イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

イスラム国(IS)・イラク・シリア・クルド情勢

【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)元報道官、トルコ「亡命」事件(6)タラル・セロ「証言」をアフリン侵攻への布石に(写真15枚)

クルド勢力は有志連合と関係構築、トルコはアフリン侵攻
2015年10月に結成されたシリア民主軍(SDF)。その「顔」である報道官を務めてきたのががタラル・セロだった。昨年11月、突然、トルコに「亡命」したタラル・セロがトルコの通信社で語った「証言」は、「アメリカとクルド・人民防衛隊(YPG)が地中海ルート構築密約」としてトルコ・メディアが取り上げ、のちにトルコによるアフリン侵攻の口実にも援用されることに。
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SDFは、ISの脅威が増すなかで、YPG主導のもとでシリア武装各派や有志連合と連携し、多数の犠牲を出しながらもIS壊滅戦を戦ってきた。写真はコバニ南部の戦線でISとの戦闘に向かうSDF。(2015年12月・SDF写真)

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7月、ラッカ攻略戦が大詰めを迎え、有志連合・不屈の決意作戦(CJTF-OIR)副司令官ルパート・ジョーンズ少将(英軍)がラッカ現地入りし、ラッカ市民法議会と会合を持った。この評議会も実質的にはクルド主導である。有志連合がこの評議会を事実上の統治機構として承認する流れになっている。(2017年7月・YPG写真)

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これまでのISに対する戦いとラッカ市民評議会の取り組みを評価する有志連合ルパート・ジョーンズ少将。左は市民評議会の旗。評議会はラッカほか、ISを排除した地域に設置されている。国際社会の「お墨付き」のもとに行政機関が運営されることで、人道機関の支援や国際援助の受け入れが加速することになる。(2017年7月・FURAT-FM映像)

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話はそれるが、この写真はルパート・ジョーンズ少将の父、ハーバート・ジョーンズ中佐(写真左右とも)。英軍精鋭、落下傘連隊(2PARA)指揮官で、82年、フォークランド戦争で任務中に戦死(享年42歳)。戦死後、英国最高の戦功章、ヴィクトリア十字章を授与。写真右はフォークランドでのハーバート中佐。息子ルパート少将と顔がそっくりである。

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タラル・セロがアナドル通信で「証言」したのは、トルコ軍が準備を進めてきたアフリン侵攻の直前。トルコにとっては、「絶好のタイミング」となった。写真は8月にラッカのISとの戦闘で戦死したSDF傘下のマンビジ軍事評議会司令官の葬儀に参列するタラル・セロSDF司令・報道官。(2017年9月・YPG映像)

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トルコ・メディアはタラル・セロ「証言」をもとに、「アメリカがSDF・YPG地域の石油の地中海への輸送ルート構築を提示した」とも伝えた。「クルド人は海につながるルートを持てなかったから周辺国に依存せざるを得なかった、とCIAがYPG・クルド勢力に持ち掛けた」とタラル・セロは「証言」。トルコ・メディアは米国旗とYPG旗が並ぶ写真をセンセーショナルな扱いで伝えている。(2017年12月・トルコ・ギュネシュ紙)

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「SDF報道官語る:地中海へ抜けるアメリカの計画」とするトルコ・メディアの見出し。アメリカがアフリンから地中海につながる石油ルートの構築を実際にYPG側に持ち掛けたかは不明だ。もし事実ならイドリブ、ラタキアを通り、クルド側がアメリカの承認のもとにこの地域に足がかりを作ることになり、トルコとしては容認できないだろう。この「証言」がトルコのアフリン侵攻を正当化する口実のひとつとして援用されることになる。(2017年12月・トルコ・アイドゥンルック紙)

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SDF・YPGによるラッカ攻略作戦と同時に進められたのがデリゾ-ル東部方面でのIS追撃戦。2017年12月、シリア政府軍を支援するロシア軍アレクセイ・キム中将とYPG司令官が会合を持った。トルコ・メディアは「ロシア国旗とテロリスト旗が並ぶ」などの見出しで報じた。アメリカとの連携に加え、ロシアとも関係を構築しつつあるYPGの動きにトルコの警戒感は高まっていた。(クルド・ANF通信写真)

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フランス元外務大臣ベルナール・クシュネルは2017年9月、ロジャヴァ(シリア・クルド地域)入り。クシュネルは国境なき医師団の共同創設者としても知られる(のちに分岐)。2014年にシリア入りした際は、記者会見で「クルド勢力は世界最悪の敵、ISとの戦いだけでなく、民主社会建設の取り組みを前進させている」と称賛までしている。ISが凶悪なテロを世界各地で繰り返したことで、それと直接戦うSDF・YPGに注目が集まった。逆説的に言えば、ISが存在しなかったら、YPGに国際支援が寄せられることはなかったとも言える。それはクルド民族が経験してきた悲哀でもある。(2017年9月・SDF写真)

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ISを排除し、瓦礫が広がるラッカ中心部でオジャランPKK指導者の巨大な肖像を掲げるSDF・YPG・YPJ部隊。タラル・セロの「証言」では、アメリカは民衆の反発などを避けるためにオジャランの肖像を掲げるのを控えるようYPGに繰り返し伝えたが、YPGは聞かなかった、としている。確かにクルド人指導者の肖像をアラブ人地域で広げることは、住民の余計な反発を招く。トルコ政府は「IS以後のラッカ統治の実態はPKK支配」とアメリカに警告してきた。(2017年10月・クルドメディア写真)

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オジャランの肖像掲揚は、問題はあれど一応はシリアのクルド人組織がシリア領内で掲げている。(※オジャランはトルコ・ウルファ出身のクルド人)。他方、トルコはシリアという外国領で、トルコ国旗を堂々と掲げ、反体制派を支援。写真はシリア・ジャラブロスで自由シリア軍系組織の一部がトルコ軍の訓練を受け、警察部隊として編成された映像から。(トルコ・TRT映像)

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タラル・セロがトルコに「寝返った」直後は、YPG元報道官レドゥル・ヘリルが一時的にSDF報道官に。その後、SDFは1月20日、後任にキノ・ガブリエル報道官を任命。キリスト教徒で、SDFを構成するシリア正教軍事評議会司令官だった。YPGは、新たな報道官の人選でも、SDFの「顔」となる報道官には、あえてクルド人を前面に出さないようにしたようだ。(2018年1月・SDF写真)

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1月18日、シリア北西部アフリンに向け、トルコ軍の支援を受けた自由シリア軍諸派とトルコ軍部隊が侵攻作戦を開始、多数の市民が犠牲となっている。トルコは「テロ組織PKK・PYD・YPGからの脅威を排除する」としているが、アフリンクルド住民がほとんどの地域で、シリア騒乱以降、7年近く戦闘もなかった平穏な場所である。そこに反体制諸派・トルコ軍合同部隊が一斉攻撃をかける状況となった。写真は国境線の壁を突破してシリア領に侵攻するトルコ軍のレオパルト2戦車を誘導するシリア武装組織ヌフベ軍の司令官。クルド人で名前はアザッド。YPGには「裏切者」と呼ばれている。一方、防衛戦を戦うYPGは住民がアフリンを放棄しないよう町からの脱出を制限するなどして、問題も起きている。(2018年1月・ヌフベ軍映像)

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タラル・セロSDF元報道官が「(クルド側が)アメリカの指示のもと、地中海へのルート構築を企図している」とした「証言」から1か月後のトルコのアフリン攻撃作戦開始は、侵攻正当化の口実を作る布石のひとつにも利用されたと言える。写真はマンビジ解放1周年式典でのタラル・セロ。(2016年8月・FURAT-FM映像)

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シリア・イラクでIS解体が進むなか、「IS以後」をめぐる状況は新たな局面を迎えようとしている。トルコ、クルドアメリカの駆け引きは続く。そのなかで起きたタラル・セロSDF報道官の「寝返り亡命劇」。写真はラッカ市民評議会でスピーチするタラル・セロ。(2017年4月・SDF写真)

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「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)
第1段階・開始声明 (2016/11/06)    第2段階・開始声明 (2016/12/10)
第2段階・戦果報告 (2017/01/16)    第3段階・開始声明 (2017/02/04)
第3段階・第2攻勢 (2017/02/17)    第4段階・開始声明 (2017/04/13)    
タブカ・ダム制圧声明
(2017/05/12) 
ラッカ突入・大攻勢戦開始声明
(2017/06/06)
ラッカ解放・勝利宣言 (2017/10/20)

【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)元報道官、トルコ「亡命」事件(5)PKKの米軍武器流用を警戒するトルコ(写真13枚)

◆「クルド自治区化」阻止したいトルコ
イスラム国(IS)の事実上の「首都」ラッカがシリア民主軍(SDF)によって制圧され、戦いは最終局面に入った。「SDFはクルディスタン労働者党(PKK)の隠れ蓑」とするトルコは、クルド・人民防衛隊(YPG)主導のSDFがIS掃討作戦を進めるなかでアメリカを始めとした有志連合と関係を構築しつつあることに危機感を募らせてきた。そのタイミングで起きたのが、タラル・セロ元SDF報道官のトルコへの「投降」だった。

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2017年10月20日、SDFはラッカのスタジアムで「ISからのラッカ解放勝利宣言」を出した。この声明を読み上げたのが、SDF司令・報道官だったタラル・セロ(写真中央)だった。彼がトルコに「亡命」するのは、この3週間後。これだけの短い期間に突如、心変わりをするとも思いがたい。事前にトルコ情報機関とひそかに接触があった可能性もある。(2017年10月・YPG写真)

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タラル・セロはアナドル通信での「証言」で、SDF・YPGはISと密約を結び、ラッカから戦闘員を逃がした、としている。英BBCも現地リポートを出していて、「IS戦闘員、家族ら数百人が手配されたバス、トラックで脱出」と特集した。ただ軍事的には、町の攻略そのものを目的とした場合、市民の犠牲や建物の破壊を最小限に抑えるために、敵とその家族の一部をあえて別の町に逃すことはありうるし、アサド政権もアレッポで反体制派をバスで別地域に移動させている。こうした軍事的な意味を知っているはずのタラル・セロが、「SDF・YPGとアメリカがISと密約し、逃亡を手配した」をことさら取り上げ、“テロ組織と裏取引”を印象づけるのは、何らかの意図を感じる。(画像はBBC特集

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トルコの最大の懸念は、米軍がSDFに供与した武器が、PKKに渡り、トルコ軍に対して使用されることだ。これまでにもSDF・YPGがISから鹵獲したとみられる対戦車誘導ミサイルや携帯式防空ミサイルをPKKがトルコ軍に対して実際に使用するなどしており、シリアからイラク北部への武器移動の流れがあると推測される。「アメリカの武器がテロ組織PKKに渡るのは明白で、トルコの安全保障を脅かす」というのがトルコの立場。写真は2016年にトルコ・ハッカリ県でPKKが携帯式防空ミサイルでトルコ軍ヘリAH-1を撃墜した様子。旧ソ連が開発した9K38イグラとみられる。(2016年5月・PKK映像) 解説動画 >>

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トルコはシリア国境線に長大なコンクリート壁を設置し、PKKゲリラほかISの流入や武器の移動を阻止しようとしてきた。これは2016年にトルコ南東部ヌサイビンの国境警備隊が公表した写真。壁の地下にトンネルが掘られ、PKKが使用していたとしている。双方が情報戦をやっているので、「軍公表の写真」も留意してみるべきだろうが、事実ならPKKが人員や武器をシリア・イラクからトルコの前線に移動させるルートを構築しているようだ。実際にヌサイビンではPKK系の市民防衛隊(YPS)が自動小銃やロケット砲でトルコ軍や警察と激しい銃撃戦を展開している。(2016年11月・トルコ国境警備隊公表写真)

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タラル・セロ「証言」を報じたトルコ・アナドル通信が12月に公表した画像。「シリア北部でのPKK・PYDの武器貯蔵拠点」とするもの。SDFをYPG・PYD・PYD一体のものとし、「アメリカの供与武器がPKKに流れている」と報じている。シリアのPKK系政治政党が民主統一党(PYD)。トルコはシリア・クルド勢力が目指す民主連邦自治政府構想をなんとしてでも阻止したい構え。これがトルコ軍・自由シリア軍系一部諸派によるアフリン侵攻戦へとつながっていく。(2017年12月・アナドル通信画像)

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タラル・セロは「SDFがクルディスタン労働者党(PKK)の隠れ蓑」とアナドル通信で「証言」。たしかにPKKが強い影響力を持っているのはその通りである。だが、ゲリラ戦で培ったPKKの戦闘性があったゆえに豊富な武器を有するISと互角に戦えたのも事実で、アメリカもそれを知っていてSDFを支援してきた。多数の犠牲を払ってISから市民を解放したSDF・YPG側は、その成果を最大限にすべく、アメリカや国際社会へのアピールを含め「IS以後」を見据え、政治的な動きを見せている。写真は掃討作戦が続くラッカで、ISからの解放を喜ぶ市民。(2017年8月・YPG映像)

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ISとの戦闘を経てラッカでSDFの旗を掲げる戦闘員。背後の建物は激しい戦闘で破壊しつくされている。SDFは、行政統治はラッカ市民評議会に権限を委譲するとしている。委譲とはいえ、SDF・YPG主導の行政機関である。(2017年9月・FURAT-FM映像)

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ISを排除した地域では治安確保をするための部隊の編成が段階的に進んでいる。おもに地元住民から編成され、訓練のラッカでの治安維持任務を担うことになる。給料はわずかに出るが、圧力をともなう招集や、軍隊の経験のない女性の参加要請に対しては一部で不満も出ている。写真はラッカ内務治安隊結成の様子。(2017年5月・FURAT-FM映像)

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写真はラッカ市民評議会設置のようす。IS後の新たな統治形態は「世俗主義・民主主義・住民参加の理念による市民評議会」とするが、これはオジャランの思想「民主コンフェデラリズム」がベースになっている。「民主」とはいえ、がっちりとPKKイデオロギーがあるのもまた事実。トルコは、シリアで「PKKモデルのミニ国家」が誕生するのを阻止すべく動いてきた。(2018年1月・SDF写真)

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ラッカ近郊の農村地域で戦争被災者に食糧や衣料品を配布するラッカ市民評議会。戦闘で住居が破壊され、いまも郊外の避難キャンプでテント暮らしを強いられる住民は多く、町の再建と復興にはまだ時間がかかる。行政機関設置で外国の支援受け入れが進むとともに関係も強まることになる。(2017年11月・SDF写真)

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有志連合の米大統領特使マクガークは頻繁にラッカ入り。写真左はマクガークと有志連合指揮官タウンゼント中将(米軍)。写真右はラッカの地元主要部族代表らと「IS以後」の地域復興について会合する様子。数か月前までISに従わさせられていた部族首長たちである。トルコ・メディアは、タラル・セロ「証言」をもとに、「マクガークがアメリカによるシリア・クルド支援の筋書きを書いた」「テロ組織YPGへの武器供与のトリックを作り上げた」とする論調で批判している。(2017年8月・マクガーク・ツイッター写真)

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アメリカとシリア・クルド組織の関係はラッカ攻略戦で始まったものではなく、クルド側がコバニでIS戦を戦った2014年から続いてきた。当初は空爆支援だったものが、ISが世界的な脅威になって以降はアメリカの武器供与、さらに米軍地上軍派遣、戦闘訓練、「IS以後」の復興支援という流れになる。写真は2016年にシリア・コバニを訪問して地元政治家らと会うマクガーク米特使。こうした関係構築にトルコは危機感を募らせてきた。右端はコバニ県知事アンワル・ムスリムインタビューはこれ>>

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ラッカ近郊のアイン・イサでのラッカ市民評議会の会合。ISを排除した後の行政統治と支援などについて準備が進められた。有志連合指揮官ほか、米国務省使節らが評議会やSDFと話し合った。赤で囲んだのが、のちにトルコに事実上「亡命」し、SDFとアメリカの関係をトルコ・アナドル通信で「証言」したタラル・セロ元SDF報道官。(2017年8月・SDF写真)

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「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)
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【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)元報道官トルコ「寝返り」事件(4)トルコ政界スキャンダルと対米外交戦(写真11枚)

YPG「エルドアン政権スキャンダル隠しにタラル・セロ証言利用」
シリア民主軍(SDF)司令・報道官、タラル・セロのトルコへの「寝返り」事件の真相はいまだ不明のままだ。クルド・人民防衛隊(YPG)側は、トルコ政界スキャンダル、レザ・ザラブ事件まで持ち出して、「トルコの策略」と非難。アメリカとトルコの緊張した外交関係のなかで起きたタラル・セロの「亡命劇」。それぞれが応酬を繰り広げる。
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回

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イスラム国(IS)拠点都市、ラッカの攻略戦では、近郊の農村部から包囲し、市内に突入した。2017年7月、市内中心部への最終突撃戦を前に声明を読み上げるタラル・セロSDF司令・報道官。トルコへの「寝返り」は、このラッカ攻略を果たした直後に起きる。(2017年6月・FURAT-FM映像)

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トルコ・アナドル通信がタラル・セロのインタビューを報じた直後、SDFメディア部門ムスタファ・バリ司令官は声明を出し、「タラル・セロはトルコに脅迫を受け、拉致されたもので、証言内容はでっち上げ、虚偽」とした。過去、SDFの別の司令官のひとりが何者かに暗殺されたこともあるなど、SDF内部も揺れてきたなか、今回はタラル・セロ報道官というトップがいきなり敵対相手に寝返って、数々の「内部情報」を暴露。まるで戦国時代のようだ。(2017年11月・SDF写真)

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タラル・セロの「寝返り」後に、YPG報道官ヌリ・マハムードがクルド系ANF通信(PKK系)のインタビューに答えている。「タラル・セロは個人的な経済問題を抱え、また子ども2人はトルコにいて、当局から脅迫を受けていた」としている。「トルコ情報機関MiTが仕組んだもので、その背景にはレザ・ザラブ事件で政権腐敗が明らかになるなか、アメリカが供与した武器がテロ組織PKKに流れているとトルコが印象操作するため」と語っている。(ANF通信記事・2017年12月7日)

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YPG報道官が指摘したザラブ事件とは何か。レザ・ザラブはイラン生まれのアゼリ人実業家・金投機家トレーダーで、トルコとアゼルバイジャンの国籍を持つ。トルコとイランの政財界に太いパイプを持ち、経済制裁下のイランへの送金迂回、マネーロンダリングなどで2013年、トルコ当局がが拘束。ところが事態は急展開…

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レザ・ザラブ事件では、エルドアン(当時・首相)政権の内務大臣ら3閣僚の子息らがトルコ検察当局に逮捕された。トルコ国営ハルク銀行を足掛かりに米が経済制裁を科すイランの迂回送金ルート構築に関与したとされた。当時、ハルク銀行の執行役員だったベラット・アルバイラク(写真)はエルドアンの娘婿で、事件への関与が浮上して一大スキャンダルとなった。ところがエルドアンは強権を発動し、「これは司法クーデターだ」などとして検察や捜査関係者を解任。ザラブら容疑者は釈放される。アルバイラクはのちにエネルギー資源大臣に。2015年にトルコ軍がロシア軍機撃墜した際、「ISとの石油売買を仕切っている人物」とロシア側に非難されたのが彼。(追記:アルバイラクは2018年7月には財務大臣に就任)(写真はトルコ・カナルDテレビ映像より)

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レザ・ザラブ事件にはさらに第2幕があり、トルコとアメリカの外交問題へと発展する。2016年、レザ・ザラブはアメリカでFBIに逮捕される(写真左)。イラン経済制裁に違反し、マネーロンダリングなどの容疑がかけられたうえ、米検察はザラブ人脈にエルドアンの妻エミネ夫人の名を上げ、トルコ政府中枢と深い関係を指摘。ザラブ側の弁護団ジュリアーニニューヨーク市長やミュケイジー元米司法長官らが加わり、エルドアン大統領と会合を持っていたことも明らかになった。事件の登場人物が超豪華な面々になり、さらに話題をさそっていった。写真右はレザ・ザラブの妻で歌手のエブル・ギュンデシュ。

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2017年3月、米司法当局とFBIは、「レザ・ザラブと共謀し、対イラン経済制裁に関する米国法に違反した容疑」などでトルコ国営ハルク銀行のメフメト・ハカン・アティラ副頭取をニューヨークの空港で逮捕。国営銀行の副頭取まで逮捕される事態に。(写真右FBIの逮捕時の映像)

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トルコ国営放送TRTが2017年12月公開した英語動画。米で司法取引に応じて、トルコ政府中枢の関与を「暴露」したレザ・ザラブをこき下ろしている。「米刑務所の看守を4万5千ドル(=約500万円)で買収し、自分の拘置房に電話、酒、タバコ、マリファナを融通させた」などとしている。国営メディアまでこんな状態に。(2017年12月・TRTワールド)

【動画】エブル・ギュンデシュ・ビデオクリップ

レザ・ザラブが米検察当局との司法取引に応じた展開をうけて、トルコ政府は、アメリカに「寝返った」レザ・ザラブに報復的措置をとり、ザラブと家族、関係者らのトルコ国内の資産が差し押さえられた。これにはザラブの妻で歌手のエブル・ギュンデシュも含まれると報じられた。政財界スキャンダル、対米外交戦に芸能ゴシップまで重なった。せっかくなので彼女のビデオ・クリップをどうぞ(歌うまいよ)

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さらにトルコ当局は、2017年10月、駐イスタンブール米領事館のトルコ人職員を「ギュレン派クーデター未遂事件に関与」などとして逮捕。またトルコ系米国人のNASA科学者も拘束。両国の関係は悪化し、互いに渡航ビザ発給停止措置にまで発展し、報復の応酬になっている。トルコ政界スキャンダルやイラン制裁、ギュレン派、軍事クーデター未遂事件、シリア情勢でクルド支援深めるアメリカの姿勢などをめぐって熾烈な駆け引きが続く。写真は2017年5月、訪米したエルドアン大統領。(2017年・ホワイトハス公表映像)

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YPG報道官ヌリ・マハムードは「トルコはロジャヴァ(=シリア・クルド地域)での我々の民主革命を破壊するためにあらゆる方法を使い、反体制派組織やISまでも支援してきた」と主張。またANF通信インタビューでは「11月のタラル・セロ事件を利用し、PKKがシリア北部を支配していると情報を拡散させ、米国からの武器供与を阻止しようと画策している」としている。(2017年11月・YPG映像)

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トルコとアメリカ、そしてクルドのあいだで謀略や情報戦の応酬が続く。ISという「共通の敵」との戦いのなかにも、それぞれの思惑が交錯し、政治の駆け引きで事態が動いている。(2017年12月・アナドル通信写真)

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「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)
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【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~「シリア民主軍(SDF)への供与武器がPKKへ」と、トルコに「亡命」の元報道官(3)写真12枚

IS掃討作戦の背後でシリア情勢めぐる駆け引き
シリア民主軍(SDF)の顔となってきたタラル・セロ司令・報道官の「トルコ亡命劇」。トルコ・アナドル通信インタビューでタラル・セロは「SDPとクルド・人民防衛隊(YPG)にアメリカが供与したIS掃討作戦のための武器が、クルディスタン労働者党(PKK)に渡っている」と「証言」。掃討作戦を通じて関係を深めるアメリカとクルド勢力にトルコの危機感が強まる。
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トルコに事実上「亡命」したタラル・セロ元SDF司令・報道官が、アナドル通信でこれだけSDF・YPGに不都合な話をしたにもかかわらず、この段階ではSDFもYPGもタラル・セロを厳しく非難してはいない。YPGやPKKは、組織から離脱したり、背いた者は「ハユン(裏切者)」と呼ぶのが通例だが、これまでの段階ではタラル・セロに対してはこの用語を使わず、「アナドル通信での“証言”はトルコ当局の書いたものを読まされた」としている。写真左は2016年、IS掃討後のシリア・マンビジでのタラル・セロ。(2016年8月・SDF映像)

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ロシア・スプートニククルド語版が2017年12月に伝えた、アメリカのシリアのYPG・SDFへの武器供与の移送拠点ルートと武器の種類とする図(拡大)。ハンヴィやクーガー装甲車の支援はあっているが、米国製戦車誘導ミサイルTOWはトルコが問題視しているので違うと思われる。ただ、もし供与があるとすれば、直接シリアへではなく、イラク支援の割り当て分を回す可能性がある。実際にはシリアへはカラシニコフ銃やRPG-7などが多く送られている。スプートニクはロシア宣伝機関といわれるものの、クルド語セクションはわりと独自に編集する余地があって、なかには有用な記事も。(追記:2018年6月、スプートニククルド語セクションは終了)

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シリアで有志連合軍が武器供与や戦闘訓練する様子。この米中央軍公表の写真はいずれもクルド・YPGなど記章や旗は意図的に写り込まないようにしていた。名目上は「ISと戦うアラブ人連合組織と精査されたシリア諸組織(VSO)への武器支援」。下の女性戦闘員はアラブ人だけでなく、クルド人もけっこういると思われる。(2017年2月・米中央軍写真)

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これも米中央軍公表写真。米軍の支援プログラムには、戦闘や射撃訓練も含まれる。またフランス軍もこれら訓練を教えている。写真右はシリアを訪れたトロクセル米統合参謀本部上級アドバイザー。結びつきを深めるシリア・クルド勢力とアメリカの関係に、トルコは焦燥感をつのらせていた。(2017年2月・米中央軍写真)

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書類上は「アラブ人連合組織」に武器を渡したことにして、実質的にアメリカのYPGへの武器供与を可能とする手法は、世界の脅威となったISを掃討する作戦を進めつつ、NATO同盟国トルコの批判をかわすためでもあった。今回、タラル・セロがシリア・SDF・YPGがPKKの指示下にあると「証言」したことの意味は大きい。アメリカは以前からPKKを「テロ組織」としているが、その関連武装組織に国防総省が武器供与と多額の援助したことになり、米国内法違反にもつながりかねない。アメリカに揺さぶりをかけたいトルコ当局の思惑が見え隠れする。(2017年2月・米中央軍写真)

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これはYPG映像。YPG戦闘員はどんな記章かというと、部隊章のほかにオジャランPKK指導者の肖像などを付ける。左の戦闘員の記章はオジャランの顔。文字はクルド語で「ベ・セロク・ジヤン・ナーベ=指導者(オジャラン)なくしては我らの人生はない)」。トルコの反発を招くので、米軍公表写真ではこういうのが映り込まないようにしている。(2017年7月・YPG映像)

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米軍特殊部隊は早い段階から直接シリアに入り、IS壊滅作戦でSDF・YPGと連携してきた。クルドメディアが報じた映像で、いずれも米軍特殊部隊兵士。米兵がおそらく個人的にYPG章をつけていたものと思われる。これにトルコは強く反発。その後、米軍もこうした行為に慎重になった。右の米兵は、YPG章(黄)に加え、女性部隊YPJ章(緑)もつけている。(2016年5月・クルディスタン24映像)

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一方、こちらはマンビジ境界線に展開するロシア軍。写真左写真中央クルドの新年ネウロズの集まりでのもの(2017年)。中央はYPG章をつけているうえに、背後にはオジャランPKK指導者の肖像。写真右はYPG主導のマンビジ軍事評議会の記章をつけるロシア兵(2016年)。これも個人的に兵士がもらったものをつけているだけだが、ロシアもYPGと関係を作っていることをトルコ・メディアは危機感をもって伝えた。(トルコ・atvニュース映像)

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アメリカはIS壊滅を優先させるため、SDFへの武器供与を続け、トランプ政権になってからは支援がさらに増加した。写真左トランプ大統領と米中央軍司令官ヴォーテル大将(2017年3月)。 写真右は2016年5月、シリアのSDFを訪れたヴォーテル大将。右端にはタラル・セロの姿もある。(いずれも米中央軍公表写真)

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国防総省の次年度会計リストにあるアメリカがシリアSDFへの供与武器(拡大)。2017年のAKー47=10,200丁から、2018年では25,000丁となるなど大幅増強。昨年のと比べるとAK1丁あたり(整備キット・スリング付き)の調達単価は525ドル(2017年)から、なぜか798ドル(2018年)に。2018年だけでもPKM機関銃(1500丁)、RPG-7ロケット砲(400門)、SVDドラグノフ狙撃銃(95丁)、120ミリ迫撃砲(60門)など。これまでの支援分もあわせるとかなりの武器が供与されている。赤枠で囲んだ部分には「国防総省は武器が誤って使われるのを防止するために監視する」とある。これは具体的にはSDFからPKKに供与武器が流れないようチェックするということで、トルコからの批判を念頭に置いているもの。

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ホワイトハウスは2017年5月、「シリア・クルド組織含むアラブ連合組織と、精査されたシリア諸組織(VSO)への武器支援増強」を発表。武器のほか、軍用・民生車両、ブルドーザー、通信機器なども含まれる。アメリカ側の会計書類上ではYPGの名は出ていないが、実際にSDFを主導するのはYPG。写真はアメリカが供与した軍用車両ハンヴィで、デリゾール近郊のIS掃討の「ジャジーラの嵐」作戦に向かうYPG部隊。(2017年9月・YPG映像)

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2017年8月、マティス米国防長官がトルコを訪問した際、「トルコ側はシリアSDFへの米国の武器支援がテロ組織PKKに渡っていると証拠写真を提示」とトルコ・メディアは伝えている。写真はトルコ南東部シュルナク県ウルデレで国境警備隊が押収したとされるAT-4携行対戦車弾。シリアSDF経由でなければ、PKKがイラク・シンジャルなどのISとの戦闘で奪ったものをトルコでの戦線に回した可能性もある。(2017年8月・ヒュルリエット紙)

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タラル・セロはアナドル通信インタビューで「アメリカは支援した武器がどうなろうと関心を払っていない」「武器はSDFからYPGへ、そしてPKKに渡った」と証言。実際に武器の一部がPKKに流れている可能性はある。だが今回のタラル・セロのトルコ「寝返り」事件が、トルコ・アメリカの外交関係が緊張している状況で起き、トルコのアフリン侵攻まで視野に入れた話が出るなど、一連の「暴露証言」がトルコ側に有利な内容となっていることも押さえておきたい。(2017年12月・アナドル通信写真)

<<  IS掃討作戦~SDFタラル・セロ、米国武器供与の内情「暴露」(2)
SDF報道官、トルコに「寝返り」米国・トルコの外交戦にも(4) につづく>>
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回

「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)
第1段階・開始声明 (2016/11/06)    第2段階・開始声明 (2016/12/10)
第2段階・戦果報告 (2017/01/16)    第3段階・開始声明 (2017/02/04)
第3段階・第2攻勢 (2017/02/17)    第4段階・開始声明 (2017/04/13)    
タブカ・ダム制圧声明
(2017/05/12) 
ラッカ突入・大攻勢戦開始声明
(2017/06/06)
ラッカ解放・勝利宣言 (2017/10/20)

【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)報道官、トルコに逃れ、米国の武器供与の内情「暴露」(2)写真8枚

元SDFタラル・セロ「すべてはシアターショーだ」
イスラム国(IS)掃討作戦が続くなか、突然、姿を消し、トルコに事実上「亡命」したSDFのタラル・セロ司令・報道官。シリア北部でアメリカがYPG・SDFにどう関与しているのか、など「内部情報」をトルコメディアで暴露した。ロジャヴァ(シリア・クルド地域)の情勢をめぐって、アメリカ、クルド、トルコとのあいだで熾烈な駆け引き、情報戦、工作が渦巻く。
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アナドル通信によるインタビューではタラル・セロは「(シリアSDFで起きていることは)すべてシアターショーだ」と話す。アメリカとPKKでシナリオを作って筋書きのもとに進められているという意味だ。アフリンについての言及もあり、トルコによるアフリン侵攻を正当化させる狙いも見え隠れする。アナドル通信はトルコの公式通信社であり、過去には米軍がシリアで設営した軍事基地の位置を公開し、これに対してアメリカが懸念を表明するなど、トルコの情報戦の一端を担って来たメディア機関でもある点も留意しておきたい。(アナドル通信写真より)

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タラル・セロがアナドル通信インタビューで証言したPKKに関する内容部分。この図(拡大)はあくまでも彼の証言情報をもとに作成したもの。インタビューではPKKとアメリカがいかに裏で動いてきたかが強調されている。米共和党保守派重鎮マケイン上院議員のシリア入りや、「IS以後」の道筋についてCIAが提案したりと、アメリカがクルドカードを使い画策しているとする。なおSDF/YPG側は「”証言”はトルコ当局の筋書きにそったでっち上げ」としている。ロジャヴァ(シリア・クルド地域)情勢をめぐって、アメリカ、クルド、トルコとのあいだで熾烈な駆け引き、情報戦、工作が渦巻く。 PKK全体の組織構造図 >>

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アナドル通信インタビューを受け、トルコ・メディアは、「SDFはPKKの隠れ蓑とタラル・セロが暴露」などとあいついで報じた。「資金はPKKから、指令はカンディルから、武器はアメリカから」などのトップ見出しが並ぶ。カンディルとは、イラク北部のPKK拠点で、最高幹部らがいる山岳地帯。(写真はいずれも12月3日付トルコ紙)

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タラル・セロは、「SDF結成時にシャヒン・ジロと会い、指示を受けた」とも証言。シャヒン・ジロはのちにSDF司令官となるが、元PKK司令官としてカンディルにいたとされる。2017年4月にシリア北東部ケレチョホをトルコ軍機が爆撃し、多数のYPG戦闘員が死んだ際、現場を米軍司令官が視察(写真左)。その横で被害状況を説明したのがシャヒン・ジロ(写真中央)。写真右の女性はラッカ攻略作戦でクルド・女性防衛隊(YPJ)の指揮をとるロジュダ・フラット司令官。(VOA映像より)

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シャヒン・ジロ(本名フェルハッド・アブディ・シャヒン)はトルコ当局からは「テロ組織PKKメンバー」として最重要指名手配のひとりにリストアップされ、日本円で約1億円の懸賞金がかけられている。トルコメディアは「PKKテロリストと米軍司令官が一緒に」などと伝えた。米国旗をつけているのが米軍司令官。シャヒン・ジロが公式にメディアの前に登場したのは、このときが初めてではないだろうか。(左・VOA写真 右・トルコ内務省の指名手配写真)

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ケレチョホ事件以後、トルコ・メディアは、シャヒン・ジロのPKK時代の写真を使って、SDF・YPG・PKKが米軍と結びつきを深めていると繰り返し伝えてきた。そうしたなかで今回出たのがのタラル・セロの「シャヒン・ジロとPKKのつながり」の証言だった。写真左は90年代のオジャランPKK指導者で、後ろにいるのがシャヒン・ジロとされる。写真右は過去にクルド系ロジTVが放映したPKK時代のシャヒン・ジロ。

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ラッカ攻略作戦でアメリカが武器供与するにあたり、「“アラブ連合組織に支援“という口実を作ってクッションにする」のはブレット・マクガークのアイデアだった、とタラル・セロは「暴露」。マクガーク(写真左)は、有志連合軍に派遣されている米大統領特使。写真右アメリカがIS掃討作戦のためにSDFに供与した装甲車両。SDFへの武器供与はトランプ政権になってから一気に拡大した。

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シリア・クルド側がIS掃討作戦を通じてアメリカと結びつきを強める一連の状況が大きな切迫感となっていたトルコにとって、今回のタラル・セロ「寝返り」事件の利用効果は高い。SDF側は、「タラル・セロと家族がトルコ情報機関に度重なる圧力、恫喝を加えられてきた」とし、証言内容はでっち上げとしている。トルコ、クルドアメリカの熾烈な情報戦、工作合戦は続く。詳細は次回(SDF写真)

<<  IS掃討作戦~SDFタラル・セロ、トルコに「寝返り」(1)
SDF報道官、トルコに「寝返り」米国武器支援とPKKの関係を証言(3) につづく>>
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【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)報道官、トルコに「寝返り」(1)写真10枚

◆SDF タラル・セロ 元報道官~米国武器支援の内情「暴露」
シリアでイスラム国(IS)との戦闘を続けるシリア民主軍(SDF)。10月にはISの拠点都市ラッカを制圧し、勝利を世界に向けて宣言した。その後、SDFはデリゾール北部に進撃し、米軍の武器支援のもと、IS残存勢力を追い詰めつつある。シリア北東部のIS壊滅が見えてきたなか、タラル・セロ司令報道官が11月、突然、トルコが支援する反体制エリアに脱出し、事実上、トルコ側に「寝返る」展開となった。SDFに何が起きたのか。
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トルコへの伝えられたSDFのタラル・アリ・セロ。報道官としてSDFの「顔」となってきた人物が突然、11月、消息を絶ち、トルコが支援するシリア北部の反体制派地域に入ったことが伝えられた。(SDF写真)

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SDFの前身となったのは、2014年9月に結成された「ユーフラテスの火山」作戦の合同部隊(写真)。作戦では、IS拠点都市ラッカ攻略を目的とし、YPGが自由シリア軍(FSA)ほか諸派と合同部隊を編成したが、のちに各派が離反するなどしたため、組織を改編し、2015年10月、あらたな枠組みのもとSDFの結成となった。(2014年9月・作戦司令部写真)

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クルド・人民防衛隊(YPG)がおもにシリア北東部のクルド人地域の防衛部隊として機能してきたなか、YPG主導のもと、アラブ人やトルクメンなど諸民族、アッシリア人などのキリスト系諸宗派の武装各派や地方部族を組織し、広範なIS掃討作戦を進めるためにSDFが編成された。IS掃討作戦の合同部隊を設置することで、アメリカの武器支援を受けやすくする狙いもあった。写真中央がタラル・セロ司令・報道官。(SDF写真)

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SDF結成当初から司令・報道官として「SDFの顔」となってきたのがタラル・アリ・セロ。クルド人ではなく、シリアのトルクメン(トルコ系住民)の出身。SDFは実質的にはクルド・YPGが主導するが、クルド人でないタラル・セロを前面に出した。SDFはクルド人組織ではない、と内外にアピールする思惑があったようだ。

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タラル・セロはもともとシリア北部アル・ラアイ近郊チョバンベイ(アラブ名ジョバンブク)を拠点とするトルクメン旅団で司令官(大佐)だった。ここはトルクメン(トルコ系住民の町。トルコはシリア内戦当初から、トルクメン諸組織を支援。ところがトルコはジャラブロスのトルクメン組織メフメト2世旅団に肩入れし、トルクメン旅団は革命戦士軍に合流。革命戦士軍はSDFと共闘関係を結び、司令官のひとりだったタラル・セロがSDF報道官となった。写真は、トルクメン旅団司令官時代のタラル・セロ。(2015年8月)

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2015年にクルド系ロナヒTVで話すタラル・セロ。「我々、シリアのトルクメンは、シリア人であり、トルコ人ではない。トルコがシリアのトルクメンを取り込めると思っているなら間違いだ。SDFを通して、クルド人、アラブ人とともに、シリアの将来のために尽くす」と当時、話している。(ロナヒTV映像・2015 年)

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SDFはIS「首都」ラッカ攻略を目指すユーフラテスの憤怒作戦を2016年11月に開始。地方部の町や村を包囲しながら、ラッカ市内に突入。激戦の末、2017年10月にラッカ攻略を果たしたSDFは、作戦の勝利を宣言。写真はラッカの競技場で勝利宣言を読み上げるタラル・セロ報道官(写真中央)。(YPG映像・2017年10月)

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タラル・セロ司令・報道官が突然、消息を絶ったのが11月。SDFは直ちに声明を出し、「トルコがセロ報道官と彼の子どもにまで圧力・恫喝を加えた」「トルコ情報機関が関与」とした。司令・報道官というトップが消息を絶ち、実質的に組織を裏切る事態となったことで、YPGやSDFは大きく動揺した。(写真は11月16日付で出されたSDF声明)

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タラル・セロがSDFを離れ、シリア北部ジャラブロスを経由してトルコに入ったとされる。ここはトルコ軍が支援する自由シリア軍武装組織のエリア。トヨタのワゴン車で移動した先でトルコ側装甲車が待ち受け、事前に準備された脱出だったようだ(シリア人記者の現場写真)。彼の出身地はアル・ラアイ。内戦当初は近郊のトルクメンの町チョバンベイでセルジュク旅団を指揮。(アル・ラアイはISが支配していたが、トルコ軍の「ユーフラテスの盾作戦」でトルコ軍・シリア武装諸派が制圧。過去のIS映像(11分35秒~)にアル・ラアイが出てくる >>

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タラル・セロ失踪から約2週間後の12月2日、トルコ・アナドル通信のインタビューに登場。「SDFはただの看板で、すべてはYPGが牛耳っていた。SDFはアメリカの支援を受けるために作られた」と話す。さらにYPGはクルディスタン労働者党(PKK)の指示のもとに動いていた、とし、PKKの深い関与を内部情報を交えて語った。SDF・YPGにPKKに関係しているのは周知の事実だが、組織トップにあった当事者が具体的な人物の名前を挙げて「証言」した意味は大きい。ただ、かつてはトルコを批判していたタラル・セロが、今回の脱出後にトルコの主張に沿う形の答えをしている点にも留意しておきたい。(アナドル通信映像より)

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シリア北部でSDF・YPGとIS掃討作戦で連携する米軍。トルコ・アナドル通信のタラル・セロの「証言」は、シリア・クルドと結びつきを深めるアメリカをトルコが強く牽制することにもなった。写真はトルコ軍機のケレチョホ空爆事件で現場視察に向かう米軍の装甲車ストライカー。(ロジャヴァ・ニュース映像・2017年4月)

IS掃討作戦~SDF報道官、トルコに逃れ、米国の武器支援の内情「暴露」(2) につづく>>

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【シリア・クルド】イスラム国(IS)掃討作戦~シリア民主軍(SDF)部隊編成(写真・図 11枚)

◆YPG主導で進むシリア北東部でのISとの戦い
10月にISの「首都」とされたラッカを制圧したシリア民主軍(SDF)。それを主導するのはクルド・人民防衛隊(YPG)だ。そしてその母体となったのはクルディスタン労働者党(PKK)である。アメリカはPKKを「テロ組織」とする一方、IS掃討作戦を迅速に進めるために、SDFには武器支援し、空爆や米軍地上部隊派遣などで連携してきた。PKKの武装闘争に苦しめられてきたトルコは、シリア北部でのSDF勢力拡大を警戒する。SDFにはどのような組織が参加しているのか。

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シリア民主軍(SDF)に参加・共闘する武装諸派。合計の兵力規模は5万~6万人前後とされる。多様な組織の連合体であるが、実質的にはYPG主導。赤い枠で囲んだ部分は、主観ながら、PKKの影響度が強い組織。シリアのキリスト教系組織はシリア正教やアッシリア人組織。このほかSDFには各国の左翼義勇兵らが参加する国際自由大隊(IFB)なども参加。自由シリア軍系は諸派乱立し、SDFと共闘するのはラッカ近郊の部隊などで、ほかのアラブ人地域ではSDFには批判的または関係構築に慎重的立場が多い。

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ラッカでのISとの戦いを続けるSDF部隊。SDFが結成されたのは2015年10月。「民主主義と世俗主義によるシリア建設」を目的とする。クルドYPGがIS掃討戦を進めるなかで、地元アラブ人を組織化して広範な武装部隊を編成し、また建前上はYPGと切り離すことでアメリカなど外国からの軍事・物資支援を受け入れやすくする狙いもあった。(2017年・SDF写真)

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米大統領選で「自分ならISを早期に壊滅させる」とアピールしてきたトランプが大統領になって以降、SDFへの武器支援は顕著になった。写真はアメリカが供与した装甲車両。(2017年・SDF写真)

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アメリカは支援武器を小型・中型火器や装甲車などに限定し、トルコの反発にも配慮している。迷彩の装甲車はアメリカがSDFに供与したIAGガーディアン。(2017年・YPG映像)

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2017年12月時点のおおよそのシリアの勢力図。クルドYPGにとっては、北部のクルド地域での自治が主要目的。クルド人戦闘員の多大な犠牲を出してもアラブ人が多い町、マンビジ、ラッカ、デリゾールで対IS戦争を進めてきたのは、政治カードにできるという思惑もある。国際的な後ろ盾を持つことができなかったクルド民族が自治地域を獲得し、世界に承認させるには、どれだけカードを持っているかも重要になる。シリアはイラクのような大型油田はないが、デリゾール東部には中小規模の油田地帯が点在し、将来的な政治交渉でアサド政権と北部「クルド自治区」実現の交渉材料にもなりうる。 

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SDFは、ラッカ攻略を目指す「ユーフラテスの憤怒作戦」での勝利を宣言。その後、デリゾール方面のIS残存部隊を北部、東部から追撃する「ジャジーラの嵐」作戦を展開。ジャジーラとは、シリア北東部一帯の地域を指す。(2017年・SDF写真)

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ISとの戦いでは、戦死者もあいついでいる。戦死すると顔写真・氏名・入隊日・戦死日などが公表される。(2017年・SDF写真)

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IS残存部隊を地域から排除するには、地元部族の協力が欠かせない。部族側は周囲の政治状況や力関係、協力へのメリット・デメリットなどを考えながら判断する。写真はデリゾール近郊の部族に協力を求めるSDF。(2017年・SDF写真)

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写真はISが7月に公開した映像。前線でSDF戦闘員を拘束し、「こいつがブタ野郎だ」とISが言う。ISはSDFを「PKK無神論者」とし、諸派連合や地元部族のSDF協力を批判。IS広報官アブル・ハサン・ムハジールの6月声明でも、イラク・シリアでの戦いを、ムハンマド時代のイスラム軍勢が部族連合軍と戦った故事を持ち出し、「野合・結託した部族連合に対するカリフ軍勢の戦い」と表現した。(2017年・IS映像)

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SDFの「顔」となってきたタラル・セロ司令・報道官は、11月、突然、姿を消し、トルコが支援するシリア北部の反体制派地域に入ったとされる。突然の「トルコへの寝返り」にYPGも騒然とし、トルコ情報機関MiTの謀略工作・介入であると非難している。タラル・セロ司令官自身はクルド人ではなく、シリアのトルクメン(トルコ系住民)の出身でセルジュク大隊司令官だった。詳細>>

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ラッカ中心地で勝利を語るYPJナスリン・アブドラ司令官の背後にあるのはオジャランPKK指導者の肖像。「オジャラン思想によって勝利は導かれた」などと話す。クルド人であるオジャランの肖像を、アラブ人地域で大々的に掲げるのは余計な反発につながるのではないかとも思うが、国際的な宣伝効果は大きい。ISを駆逐したあとはSDF系の住民委員会が町や村を統治することになり、この統治システムはオジャランの民主コンフェデラリム思想に基づくものとなる。アラブ人が多い地域では、治安回復と復興に期待を寄せつつも、クルド主導による統治機構への移行に不安を抱く住民も少なくない。(2017年・YPG映像)

「ユーフラテスの憤怒」作戦・これまでの流れ(おもな声明一覧)
第1段階・開始声明 (2016/11/06)    第2段階・開始声明 (2016/12/10)
第2段階・戦果報告 (2017/01/16)    第3段階・開始声明 (2017/02/04)
第3段階・第2攻勢 (2017/02/17)    第4段階・開始声明 (2017/04/13)    
タブカ・ダム制圧声明
(2017/05/12) 
ラッカ突入・大攻勢戦開始声明
(2017/06/06)
ラッカ解放・勝利宣言 (2017/10/20)

【イラク】アバディ首相・イスラム国(IS)に対する戦い「勝利宣言」(日本語訳・全文)(2017/12/09)

ISに「最終勝利」と宣言
2017年12月9日、イラクのアバディ首相は、武装組織イスラム国(IS)に対する「勝利宣言」を発表した。この宣言はイラク政府・軍が、ISに勝利したことを内外に示したものとなる。実際にはアンバルやキルクークの一部地域にIS残存勢力が残っており、最終勝利にはまだ時間がかかるとみられる。以下は「勝利宣言」の全文。(一部意訳)

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ISに対する「勝利宣言」を読み上げるアバディ首相。(イラク首相府写真・2017年12月9日)

アバディ・イラク首相・ISに対する勝利宣言 
(2017/12/09)

慈悲深く、慈愛あまねアッラーの御名において。

【その日、信徒たちはアッラーの勝利を喜ぶであろう。御方(=アッラー)は御心のままに助け給う。全能で慈悲深き御方】コーランギリシア人章:4-5節)

イラク国民の皆さん
皆さんの国土は完全に解放されました。占領された都市、町々はわが国民の心にもとへと取り戻され、解放の夢はいま現実のものとなったのです。

ともに国民として、アッラーの恩寵のもと、わが英雄的な軍の勇敢さと国民の不屈さをもって、多大なる試練と困難のなか、私たちは課せられた責務を果たし、成し遂げたのです。殉職戦死者ならびに負傷者が流した血とともに、国民は確固とした歴史的な勝利を勝ち取りました。これはのちの世代のイラク人すべての誇りとなるものでしょう。

きょう、私たちはイラク国民に呼びかけます。わが英雄たちは、ダアシュ(IS)の最後の拠点をここに一掃しました。最後に残されていた占領地域だったアンバル県の西部各地にイラク国旗を高々と掲げたのです。きょう、私たちの国旗はイラク全土、そして遠隔の国境地帯に至る隅々にまで、高く翻っているのです。

3年という長きにわたり、諸君の勇猛果敢なる部隊が各地の町という町、都市という都市をあいついで解放したのです。彼らの決意と確固たる信念は、敵を震撼させ、他方、わが同胞にとっては歓喜となり、世界からは、諸君が成し遂げた任務に畏敬の念が向けられました。

最も過酷で苛烈なる状況のなかにあって、困難や試練を乗り越え、打ち勝った姿。これこそがイラク人の正真正銘の姿であります。

イラク国民の皆さん。
きょう、皆さんは勝利を高らかに誇りましょう。国民の団結と決意、尊い犠牲があってこそ勝ち得た勝利です。アッラーの祝福をもって、この勝利を確固と守り抜き、国民どうし結束し、祖国に献身し、安全で安心できるイラクの新たな未来を切り開いていこうではありませんか。

この歴史的な機会に際し、私はわが親愛なる国民と勇敢なる戦士たちに、心からの、そして誠実なる祝福の賛辞を贈りたい。きょう、私たちが祝福する勝利は、すべてのイラク人にとって、祝日として後年にわたって記憶されるものとなるでしょう。

3年前に開始された解放作戦は、イラクの勝利の歴史に確固と刻まれます。そしてこれはまた、わが国民の歴史とその民の畏敬に値する神聖なる戦いにおいて輝き続ける灯火となるでありましょう。

殉職戦死者ならびに負傷者のご家族の方々に対しまして、申し上げたいと思います。「皆さんのお子さんたちの血は決して無駄に流れたのではありません。胸を張って、息子さんたちの犠牲献身が、イラクとすべてのイラク国民に確固たる誇りをもたらしたのです。

歴史は語り継ぐでしょう。大アヤトラ、サイード・アリ・シスタニ師が発した奮勇の導標たるファトワ(宗教令)が、わが祖国とすべての聖地を防衛するジハードを招集し、信徒たちはその呼びかけには馳せ参じ、若きも老いも最長におよぶ義勇兵動員をもってわが軍部隊を支え、テロに対する戦いとして、空前の義勇国民の総参集となりました。それによって、民衆動員隊(PMU)やその他の多数の有志参加者を結集させたのです。

イラク国民の皆さん
私たちの勝利は、わが国の分断の局面が到来した状況下にあって、イラクの結束の維持をもって確固としたものとして成し遂げられるのです。

アッラーの称讃のもと、これはイラクと国民の結束であり、大いなる国民的成果を形作るものであります。

私たちは分け隔てなくすべての国民に奉仕するにあたり、同様の決意と決心をもって臨むでしょう。国富を維持、発展させ、また質を向上させつつ、社会正義と法の支配を憲法の統治のもと、また、わが国民各人の自由、信仰、信条の多様性、民族的多様性を尊重しながらなされるものであります。

きょう、私たちは勝利の次の段階を迎えています。ダアシュ(IS)や他のトロリストや腐敗分子らが恐怖におののくなか、他方、わがイラク国民は、いかなる危害からも安全で、かつ治安が確保された統一国土イラクの新たな夜明けを目にしようとしているのです。

我々が成し遂げた勝利、この武器こそ統一です。そして、これは私たちが保ち続け、確固と守り続けなければならないものです。
きょう、イラクとその富は、イラク人すべてのものであります。東西南北にいたる各地で誰もが、安定と治安、発展と繁栄この勝利を享受できるものでなければなりません。

解放された都市や街を再建するのが私たちの次のゴールであり、その歩みを止めてはなりません。これらは。わが国の勇敢なる息子たちが国民を守りぬいてくれたすべての国土におよぶ地域です。

すべての政治家ならびに行政職員には、その責務を誠実に果たすことを呼びかけます。そして、テロが二度と戻らぬよう、平和と安定の確立に向けて尽力することを求めます。

ダアシュ(IS)集団の台頭を招き、わが国の町々を制圧し、数百万のイラク人を故郷から追い立て、筆舌に尽くしがたい惨禍や犠牲、国土の富と資源の多大なる損失を招くことにつながった、宗派利害や先導的な言辞を厳に慎むことをすべての国民に強く求めます。

すべての武器は国家の法的統制のもとに確固と管理運用されることが、わが主権国家を強化し発展させる最良の方途であり、それらはイラクに社会正義、平等、治安をもたらすものです。

腐敗に対する戦いの取り組みは、わが国と国民の解放における延長上にあるものです。イラクがダアシュ(IS)の存在を許さぬごとく、腐敗も存在を許してはなりません。

これはまたもうひとつの戦いでもあるのです。それぞれが自身の場において、積極的に取り組みに加わり、その一部となるものであり、ひとりや個別主体の責任とするのではなく、ともに分担し、社会が共有すべきものであるのです。

みなさんの国はいま、この地域において、その正当なる立場と地位を向上させつつあります。そして私たちはすべてのアラブ諸国ならびに周辺国と新たな関係を再構築してきたのです。また世界の他の国々に対しても同様であります。

これらの諸関係は、国家主権の尊重と互恵的関係のもとに構築されたものであり、互いの内政への干渉とは距離を置くものです。

勝利を導いたすべての方々に敬意を表します。わが勇敢なる治安要員、警察官、軍、民衆動員隊(PMU)、対テロ機関、空軍、陸軍航空隊、ペシュメルガ部隊、ならびに技術部門、医療、物資部門を含む各種すべての部隊、そして支援と協力してくださった市民の皆さん、部族指導者諸氏の方々にも同じく敬意の念を表明したく思います。

加えて、社会インフラや基幹サービスを復旧することを支え、貢献するために献身的に尽力した各省庁、政府機関の職員にも敬意を表します。解放のための任務のあいだ、国民と軍とともにあってくれたジャーナリスト、メディア関係者、芸術家、知識人、すべての自由なる声となった諸氏で犠牲となられた方々、あるいは精神的支援と声援を与えてくださった方々すべてを称え、敬意を表明したく思います。

ダアシュ(IS)の野望は潰えました。この残滓を一掃し、テロリズムが復活するのを許してはなりません。

わが国の若者たちが流した血、安全の喪失とコミュニティの治安、(戦火で)移住を強いられた数百万のご家族の苦悩をはじめ、わが国民は多大なる損害を被りました。このページは上書きして書き換えられねばならず、決して元に戻るようなことがあってはならないのです。

これは最終の勝利宣言でありますが、しかし私たちは警戒を怠ってはなりませんし、わが国と国民をテロの脅威にさらす、いかなる企てをも挫き、阻止するよう対処しなければなりません。

テロリズムは常に脅威であり、このテロに対する私たちの戦いは今後も続くのです。私たちの偉大なる勝利のカギは、結束と調和です。私たちはこれを確固として守り抜かねばなりません。

この(ISとの戦いの)期間中、イラク国民のために尽力していただいた各国の国民、NGO機関、人道支援機関にも感謝したい。

また、祖国を守るためにそれぞれ武器をとって戦ってくれたすべてのイラク人に敬意を表します。殉職者の御霊みたまとすべての負傷者、ならびに犠牲者たちのご家族に敬意を表します。その犠牲の一つ一つがイラクと国民の結束の証しなのです。

イラクの勝利万歳。イラクのすべての子供たちに、安全と繁栄があらんことを。

万有の御主、アッラーにすべての称讃あれ。

ハイダル・アル・アバディ  イラク首相
最高司令官
2017年12月9日

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ISに対する「勝利宣言」のスピーチをするアバディ首相。2014年、モスルが制圧された直後にファトワ(宗教令)を発して「ISに対する祖国防衛の戦い」を呼びかけたシーア派指導者シスタニ師にあらためて謝辞を述べている。(イラク首相府写真・2017年12月9日) アバディ首相のモスル解放宣言全文とシスタニ師ファトワ >>

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ISはシリア内戦の混乱を利用しつつ、イラク各地で勢力を拡大させ、西部一帯の都市を次々と攻略、2014年6月には北部の大都市モスルも制圧した。(写真は2014年当時のモスル攻略戦を伝えるIS映像)

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イラククルディスタン地域のペシュメルガ部隊もIS掃討戦を戦ったが、今回のアバディ首相の「勝利宣言」では一箇所出てくるだけで、クルド地域政府については言及すらしていない。アバディ首相は「イラク国土の統一」と表現していることからも、9月におこなわれたクルド地域独立を問う住民投票を実施したクルド地域政府を強く意識したと伺える。クルド政府が実効統治していたキルクークなどにバグダッド中央政府イラク軍や民兵を送り、緊張は続く。写真はクルド地域政府のバルザニ大統領(当時)。住民投票での前のバルザニ演説全文(2017/09/22) >>

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ISに対する「勝利の日」として、アバディ首相はバグダッドイラク軍の戦勝パレードを閲兵。イラク軍各部隊のほか、シーア派主導の民兵組織PMUもともに行進したが、クルドペシュメルガの姿はなかった。(首相府写真・2017年12月10日)

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後ろの文字は「勝利の日」。(イラク国防省映像・2017年12月10日)

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「勝利の日」閲兵式の米国製エイブラムス戦車。このほか、ロシア製戦車やイラン製機動車両も走行し、現在のイラクの国際関係を示すものともなった。後ろの剣を模した「勝利門」はフセイン政権時代に建てられたもの。(イラク国防省相映像・2017年12月10日)

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イラクのアンバルやキルクークでもISの残存勢力が治安部隊などへの襲撃を繰り返している。西部のスンニ派地域ではISは去ってもシーア派主導政府への不信も根強い。シーア派民兵がIS支配地域だった町や村の青年を報復や金銭目的で拘束する事件も多発。スンニ派勢力や地元部族を政府がどうまとめながら治安回復と復興をするかが今後の大きな課題となる。(イラク国防省映像)

【IS動画・日本語訳+写真28枚】イスラム国(IS)戦術分析(27)◆出撃(2)「死の誓い」と殉教

◆「死の誓い」唱和した幹部アブ・マリク、スフナ攻略戦で戦死【動画+写真28枚】
イスラム国(IS)の宣伝映像には「死の誓い」の場面が何度も登場している。戦闘前に部隊が右手を重ねあい、「勝利か、殉教かを獲得するまで戦い抜く」とアッラーに誓う。今回の映像で「死の誓い」を唱和しているのはIS幹部アブ・マリク。この戦闘で本人も戦死。ISは、率先して前線に立って「死の誓い」の言葉を唱和し、戦死したアブ・マリクを殉教者として扱い、のちに追悼のための弔い合戦も展開。パルミラ制圧戦の端緒を開いたスフナ攻略戦と、死を誓って出撃し戦死した幹部アブ・マリクについて。

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【IS動画・日本語訳】シリア・ホムス県「スフナ解放戦」 一部意訳・転載禁止

シリア・ホムスで政府軍陣地に攻撃戦を仕掛けるIS部隊の映像。この戦闘は2015年5月上旬でパルミラ(タドムル)制圧に至るホムス県でのIS攻勢のひとつ。出撃前の「死の誓い」を唱和するのは、サウジ出身のアブ・マリク・アッ・タミーミ。ともに死を誓うアブ・マリクの部隊がシリア政府軍陣地に突撃する「勇姿」を描くプロパガンダとなっている。アブ・マリクはこの戦闘で戦死。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年5月)

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今回の映像の2015年4~6月のおおよその勢力図。赤斜線部分はISの攻勢でシリア政府軍が2か月間で失った地域。シリアの面積は日本のほぼ半分なので、九州よりも大きい広範な地域が短期間に制圧されたことがわかる。動画に出てくるスフナはパルミラとデリゾールを結ぶ町。ISはこのスフナ攻略戦ののちさらに進撃を続け、1週間後には歴史都市パルミラ(タドムル)までも制圧。その後、政府軍がスフナを奪還したのは2017年8月である。

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IS小型ドローンのカメラ映像。民生用ながらかなりの高度まで飛ばすことができているようだ。「イスラム国軍・無人航空機」との表現は、他の地域のドローン映像でも使われている。この当時はまだ偵察・撮影用途がおもだが、のちにドローンに爆弾や小型砲弾をつけて飛ばし、遠隔操作で敵の上空から投下する戦術へと進化を遂げる。

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映像の冒頭で「死の誓い」を唱和しているのは、アブ・マリク・アナス・アン・ナシュワン(アブ・マリーク・アッ・タミーミ)。ISの宗教指導も担う幹部のひとりだった。サウジ出身で2009年にアフガンに渡ったとされ、以前からサウジ当局やアメリカから手配リストに名が挙がっていた。密かにシリア入りを果たし、ISに忠誠を表明。

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タアブ・マリクは2015年4月のIS公式映像(フルカーン)に登場。欧米キリスト教世界を主軸とする十字軍同盟との「対決の論理」や支配地域内のキリスト教徒住民の扱いについて解説。映像の最後では、リビアの2つの場所でエチオピア人のキリスト教徒計30人を銃殺と斬首で処刑する残酷きわまりないシーンが挿入されている。(IS映像・2015年4月)

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戦死したアブ・マリク(右)。スフナ攻略戦が戦われたのは2015年5月13日。当時、ホムス県メディア部門が配信した速報写真には「スフナ戦における殉教志願ジハード戦士アブ・マリク・アナス・アン・ナシュワン師」とある。戦闘員とともに死を誓い、戦死したアブ・マリクをISは「殉教者」として扱っている。この写真では他の戦闘員を前に戦意奮起(タハリード)のスピーチを行なっているようだ。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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青いハチマキは意味があるのかとシリア人に聞いたところ、色そのものに宗教的な意味はなく、突撃して接近戦になった際に味方を識別するためや、部隊の決意のほどを示す意図があるのではないかということだった。別の戦闘では白や赤などのハチマキも使われている。(IS戦闘員に直接聞いたわけではないので実際のところは不明です。ごめんなさい)(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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「スフナ解放戦の戦闘開始前の準備」とある。写真に写っているのは部隊の一部とみられ、これだけで30人以上。だいたいこのぐらいの人数が小隊(ムフルザ)に相当。これが複数で中隊(たぶんサラヤ)、その複数が大隊(カティーバ)を構成。一応、その上に旅団(リワ)があるが、ISは数百人規模の部隊でも「旅団」とつけて超大盛りにしたりするので、各隊の実際の人数規模は不明。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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突撃戦を前に、戦車を準備。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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「ヌサイリ(シリア政府軍)への突撃戦を前にズフル(正午)礼拝」。ISメディア部門は、こうしたシーンも宣伝写真に入れ込んでいる。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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シリア政府軍陣地に向けて突撃するISのT-55戦車。この作戦が戦われた2015年5月はISの高揚期で、コバニ戦では敗北したもののホムスでは小さな町や村を攻略しながら拡大攻勢を続けていた。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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政府軍陣地に突撃をかけるIS部隊。ISのナシード(宗教歌)「死に向かって進め」が挿入されている。死を誓って出撃する戦闘員の姿を映し出し、ジハードや殉教を連想させる仕掛けがプロパガンダに組み込まれている。IS戦闘員がよく動画で語るフレーズに「我々はお前たちが生きることを望む以上に死を望んでいる」がある。ただし、IS幹部でも逃亡したり、敵軍に拘束され尋問で内部情報を話す例も多い。ISプロパガンダを見るにあたっては、こうした部分にも留意しておくべきだろう。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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対戦車誘導ミサイル(ATGM)でシリア政府軍戦車を破壊。9M113 コンクールスのように見える。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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陣地から次々と逃げ出す政府軍兵士。上に示した地図でもわかるとおり、この時期、ISはホムス県で大攻勢をかけ、この一帯でのシリア政府軍の志気低下は著しかった。映像に挿入されているナシードは「軍事キャンプの歌」。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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敵陣までたどり着き、兵舎に近接突撃をかける。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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シリア政府軍陣地への攻略突撃(カタハム)で、目標のひとつを制圧したIS部隊。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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建物のなかにあったアサド大統領のポスターを引き破る。このあと次々と拠点を制圧していく。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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左はヒズボラの旗。このあとヒズボラの旗に火をつける。レバノンからのヒズボラ義勇兵はシリア政府軍兵士と比べて志気が非常に高いので、現場から逃げずに最後まで戦って死んだのではないかと推測される。右の旗の文字は「おお、アリー・イブン・アビー・タリーブ」。シーア派を示す映像を交えることで、スンニとシーアの戦いであると印象づけている。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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殺害したシリア政府軍兵士の死体(一部ぼかしています)や身分証なども晒している。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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政府軍陣地の攻略を果たし、祈りをささげるIS戦闘員。殉教と死、そしてアッラーからの勝利を想起させる編集になっている。(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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「ヌサイリ(政府軍)を一掃したスフナ」とある。ISは「背教徒・多神教徒・十字軍結託同盟たる勢力(ここではアサド政権とそれを支援するシーア派、さらにロシア)からスフナのムスリム住民を解放」という位置づけである。(IS写真・シリア・ホムス県・2015年)

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映像では、町に入ってきたIS部隊を「歓迎」する住民のようすが映っている。内戦という状況下、力のない一般住民は新たに入ってきた勢力を受け入れるしかない現実がある。同じ戦車のアップはこの下の写真↓(IS映像・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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右端の赤い丸で囲んだ部分はぼかしを入れたが、政府軍兵士とみられる生首をのせている。こんなのが戦車で町に入ってきて「統治」を始めるわけで、住民にはどうすることもできない。ISがいれば政府軍の空爆の巻き添えとなり、政府軍が奪還してもISの砲撃にさらされる。町を脱出できても生活の糧がなければ生きてゆけず、行き場のない住民は戦闘のはざまで耐えることを強いられる。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2015年)

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左上が「スフナの解放」を伝えるISホムス県公式声明(2015年5月13日付)。同じ日にホムス県下の各地で攻撃戦があり、T4航空基地へのロケット砲攻撃やパルミラ(タドムル)でミグ戦闘機撃墜などいくつもの戦闘声明を出した。この1週間後、ISはパルミラ市を制圧。このときの一連のIS大攻勢の速度はすさまじく、政府軍兵士の志気にも影響を与えていた。

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スフナ制圧後、約2年間にわたってISの統治が続く。この写真は2016年6月にモスクでコーランを学習・暗記する子どもたちのようすを伝えている。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2016年)

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モスクで子どもがコーランを学ぶこと自体はアサド政権下でもあったことだが、ISはこうした場所でジハードと殉教をセットにして教えたり、異教徒・他宗派排撃の思想を子どもの心にすり込む。斬首映像を見せたり、軍事訓練をさせ、殉教すれば天国が約束されるとして戦闘へと駆り立てる。(IS写真・シリア・ホムス県スフナ・2016年)

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戦死したアブ・マリクの死体とされる写真。ネットで出回ったもので真偽は不明。ぼかしを入れた部分の顔は損傷している。腰に黒い帯状に巻いているものは小型自爆ベルトのように見え、同じ日の出撃前の写真で同様のベルトをしている点や戦闘服、チェストリグの形状は一致する。

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ISは幹部が死亡した場合、公表を遅らせたり、伏せることが多い。アブ・マリクのような指導的幹部の戦死がIS公式メディアで写真つきの「速報」として出る例はあまりない。指導層であっても、死を誓って前線で一般戦闘員の同胞とともに戦ったこと、そして殉教者となったのだと伝える効果も意図したのではないか。

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アブ・マリクの「殉教」を受け、この後に続く攻略戦では、「アブ・マリク・アッ・タミーミ師・大攻勢戦」と彼の名を冠した作戦名がつけられ、動画はPART1・PART2が出ている。とくにPART2は歴史都市パルミラの制圧を伝える内容。これについては、次回に続く 

(IS内部の用語や軍事用語については不明な部分もあるので加筆・修正する場合があります)
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【IS動画・日本語訳+写真21枚】イスラム国(IS)戦術分析(26)◆出撃(1)「死の誓い」と薬物使用

◆死の忠誠で「勇姿」伝える一方、戦闘で興奮薬物も 【動画+写真21枚】
イスラム国(IS)プロパガンダが伝える勇ましいジハード戦士の姿。その決意の固さを示す「死の誓い」は、IS映像に繰り返し登場する。死をいとわず突撃する果敢さが、敵を苦戦させてきた。強い信仰心で武装した戦闘員の数は確かに他組織よりも多い。一方、戦闘の現場では大量の興奮覚醒薬物も見つかっている。戦闘時の興奮作用や鎮痛目的で使うものとみられる。今回は出撃時の「死の忠誠」映像に加え、薬物使用について考察。

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【IS動画・日本語訳】シリア・デリゾール「軍事空港一帯での戦闘」 一部意訳・転載禁止

前回と同様、シリア・デリゾールでの政府軍空港基地攻撃戦。一連の「アッラーからの勝利」シリーズではない。公開は2015年11月。撮影時期はそれより少し前の10月上旬。軍事空港一帯での戦闘の様子と自爆突撃する戦闘員らのメッセージのみを抜粋。

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IS部隊が出撃前にするいろいろなこと。武器弾薬準備、作戦説明のほかに隊長(アミール)の戦意奮起(タハリード)、バグダディ指導者への忠誠や死の誓い、そしてアッラーからの勝利を祈る礼拝などがある。いずれも戦闘での戦意奮起や固い決意を示すものとして宣伝映像に挿入されている。タハリードは前回解説 >>

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互いに右手を差し出し「誓い」(バイア)を唱和するIS戦闘員。バイア自体はムハンマドの時代にさかのぼるもので、ISが作り出したものではない。ただ、ISはバグダディへの忠誠や死の誓いに宗教性や歴史性を付与し、戦いも異教徒殺戮もすべて根拠のある正当なジハードのように見せている。

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フード付きの迷彩戦闘服を揃えている。戦闘員らに向けて発する言葉は「殉教か勝利か」の戦意奮起であると同時に、ジハードへの意志確認でもある。

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複数のカメラを使い、撮影段階から「勇姿」を演出する計算がなされている。全員フードを被るよう指示もしているのだろう。当時はまだシリア入りが比較的容易だった時期。これらの「カッコよさ」を伝える映像に感化され、各国からIS入りした者も少なくない。

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ボディアーマー(防弾ベスト)を着用しているようにみえるが、プレート挿入部分から青い起爆ケーブルが伸びているので、爆薬を入れた自爆ベストとして使っていると思われる。こういう場合の自爆ベストや自爆ベルトは近接突撃戦での自爆用のほかに、敵に包囲された場合の自決用でもある。また「固い決意」を示すアイテムともなっている。

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戦闘員に向けて、「敵前逃亡はもっとも重い罪のひとつ」と説く。「さらなる戦いに備えたり、味方の隊への合流する場合を除いて、戦いの日に敵に背を見せるような者は、たちまちアッラーの御怒りを背負い込み、その者の行く先は地獄」(戦利品章:16節)とコーランを引用し、逃亡や投降を認めないことをあらためて確認している。

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中央の戦闘員は丸いボール型の手製爆弾(アブワ・ナスィファ)をぶら下げている。防護壁爆破や近接戦での投げ込み弾としてISがよく使う。このデリゾール軍事空港基地攻略戦の映像は、2015年10月上旬のもの。武器装備もふんだんにあった時期で、繰り返し空港基地一帯を攻撃していた。結局、ISは多大な犠牲を出しながら、この空港基地を攻略することはできなかった。基地を死守したシリア政府軍側の損失も多大なものとなった。

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この映像では2人の戦闘員が装甲車両で自爆突撃を敢行している。ひとりはアブ・オマル・アル・マスリとあるので、エジプト出身とみられる。ISのプロパガンダ映像の組み立て方は、「ジハードはムスリムの義務・カリフ再興を願う者はイスラム国に移住せよ・敵はイスラムを攻撃している・敵と戦って死んだら殉教となり天国が約束されている」のような手法が多い。のちにIS地域入りが困難になると、「自分の国で決起し、一般市民を狙え」といった扇動が増える。

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シリア政府軍拠点に向けて自爆突撃するアブ・オマル・アル・マスリの装甲車。旧ソ連時代に開発されたBTR-50のようだ。

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2人めの自爆要員は「イスラム国へ来たれ」と呼びかける。シリア・イラクの多くの一般住民、そしてスンニ派指導者や他のジハード系武装組織でさえ、「バグダディとか、こいつ、そもそも誰やねん」と思っている。バグダディがカリフを名乗る宗教的根拠も正当性も不明である。「今日からバグダディ師がカリフ。スンニ派ムスリムとカリフ制再興を願う者はイスラム国とバグダディに忠誠を誓え。文句言うやつはみんなアッラーの敵」とする無茶な論法にもかかわらず、巧妙なプロパガンダに取り込まれ、シリア入りした外国人も少なくない。バグダディ・カリフ宣言(2014)>

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第2の自爆突入装甲車両 BMP-1。砲塔部分の文字は「カディシーヤ軍」とある。現在のイラクナジャフ近郊で正統カリフ時代イスラム軍勢がササン朝ペルシア軍を打ち破った故事にちなんでいるようだ。イランやシーア派への対抗から、スンニ派武装勢力にも「カディシーヤ軍」の名を冠する組織がある。

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IS映像には「死の誓い」「バグダディへの忠誠の誓い」がいくつも出てくる。いずれも右手を差し出し、ジハード戦士として戦い抜くことを誓う。写真は2015年4月、サラハディン・イラク軍堡塁突撃戦を前に、少人数の分隊で誓いを唱和する様子。「イスラム国兵士によるアッラーの大道の死の誓い」とある。(IS写真・イラク・2015年)

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シリア・ホムスの前線で政府軍陣地に突撃をかけるIS部隊の出陣前の「死の誓い」。例えば日本軍も兵士に死を誓わせ、戦陣訓の「生きて虜囚の辱を受けず」は自決や玉砕戦にもつながった。日本軍は天皇陛下と皇国のため、ナチス・ドイツ軍は総統と第三帝国のため、ソ連社会主義祖国のためと、どの軍隊でも兵士に「忠誠と死」を求める部分には共通性がある。ISの「死の忠誠」だけをもって、そこに狂信性や特殊性を見るべきではないだろう。(IS写真・シリア・2016年)

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ISラッカ県メディア部門は、2015年、「死の誓い」とタイトルをつけた映像を公開。シリア・ラッカからイラク・サラハディンへの増援部隊の出撃で、死の誓いを立てる内容。「さあ兄弟たちよ、十字軍、ラフィダ(シーア派イラク軍)、ヌサイリ(アラウィ派シリア政府軍)に思い知らせるのだ。アッラーの軍勢と戦ったことを後悔させてやれ。シリアからイラクに出撃する殉教志願戦士と決死突撃戦士が戦列をなし、苛烈な殺戮戦を仕掛けよ!」と戦意奮起のスピーチを行なっている。(IS映像・2015年・シリア)

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「死の誓い」を英雄的、扇情的に映し出すISだが、実際はどうだったのか。サウジのような国からシリア入りしてきた戦闘員は、宗教的なガチ度も強く、決死性が高い傾向があった。一方で、シリアの貧しい農村出身の地元青年らは、家族を養うためにとか、村の部族の動員で入ったりする例が多かった。なかには殉教を信じた者はいるものの、逃亡したり、降伏して捕虜となった者も少なくない。(IS映像・2015年・シリア)

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日本軍にも、敵に包囲され玉砕突撃や自決した兵士もいれば、捕虜になった者もいる。戦いに殉じた上官がいた一方、部下や住民さえ見捨てて逃げた指揮官がいる。ISも同様で、確かに「ジハードでの殉教は天国に至る道」と信じて戦死した者もいれば、投降した者もいるし、逃げた司令官もいる。そういった意味では、軍の決死性の突きつけの度合いこそあれ、どの世でも、どの地でも似ているところがあるとも思える。

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ISが敵弾のなかを果敢に突撃できたのは、信仰心や志気の高さもあるが、もうひとつは一部部隊で薬物を使用していたという点。ISは宗教警察を設置し、麻薬・大麻などの薬物を厳しく取り締まり、イスラム法統治を宣伝した。一方、戦闘現場で興奮作用や鎮痛目的で覚醒薬物を使用していた。享楽目的でない薬物をISがどう規定しているかは不明だが、戦闘での薬物使用は対外的には伏せられてきた。(IS写真・2016年・シリア)

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クルド・人民防衛隊(YPG)の戦闘員が携帯で撮った映像。殺したIS戦闘員のポーチから薬物と注射器が出てきたところ。小分けのパックになっている。組織的に部隊に供給されていたのか、一部の激戦地域の部隊が使用していたかは不明。医療用途やモルヒネのような鎮痛剤ではないかとYPG司令官に確認したところ、鎮痛用と興奮覚醒用の2つの目的があるという。突撃に失敗して拘束されたIS戦闘員のなかには、薬物の作用でもうろうとして、ろれつが回らなかったり、極度の興奮状態で明らかにおかしい者もいたということだった。(YPG映像・2014年)

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シリアを取材したときに撮影。YPGがIS拠点に突撃して殺した司令官が所持していた薬物。コバニ南部戦線で指揮をとっていたIS司令官(アミール)、アブ・ザハラのもの。ISは恐怖心克服の興奮覚醒用や負傷時の鎮痛用で使っていたという。実際に袋を手に取ってみると、ふわっとする感じで、見た目よりもえらく軽い印象だった。吸引か注射か聞いたら、吸引もあるだろうし、注射器も見つかっていると話していた。ビニール袋に穴が開いていて、手とか服の袖についてあせった…。(シリア・コバニ・2014年12月・撮影:坂本)

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短剣も死んだIS司令官アブ・ザハラの所持品。その下の黒いのはラップトップPC。耐衝撃・防塵・軍用規格準拠のDELLのXFRとかすごいの持ってた。殺されてからまだ2時間ぐらいのときに撮影。(シリア・コバニ・撮影:坂本)

【動画】ISが使っている戦闘時の薬物(転載禁止)

せっかくなので短いですが動画もあります。「戦闘時に注射」とコメントが入っていますが、YPG戦闘員は吸引も注射も両方あるだろうと、言ってました。(シリア・2014年12月末・撮影:坂本)

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戦闘での恐怖心克服や興奮作用のための薬物使用は珍しいわけではない。かつて日本軍でもヒロポンのような覚醒薬物が使われていた。ただISは「死の誓い」「アッラーの大道」を前面に押し出し、勇猛なジハード戦士像を見せ、自らをアッラーの兵士などと宣伝しながら、一部の戦闘現場で興奮覚醒剤を使用していた現実があった。無理やりISに入隊させられた地元住民、少年などは志気も高くない。薬物で突撃させられた例もあるのではないか。(IS映像・2015年・シリア)

(IS内部の用語や軍事用語については不明な部分もあるので加筆・修正する場合があります)
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