはこうした言い回しがある。それは国際政治の場面だけではない。例えば、車がパンクした。ピクニックで雨が降ってきた。「くそ、ユダヤのしわざ」。
みんながそういう言い方をするわけではないけれど、ある意味、日常生活でのツッコミだったりする。

【IS動画・日本語訳】「真理の兵士たちよ、いざ進め」(一部意訳)

ジハード主義者がユダヤ人を侮蔑的に表現するときによく使われる表現が「猿や豚の子孫」で、歌に出てくる「猿の子孫」はユダヤ人を指す。この映像が出たのは2014年6月頃だったと思うのでイスラム国(IS)の宗教歌(ナシード)としては古い部類なのだが、映像は文字が踊り、ラップ音楽のクリップでも通用しそうな編集になっている。おそらくこのころにISに「腕のいい」編集スタッフが加わったのだと思う。この映像に前後して、一眼レフの動画モードで背景をぼかした映像にしたり、斬首処刑をまるで映画のシーンのように見せるなど、残虐さを「カッコよさ」に変える流れが出来上がっていった。これらの映像に感化されてISに入った外国の若者たちは少なくない。

9・11事件はユダヤ陰謀論というのがいまでも渦巻いている。イスラムキリスト教世界の対立を煽るためとか、世界を戦争に陥れてユダヤ資本の軍需産業が儲けるためだとか様々な言説がまことしとやかに語られてきた。その後のイラク戦争、そして「アラブの春」も仕組まれたものであり、現在のイスラム国(IS)の台頭に至るまで、すべて「ユダヤの陰謀」と信じて疑わない人もいる。

9・11事件から始まった「テロとの戦い」は16年に及び、アメリカ合衆国史上、最も長い戦争となっている。そしていつ終わるかもわからない。もしユダヤ資本が軍需産業を操っているのだとすれば、これほどおいしい話はないだろう。

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この画像の元の出どころはわからないのだが、「ISの背後にユダヤ」という陰謀論や風刺でやたらと使われる。

イラク戦争後で言えば、確かに様々な局面で何らかの「陰謀めいたもの」を疑わせる怪しい要素はたくさんあった。米軍がファルージャスンニ派武装勢力掃討作戦をし、多数の住民が巻き添えで犠牲となったとき、シーア派が一致団結して占領反対の声を上げた。ところがちょうどそのタイミングで、シーア派の聖地で爆弾事件があいつぎ、両宗派が対立し、のちに殺し合いが始まった。あの時は、誰かが仕組んだんじゃないかとさえ思った。

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イスラム世界でよく出回っている「ユダヤ陰謀論」のネタのひとつがコカコーラのロゴ。いやまあ、そう読めないこともないだろうが、とりあえず、これを最初に「発見」したやつはすごい…。

だが陰謀論はあやうい論理で、「陰謀」と決めつけた段階で思考は停止する。そればかりか、「すべて陰謀」という結論を導くために、都合のいい証拠を拾い集めて切り貼りし、誰かを攻撃する材料にもなってしまう。本当に陰謀をするなら、もうちょっとわからないようにやるだろうと言おうとも、陰謀論者にしてみれば「わざと怪しい要素をまぎれこませることが陰謀のコツ」となってしまう。

先日、ユダヤ系英国人のテレビディレクターと会う機会があったので、「陰謀論」についてきいてみた。 彼はこう言って、笑った。

「国際政治の闇から、蚊に刺されたことまで全部ユダヤの仕業にされるんだぜ。俺たち、どんだけすごいんだよ」。

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もうひとつがペプシ。PEPSIに隠された意味が Pay Each Penny Save Israel (払え・わずかな小銭も・イスラエルを救う)というやつ。ちょっと無理すぎると思うが、イランの国営テレビがやってた反シオニスト・キャンペーンにも使われたりしたので、ネタとして笑えなかったりする。

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ユダヤ・十字軍同盟を徹底非難してきたISはというと、意外にもコカコーラやペプシに対して、さほどガチにはならなかった。2015年のIS支配下のモスルの市民生活を伝える公式プロパガンダ写真にも、コカコーラが映り込んでいる。消そうと思えばいくらでも消せたはずなのだが…。(2015年・IS写真・モスル)

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以前の記事、「歌うジハード戦士」でも取り上げたチュニジア出身のIS戦闘員アブ・アハマド。SNSにアップされたプライベート写真がネットでネタにされて、「コカコーラを飲んで、アディダスを着て、ナイキを履いてるジハード戦士」と笑いものにされた。アブ・アハマドは2014年のシリア・コバニ戦を経て、2015年、イラク・サラハディンでイラク軍基地に自爆突撃して死亡。

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近現代のイラクにおいてはユダヤ人は迫害にさらされ、ほとんどのユダヤイラク人は国外に逃れることとなったが、ユダヤ人家屋の一部はいまもイラクに残っている。写真はスレイマニアにあったユダヤ家屋で、アーチ状のレンガの組み方などからイラク人には、一目でユダヤ人家屋とわかるという。(イラク・クルド自治区スレイマニア・撮影:坂本)

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IS宣伝映像にはパレスチナ出身とみられる戦闘員が登場し、イスラエルユダヤを非難したことがある。さらにパレスチナハマスファタハまでも批判した。ところが、ISは組織としては、イスラエルユダヤ関連機関への主だった攻撃はしていない。(2015年・IS動画・シリア・アレッポ

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2003年、トルコ・イスタンブールで起きたユダヤ教シナゴーグ爆破事件では23名が死亡。大東方イスラム突撃戦線(İBDA-C)が犯行声明を出した。一方、のちに台頭して各国で襲撃事件を繰り返し、世界的な脅威にまでなったISは、欧米で市民の無差別殺戮を繰り返したものの、イスラエル関連施設には攻撃をしてこなかった。ここでも「ISの背後にユダヤ」という陰謀論が渦巻く。(2003年11月・イスタンブール・撮影:坂本)

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【イギリス・IS声明・日本語訳】イスラム国(IS)ロンドン地下鉄爆発物事件・声明(全文)

◆地下鉄車両内に爆発物設置し市民狙う
9月15日、ロンドンで発生した地下鉄車両での爆発事件で、翌日、イスラム国(IS)は犯行を認める声明を出した。実行犯がISの直接指示を受けていたのか、あるいはネット宣伝に感化された一匹狼的な単独犯行だったかは不明。声明では複数の爆発物があったことを示唆している。以下は声明全文。(一部意訳)

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ロンドン地下鉄爆発物事件の翌日、ISはアラビア語と英語で声明を公表。英内務省アンバー・ラッド大臣は「ISが背後にいたかどうかの証拠は見つかっていない」(9月17日時点)としている。声明では「複数の爆発物のうちのひとつを設置」と、その他にも爆発物があったことをうかがわせる内容となっているものの、確認されていない。ISが直接関与したのか、一匹狼型単独犯行を「組織の成果」として利用して声明を発したのかは不明。また最近ではISと関係のない襲撃事件でも「犯行声明」を出す例が出ている。

ロンドン地下鉄駅での爆発物爆発で30名を負傷せしめる

【イギリス】 1438年ズルヒッジャ月24日(ヒジュラ暦

アッラーのお導きを請い、また全能なる御方(=アッラー)への信のもとに、カリフ国の兵士はロンドンの地下鉄(パーソンズ・グリーン駅)において、十字軍の一群の只中に、複数の爆発物のうちのひとつを設置した。これにより、少なくとも30名を負傷せしめた。アッラーの御意のもと、次にはさらに強力で苛烈なることが起きるだろう。万有の御主、アッラーにすべての称讃あれ。

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爆発物か発火物かは不明だが、メディアは「爆発物の一部が爆発」と伝えている。死者はでなかったものの、熱傷などで約30名の負傷者が出た。写真は乗客が撮影した映像を英メディアが伝えたもの。(ITVニュースから)

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事件が起きたのはロンドン・パーソンズグリーン駅。午前8時20分ごろの通勤時間帯を狙ったものとみられる。イギリスでは今年だけでも、複数のテロ事件が起きている。以下の事件の死者数には現場で死亡した実行犯も含まれる。
3月ウェストミンスター車両暴走・ナイフ殺傷・死者6名)IS系アマーク通信声明
5月マンチェスター(コンサート会場での自爆・死者23名)ISが声明
6月ロンドン橋(車両暴走・ナイフ殺傷・死者11名)IS系アマーク通信声明
6月フィンスベリー・パーク(車両暴走・死者1名)
9月・ロンドン・パーソンズグリーン駅(地下鉄車内爆発物)ISが声明
なおフィンスベリー車両暴走市民殺傷事件については、47歳男性がモスク周辺のイスラム教徒を狙ったものとみられ背景が異なっている。 (写真はITVニュースから)

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事件後、警察は容疑者を逮捕。イラク出身のアハメド・ハサン・モハメド・アリ(18)とされる。ほかにも複数の容疑者が逮捕(一部はのちに釈放)されたが、いずれも現時点では背後関係やISとのつながりはわかっていない。(写真はITVニュースから)

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地下鉄車両内爆発事件を伝える英タブロイド紙。デイリーメール紙(右)は、ネット検索で爆弾が容易に製造できる問題点を取り上げている。(2017年9月16日付)

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IS機関紙アン・ナバアは、ロンドン地下鉄車両内爆発事件について記事で取り上げている。これと同時に記事中にはロンドンでの事件の2日後、「イスラム国兵士がフランス・シャルルドゴール空港ターミナルコンテナに爆発物設置」とある。報道では、この時、同空港に着陸した英国エアバス機に爆発物情報があり警察部隊が出動しターミナルが一時閉鎖されたが、「誤通報」とされた。アン・ナバアは爆発物はターミナルに設置したものの、フランス政府が事実を隠蔽としている。一方、ロンドンでの事件と同じ9月15日には、フランスで2件のナイフ切りつけ事件が起きたが、アン・ナバアでは触れていない。(画像はIS機関紙アン・ナバア第98号紙面)

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動画【PKK・日本語訳】クルディスタン労働者党(PKK)カラユラン司令官「8・15武装闘争開始33周年」声明・全文

◆ゲリラ戦力強化をアピール
クルディスタン労働者党(PKK)カラユラン司令官は、武装闘争開始33周年にあたり、ゲリラ戦闘員を前に演説集会を開いた。場所はイラク北部カンディルの山岳地帯とみられる。8月15日はPKKが武装闘争を開始した記念碑的な日として位置づけられ、毎年、戦いに殉じたゲリラを「烈士」として追悼するとともに、闘争方針を明示してきた。動画は短縮バージョンで、全文テキストのほうが、総括や闘争方針などが詳しく述べられている。以下は動画(短縮版)とテキスト全文書き起こし。(一部意訳)

【動画・日本語訳】PKKカラユラン司令官8・15声明(クルド語)転載禁止

ムラット・カラユラン司令官は、トルコで死刑判決を受けて拘置中のオジャラン議長につぐ実質上のナンバー2。「クルディスタン自由ゲリラ」とあるのは、PKKが近年用いている表現で、クルディスタン解放ゲリラというニュアンス。元の動画は30分ぐらあって長いので、短いバージョンに字幕をつけました。(2017年8月・PKK公表映像)(詳細なテキストは以下の全文参照) 

PKKカラユラン司令官8・15声明 (演説)2017

同志諸君、まずもってすべてのクルディスタン自由ゲリラ戦士の名において、8・15決起躍進33周年とオジャラン指導者を祝福したい。ゲリラ戦士としてオジャラン指導者への忠誠と敬愛の念をここにあらためて表明する。クルディスタンと中東の人民、烈士同志の母たち、すべてのわが同志たちの新たな再生の日を祝福したい。

この大いなる抵抗の日を勝ち取ってきたのは、クルディスタン解放闘争の歴史を自身の血で刻んできた英雄的な烈士たちである。偉大な烈士アギット司令官に続いた、革命に殉じた烈士たちを追悼し、彼らへの約束をあらためてここに誓うものである。わが烈士たちが安らかに眠ること願っている。諸君はつねに武器をとり続け、諸君の旗はかつてなきほど高々とたなびき、その大義は勝利を収めるであろう。

8・15決起がもたらした前進は、破壊の淵からわが人民を救っただけでなく、クルディスタンの民族的成果を幾多にも獲得するものであった。それはなによりも、(クルド人民を)再生に導く革命を打ち立てるものであった。

クルド社会は、知的、社会的、そして女性における革命を基軸として再生された。8・15決起躍進は、4つに分断されたクルディスタンのすべてで主要な役割を果たしてきた。北クルディスタン(トルコ・クルド地域)におけるこの戦争が、8・15精神のもとになされたものでなければ、南クルディスタンイラク・クルド地域)と、ロジャヴァ革命(シリア・クルドでの革命)は、いずれも成し遂げられなかったであろう。

いま、中東では戦争が続いている。中東は再編されるということを誰もが知っている。解放闘争とクルド人民はこの戦争の最前面にあり、これによってクルディスタンの敵たちは怒りに打ち震えている。

敵たちはあらゆる方向から攻撃を加えている。とりわけ植民地主義者トルコは、我々のオジャラン指導者、わが人民、わが運動を攻撃している。この2年においては、その攻撃は熾烈を極めてきた。

彼らはまずもってイムラルへの攻撃を加えてきた。
訳注:イムラル島=オジャランPKK指導者がトルコで死刑判決を受け、拘置されているブルサ沖の島)

イムラルで加えられる隔離拘禁と精神的拷問は、クルディスタンの抹殺政策を意味している。現在、イムラル島でなされていることは、すなわちわが人民の意志と未来に対する攻撃なのだ。

我々、クルド人民とその運動は、もはやこれらを容認することはできない。彼ら(=トルコ政府)が、イムラル・システムとクルド人民にいかに敵対しようと無駄である。エルドアンは、今日、自身が生き延びているのは、オジャラン指導者のおかげであることを知るべきだ。すでに言ったことをあらためて繰り返そう。オジャラン指導者の安全が危険にさらされるなら、トルコのすべての指導者たちの身に危険が及ぶと認識しておくがいい。
訳注:オジャラン指導者に万が一のことがあれば、トルコの指導者たちを攻撃するという意味)

この事実は、誰もが知っておくべきことである。我々、クルディスタン自由ゲリラ戦士は、オジャラン指導者の兵士である。我々は自己犠牲精神に満たされた精鋭部隊であり、その使命は、クルディスタン全域の安全を確保することである。

もしクルディスタン・ゲリラ戦士がシンジャルの救援に駆け付けなければ、ヤズディ住民のコミュニティは完全に破壊され、世紀に記録されるさらに過酷な大量虐殺がシンジャルで起きただろう。
訳注:2014年8月、イスラム国(IS)はイラク北部シンジャル一帯を一斉襲撃。住民殺戮が起き、女性や子供が拉致されるなか、一部住民はシンジャル山で包囲され、孤立した。クルド自治政府ペシュメルガ部隊が住民を起き去りにして撤退したなか、PKKと人民防衛隊(YPG)は9月、シリア側からISの前線を突破してヤズディ住民の一部を救出した)

クルディスタン・ゲリラ戦士が、コバニでの抵抗戦と支援の求めに応えて駆け付けなければ、コバニは消滅し、今日までダアシュ(IS)に占領されていたことだろう。もしダアシュがいまのように敗北していなければ、中東全域でより強力に猛威を振るい、人類全体にとって多大な災厄となっていただろう。

クルディスタン・ゲリラ戦士は、課された使命と責務を確固として果たしてきた。いま、これまで以上に勝利的にその任務を遂行するであろう。トルコ国家と軍は、地上でわが軍に対する戦いを維持できはしない。ゆえにこそ空爆を遂行し、自身の課題と守ることに必死になり、存亡をかけているのである。だが植民地主義者トルコは、こうした方途をもってしては生き残ることなどできない。知らしむべきは、AKP-MHPファシズムは、その植民地主義の歴史において最弱の状況を迎えているということである。
訳注:AKP=エルドアンが率いるトルコ公正発展党、MHP=トルコ極右政党の民族主義者行動党)

もはや自由クルディスタン到来の現実をいかなる力をもってしても阻止できないのだ。クルディスタン自由闘争の重要な局面にあって、我々は次の2つを呼びかける。まずもって、民族的統一が招集されねばならず、この重要な局面にあって、わが人民の利益に最大限に応えなければならない。4つに分断されたクルディスタンのすべての地域が共通の民族的戦略を創出し、自由クルディスタン大義のもとの責務を果たすため、一致団結せねばならない。

次の呼びかけは、クルディスタンの青年たちが歴史的かつ重要な局面にあってその役割を果たさねばならないということある。これはクルディスタン防衛部隊を拡大し、強化するうえで、重要な戦略的課題である。クルドの青年たちは、いかなる場を問わず、防衛部隊の戦列に結集すべきである。自身が参加する部隊にかかわらず、重要なことは、クルディスタン防衛部隊を強化することが求められているのであり、その隊伍に加わり、崇高なる任務を果たすことが問われているのだ。

バクール(北=トルコ・クルド地域)を始めとするクルディスタン人民は、AKP-MHP体制が、その終焉を迎えつつあるということである。ファシスト体制はトルコと世界の両方で閉塞状況に陥っている。わが人民の闘争、トルコとその周辺地域の民主勢力、そしてクルディスタン自由ゲリラ戦士は、勝利するのである。

敵は劣勢局面にありながら、虚構を振りまき、未曽有の心理戦争を仕掛けているが、クルディスタン自由闘争はそれをはるかにしのぐ高揚を勝ち取っている。

わが闘争は、クルディスタンだけの自由解放闘争ではない。全中東における革命闘争を同時に意味しているのだ。トルコ植民地主義者に対する勝利を収めることができるなら、クルディスタンが解放されるばかりでなく、トルコもまた民主国家となることがもたらされるであろう。

シリアにおけるロジャヴァ革命が勝利するならば、クルド人民だけでなく、アラブ人民も自由と民主主義にうちに暮らすことが成し遂げられる。言い換えれば、クルド革命は、中東革命となったのであり、人民の自由と民主主義の革命となったのである。オジャラン指導者が切り開いた地平に基づく革命闘争は、クルディスタンにおいて高揚し、これにともなって中東革命が創出されることとなろう。

クルド運動として我々は、次に34周年を迎える8・15を大いなる勝利の年として刻みたい。34年にわたる前進は、クルディスタンの年であり、オジャラン指導者の解放を勝ち取る前進の年となろう。クルディスタン自由ゲリラ運動は、その屈強さを断固として示してきた。

しかしながら、その屈強さだけでは十分とはいえない。クルディスタン自由ゲリラ戦士は、勝利する部隊でなければならないからだ。アポロ教育隊ならびに他の軍事キャンプでの総力活動と軍事教練は大いなる重要性があることを確認したい。

33年におよぶ経験を経て、総力集中を強化し、人的資質、心身、専門知識をいっそう深化させ、近代的で高度なゲリラ戦力を創出せねばならない。これが我々の目標である。次の34年めにあっては、8・15精神の勝利に基づく勝利の行進をもって、高度ゲリラ戦力を確固たるものとするであろう。これをもって、我々はクルディスタン人民の期待に応え、戦いに殉じた烈士同志たちの思いを実現させるのである。

この決意のもと、わが人民と同志たちの再生の日をあらためて祝福したい。8・15精神に貫かれた我々の前進は、必ずや勝利へと向かう。

8・15 精神万歳!
オジャラン指導者万歳!

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8月15日は、1984年にPKKがトルコ軍に対し最初の銃火を放った日とされる。PKKはこの日(8月15日)を15・Tebax (パズデ・テバハ)と呼び、「武装闘争開始記念日」と位置づけてきた。「再生の日」と繰り返し出てくるのは、解放闘争によって抹殺攻撃にさらされていた民族や文化、歴史の「再生」としてあらたな命を勝ち取った日という意味でPKKが近年用いている表現。今年で33周年めにあたり、PKKが建党された1978年11月27日よりも、1984年8月15日のほうが重要視されている。詳細については昨年の「8・15決起32周年声明」参照 >>>

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PKKは、1978年結成。当時、世界各地の民族解放闘争が社会主義的な性格を有していたごとく、クルド民族運動各派も左翼的性向が強かった。当時のPKK党旗にも「鎌と槌」がみられる。ソ連崩壊など共産主義の退潮もあって、社会民主主義路線を押し出し、共産主義色を弱めたが、封建的社会の解体や女性解放などの理念はいまも継承されている。女性ゲリラが多いのもこうしたイデオロギーを背景とする。1999年にオジャラン議長がトルコ当局に逮捕されると、一時、PKKの名を下ろし、中央指導評議会のもと部分的な穏健路線をとる。武装闘争路線は堅持しながら、組織改編を経て、再びPKKに戻る。

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PKKとその周辺組織の相関図。クルディスタン共同体連合(KCK)に包括される民主連合主義がPKKの方針となってきた。トルコで爆弾事件を繰り返してきたクルディスタン自由の鷹(TAK)は、PKKの別働組織とされるが、今年1月以降、目立った事件を起こしていない。推測だが、シリアのクルド組織・人民防衛隊(YPG)が主導するシリア民主軍(SDF)にアメリカがイスラム国(IS)壊滅作戦のための武器支援を強化する方針を決めたなかで、トルコでの民間人殺傷や爆弾事件は停止するという暗黙の合意をアメリカとPKKが交わしたのではないかとも思われる。アメリカでのシリアでのクルド勢力後押しは、将来的にはPKK主導のシリア・クルド自治区の国際的承認にもつながってくる。

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動画の冒頭に挿入された歌は、有名なPKKの革命歌。「赤い花が咲き誇る」という曲名でトルコ語。歌っているグループはコマ・ベルホエダン。トルコではかつて厳しいクルド同化政策がとられてきたため、PKKの初期の歌や出版物にはトルコ語が多数見られた。これまでの闘争を回顧するような映像では、過去の有名な曲が意識的に挿入されている。「赤い花」はゲリラ戦士を指すと同時に、70~80年代のPKKの共産主義路線を象徴する「赤」を示唆している。いまもって戦闘員をゲリラと呼ぶのもその影響から。 

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PKKは近年の声明でさらなる戦闘員増強を打ち出してきた。今回の映像では、約400名のゲリラが映っている。場所はカンディル山脈地帯にあるアポロ軍事キャンプと思われる。イラク北部だが、PKKが活動する主要地域はおもにトルコである。一方、イラククルディスタン自治政府との緊張関係からイラク北西部シンジャルのシリア国境近くでもPKKが拠点化を進めている。カンディル山脈一帯はイラン北東部への出撃拠点ともなっている。

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以前、PKK軍事キャンプを取材したときの写真。左奥はPKK指導部のドゥラン・カルカン司令官。当時はいまのように中東がこれほど短期間に激変するとは思わなかったので、PKKのクルド問題解決への視座や武装闘争の方針などについてインタビューした。のちにトルコでのクーデター未遂とエルドアン政権強権化、シリア内戦やISの台頭など、様々な事態がめまぐるしく立て続けに起きた。中東再編のなかで、PKKは重要なカギを握る勢力のひとつとなっている。

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【IS動画・日本語訳】イスラム国(IS)スペイン出身戦闘員がバルセロナ襲撃を称賛

◆「アンダルースの地を取り戻す」とテロ正当化
イスラム国(IS)は、8月17日にスペイン・バルセロナで起きた同時多発テロについて、事件を称賛する動画を公表。シリア・カイル県広報部門の制作で、スペイン出身の戦闘員がメッセージをスペイン語で発している。カイル県(またはハイルと発音)はISが勝手に作った県で、シリア東部デリゾールにあたる。映像に登場する戦闘員2人も、デリゾール県下にいると思われる。

【IS動画】バルセロナ襲撃を称賛するスペイン出身戦闘員 (一部意訳)

バルセロナ襲撃事件から6日後の8月23日にIS地域カイル県(またはハイル県=デリゾール)広報部門が出した映像。スペイン出身とみられる戦闘員2名が登場し、ベルセロナ・テロを称賛している。映像に挿入された宗教歌(ナシード)はフランス語。これまでフランスでの襲撃事件の際にIS動画でよく使われてきたもの。スペイン語ナシードがなかったため「代用」ではないか。かつてはシリア・イラクでのジハードに参加せよ、と呼びかけが多かったが、IS支配地域に入ることが困難になったなか、各地での襲撃テロを扇動する手法が目立つようになった。(シリア「カイル県」・2017年8月・IS映像)

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IS映像で、戦闘員のひとりはアブ・ライス・アル・クルトゥビとテロップが出てくる。「クルトゥビ」は、スペイン南部コルドバ出身を指す。このIS映像が出ると、登場した戦闘員についてスペインメディアが報道。( La Sexta TVより)

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エル・パイス紙が報じたところでは、アブ・ライス・アル・クルトゥビの本名はムハンマド・ヤシン・アハラム・ペレス(22歳・写真左)で、父アブドラ・アハラム(42)はモロッコ出身で、テロ組織関与容疑で逮捕され、12年の刑を受けてジブラルタル海峡をはさんだ北アフリカのスペイン飛び地セウタの刑務所で服役中。母トマサ(写真右上)はアブドラと結婚した際に改宗。アブ・ライス(ムハンマド・ペレス)は、2014年にきょうだい5人と母トマサとともにシリア入りしたとみられる。左の写真はフェイスブックにアップされたもの。右はスペイン・メディアが報じた、子供時代とされる写真。

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2014年の時点で、スペイン・メディアはISに関係するスペイン出身者の女性らについて報じている。右端がアブ・ライス(ムハンマド・ペレス)の母親、トマサ・ペレス。

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アブ・ライス・アル・クルトゥビは、映像のなかで「アンダルースをかつてのようにイスラムの地として取り戻す」と述べている。かつてスペイン中南部地方は、アル・アンダルースとして約500年間にわたってイスラム圏であった。スペインテレビTele5は2015年に、スペインからシリア入りした「ジハード志願戦闘員」を取り上げた番組を放送したが、そこにはアブ・ライス(ムハンマド・ペレス)のフェイスブック写真も出てくる。

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ISプロパガンダ映像が出ると、スペイン語圏でたちまちにしてネットでネタにされ、パロディが拡散。アブ・ライスのクソコラ・グランプリとなった。

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映像に登場する別の男は、組織内での名前、いわゆるクンヤが「アブ・サルマン・アンダルーシ」とあるので、スペイン南部アンダルシア地方出身と推測される。この戦闘員の本名は不明。(2017年・IS映像)

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今回のIS映像に挿入されている音声スピーチは、昨年空爆で死亡したアブ・ムハンマド・アドナニ広報官の2016年5月声明「生き長らえる者も明証によって生き長らえさせるためである」から。十字軍の地(おもに欧米など)での市民殺戮を呼びかけた。「たとえ石であっても、敵地で投げつければジハード戦士を支え、大いなる効果がある」などと扇動。とくにこの声明以降、自爆や銃撃以外に、トラック、ナイフ、斧を使った市民殺傷テロがヨーロッパ各地であいついだ。「2016/05/21・アドナニ声明」全文 >>

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映像のタイトルの「猛雨の始まり」(または「最初の大雨=アウル・ガイス)とある表現は、ISによる2015年パリ襲撃声明や今年6月のテヘラン襲撃声明でも使われた言葉。イラク人にそのニュアンスをきくと、ISが声明の文脈で使う場合は、戦いの端緒を開く恵みの大雨であり、また、最初のしずくの一滴一滴がいずれ猛雨となる、と、さらなる攻撃や次に起きる大きなことを「良き予兆」として示唆している、ということらしい。

イスラム軍】ナシード「アウル・ガイス」(字幕なし)

この「アウル・ガイス」という歌があって、ISじゃないですがシリア「イスラム軍」のビデオクリップ。この歌自体は普通に親しまれている曲で、武装組織だけでなく一般歌手が歌うものもある。「最初の大雨」というのは、大地への恵みであったり、いい兆し、あるいはこれから何か良いこと、大きなこと起きるときに使われる表現なので、過激主義の歌というわけではない。


スペイン・バルセロナ襲撃IS声明全文 >>

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【スペイン・IS声明・日本語訳】イスラム国(IS)バルセロナ同時多発襲撃事件・声明(全文)

◆爆弾製造失敗し、暴走車両での襲撃に変更か
8月17日、スペイン・バルセロナとカンブリスで市民を狙ったとみられる同時多発襲撃が発生。事件後、イスラム国(IS)が声明を公表した。声明では「十字軍とユダヤ人を120人を死傷させた」とあり、おもにキリスト教世界・西欧社会を指す十字軍に加え「ユダヤ人」と声明に掲げられた点が、これまであいついだ欧米でのテロ事件の際に出された声明と異なっている。(一部意訳)

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スペインでの連続襲撃事件のIS声明。アラビア語と英語で出された。英語は「イスラム国兵士」、アラビア語では「カリフ国兵士」と若干違うもののほぼ同じ。声明が出されたヒジュラ暦1438年ズルカーダ月26日は西暦2017年8月18日。事件の翌日に直ちにIS公式声明が出されている。

【速報】イスラム国兵士がスペインでの攻撃で
十字軍・ユダヤ人120人以上を死傷せしめる

[スペイン] 1438年ズルカーダ月26日(ヒジュラ暦

アッラーのお力添えのもと、火曜日、2つの潜行部隊からなる複数のジハード戦士たちがスペインの十字軍の集団を標的とした同時多発戦を敢行した。第1部隊のジハード戦隊はバルセロナのラス・ランブラスにおいてバンをもって標的を狙った。戦士たちはまた警察検問所において警官2名を轢いた。ラス・ランブラス広場付近の「バー」を小型武器をもって急襲し、内部にいた十字軍とユダヤ人に苦しみを味合わせ、殺害した。

他方、沿岸の町カンブリスにおいて別働部隊がバンで複数の十字軍を轢いた。この祝福されし攻撃戦は、十字軍同盟の市民、120人以上を死傷させる戦果をもたらした。すべての栄誉は、アッラーとその使徒、信徒にある。だが多くの者はこれを知らない。万有の御主、アッラーにすべての称讃あれ。

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IS機関紙アン・ナバア(第95号)が、バルセロナ襲撃事件後に掲載した記事。サグラダファミリア教会の写真が挿入され、「イスラム国兵士がユダヤ人と十字軍の集まる所に攻撃を敢行」とある。事件が起きたのは各国の観光客でにぎわうバルセロナの繁華街で、ユダヤ教イスラエルの関連施設が標的にされたわけではない。事件で犠牲となったのは、スペインのほか、イタリア、ポルトガル、アメリカ、オーストラリアなど多数の観光客が含まれていた。アン・ナバアの紙面にはサグラダファミリア教会の写真が挿入されている。

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バンは大勢の人通りでにぎわうランブラス通りを約550メートル暴走、13人が死亡した。

【動画】バルセロナ・ランブラス通り
バルセロナ・ランブラス通りでの襲撃当日の映像。(YouTube

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ランブラス通りでバンを暴走させ多数の市民を殺傷したユヌス・アブヤクーブ(22)。1995年モロッコ生まれで、バリセロナ北の町リポイで育った。現場から逃走し、途中で車を奪って運転手を殺害。事件から4日後、バルセロナ西南のスビラッツで警官によって射殺された。リポイは主犯格とされるアブデルバキ・アッ・サティがモスクでイマムをしていたと報じられている。

https://cdn-ak2.f.st-hatena.com/images/fotolife/r/ronahi/20171010/20171010141514.jpg

一連の襲撃事件に関係した容疑者は12人とみられるが、警察は捜査を続けるとしている。地元メディアの情報を総合すると、アルカナーの爆発で死亡したアブデルバキ・アッ・サティ容疑者が主犯格とされ、ほかは若い青年が目立つ。リポイはアブデルバキがモスクでイマムをしていたとされる場所。兄弟や親戚など、近しい関係のなかで襲撃グループが形成されていたことがうかがえる。(容疑者の年齢はメディアによってわずかな相違あり)

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バルセロナ襲撃から数時間後、カンブリスでも車両による襲撃事件が発生。容疑者は5名で、ユヌス・アブヤクーブの弟フセイン(19)と、その親戚のオマル(21)、モハメド(24)ヒシャミ兄弟が含まれていた。。63歳の女性1名が死亡。警察は容疑者5名を射殺(うち1名は病院で死亡)。写真は容疑者が警官に射殺される映像。ランブラス通りとカンブリスでの車両ともにレンタカーだった。

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バルセロナとカンブリス襲撃の前夜、アルカナーで爆発事件が発生。大量のガスボンベや爆薬原料などが発見されたことから、警察はテロに関係する爆弾製造過程での誤爆とみて捜査。現場で死亡した2人のうち、1人はかつてモスクでイマムをしていたアブデルバキ・アッ・サティ(写真右上)とみられ、犯行グループの組織化で中心的役割を果たしていたとされる。警察当局は昨年起きたブリュッセル連続自爆事件にもアブデルバキ容疑者が接点を持っていたのではないかとして捜査を進めている。爆弾製造でサグラダファミリア教会を狙う計画もあったが、この誤爆発のため、残りのメンバーが車両暴走による襲撃い至った可能性を地元メディアは報じている。

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いずれも警察当局の手配写真。左はランブラス通りで襲撃事件を起こし、現場から逃走したユヌス・アブヤクーブ(4日後に警察が発見し、射殺)。右はユヌス・アブヤクーブを含む一連の事件に関与した容疑者らの一部。写真の4人はすべて警察が射殺。

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スペインでの襲撃事件の10日前、ISメディア部門ハヤートが出したプロパガンダ映像では、オーストラリア出身とみられる戦闘員が英語で、「十字軍の地を戦場にせよ」「トラックで群衆に突っ込み、路上をやつらの血で満たしてやれ」などとテロを扇っている。かつてはIS地域への移住呼びかけが多かったが、シリア・イラクのIS支配地域への入域が困難になると、おもに欧米などでの襲撃を扇動するメッセージが増えるようになった。顕著なのは、ナイフや車両暴走、放火など「誰でもできるテロで市民を標的とせよ」としている点である。(2017年8月・IS映像)

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事件翌日のスペイン新聞各紙。黒い喪章で犠牲者を追悼し、「テロに抗して団結」「テロに屈しない」などの見出しで、テロに立ち向かう決意を示している。


スペイン・ラホイ首相「テロ非難の声明」(8月17日) >>
【IS動画】スペイン出身戦闘員バルセロナテロ称賛 >>

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【スペイン】ラホイ首相・バルセロナ・テロ攻撃による犠牲者追悼 (2017/08/17)

◆ラホイ首相、国民の結束呼びかけ
8月17日に起きたスペインのバルセロナとカンブリスで起きたイスラム国(IS)によるとみられる同時多発襲撃事件について、ラホイ首相は、事件を非難するとともに、追悼メッセージを発表した。以下は声明の全文。(一部意訳)

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バルセロナ・カンブリスでの連続襲撃事件を受けて、カタルーニャ自治政府庁舎で緊急会合を開くラホイ首相。事件翌日、イスラム国(IS)が犯行を認める声明を出した。(2017年8月17日・スペイン首相府公表映像より)

ラホイ首相・バルセロナとカンブリスでのテロ攻撃による
犠牲者追悼と国民結束の呼びかけ

カタロニア自治政府庁舎 2017/08/17

みなさん、こんばんは。遅い時間にもかかわらずお集まりいただきありがとうございます。今夜、バルセロナが、襲撃事件の犠牲者、ならびにご家族、友人の方々にとって、悲しみと追悼と連帯の場となるべく、ここに言葉を述べたいと思います。事件への対応は、目下、私たちにとっての最優先事項であります。

ジハード主義テロを世界の他の都市が被ってきたごとく、今日、その深刻な攻撃を受けたバルセロナに、スペイン全体からの連帯を表明したいと思います。

マドリード、パリ、ニース、ブリュッセル、ベルリン、ロンドンの市民は、バルセロナの市民が直面した苦悩と同様の痛みや不安を経験してきました。私はこの言葉をもってこれらの方々にスペインとその他の世界の国々からの同情、連帯、共感の念を述べたく思います。

卑劣な攻撃に対するスペイン国民が受けた痛苦の証しとして、政府は公式追悼期間を2017年8月18日0時から、8月20日にいたる24時間と設定し、その間、公共施設ならびに海軍艦船は半旗を掲揚するよう通達します。

今日、スペインは、とりわけバルセロナは、各地からの同情と連帯を受けとめています。これは他の都市、国々がテロリズムによって攻撃された際に私たちが寄せた同じ思いでもあります。私たちは悲しみだけをもってひとつとなっているのではありません。私たちの価値観、生き方そのものを引き裂こうともくろむ者たちを打ち倒すという強い意志のもとに、ひとつに結束しているのです。

ゆえに私はこの非道なテロリストの攻撃に対処すべく、できる限り早く国家の法執行機関と会合を持ち、カタルーニャ警察ならびにバルセロナ市警察と会合を持ち、緊密な支援と連携を表明するため、ここバルセロナに入りました。

過酷かつ悲しい日となった今日、すべての治安部隊と情報機関、市民防護、緊急対応部門、すなわち我々の安全を監督するすべての機関が、スペイン国民と政府からあらゆる支援を得られると認識することは重要であります。

卑劣な打撃によって私たちが痛苦に直面しているのは事実ですが、幾年にもわたって献身的な活動をしてきた方々が、長年、私たちを守り、幾多の犯罪計画を阻み、将来もこのために尽くしてきたことも疑いない真実であります。
残念ながら、スペイン国民はテロリズムが引き起こした不条理かつ非道に満ちた痛苦を幾度となく経験してきました。直近の歴史においても、テロの惨禍に直面しましたが、テロは必ず敗亡くするということも私たちは知っています。

これは、各機関の結束と、警察の協力、阻止の取り組み、国際支援、そして私たちの文明社会と民主主義、自由と諸個人の権利の価値を守る確固とした決意によって打ち勝つことができるのです。

テロリズムは、これまでスペインにおいて発揮されたような各政党の広範な合意によってもまた打ち勝つことができうるのです。近いうちに私たちの結束と未来のすべての活動の再構築のためにかつてやってきたようなテロ対策協定を導入する予定です。

みなさん。私たちがバルセロナで今日直面したこの惨劇は、世界の他のたくさんの国々が経験した痛みを結ぶものとなりました。今夜、いまこの場をお借りして、支援と連帯のメッセージをお寄せいただいた世界の指導者の方々すべてに感謝の意を表明いたします。

事件対応を最優先するため、指導者諸氏とはお話をする時間がまだとれておりませんが、後日、個別にメッセージのお礼を申し上げたく存じます。

プッチダモン・カタルーニャ州首相にはすでに申し上げましたが、州首相には、スペイン政府と国家が、犠牲者への支援と被害を受けたご家族の対応、また迅速に被害現場を修復し、卑劣な行為の実行犯を裁きにかけるべく、あらゆる最大限の協力を約束することを最後にあらためてお伝えします。

スペイン全体が、ここバルセロナの住民と同じ心情を分かち合っていることもまた知っていただきたく思います。

今日、テロとの戦いは、私たちが暮らしているような自由で開かれた社会にとって、主要な優先課題です。これは世界的な脅威であり、その対処も世界的になされねばなりません。

正義に基づく、そして恐怖と憎しみに従わない自由、人間と社会の尊厳への熱意を共有するすべての者は、同じ意義にもとに結ばれているのです。

さきほど申し上げましたように、私たちは同じ痛みのもとに結ばれているのは事実でありますが、何よりもこの無法かつ非道なる行為を根絶したいという思いのもとに私たちすべてが結ばれているのです。

スペインが確固とした価値のもとに結ばれていることを忘れてはなりません。それは民主主義であり、自由であり、人権といった私たちが誇りとする価値であります。私たちは歴史のなかでテロリズムに対し、幾度も立ち向かい戦ってきました。そして私たちはつねに勝利を収めてきました。いまこの状況に際し、スペイン国民はあらためて勝利することになるでしょう。

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ラホイ首相は声明で犠牲者への追悼とテロ対策の強化について触れ、また国民の結束を呼びかけた。事件では14人が死亡、約100人が重軽傷を負った。(2017年8月17日・スペイン首相府公表映像より)

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サグラダファミリア教会で犠牲者を追悼するミサ。フェリペ国王、ラホイ首相らが参列した。(2017年8月20日・スペイン首相府公表写真)

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